第三話 これでお前は死んだ
「魔物と人の子だと・・・」
「そう、そしてここは俺の家。昔は親父と妹と住んでいたが、今は一人だ。静かに暮らしていたいのに何処からかやってきた人間がここへちょっかいをかけてくる。迷惑な話だ」
「ここに来た人間はどうした?殺したのか?」
村人が帰ってこない、そうあの人は言っていた。人の血が流れているとはいえ、所詮こいつは魔物。
きっと
「殺してはいないよ、ただちょっと懲らしめてやったけど。玄関前の庭に草花が植えてあっただろ?あれは幻想花と言ってその花粉には幻を見せ眠らせる効果がある。人間除けだ」
確かに、あの庭に煙が立ち込めていた。あれは花粉だったのか。
「殺してない? なら、あんたは私を、殺してくれないのか。やっと終われると思ったのに、やっと・・・」
クソ!クソ!クソ!何だよ、それじゃぁ私は・・・。歯をギリギリ鳴らし、眉間にシワを寄せた。
彼は立ち上がり、窓際まで歩いて外を眺めながらこう言った。
「・・・この家の裏に森がある、そこには危険な魔物がひしめいていて、普通の人間が迷い込めば一瞬にして命を落とすだろう」
「そこに行けば死ねるってことか」
私はスープを残して玄関に向かった。
そして裏の森へ走った。走って走って走り続けた。でも、何も起きなかった。誰も私を殺しに来なかった。森は平和そのもので木の枝には小鳥がとまり楽しそうに歌っている。
「ハァハァハァ」
ずっと監禁されていたためか、少しの距離を走っただけで息が上がってしまった。
どうして何も起きない。
そこへすぐに彼が追い付いてきた。
「娘。お前が何故そこまで死にたがりたいのか知らないが、お前が森に入ろうと死ぬ事は出来ない」
「何で・・・何で私だけ!!」
は?人間が踏み込めば死ぬんだろ?どうして私だけ。その答えはすぐ返ってきた。
「お前に生きる欲が無いからだ」
生きる・・・欲?
「魔物や魔獣は生命力に引き寄せられる。つまり生きる力がある者だ。だがお前はどうだ?生きているのに生きようとしていない。ただ歩く屍だ、そんな人間が森に入ろうが何も起きはしない」
「お前は死ねない」
絶望。ただその一言に尽きた。死ねない?ここまで来て、覚悟も決めて、帰る場所も無いのに。死ねない? 神様がいるならどうして私を生かすのか、問いただしたい。もういいでしょ、もう何もかも諦めたんだ、早くこの命を終わらせてよ・・・
「私にはもう、生きる意味何て無い。家族も死んだ!帰る場所も失った!私にはもう何もないんだ!!だから生きていたって仕方が無いの!!あんた魔物の血が流れてるんでしょ?ならあんたが私を殺してよ!あんたが私を・・・救ってよ・・・うっうっ」
私はその場に崩れ落ちるように座り大泣きした。すると彼は腰につけていた小刀を抜き構えた。
ようやく私を殺してくれる気になったようだ。これでやっと終われる。
彼はゆっくり近づいてきて、そして刀を振った。
ヒュッ!!・・・キンッ
・・・あれ、どうして?何処も痛くない?今確かに切られて・・・
ふと地面を見ると数年切っていなかった髪が足元に散乱していた。そして昔の頃みたいにショートになっていた。
「これでさっきまでのお前は死んだ。そして今のお前は新しく生まれ変わった」
「は?あんた何を言って」
「帰る場所が無いと言ったか?なら今ちょうど人手不足で助手が欲しいと思っていたんだ。楽な仕事ではないがやりがいはある。衣、食、住、全て与えよう。どうだろうか」
こいつの言っている意味が分からなかった。でもその温かさが私に、少し生きてみようと思わせた。
「そういえば名前を聞いていなかったな。俺の名前はルークだ。お前の名は?」
「私は・・・シロナだ」
「シロナ。いい名前だな、これから助手として頼むぞ。シロナ」
こんな優しく名前を呼ばれたのは父さんが生きていた頃以来だ。照れくさくて顔が熱くなるのが分かり、私は顔をうつ向かせた。
再び家に戻るとルークは私の髪をハサミで整えてくれた。手慣れた手つきでチョキチョキと切っていく。切り慣れているのだろうか。そういえば妹が居たって言ってたような・・・まぁ今はいいか。
「あの、誰も殺してないって言ってたよな、なら村に帰ってこない理由って」
「あぁそれね、ちょっとイタズラでな、あの森の奥に別の場所と繋がっている出口があるんだけど、そこに幻想花の花粉で眠った人間たちを放り込んだんだ。きっと何処かの村か国に落っこちてるだろうから心配することはない」
なるほど。そういうカラクリだったのか。そして一つ疑問がわいた。
「じゃぁどうして私だけ」
「対外の人間は俺を討伐するためにやって来た、でもシロナ、お前は違った。いきなり殺せ!何て言ってくるものだから訳があるんだろうと考えた。そしてお前は魔力が強いみたいだから上手くいけば助手になってもらおうと・・・」
【魔力】
この世界の人間には生まれつき魔力が宿っている。しかしその強さはまちまちで、私は特にその才能に恵まれなかった。父さんも魔力はからっきしで遺伝だろうと諦めていたし、特訓しても魔力の力は増減することは無いものだったので仕方ないと思っていた。
それなのに、私の魔力が強い?
「ちょっと待て!私は生まれつき魔力なんてそんな強くなかったぞ!魔法だって使えたことも無いし!」
驚いて動いてしまった私にちょっとって言いながらルークはハサミを止めて、なるほどね、と言いたげな顔をした。
「そうか、それで・・・」
「な、何?」
「いや、後で話そう。さっ!」
ルークは私に巻いていたタオルを取り外した。
「出来たぞ」
散髪は10分くらいで終了。襟足は顎より長く、後ろ髪は短くスッキリとしたヘアスタイルとなった。
「あ、ありがとう」照れくさいのでボソッとお礼を言った。