銀河横断鉄道の夜
ラテマジヲンの人間は、俺にあまり意見を聞きに来なくなった。
それは彼等が幼年期を過ぎ去ったからだ。
既に文明は地球の二十世紀中頃の水準に達し、天才的な錬金術師や優秀な技師が数多く育っていた。俺が教えられることを蟻とすれば、俺が教わることは象だろう。
それに幼年期を過ぎたのは、何も文明だけではない。
四人の妻との間には無事、兄弟だけで野球の試合ができるだけの子供が生まれたが、全員がもう立派に成人していた。実は孫も何人かいるくらいだ。
転移してから相当長い時間が経っちまって、俺も五十路過ぎだった。
「そろそろ、元の世界に戻らないとな」
久方ぶりに訪ねてきた、既にヨボヨボの大司教っぽいおっさんに、俺は言った。
老いた彼は俺の心情を察してくれたのか、ウンウンと肯く。俺は片時も故郷のことを忘れたことはなく、それを家族にも伝えてあったから、その時が来たって感じだった。
中国古典によると、五十にして天命を知るらしいもんな。
「しかし神様、どうやって戻られるのですか?」
「あいつを呼んでくれ」
「わかりました」
大司教っぽいおっさんはよっこいしょと立ち上がり、恭しく辞していった。
あいつっていうのは、流石にくたばった例の老錬金術師の一番弟子だ。今は何とか委員会っていう軍事関係の部署で、世界支配のための原爆をせっせと作っているはずだ。
「お呼びでしょうか、神様」
一番弟子はやたらとハイテンションだった。
といっても彼の場合、終始そうだった。ハゲ頭と目をぎらつかせた、病的好奇心の塊。ただ棚の食器の位置は覚えられないらしく、どっかのストレンジラブ博士みたい。
「今日はどんなご用事で?」
「ああ、これ作って」
そう言って俺はスケッチを渡す。一番弟子は目の色を変えた。
「素晴らしい、最高です!」
「だろ?これで俺、無の月まで行こうと思う」
「流石は神様、今すぐ設計を始めましょう!」
一番弟子は絶叫し、正直キモいスキップをしながら出て行った。
俺が彼に渡したものは、核パルス推進宇宙船の略図だった。ジャパニウムは原爆にするのも簡単で、そいつを宇宙船のケツで連続起爆させ、その反動で宇宙を突き進む。
アイデア自体はウラム博士からの借り物だが、俺も一つだけ工夫を加えた。
「三……二……一……発射!」
カウントダウンがゼロになるのと同時に、大地が地下核実験みたいに凹んだ。
みたいというか、実はまんまだった。
俺が付け加えたアイデアは、核爆発式ムカデ砲とでも言うべきもの。
すごく…大きいです…な金属筒内の巨大宇宙船を、連続的な核爆発のガス圧で、人が耐えられるくらいの加速度で押し出すって寸法だ。
ともかくも十分に初速が得られた辺りで空は啓け、また後ろから衝撃を感じた。大気中での核パルス推進が開始されたのだ。
宇宙船はぐんぐん空を昇り、惑星の輪郭があらわになる。
オトショリサァも地球と同様、青かった。
ついでに俺は神、いわゆるゴッドだった。
オトショリサァとの通信が不可能となるまで、俺は会話を楽しんだ。
妻や子供、孫とは主に将来のこと。
特に子供たちには、精一杯働き、家族を大事に楽しく暮らせと伝えた。流石に俺も、涙なしではいられなかった。
大司教っぽいおっさんとは他愛ない昔話。
出鱈目な「原始炉」でいきなり氏にかけたことも、国の財宝を財源に改良型を量産させたことも、何もかも皆懐かしい。
天文台の親父は未だに宇宙の神秘に魅せられていた。
彼には地球がどんな場所だったかを丹念に伝えておいた。いつか遠い未来、俺たちの星を見つけて欲しいものだ。
なお一番弟子は、宇宙船からのテレメトリー情報に夢中でまるで会話にならなかった。
「皆、達者でな」
雑音混じりの中、俺は最後にそう言って、オトショリサァの全てに別れを告げた。
目の前に迫るは巨大な無の月。ワームホール。非ユークリッドの虫食い穴。
理解し難いものがどんどん迫ってくる。
そして熱核ロケットの姿勢制御スラスタが、俺と宇宙船を不可知領域の中心へといざなっていった。
姿勢制御スラスタの構造は、転移直後に目にした「原始炉」みたいで、液体水素の蒸気を盛大に吹き出す様子がえらく懐かしく感じられた。
「あとはもう、神頼みだな」
独り言を呟いて、俺は流れに身を任せた。
身体も意識も妙な感じに伸びに伸び、全てが一旦吹き飛んだ。
神様、どうか俺を地球に届けてください。俺もう、神様やりたくないんで。
原子力スチームパンク、第五話でした。
主人公は少年じゃなくなってますが、文明がそこまで進むには流石にそれくらいの期間は必要なのではないかと。
ところで旅立ち用の宇宙船を熱核パルス推進にしたのは、完璧に私の性癖です。
でも火星移民を本当にやるなら、それくらい一気に大質量を投入できる手段がないと駄目なのではないでしょうか?