第十二話 全力疾走
納品を終えた私達は店へと戻ることにした。
あの女の子が気になるけど、また行く機会があるかもしれないから、その時にでも話せたら良いかな。
店への道のりは施設から徒歩約30分。
養護施設は街の端っこにあって、少し遠いのだ。
来た道を戻ること25分。
あと少しってところで、ポルクが足を止めた。
突然止まるのでぶつかりそうになったが、なんとか耐えた。
「ポルクどうし・・・」
「シロナさがって!」
ポルクは腰にぶら下げていたナイフを抜き構える。
その視線の先にはボロボロの鎧をつけたリザードマンが歩いてくる。
別にこの街に純血の魔物が居ても普通の事なのだが、このリザードマンは少し様子が違った。
フラフラとした足取り。
血走った目。
荒れた呼吸。
そして
全身に返り血のような赤。
明らかにおかしい。
「何・・・あの魔物・・・」
手が震える。
怖い。
けど、それはポルクも同じだった。
恐怖に震えながらもナイフを構え、私達を守ろうとしてくれている。
コハクも何かを感じているのか、私の肩で歯を剥き出し威嚇をする。
近づいてくる魔物にポルクが問いかけた。
「お前何だよその血・・・どっか怪我してるの?それとも・・・」
しかし、その答えは帰ってこない。
よく聞こえないが、リザードマンはブツブツ言いながら近づいてくる。
「そ、それ以上来るな!」
ようやくこちらに気付いた魔物は、シロナを視界に入れるといきなり叫びだした。
「あ゛あ゛あ゛、みづげだァァア!!!魔女!!!魔女!!!殺してや゛る゛ゥゥゥウウ!」
ま、魔女?!
叫び散らかしながらリザードマンは私に向かって真っ直ぐ突っ込んできた。
「危ない!」
ポルクが私を突き飛ばす。
そのおかげで攻撃を避けることが出来た。
でも、これで終わりなはずがなく、リザードマンは体勢を立て直してくる。
鋭い爪を立てて。
あの魔物、私を狙ってきた?!
魔女とか言ってたような・・・。
よく分からないけど、誰かと勘違いしてるんだ。
それなら・・・っ
「ポルク!私がアイツを引きつけるからアンタは店に戻って!」
「何言ってんのさ!相手はあの凶暴化したってゆー魔物かもしれないんだよ!人間の君を置いていくなんて出来ないよ!!」
「いいからっ!奴の狙いは多分私だっ!アンタまで巻き込んじゃう。店に戻ってこの事をルークに伝えて!」
そんな話をしているとリザードマンが襲いかかってきた。
「早く!行って!!」
「ん〜〜〜っ!もう!シロナのバカ!」
ポルクは店へ。
私は人通りの少ない場所へ走り出す。
ポルクのやつ、普通そこは気を付けてねとか、怪我しないでね!とかじゃないのかよ・・・。
バカって・・・。
と、兎に角今は奴から逃げなきゃ!
相手はリザードマン。
足が速いから、すぐ追いつかれてしまう。
なら、障害物の多い路地裏へ逃げるしかない。
細い路地裏へ入り、ゴミ箱等をなぎ倒しながら走る。
しかし、リザードマンはそれを意図も容易く破壊しながら追いかけて来る。
振り返って奴の顔を見たけど、話してどうこうなる様な相手でないことが一発でわかった。
目がヤバかった。
きっと理性がぶっ飛んでる。
捕まったら速攻死ぬだろう。
でも、もう私の命は私だけのものじゃない。
私が死ねば、コハクも死ぬ。
そんなの嫌だ!
逃げるんだ、今は、全力で!!!
息を切らしながら走って走って走りまくった。
もう今自分が街のどの辺に居るのかも分からない。
魔法で足止めも考えたけど、またサラマンダーが来て大爆発させるのが目に見えている。
しかもここは街中。
他に被害が出る可能性も・・・っ
必死に何かないかと考えていると、コハクがリザードマンの方を向いて口を開いた。
何をする気だ?
