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ミヤコワスレを君に  作者: 五十鈴 りく


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19/26

【 19 】

 次の日、僕は前の晩からの決意を秘めて学校へと向かった。

 白澤とはもっとちゃんと話さなくちゃいけない。どうして急にあんなことを言い出したんだろうと思ったけれど、白澤の中では急なんかじゃなくて、ずっときっかけがなくて言えなかっただけなのかな。


 それとも、これ以上深入りすると僕の諦めがつかなくなるって気づいたから、今言わなくちゃいけないと思ったのか――


 その答えを知りたい。白澤の気持ちを知りたい。


 でも、その日、白澤は学校に来なかった。

 加来先生は白澤の欠席の理由を、頭痛が治まらないからって言った。先生も偏頭痛持ちだから気持ちがわかるとか、その後も色々と語っていたけど、僕は生返事をしているだけだった。

 ごめん、先生。僕は今、なんにも考えられない。


 僕は今日、すごく意気込んで学校へ来た。その勢いで白澤に向き合おうって思っていた。それが休み――


 このモヤモヤを僕は一日抱えていなくちゃいけないのかと思ったらへこたれそうだった。家に帰ったらすぐ電話をしようかとも考えたけれど、大事なことならなおさら、顔を見て話さないといけない。それに、これがズル休みじゃなくて本当に頭痛だったら無理をさせてしまう。


 もう一日。もう一日我慢したら、明日には出てきてくれるのかな?

 このまま登校拒否とかないよね? 大学に行きたいって言っていたんだから、高校にはちゃんと通わないと。


 不安が僕に重たくのしかかる。僕は席に着くと、机に肘をついて朝から頭を抱えていた。

 そうしたら、僕の机の横を通りかかった中川が僕を見下ろす形でぽつりと言った。


「……白澤さんが休んだの、私のせいかも」

「え?」


 驚いて僕は顔を上げた。そしたら、中川の目にはうっすらと涙が浮いていた。

 ――白澤と中川との間で何かがあったのか。それで昨日、白澤は急にあんなことを言い出した?

 そういうことなのかなって、ほんの少し納得した。


 そこで二限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。中川は僕に何かを言いたげにしたけど、結局は苦しそうに口をつぐんだ。

 僕はそれを中川に訊ねようとは思わなかった。チャイムの音の中、中川にしか聞こえない程度の声で告げる。


「大丈夫、白澤はちゃんと来るから」


 白澤は中川の名前なんて出さなかった。僕が中川に詰め寄ったって白澤は喜ばない。それくらいのことはわかるから。

 中川はやっぱり泣きそうな顔をしたけれど、それでも小さくうなずいてから席についた。



 悩んだ挙句に僕はその晩、白澤に電話をかけた。

 具合はどうかってことと、明日は出てこられるかってことを訊ねたかった。それだけに留めるつもりだった。

 でも、白澤は電話を取らなかった。着信は折り返されることもなく、僕は机の上に置いた電話の子機を眺めながら気づけば眠っていた。



     ●



 翌朝、僕はいつもよりもずっと早く起きた。少しも眠たいとは思わなくて、むしろ目が冴えていつもよりスッキリとしているくらいだ。


「あら? 今日って朝練だったっけ?」


 母さんが味噌汁の入った鍋のガス火を止め、不思議そうに首を傾げる。僕はちょっとだけ笑ってみせた。


「違うよ。でも、学校へ行く前に寄りたいところがあるから」


 母さんは多分、どこへ? って訊こうとした。でも、それを父さんが新聞を広げた陰で止めたんだと思う。


「そうなの。じゃあ、ご飯よそうわ」

「うん、ありがとう」


 僕は洗面所で顔を洗って、着替えてから席についた。テツも朝ご飯だ。自分の食器が満たされている時は寄ってこない。

 豆腐とわかめの味噌汁をすする僕を、眼鏡越しに見つめる父さんの目が妙に優しかった。



 そうして僕は家を出る。行き先は――白澤のマンションだ。

 嫌がるかもしれないけど、出てきてくれないなら僕がじかに会いに行く。


 少しだけ気温の下がった朝は過ごしやすくて、軽く吹きつける風も乾いていた。もう、九月なんだから。

 僕は眩しい朝日に手をかざして走り出す。


 白澤のマンションの下に来ると、通勤、通学時間のせいもあっていつもより行きかう人が多かった。駐車場へ急ぐ、ピシッとスーツを着たビジネスマン。あの中の誰かが白澤のお父さんだったりするのかもしれない。


 入口で大きく深呼吸する。胸板に手を添え僕は自分の鼓動を確かめる。

バクバクいっているのも当たり前だ。すごく緊張しているから。

 これも生きている証拠か。――よし。

 僕は覚悟を決めてマンションへと足を踏み入れた。


 白澤が住んでいるのは三階。エレベーターを使おうか、階段を使おうか。行き違いになるかもしれないと思って少し悩んだ。でも、マンションのロビーで待ちぼうけになる可能性だってある。結局僕は思いきって三階まで階段を駆け上った。


