【 8 】
それから、二対二、三対三、いろいろな形式でちょっとした試合もしてみた。明らかに僕が足を引っ張っていたけど、それを陽介さんが必死にフォローしてくれていた。ごめんね。
遊びだけど、手を抜くのは嫌いな人ばかりだった。みんなが一生懸命遊んでいる。大人になってもそうしていられるのっていいな。
ただ、一生懸命すぎて、その分やっぱり疲れる。ちょっと休憩って言ってみんなが壁際で転がっていた。
でも、白澤はみんなが休んでいてもずっとボールに触っていた。そんなにボールから離れがたいのかなってくらい。
そんな白澤を尻目に、僕も体育館の床に寝そべる。床板がひんやりとして気持ちいい。白澤がドリブルする振動が伝わった。元気だなぁ。
多分、また当分は整った環境でボールに触れられることがないってわかっているから、休みたいとも思わないんだろう。もどかしいくらい、時間が惜しいんだ。
そんなに頑張ったって、バスケで進学や就職できるわけじゃない。それでも、どうしても、好きなものは好きなんだ。白澤が東京に後ろ髪を引かれっぱなしなのも仕方のないことではあるんだろう。
ここでたまにボールに触れて、それが気分転換になればいいのに。
息を切らして、それでも眩しいくらいの笑顔でいる白澤。クラスメイトが見たらきっとびっくりする。まるで別人だから。
三時間くらい、僕たちはみっちりバスケをしていた。でも、みんなはそれぞれに明日、仕事があるからって帰っていく。
白澤は一人ずつに丁寧にお礼を言っていた。こういうところが体育会系だな。教室では挨拶すら返さないのに、世話になったと思えば義理堅い。
最後に残ったのは僕たちと陽介さんだ。
「送っていこうか?」
そう言ってくれたけど、僕は首を横に振った。
「ううん、大丈夫だよ」
白澤もうなずく。
「はい。そんなに遠くないし、歩きます」
陽介さんは少し考え込んだ。そうして、強くは言わなかった。
「そうか。じゃあ、気をつけてな。また来いよ」
「うん、ありがと」
白澤も深々と頭を下げた。
陽介さんはまだ鍵のこととか、色々と後片づけがあるみたいだ。僕たちが先に出ないと閉められない。
体育館を出て、靴を履き替えながら僕は白澤に訊ねた。
「楽しかった?」
すると、白澤は首だけを僕に向けたかと思うと、そのまま大きくうなずいた。
「うん! すごく!」
その笑顔には嘘がない。キラキラと眩しいくらいに目が輝く。
好きなことを語る時、人はみんなそうだ。
「みんなすごく上手なんだもん。特に有紀子さん、すごく足が速いの。愛美さんなんて高校までずっとソフトボールしてたから、卒業するまでバスケの経験はなかったっていうんだけど、少しもそんなふうに見えなかったよ。あたし、全然抜けなかった!」
ちょっと興奮気味に話す。そんな様子に僕も笑った。
「うん、僕だけ下手すぎて場違いだったな」
「練習量が違うからでしょ」
「僕、野球部だから」
「なんでバスケ部あるのに入ってないのよ。勿体ない!」
なんて言われても。野球部の部員が聞いたら怒るよ、それ、と僕は苦笑した。
体育館を出て、それでも弾む足取りの白澤。汗を流して清々しい気分なんだろう。
通り道の自動販売機で僕はアイスミルクティーとカフェオレを出した。ガコン、と缶の打ちつけられるいつもの音。ふたつの缶を持ち上げて、僕は白澤に差し出した。
「どっちがいい?」
白澤はミルクティーを取った。
「ありがと」
はにかんで笑う。陽介さんたちにスポーツドリンクをもらったけど、あれだけ動けば物足りなくて、まだ喉は渇いている。
プシ、と音を立ててプルトップを持ち上げた。歩きながら飲んでもよかったけど、白澤はガードレールに腰かけて飲み始める。缶を両手で包み込むと、ぼんやりと僕に目を向けた。
「ところで、陽介さんって名塚に甘いよね」
何気ないひと言。
でも、僕の心臓がドクン、と鳴った。
