表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミヤコワスレを君に  作者: 五十鈴 りく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/26

【 18 】

 その日の帰り、電話をして会う約束を取りつけるまでもなく、僕は白澤に会った。いつもの場所で海を眺めている。会えて嬉しいけれど、何故かその背中に心がざわついた。

 それは、あの土砂降りの日、雨に打たれていた背中と同じに見えたから。

 そんなのは気のせいだと、僕は首を振って不安を飛ばした。


 夏が終わって、少しずつ日が暮れるのが早まる。油断しているとすぐに辺りは真っ暗になってしまうから、あんまり時間はかけられない。


「白澤」


 道路の方から声をかけて白澤のそばへと急いだ。白澤はゆっくりと振り返る。どこかぼんやりとした表情だった。

 僕はそんな白澤に向かって言った。


「あのさ、海って危ないからな。波が高い日は道路まで海水がかかるくらいなんだ。季節によってはここも危ないから気をつけろよ」


 台風にはまだ少し早いけど、海が荒れる日はある。今日もどちらかというと波が高い。

 地元の人なら海との付き合いも長くて、なんとなく危険を肌で感じるけど、白澤はそうじゃない。海の怖さなんて何も知らないから。


「うん」


 返事はするけど、本気でわかっているのかどうかは怪しい。やっぱり、ちょっとぼうっとしている。

 それでも、ここにいるのは僕に何か話があるからなんだろう。


 何か切り出しにくいことなのかもしれない。きっぱりとした性格の白澤が言い出さないのは珍しい。

 だから僕の方が自然と水を向ける。


「どうしたの?」


 カバンを後ろに置き、僕はユニフォームの汗臭さを気にしながら白澤の隣に座った。そうしたら、白澤はさらに強く膝を抱えた。その仕草に僕はいつも以上に壁を感じた。

 そんな中、白澤は海を見ながらぽつりとつぶやく。


「……ねえ、あたしがクラスに馴染もうとしない理由、聞きたい?」

「そりゃあ、話してくれるなら聞きたい」


 それはものすごく聞きたいことだった。ずっと知りたいと思っていた。

でも、白澤が話してくれるふうじゃないから、あえて訊かなかった。


 それを話してくれる。そのことに僕は期待した。話してくれる気になったのなら、それは僕を信頼してくれてのことなんだって。

 白澤は僕の方に顔を向けないまま、いつになく力の抜けた声で続けた。


「だって、たった二年だもん」

「え?」

「ここにいるのはたった二年間。あたし、東京の大学を目指すから。寮でも一人暮らしでもいいから東京に戻るの。だから、ここでの二年はあたしにとって我慢の時」


 我慢――?

 都を忘れられず、都に焦がれて過ごす日々。

 佐渡の地の順徳天皇のような。


 だからね、と白澤はやっと僕に首を向けた。でも、その目は僕に挑みかかるように鋭かった。

 僕が驚いて言葉をなくすと、白澤はそこから畳みかけるように言った。


「だから、あたしはここに親しい人間なんて作る気がなかったの。いつでも捨てられるものしかここにはなくていいって。だからあたし、名塚のこともそういうふうにしか見てなかった。どうせ東京に戻るんだから、戻ったら会わなくなるんだから、そんなに深入りしないでおこうって」


 ここでの友達なんて要らない。白澤はそう割りきっていたっていうのか。

 僕にだけ親しみを向けてくれているように思えたのは、たった一人なら切り捨てるのも簡単だから。


 白澤の言葉が頭の中でわんわんと響く。

 なんだろう、この状況。波の音も烏の声も遠のいていく。

 それでも、白澤の抑えた声が僕を現実に繋ぎ止めていた。


「あたしってそういうところがあるの。高校を卒業したらおしまい。名塚とこうして会ってたのも、東京に戻ったらきっと思い出さない。そういうの、嫌? 嫌ならあんまりあたしに付き合わなくていいから。名塚は地元の付き合いを優先してよ」


 息継ぎさえもしたのかわからないような早口で、白澤は言いきった。それはとても一方的で、僕が言葉を挟める余地はなかった。


 頭がぐらぐらする。

 二年経ったら、さようなら。

 だから、親しい人は要らない。

 僕はその二年間の間に合わせにしかなれないって、白澤は言うのか。


 好きだって自覚した途端にこれは皮肉にもほどがある。

 それとも、僕が白澤に対して特別な感情を抱いて、それに浮かれているのが本人に伝わってしまったのかな。だから急にこうして突き放される。

そうだとしたらすごく滑稽で恥ずかしい。


 これはかなりショックで、僕は固まってしまっていた。そんな僕を、一度顔を背けた白澤が直視することはなかった。

 勢いよく立ち上がると、カバンを抱えて道路へ続く階段に向けて駆け出した。僕はそれをただ見送ることしかできなかった。


 でも、白澤が階段を上りきって道沿いに走る横顔を、僕は見ることができた。

 カバンを片手で抱え、もう一方の手は顔をこすっていた。あれは――泣いていたんじゃないだろうか。それとも、そうであってほしいと僕が思ったから、そんなふうに見えただけなんだろうか。


 たった二年と白澤は言うけれど、その時間は一人で過ごすには長すぎる。毎日、ただ早く通りすぎることだけを願って過ごすのは悲しすぎる。

 ――寂しかったはずなんだ。

そうじゃなかったら、僕とも徹底して関わりを持たなかったと思う。


 寂しくて、弱って、ほんの少しだけなら――そう思っていたんじゃないだろうか。そんなに親しくなるつもりはなくて、でも僕はそんな白澤に無遠慮に近づいた。白澤は僕とどう距離を取るべきか迷いながら、そうして答えが出ないまま毎日を過ごしたのかな。


 白澤は僕の気持ちを知ったらどうする?

 思いきって僕を完全に突き放すかな。

 それは白澤にしかわからない答えだから、僕はこの気持ちを伝えるか押し込めるかを決めなくちