第八話 それでも君を助けたいから
薬師。
そうルークは言った。
瓶の中身は魔物用傷薬らしく、子ドラゴンの身体に優しく薬をかけていく。
子ドラゴンの身体にあった擦り傷はあっという間に治っていき、顔にも生気が戻ってきた。
これでひとまずは安心。
それでも早く街に行かないと急変する可能性があったので、2人は子ドラゴンを連れて街に戻る事にした。
霧が何故か晴れていたので行きよりも早く街に着いた。
そしてエレティナの店に向かう。
「エレティナ!エレティナいるか!!」
バーンと扉を勢いよく開けて叫ぶ。
その声は奥の部屋にいたエレティナにちゃんと聞こえた。
「おかえりなさ〜い。早かっ」
まだ話している途中にも関わらず、ルークは
「邪魔するぞ!」
と遮って店の奥にズカズカと入っていく。
「ちょ、ちょっと何?!どうしたのよ!」
私もルークがこれから何をするのか分からないので、後をついて行くしかなかった。
「エレティナ!お湯とタオル持ってこい!あと拳サイズの魔石も!早く!」
「な、何だかよく分からないけど。分かったわ!待ってて」
ルークは暖炉に薪を焼べてから座り、エレティナが持ってきてくれたタオルで包んで温めだした。
魔石はお湯に入れて温めてから、タオルの中に入れた。
「ふぅ・・・とりあえずこれで大丈夫だ」
どうやら処置は終わったみたいだ。
「さぁ、何があったか説明してくれるんでしょうね?」
当たり前の反応。
私もルークの行動に少し混乱しているので、その説明もちゃんとして欲しい。
2人に見つめられるルーク。
「・・・わかった」
さっきの谷での出来事をエレティナに説明した。
それとルークの仕事が薬師であることも説明してくれた。
父の代から薬師らしく、あの家で薬を作ってこの街で売っているらしい。
そして、治癒師までとはいかないが、応急処置くらいならルークでも出来るようにお父さんに教わったそうだ。
ようするに、私は薬師の助手になったって事。
物書きもろくに出来ない私が、薬師の助手なんて勤まるのだろうか・・・。
「状況は把握したわ。でも悪いけど、その子ドラゴンは助からないわよ」
・・・え?
助からない?
「何で?!これで処置は終わったんじゃ・・・」
ルークが言いにくそうに話した。
「シロナ・・・ドラゴンという魔物は幼い頃は母親の魔力を吸収して育つんだ。そして、ある程度成長したら自分でマナを集めることが出来る」
「マナって?」
「マナはねシロちゃん、空気中にある魔力の事よ。魔物や精霊はそのマナを体内に吸収して生きているの」
「そう・・・そしてこのドラゴンはまだ幼いから、母親の魔力が必要なんだ。でもまだ希望はある」
「何か策が?」
「あぁ、この子の魔力と相性のいい魔力を探す」
相性の良い?魔力に相性なんてあるのか?
じゃぁもし私の魔力と相性良ければこの子は助かる・・・?
「そんな奇跡みたいな・・・上手くいきっこないわよルーちゃん」
確かにそんなこと奇跡でも起きない限り上手くいかない。
でもこのまま見殺しするのは、絶対に嫌だ・・・絶対に・・・
「エレティナ・・・」
私は呟くように名前を呼んだ。
「お願い・・・力を貸して・・・お願いだ・・・」
願いが届いたのかエレティナはクスっと笑い私を抱きしめた。
「も~、シロちゃんの頼み事なら仕方ないわね。・・・協力するわよ」
「・・・・・・ありがとう」
お礼を聞いたエレティナは、私から離れドラゴンの近くに座った。
「で?何をすればいいの?」
「ここに手を置いて・・・そして魔力を集中させて」
「わかったわ」
ルークはエレティナの手をドラゴンの頭にそっと置いた。
そしてエレティナも魔力を集中する。
すると淡い光が右手に集まりだした。この魔力がドラゴンに吸収されれば相性が合った事になる。
しかし、エレティナの魔力は吸収されることなく分散していく。
結果は失敗だった。
「やっぱり・・・ハーフエルフの私にはドラゴンに合わなかったわね。次ルーちゃんやってみて」
「実は、さっき試してみたんだ・・・まぁ駄目だったが・・・」
「やっぱりね。ドラゴン系統の魔物じゃないと合わないんじゃないかしら」
二人の会話からすると、魔力の相性というのは種族によって変わるらしい。
なら人間は?