「そうかもね。過保護だなって思う」
別に、詳しく話したくないとか、そういうわけでもないんだけど、まあ暗い空気にはなるのかな。
でも、白澤はそれ以上突っ込まなかった。
「名塚が童顔だから、小学生くらいに接するみたいにしちゃうのかなぁ」
なんて言って笑っている。
「せめて中学生にしてよ」
「えー」
クスクス、まだ笑っている。上機嫌だな。
僕はカフェオレをひと口飲んで、そうして言った。
「白澤もさ、学校の外にも知り合いが増えてよかったよな」
みんないい人だった。それに、陽介さんはみんなのまとめ役っぽい。それなら、僕の友達の白澤も大事にしてくれるはずだ。
少しずつ交流を増やしていけたら、この町でもっと過ごしやすくなるはずなのに、白澤は僕の言葉を喜ばなかった。急に笑顔が消えて、ひどく難しい顔になる。
「もうあたし一人で行けるだろうから、次は付き合わないって言いたいの?」
なんでそうひねくれて受け取るかな。
よかったなって喜んでいる、その言葉通りに受け止めてくれたらいいだけなのに。
「いや、そういうんじゃないけど……」
「大丈夫。そんなに頻繁に行こうと思わないから」
白澤は拗ねたみたいなことを言う。
なんで? あんなに楽しそうだったくせに。
「そんなこと言わないで、行きなよ。他じゃバスケできないんだから」
それなのに、白澤は強情に首を振る。
「いいの。今日は楽しかったから、もう十分」
少しずつ、心を開いてくれているようで、本当はそうじゃない。
白澤の周囲にはしっかりと隔たりがあるままだ。それを越えていった方がいいのか、越えてきてくれるのを待った方がいいのか、僕にはまるでわからない。
この土地にある楽しいことなんて、一時の間に合わせで、没頭する自分を滑稽に思うのかな。そうだとしたらすごく寂しいんだけど。
僕は思わずため息交じりに言った。
「陽介さんたち、また来ると思って待っててくれるよ。だから、行こう?」
白澤は口を尖らせた。何かを言い返そうとしているのがわかる。
でも、きっとそれがうまく言葉にならないんだ。だから僕は重ねて言った。
「今しかできないことってあると思う」
本当にそうなんだ。本当に、いつだって変わりない日常が続くなんてことは絶対にない。僕と白澤がこうして二人でぼんやりとしている時間だって、今後もう一度あるなんて保証はない。そういうものなんだ。
「何よ、それ。名塚って童顔なのに言うことがジジ臭い」
すぐそうやって憎まれ口を叩く。困った性質だ。
「どうせだったら楽しく過ごした方がいいのに。白澤は難しく考えすぎなんじゃないの?」
「そんなこと言ったって、あたしにだって色々あるんだから」
「僕にだって色々あるよ」
「例えば?」
完全に不機嫌になった白澤はじっとりと僕を見る。僕はカフェオレを飲み干すと、空き缶を自動販売機の隣のゴミ箱に捨てに行った。そうして振り返る。
「軽く訊いて、重たい内容だったらどうする?」
「え?」
「受け止められるなら言うけど」
明らかに困った顔をした白澤は、売り言葉に買い言葉になって、僕に悪かったと思っているんだろう。言っちゃいけないことを言ったのかもしれないって、反省しているから黙るんだ。それがわかったから、僕は少し笑ってみせた。
「――なんて、言ってみただけ」
そうしたら、白澤はガードレールから離れて僕の隣に来ると、僕の背中をバシバシと叩いた。痛いし。
でも、白澤はほっとしたんだってわかった。両手でミルクティーの缶を包み込んだまま飲んだ。その缶を捨てると、急に叩いた僕の背中を撫でた。
「ごめんね」
そのごめん、は叩いたこと?
それとも、思いを口にしないこと?
面倒臭い白澤は、それでも放っておけなくなる。
「帰ろっか」
「うん」
背中を撫でていた手が、最後にギュッと僕のパーカーをつかんだ。それにはどういう意味があったんだろう。