第三十九話 手紙
寝起きのひと騒動の後、ルークが作ってくれた朝食を食べてソファーで寛いでいた。
ロギは私の中に戻り、コハクはいつもの状態に戻っている。
最初、コハクが喋れるようになったのかと思って驚いたが‥‥。
まさか、コハクの体に憑依する事が出来るなんて思ってなかった‥‥。
「簡単にロギに体を乗っ取られるなんて‥‥まだまだだぞ!コハク」
膝の上にコハクを座らせ、両手をバンザイさせたりして遊ぶ。
「クゥ〜〜」
コハクは少し困った表情だ。
でもそれが、逆に可愛いと思わせてしまう。
思わず、私は笑を零した。
ルークは食器の片付けをしており、キッチンから水と食器が擦れる音がする。
この、落ち着いた時間‥‥。
まるで、昨日あったことが嘘のようだ。
あんな、命懸けで戦うような事‥‥もう絶対したくない。
そこで私は、ふと思い出した。
夢の中で見た、魔法の争い。
あれは、どう見ても闇魔法だった。
なら、敵の魔法は‥‥まさか、
光魔法?
でも、もうこの2つの魔法は使えないはず。
精霊が滅んでしまったから。
なのに、沢山の人がその魔法を使って戦っていた。
じゃぁ、あの夢は‥‥‥‥いつの‥‥?
ロギはいつから‥‥人に縛られて?
「なぁ、ロギ‥‥あの夢って」
そう話しかけても、彼は
「《気にすんじゃねぇよ。もう済んじまった事だ‥‥》」
と言って詳しく教えてくれなかった。
闇精霊って何だ。
光魔法って何だ。
契約って‥‥何なんだ。
心の中で、沢山の疑問がグルグルと渦巻いていく。
私は‥‥自分の事でさえ‥‥何も分かっちゃいないんだ‥‥。
顔に出ていたのか、コハクが心配そうにこちらを見つめ、頭を私の頬にすりすりしてくる。
「っ?‥‥コハク。ありがとな」
「クゥ!」
私もお返しに頭を撫でてやったら、コハクは喜んだ。
そうしていると、家のチャイムが鳴り響いた。
そして、玄関からあの苦手な声が聞こえてくる。
「旦那〜っ!チロルちゃ〜ん!」
うげー‥‥
この声は‥‥間違いない‥‥
トトーだ‥‥。
「行くぞシロナ」
「‥‥うん」
嫌々ながらも、ルークと共に玄関に向かう‥‥────。
「トトー今日は朝早いな‥‥。また仕事の依頼か?」
角から顔を出したルークに、トトーか食い気味に乗り出す。
「旦那!!!だって!!チロルが本当に無事か気になって気になって‥‥────」
トトーは、私の姿が目に映った瞬間。
話していた言葉を途中で放棄し、チロル〜〜っ!と泣き叫びながら、私に抱き着いてきた。
大きくギョロっとした瞳から、涙が溢れる。
「うぐっ!?!?!」
「チロル〜っ!無事でいやしたか〜っ!!!良かったっスーー!怪我もなさそうでーーー!
もう!あのビラが街中に配られた時、本当に生きた心地がしなかったんでやすよーー。
闘技場に駆けつけたかったんすけど、仕事があって無理で〜っ!!!
あーっ本当に良かったーーーー!」
「ちょっ?!トトー?!わ、分かったから。一旦離れろ!!」
耳元でギャーギャー騒がれたので、耳がキーンと鳴っていた。
しかも重いし、涙で濡れるし。
ひとまず、彼を引き剥がす事が出来たが‥‥。
ここまで、私を心配してくれているとは思わなかった‥‥。
少し照れ臭く、私は目を逸らしながら
「まぁ‥‥ありがとう」
とだけお礼を言ったが。
「本当に!無茶だけはダメっすからね!チロル!」
‥‥‥‥いい加減。
名前を間違えるなよ‥‥!!!
と、心の中ではトトーの評価度はダダ下がりだった。
「トトー。とりあえずシロナの事は大丈夫だ。安心してもらって構わない‥‥。それより俺に用があるんだろ?」
ルークは1つため息をつき、右手をトトーに向けた。
早く手紙を出せと、急かすように。
トトーも少し慌てて鞄から一通の手紙を取り出す。
「ああ!今日は依頼みたいな感じじゃないっスよー。モノン副団長からだ」
「先生から?」
ルークは、何故直接顔を出さないんだろうと、不思議に思いながらも、その封筒を切っていく。
取り出した手紙には、こう記されていた。
《ルークとシロナへ。
やぁ!出来れば直接会いたかったのですが、今ちょっと昨日からこの国を離れてまして、それが叶わず、手紙で伝える事となりました。
ごめんなさいね。
でも、悪い話じゃないんですよ?
団長から、シロナの監視を頼まれてたのですが、その役をルークに移す許可を頂いたので、いつも通り過ごしてもらって大丈夫って事と。
シロナがこの魔物の国で暮らす事を、魔軍が街に情報公開したので、もう自由に街を歩いてもらっても命の危険は有りません。
自由に、堂々としてもらって構いませんよ!
良かったですね!
これで、好きに買い物も出来ますよ。
ああ!後、シロナの闇魔法の事ですが、まだ上手く扱えてない様子でしたので、僕が指導してあげます。
今日中にはそちらに帰れると思いますので、楽しみに待ってて下さいね!
