真夜中の海
仕事終わりに、私は逃げる様にして車に乗り込んだ。無意識に設定したナビに従い、私は深夜の街を滑る様に走って行く。
ハンドルを握る手は、エンドレスに流れているCDの音を拾ってリズムを刻む。誰にも邪魔されない、自分だけの空間がそこにあった。
ペットボトルホルダーに置いたサイダーを飲みつつ、私は今走っている道が、懐かしいものであることに気付いた。
「昔良く行ったな……」
キュルルという音を奏でながら、私は片側三車線の道路から脇道に逸れていく。いつの間にか乗用車は私の他はいなくなり、大型トラックだけが見える様になっていた。
まもなくして着いたのは、海の近くにある映画館だった。現時刻では勿論閉館しており、駐車場も閉鎖されている。この地域はこの映画館が唯一の商業施設で、後は工場が広がるばかり。私はいよいよ行く当ても無くなって、ナビを見ながらゆっくりと海に近づいていく。
するとどうであろうか。海が見えようとする道路に、まるで行く手を防ぐかの様に沢山の車が縦列駐車という形で路上駐車をしているのだった。
「……」
私もそれに便乗する形で、縦列駐車の群れの間に自分の愛車を停止させた。ここに停まっているのは、トラックだけでなく、普通の乗用車がほとんどだった。夜中に、どうして、こんな辺鄙な場所に、人が集まるのか。私は好奇心だけで、殻を破る様に車の外へ出た。
ムッと押し寄せてくる夏の暑さを感じつつ、私は背の高い植物で視界が遮られたガードレールの横をゆっくりと歩いていく。人っ子一人見えないが、どことなく、人間の声が聞こえる気がした。
「……アベックだったら嫌だな」
今時アベックという単語が口から飛び出した事にうっすら驚きつつ、私は辺りをきょろきょろと見回した。もう、すぐそばから、場違いにテンションが高い集団の声が聞こえてきていた。
ガードレールが途切れた、その時。私の目に飛び込んで来たのは、真夜中の海だった。
「……海」
海が見えることなど百も承知の癖に、私は思わずそう呟いていた。風もほとんど吹いておらず、静かな海。私はパンプスに砂が入るのも気に留めず、真っ直ぐに歩いて行った。
若者――といってもほぼ同世代が線香花火をしているのを横目に、私はただただ暗い海の前で立ち尽くした。白浜とは比べようも無く、ゴミが散乱した海。星など、探すのも無駄だろう。そのくせ工業地帯だというのに、人工の明かりもポツポツとしか存在しておらず、眩さも無い海。それでも私は確かに、海にいた。
「……」
波も無く、潮の匂いもさほど感じられないそこで、私は、時間を忘れた。こんな海を見たって、きっと誰も、自分の小ささなど微塵も感じない。こんな海を見たって、誰もここが沖縄と繋がっているなんて思いたくない。それでも私は、この場所が好きになっていた。
「……ふふっ」
一人で笑っていても、誰も気にしない。そんな適当な寛大さだけが、私を包んでいた。