 朝から階段を使う人は少なかったらしく、僕の足音だけが響く。階段の踊り場を抜け、渡り廊下に出た。

 それから僕は『白澤』の表札の出た扉の前に立ち、一度深呼吸をして目をつむったままボタンを押す。これを押すのは二度目だ。


 ピンポーン。


 中でバタバタと慌ただしい足音がして、それからインターホンを通して声が返った。


『はい、どなたですか?』


 大人の女の人。白澤のお母さんだろう。

 僕はかなりの緊張で、声が上ずりそうになりながらも、なんとか答える。


「おはようございます。白澤さんのクラスメイトの名塚です。白澤さんはいますか?」

『ああ、理沙の。ちょっと待ってね』


 ふ、とお母さんの声から鋭さが抜けた。そうして、扉の奥から娘を呼んでいる声が漏れてきた。それに対する白澤が何を答えたのか、ぼそぼそと低くてそこは聞き取れなかった。ガシャ、ガシャ、と手早く鍵を開けてくれているのがわかった。

 そして、扉が開く。僕は邪魔にならないように少し下がった。


「おはよう。わざわざ娘を迎えにきてくれてありがとう」


 そう言って出てきた白澤のお母さんは、朝からピシッと身なりを整えていた。シンプルなのにハイセンスなワンピースを着て、明るめに染めた髪を軽く巻いている。この辺りのスーパーにいたら明らかに、いい意味で浮いてしまう上品な美人だ。

 田舎臭いであろう僕にも嫌な顔はしなかった。フフ、と品よく笑う。


「あなたが理沙の言った『ちょっとだけ仲良くしている』名塚くんね」


 ちょっとだけ仲良くしている。

 うん、まあそうなんだけど、その言い方が白澤らしいと思ってしまった。


「めぐむにも聞いたわ。優しいお兄さんだったって。理沙はひねくれたことをよく言うけど、あんまり真に受けないでね。理沙のことよろしく」


 その言葉を聞いて、いいお母さんだなって思った。

 そんなお母さんを押し退けるようにして白澤が出てきた。そうして、靴を履ききらずに引っかけて外へ出ると急いで扉を閉める。お母さんはまた笑っていた。


 白澤は扉を締めきると、急に僕を睨んだ。なんでこんなところまで来たんだって言いたそう。

 けど、そんなことには気づかない振りをして、僕はにこやかに言った。


「白澤、おはよう。今日は学校行けそうだな」


 う、と白澤はただそれだけしか言わなかった。うん、と言おうかどうか迷ったんだと思う。


「じゃあ、行こう」


 僕はそっと、けれど拒否されないようにしっかりと言った。白澤はそんな僕にいつになく怯えたような目をする。そのことが引っかかるけれど、僕は白澤とちゃんと話したい。それだけなんだ。

 白澤は無言でうなずいた。


 僕はほっとして歩き出す。狭い通路を二人縦に並んで進み、エレベーターを使って降りる。その間、白澤は何も言わなかった。僕もあえて何も言わない。

 エレベーターの静かな振動と稼働音だけが二人の間にある。でも三階なんて到着はすぐだ。僕たちはマンションを出た。そうしたら、白澤はマンションの前でぽつりとつぶやいた。


「……ねえ、あたしが昨日ズル休みしたと思って、今日は引っ張り出してやるつもりで迎えに来たの?」


 じろりと睨まれた。でも、ここで慌てるのも余計によくないような気がした。今日はぶつかるつもりをして来たんだから、こんなところで怯んでいられない。


「うん。本気で頭痛がひどかったなら謝るけど」


 そうしたら、白澤は逆に言葉に詰まって眉毛を八の字にした。


「まったく嘘じゃないけど、学校休まなくちゃいけないほどでもなかった」


 珍しく正直だな。僕は苦笑してうなずいた。


「歩きながら話そう。遅刻するし」


 白澤はやっと観念したのか歩き出した。僕はその隣に並ぶ。

白澤は僕を見ない。前も見てなくて、アスファルトの上の小石を数えながら歩きたいのかってほどに下ばかり向いていた。

 そうして、やっぱり僕を見ないまま項垂れて、やっと聞き取れるような小さな声でつぶやいた。


「……昨日、着信があったのに出なかったの、わざとだってわかってるでしょ」

「だからわざわざ来たんだ」


 めげずに返すと、振り向いた白澤の方が困惑していた。ギュッと結んだ唇がかすかに震える。

 そういう顔をさせたいわけじゃないのに。


「このままあたしと並んで教室まで行く気?」

「白澤が嫌なら離れて歩くけど」


 でも、と僕は強い口調で言った。白澤は観念したように僕を見た。


「放課後、ちゃんと話をさせてよ。白澤に聞いてほしい話があるんだ」


 また、う、って詰まったような曖昧な声を出した。いいんだ、僕はそれを都合のいいように解釈するから。


 結局、僕たちは並んで歩いた。同じ学校の生徒たちがチラチラと視線を投げかけてくるけど、僕は構わないことにした。白澤は顔を上げなかったし、それから口も利かなかった。


 それでも僕たちは教室までの道のりを並んで歩いた。


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