【 22 】
僕は時々言葉に詰まりながら白澤に兄ちゃんのことを語った。五年も経ったのに、まだ平然と話せるようにはなっていない。
白澤は終始、相槌さえ打てずに戸惑いを浮かべていた。僕の感情を共有させるみたいで、そのことを悪いと思う反面、白澤には知っていてもらいたい気持ちになったんだ。
白澤は写真を両手で大事そうに持ちながらぽつりと零した。
「……ぼよぼよなんて言ってごめん。大事なボールだったのに」
あんまりにも深刻に言うから、僕の方が噴き出した。その途端、体のこわばりが一気に解れた。
「ぼよぼよって――ああ、そんなことも言ってたな」
でも、白澤は笑わなかった。切ない目をした横顔は僕の気持ちを思い遣ってくれている。綺麗だなって少し見とれた。
「お兄さんの形見だから、あんなに必死に追いかけたんだね」
ああ、公園で――あの時は夢中で、トラックの前に飛び出しそうになったっけ。ボールを追いかけたところで兄ちゃんが戻ってくるわけじゃないのに。
それどころか僕までトラックに轢かれていたら、父さんや母さんをひたすら悲しませることになった。
それでも、あの時は兄ちゃんとの思い出がボールと一緒に潰れてしまうような気がしたのかもしれない。
「うん。ずっと部屋に転がしてあったけど、白澤のおかげで久々に本来の使い方ができた」
「あたし、何も知らなかったから、名塚に無神経なことたくさん言ったよね……」
「そんなことないよ。僕もあえて今まで言わなかったんだから、いいんだ」
知ってほしいと思ったけれど、兄ちゃんの話だけを今、白澤にしようと思ったわけじゃない。今、僕が白澤としなくちゃいけない話はこの先にあるんだ。
気持ちを落ち着け、僕は白澤に心を込めて言葉を贈る。
「なあ、白澤。……白澤がこの先選ぶ道が東京の方にあるんだとしても、僕は白澤に会えてよかったよ。一緒に楽しい時間を過ごせてると思うから。先のことを心配して今を大事にしないのは勿体なくない?」
白澤が潤んだ目を向ける。僕はやっぱり、そんな白澤が好きなんだ。
ぎこちないと思うけど、それでも僕はなんとか笑おうとした。
「それから、二年先も繋がりを切らないで。会いに行くから。僕は――白澤のことが好きなんだ」
ハッと目を見開いた白澤。肩が軽く震えた。
「僕は、兄ちゃんのことがあってから、その人と過ごせる時間はずっと続くわけじゃないって知ったから。だから、後悔しないように気持ちは伝える。一緒にいられる時間を大切にする。それだけはずっと前に決めたんだ」
――ただ、それは僕の言い分。
どんな経緯があって僕がそう思ったとしても、それは白澤に押しつけられることじゃない。それはわかっているつもりだ。
僕の気持ちは白澤にとって迷惑なのかもしれない。白澤の負担を増やして、余計に学校に行きたくない理由を作ってしまっただけなのかな。
それでも、一度口にした言葉は取り消せない。
白澤の返答を、心臓が潰れそうな思いで待つ。白澤は無言のまま、写真を僕にそっと返した。
僕はああ、とつぶやいて写真を緩慢な仕草でカバンに仕舞う。そうしたら、白澤は風で乱れた髪を耳にかけた。その仕草がすごく女の子らしく思えた。
心臓が痛い。もう、答えなんてなんでもいいから何か言ってほしい。
半ば諦めかけた僕に、白澤は海を見つめたままつぶやいた。
「返事、待ってくれる?」
その途端、ダッと何の汗なんだかよくわからない汗がいろんなところから噴き出すのを感じた。体中の筋肉が自分のものじゃないみたいに、へなりと脱力していく。
「も、もちろん。……ごめん」
耐えられなくなって謝った僕に、白澤は髪を乱して首を振った。
「名塚は何も悪くないから。ありがとう」
赤い顔をしてそれだけを言って、白澤は一目散に駆けていった。僕は悪くないなんて、まるで僕の心を読み取ったみたいなことを言う。
僕は――追いかけて送っていくとはとても言えなかった。
返事は保留。だけど、その場で断らなかったのはなんでだろう?
謎がひとつ。その謎が唯一の希望?
僕には、白澤の気持ちはわからない。でも、ほんの少し、希望を持ってもいいのかなって、あの赤い顔を思い出しながら思った。
明日は土曜日。月曜日に学校で顔を合わせる。その時には返事をくれるんだろうか。
僕は――この町の、白澤にとっての未練になれるかな?