あと一万歩だけ前に進もう
「ああ神様…私は何と愚かだったんでしょうか!」
老錬金術師は涙を滝のように流しながら悔やんだ。
「あの病の原因が、私の発明にあったなんて!何と詫びたらいいか…」
「うるせえよ、ちょっと静かにしろ」
同じような台詞を何度も何度も繰り返すので、流石に俺もそう言った。
まあでも、仕方ない部分はありすぎて困る。「原始炉」が原因で奇病が蔓延って噂は老錬金術師も耳にしていて、まさかと思いつつも気にしてたんだろう。
「嘆いたところで何も変わらねえだろ」
「しかし私には責任が…もはや命を以て詫びぬことには、恥ずかしくて生きて…」
「止めろ、どこの侍だよ」
妙なところだけ太古の日本人みたいで、俺もかなり呆れる。
言語が思考を決定するって与太話、案外信憑性あるんだろうか?
「いいかジジイ、責任ならあれをマシにしてからほざけ」
腹を切ろうとする老錬金術師から短刀を取り上げ、俺は強烈に怒鳴った。
俺は薩摩人じゃないし、介錯なんて絶対ごめんだ。
「今を変えるのは改良だよ、改良」
「しかし神様、どうしたら…」
「こんなこともあろうかと、改良案を作っておいた」
まあ作ったの俺じゃないけど、とにかくスマホの電源を入れた。
バッテリーは貴重だが、後生大事にしてもどうせ暗電流として消えちまうから、使う時は使うべき。
「これを見ろ。こうすれば少しは安全になる」
画面に表示させたのは、沸騰水型軽水炉の簡単なgif画像群。ストレージに保存しておいたのだ。
老錬金術師は絵が移り変わる様にまず度肝を抜かれ、続いてスワイプ操作に目を白黒させていたが、次第に沸騰水型軽水炉の構造に注意するようになった。
細いクモの糸に縋るような視線。
「おお…これは凄い!まさに神業だ!」
「俺、神様らしいから」
「ははーっ!」
老錬金術師が無駄に跪く。三跪九叩とかいう変ちくりんな礼が昔の中国にあったらしいが、実際あんな感じで極まりが悪いったらありゃしない。
「で、そういう妙な礼はいいから、ちょっと聞け」
「分かりました」
老錬金術師が三跪九叩を止めて直る。最初からそうしとけ。
「まずな、遮蔽しろ。金属の覆いとかで。超危ないんだから」
「は、はい!」
「特に蒸気な、これ外に漏らすな。んでこのタービンってのを回した後に、復水器で冷やして水に戻せ。循環させろ。そうすればまた使えて効率的だし、安全になる」
「なるほど!」
いい感じで進んでいく。
「神様、その杖は何でしょうか?」
持ってきた純銀製の杖について老錬金術師が尋ねてくる。ぶっちゃけると、宮殿からかっぱらってきたものだ。
流石に勘が鋭いと俺も思った。
「その図にある、制御棒だ」
「何かを制御……するのでしょうか?」
「そうだ。ジャパニウムは核分裂すると金やプラチナ、鉛みたいな重い元素と、その半分くらいの重さの何かと、あと高速中性子になる。その中性子が水で減速して、他のジャパニウム原子核と衝突、更なる核分裂反応を引き起こすんだが…」
この辺は俺もかなり曖昧だし、ジャパニウムに関してはほぼ推測だ。ただの高校生なんだ、勘弁してくれ。
「銀は中性子を吸収しやすいって特徴があってだな。こいつを、ちくわみたいに中空にしたジャパニウム棒に差し込むとどうなる?」
「反応が抑制、停止…なるほど、炉の制御ができるから制御棒ですか!」
「理解が早くて助かるぞ!」
そんな調子で進めていく。ほぼ某原子力情報サイトのまんまコピペだが、その程度でも一次冷却水をもくもく放出する「原始炉」よりは絶対マシにできる。
というか、マシにしないと俺だって死にかねない。
「で、作れそうか、これ?」
一通り、正直かなり自信のない講義を終えると、俺は尋ねた。
「いきなりで厳しいとこもあるかもだけど」
「作れます!作って見せます!」
返事は奇跡が起きそうなくらい頼もしい。
「それと神様、錬金学会の仲間や、工房の連中にも声をかけてもよろしいでしょうか?そうすれば完成もかなり早まると思うのですが」
「そうしてくれ。とにかくあのウルトラ危険物を、一刻も早くどうにかするんだ」
「ありがとうございます!」
老錬金術師は謝意を述べると、やる気全開で、猛烈な勢いでどっかへ駆け出した。
妖怪御老人、そんな単語が頭に浮かぶ。
でも、俺も将来あんな感じのエンジニアになって、人の役に立ちたいものだ。
ただし、できれば日本で。
そして何か月かの後、改良型「原始炉」は多少は安全に臨界した。
原子力スチームパンク、第三話でした。
ようやく内政チート(?)らしくなってきた…と思います。
あ、異世界に転移する際は、スマホは機内モードにするのがおすすめです。