「なぁ・・・私もやってみてもいい?」
その言葉にルークはまたしても言い辛そうに返した。
「シロナ・・・魔物同士でさえも難しいんだ。人間のお前には」
「お願い!!!」
突然大声を出した私に二人は驚いていた。
いや、私自身もだ。
何を必死になっているのか、何故こんなに助けたいと思うのか分からない。
頭では答えが出ないけど、心はとてもザワザワした。
・・・ふぅ・・・少し落ち着け私・・・
その思いが届きルークがおいでと呼んでくれた。
ルークの隣に座りドラゴンに右手を添える。
するとルークは首に付けていた狼牙の首飾りをシロナに握らせた。
「俺の魔具だ。代用品だが無いよりマシだ。何かあったら俺が守る」
「うん」
散々失敗した魔力集中。
少しだけでいい。
少しだけ魔力を維持させれれば・・・
ルークの魔具のおかげか、無事にシロナの手に魔力が集まっていく。
お願い。お願い。お願い。お願い。
上手くいって・・・!!
シロナの集めた魔力は、ドラゴンの身体に吸収され始めた。
その様子を間近で見ていたルークは、まさかという表情をしていた。
きっと私も同じ顔をしていたに違いない。
しかし、やはり人間の魔力では完全に相性一致には至らず
子ドラゴンの魔力不足は解決されなかった。
時間はとっくに夜中の2時になっていた。
エレティナはもう遅いから泊ってもいいと言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。
ルークはソファーで。
私はドラゴンが心配だったので、一緒に床に丸まって眠った。
その夜夢を見た。
火に包まれ明るいと思ったら、視界が突然暗くなり周りが全く見えなくなって、暖かいものに包まれてとても気持ちがよかったのに、その温もりが徐々に消えていくのだ。
そして最後、それは冷たく硬くなっていった。
私もそのあと気を失ってしまう。
変な夢だった。
目を覚ますと外は既に明るくなっていた。窓から光が差し込んでいる。
結構寝てしまっていたようだ。
そうだ、ドラゴンは無事か?
そう思って一緒に眠っていたドラゴンを見ると、そこにあるのはタオルだけでもぬけの殻だった。
「!!ドラゴンは?!」
あたりを必死に探す、すると扉付近で倒れているのを見つけた。
急いで駆け寄る。
「大丈夫か?!」
眠っているのか目を閉じたままだ。
私は身体を持ち上げた。すると、閉じていた瞳がパッと開き私の顔を認識した途端、私の手をガブッと噛んでドラゴンは部屋中を飛び回り、壁にぶつかったりして暴れた。
「ルーク!ルーク起きて!」
私には手に負えないと判断し、ルークに助けを求める。
ルークは眠い目をこすって寝ぼけていたが、部屋で起きている状況を受け入れると側にあったタオルを広げて、見事ドラゴンを捕まえることが出来た。
「よし!捕まえたぞ!」
しばらくタオルの中で暴れていたが、力尽きたのかまた眠りについてしまった。
「ルークごめん、私が目を離したせいで」
今のでこのドラゴンに何かあったらどうしよう。
その不安がドッと押し寄せてきた。
「大丈夫。目立った傷も無いし、気を失っただけだ。それよりその手大丈夫か?」
そう、さっき私はこのドラゴンに左手を噛まれていた。
少し血が出ているけど、我慢できる痛さだ。
「これくらい大丈夫・・・それよりどうしていきなり」
「仕方ない、昨日人間に襲われたばかりだからな。それより魔力不足の方が深刻だ。今から俺は外に出て適合しそうな奴を探してくるから、お前はここでこの子と待ってろ」
「わかった」
ルークはソファーにかけていた上着を羽織って外に出かけて行った。
私はさっきのルークの言葉を思い出していた。
この子は人間に・・・お母さんを・・・
何だろ・・・この気持ち・・・
この子はきっと私と同じなんだ・・・
大事な人を失って。代わりに私が救われて。でも、それが苦しくて・・・
するとドラゴンは寝言でクゥと鳴いた。
その寝言が私にはお母さんと聞こえた気がした。
そういえば、朝この子は扉の前で倒れていた。
もしかして、母親を探しているんじゃ・・・
ドアがコンコンと鳴る。エレティナが様子を見に来てくれた。
「シロちゃん。どう?よく眠れた?」
「うん。ありがとう・・・ねぇ一つ聞いていい?」
「ん?何?」
この子はきっと母親が生きてると思ってる。
最後に会わせてあげたい。
「この子を母親の所に連れて行ってあげたいんだけどいいかな」
その言葉にエレティナは難色を示した。
「あ~・・・いいケド、でももうきっと今頃マナに分解されてるかも・・・」
「ぶ、分解!?」
「そう、ドラゴンはね亡骸になった後は微精霊によってマナに分解されて、そしてそのマナは違うドラゴンの命になってと循環していくの。で、亡くなったのが昨日だから・・・もう・・・」
そんな・・・それじゃこの子はもうお別れもできないのか。
そんなの嫌だ・・・。
「ありがとう!ちょっと行ってくる!」
「え!ちょっ!シロちゃん!」
私は床にあったローブを羽織りドラゴンを連れて外に出た。




