扉の向こう
「これは、情報屋殿」
兵士が敬礼した。
いつの間にか風景が変わったと思ったらお城についたらしい。
「すごい、こんな短縮形の移動式陣を作るなんて」
「ミスター・クレアの趣味だよ」
カナタは通行所と、紹介書を見せ、歩き出した。
ついて行く四人。
「生まれて初めて城に入った」
感動しているサキの目の先には女官や兵士が忙しく動き回っていた。やはり今日は誕生祭なだけあり大慌てらしい。
「お前たち、ここで少し待ってて」
カナタはそう言ってとある一室の中に入って行った。
しばらくして「入ってこい」との声掛けがあったので入ると、薬品の匂いが部屋に充満している、清潔そうな白い部屋が目に入った。
ここは医務室らしい。
「お前たちに紹介したいのは、こいつだ」
カナタが言う人を見ると、温和そうな女が居た。
「初めまして~。王国専属医師のトゥディです」
天然なのか、忙しくて手が回っていないのか、ふわふわした髪の毛があちらこちらにはねている。
目の下には薄らと隈ができていた。
「わりと外でも慈善活動してるから、もし怪我したらこいつに頼むといいぞ」
「タダ?」
「無料」
みつこの問いに返したカナタの言葉にトゥディは信じられないと言わんばかりの顔で目を見開いた。
こんこん。
「はい」
なぜかヤスコが返事をした。それにもトゥディは信じられないと言わんばかりの顔で目を見開いた。
「賢者様はいらっしゃる?」
美しい淡いブロンドの髪の毛をいろんな飾りで美しく仕立てている、薄ピンクのドレスは美しさの中にかわいらしさも取り入れられており、年相応に見える。
小さなお姫様の様な少女に、トゥディとカナタは同時に膝をついた。
「!?」
みつこらが驚いていると、あとから兵士が入ってきてみつこらを見て怒鳴った。
「ランジェ姫の御前である、頭が高いぞ! さっさと下がれ礼儀知らずな」
「んだと……」
「サキ」
カナタが立ち上がり、サキの前に立って下がるよう手で指示した後、姫の前まで行きしゃがみこんだ。
「このカナタめに何かご用でしょうか」
「ええ! 私が八歳になったら一匹下さると約束したでしょう? 待ちきれなくてやってきちゃったの」
「あ。……あぁ、もちろん覚えていますとも」
((((絶対嘘だな))))
カナタは立ち上がり本を開いた。
「少々お待ちを」
ず、ずず。何も書かれていない白い頁の中に黒い渦が広がり、やがてすべて黒に染めた。その中にカナタは手を入れ何かを取り出した。
「あ」
みつこは声を出した。
本から出てきたのはアポロだった。首根っこを掴まればたばた足を動かしている。
「分離」
カナタが言うとアポロが分離した。一方はカナタの手の中に、もう一方はランジェ姫の手の中に納まった。
「ありがとう、賢者様! えへへ」
「さあ姫君、もう参りましょう。国王陛下がお待ちですわ」
女官に促され、姫は上機嫌で去って行った。
そのあとを見ながら、みつこは不思議そうにカナタをつつく。
「お前賢者だったのか。つかアポロあげたけどいいのか?」
「姫の質問に全て答えてたら、いつのまにかそう呼ばれるようになっただけ。で、アポロは」
カナタの手の中にいたアポロが「やっ」と手をあげた。
「武器化したとき自身の攻撃能力がほぼない分、海里と同じく獣モードの時の能力が特化していてな」
アポロがぽん、と二匹になった。
海里と戦ったとき同様、どこからともなく看板を取り出す。
『俺の能力はカナタの能力と交わって初めて役に立つものも含め、みっつある』
サッと次の看板を取り出す。
『一つは、分離。いくらでも増えるぜぇ~?』
その文字通りアポロが増えた。
「全部アポロなん?」
「そうだな」
カナタが本を閉じた。
『二つ、俺が見ている光景をそのままカナタと共有することもできる』
「ほとんどしないけどね」
「なんで?」
「視界戻したとき、酔う」
カナタは歩き出した。
「ほら、お前ら服を貸してやるから着替えて来いよ」
ここにいる女官とは違う服を来た女がやってきて、みつこらに頭を下げた。
「三つめは?」
案内しますと歩き出した女たちについて行きながら、みつこは一匹のアポロを掴んで手の中に置いた。
『三つ目、コレ。文字が描ける』
確かにすごいけど、それだけかい。
みつこは三つ目の看板を投げ捨てた。
「だったらさっきカナタがやった、本を開いてお前出したのは、カナタの『真の武器』の能力?」
『足して割った感じ』
「カナタのあの本自体からは私には何も感じられなかった。けど、あの本を使用してあいつはサキや私の能力を『消した』よな? アレはどういうこと?」
ずっと気になっていた。
それに引きこもりがあんなに強いのも気になる。
「……」
アポロは何も言わない。なお問いつめようとしたら煙のようにふわりと姿を消した。
「逃げたか」
渡されたドレスに着替え、部屋を出ると
「おぉ、にあっとるやん」
ヤスコと目があった。いや、ヤスコだけではなくリィシャ、サキも服をドレスに着替えめかしこんでいた。
綺麗にした後は、カナタが現れ貴族・王族・権力者がいる部屋の前に立った。
女官や兵士が行きかうための廊下は薄暗く、やや狭い。
カナタは扉に手をかけたまま、警告する。
「ここから先ではお前たちは自由に発言できることはない」
「まじか」
「もし誰かに聞かれたらその言葉だけに返せ。言葉使いは『です・ます・ございます』を使えばそれでいい。じろじろ見るのも、聞きまわるのも禁止」
それから、と振り返った。
みつこたちは目を細めた。
開いた扉の中のほうが明るく、薄暗い廊下にいるこちらからはカナタの表情を窺い知ることはできない。
「喧嘩は禁止だ」
いいな。ハンター・ガール
その言葉は中の騒音にかき消された。