すると高エネルギーが集まっていく。
まさか、魔法攻撃をするつもりか?!
「コハク!駄目だ!」
急いでコハクの攻撃を中断させる。
確かにコハクに戦ってもらうという手も考えた。
けど、今魔力消費するのは避けたい。
何故なら、まだ私が完全にコハクへ魔力供給することが出来ないからだ。
また魔力不足になると危険・・・。
だから、今は逃げるしか・・・。
くそっ・・・・・・ルークっ・・・・・・
その頃ポルクはようやく店に着いたところだった。
「あんちゃーーーーん!!!!!」
大声をあげながら店に入る。
ルークはカウンター席に座り帰りを待っていたが、ポルクの慌てようを見て何かあった事を察した。
「どうした、何があった?シロナはどうした」
全力疾走してきたポルクはゼーゼーと呼吸を荒げていたが、徐々に呼吸を整えていく。
「ハァ、ハァ、シロ、ナが!ゴホゴホッ、変なリザードマンに襲われて、あんちゃん!助けて!!」
ルークは立て掛けていた刀を持って外に飛び出した。
リザードマンに襲われた?
よく分からんが・・・シロナがポルクを庇って逃げているのか・・・。
「ったく、帰ったら説教だ!」
ルークは物凄い勢いで風を切って走る。
しかし、シロナは既に体力の限界がきていた。
そこで物陰に隠れる。
「ハァ、ハァ、ハァ、・・・コハク・・・まだ・・・追ってきてるか?」
「クウ!」
「はは、やっぱり?しつこいなぁもう」
休む暇もなく、すぐにまた走ることに。
「アアアアアアア!しねぇぇぇぇえええ!」
後ろから聞こえてくる声。
怖い、怖い、怖い!
恐怖に足がすくみ、躓いてしまった。
盛大に転ぶ。
もう駄目だ。
死ぬ。
その時空から何かが降ってきた。
それと同時にリザードマンの叫び声が路地裏を駆け巡る。
「ギャァァァァッァアアアア!!!!」
何が起きた?
もしかして・・・・・・・
「ルーク・・・?」
顔を上げて確認するが、その背中は見慣れない背中だった。
いや、でもどこかで見た気が・・・
「おいおいおいおい、仕事で近道してたらさぁ~。何だよコレ。女の子追い回しちゃってさ」
この声、身に着けている大きなカバン・・・。
間違いない、この男は。
「みっともねぇな!トカゲ野郎。このフリーター王が成敗してやるよ!さぁ・・・・覚悟しろ」
武器を構えるジェイト。
その武器は細い刀身をしている。
レイピアってやつだろうか。
「ウガァァァア!」
先ほどジェイトが上から落ちてきた時に、左腕を斬られたリザードマンは更に狂暴化した様子で雄たけびを上げている。
ジェイトはそんなのお構いなしに動く。
軽い身のこなしで横壁を飛びつたって、リザードマンに斬りかかる。
「トカゲちゃ~ん、そんなもんですか~?つまんねぇぞっ!」
凄まじい蹴りが繰り出され、リザードマンは数メートル向こうに吹っ飛ばされた。
「んだよ、もうおしまいか?」
反応が無い。
今の衝撃で気を失ったのか?
私は・・・助かった?
ジェイトは振り返り私の方へ歩いてくる。
「お嬢ちゃん大丈夫か?・・・ん?あんたどっかで・・・」
私に気を取られていたその隙に、リザードマンはいつの間にか立ち上がり、こちらに迫っていた。
「危ない!!!」
その声で振り向き剣を構えようとするが間に合わない。
やばい、やられると思ったその時。
今度は私の背後から物凄い勢いで何かが走り抜ける。
倒れたのは襲ってきたはずのリザードマンの方だった。
そして颯爽と現れたのは、紛れもなくルークだった。
ルークだけど、一瞬疑ってしまった。
何故かと言うと、それは・・・。
ルークの目が・・・・・・あの時の・・・。
父さんを殺したあの魔物と・・・。
同じ目をしていたからだ。