では、また‥‥。 モノンより》
驚きだった。
それは、ルークも同じで、まさか、人間が魔物の国を自由に歩ける日が来るなんて‥‥。
思ってもいなかった。
ある意味これは。
私の大きな夢に少し、近づけたんじゃ?
人間も、魔物も関係なく、幸せに暮らせる世界。
現実的には不可能だと、心の隅で思っていた事が‥‥少しだけだけど、現実になった事に、私は物凄く嬉しかった‥‥。
「よく、俺が監視役するのに許可がおりたな‥‥‥‥どんな手を使ったんだ先生は‥‥」
「まぁ‥‥モノンって少し不思議な人だから、そういう事を簡単に出来るのもおかしくないかもだけど」
「確かにな。スカーレットの副団長してるぐらいのお人だ‥‥。先生には適わないな‥‥全く‥‥」
色んなヒトに助けられて、今私はここに居る。
モノンにも何かお礼をしないとな‥‥。
2人で話していると、トトーは次の配達があるからと言って家を出ていった。
満面の笑みで、手を振る彼の背中が見えなくなるまで見送った後。
ルークは出かける用意をし始めた。
「ルーク?」
「シロナ。お前もさっさと用意しろよ」
「え。用意って‥‥」
「何だ‥‥忘れたのか?
街に行ってエレティナ達に会うんだろ?
言いたい事があったんじゃないのか?」
「あっ!!!ま、待て!今すぐしてくるから!」
急いで二階に上がり、外に出る準備をする。
上でバタバタと音がするのを聞いて、ルークはフッと笑い、茶色い紙で包んだ物を、布袋に入れて肩にかけた。
外で待っているルークを追いかけて、家を飛び出す。
あの白いローブはナディアが持っているので、いつもの赤い服のまま外に出る。
まぁ、昨日もそれで帰ってきたのだが、やっぱりドキドキしてしまう。
そんな鼓動を抑えようと、胸に手を当てながら森を進み、木のアーチを潜って、魔物の国の転移門へやってきた。
ここを通らないと、イヂラード街へ行けないからしょうが無い。
光に包まれ、目を開くと魔物が沢山目の前に‥‥。
転移門に立っている私達に気付いた魔物達は、一斉に視線をこちらに集める。
さっきまで賑やかだったのに、シーンと静まり返った。
‥‥逆にそれが怖い。
だ、大丈夫だ‥‥。
だって、モノンがもう自由に歩けるって言ってたし‥‥!
ど、ど、堂々としてればいいんだ!!
冷や汗が頬を伝う。
ルークが、片手で私の前方を塞ぎ立つ。
そして、魔物共を睨みつけた。
「何だお前ら‥‥何か文句でもあるのか‥‥。
シロナに何かしてみろ‥‥俺がお前らを殺してや‥────?!」
殺すと言いかけたその時。
一斉に魔物達は歓声をあげ、シロナに駆け寄る。
その気に殺意は一切無く。
全員私を賞賛する言葉ばかり投げかけてきた。
「いやーっ!人間!昨日の戦いは素晴らしかった!」
「あの団長に傷を付けれる人間がいるなんて、たいしたもんだ!」
「なんだいアンタ。ガリガリじゃないか。もっと沢山食べないと。ほら、良かったらこれお食べ!」
「ドラゴンを従わすなんて、スゲーな!」
「魔物を守る人間なんて、初めて見たよ!」
思っていた反応と正反対。
人間ならこうはいかないだろう。
1度植え付けられた考え方は、中々変えることが出来ない。
それに対して、魔物は違うのだろう。
言葉ではなく、行動で示す。
それが彼らの心を動かした‥‥‥‥と、思う‥‥。
彼らの言葉に何か返事をしようと思ったが、驚きすぎて、口をパクパクと動かすことしかできなかった。
沢山の魔物にもみくちゃにされる私。
ルークが必死に人払いをしようとするが、流石に無理。
「やれやれ。なんの騒ぎかと思って来てみたら、まさかの人の子だったかー。ラッキー!」
困り果てていると上空から、茶色いローブを羽織った小柄の魔物が、私の前に現れた。
「?!だ、誰だあんた」
「悪いけど、今は後回しだよ。舌噛まないように口閉じといてねー」
そう言うと、魔物はルークとシロナの手を掴み、魔法を地面に撃ち放った。
「うああああああああ?!」
風魔法の一種だろう。
竜巻のような上昇気流を生み出し、それに打ち上げられ3人は空を飛んだ。
「あの時計台のてっぺんに降りようねー。あそこなら魔物にも囲まれないだろうし」
風魔法は、ゆっくりと私達を地面に下ろした後、フワッと消えていった。
すごい‥‥こんな使い方もあるんだ‥‥。
感心していると、ルークは掴まれていた手を振りほどき警戒する構えをとった。
「‥‥あの魔法は並大抵な奴が使えるモノじゃない‥‥。
お前‥‥何者だ?」
「あれー?お兄さんはオレの事知ってる筈だよねー?もしかして忘れちゃった?オレ寂しーなー」
魔物は被っていたフードをめくり、その顔を見せた。
紫色の髪に、青と白のオッドアイの瞳。
そして、左目には酷い傷跡があった。
見た目は、男か女か分かりにくい少年のエルフ。
その者は‥‥
「オレはレヴォル。スカーレットの師匠だよー」
と言った。




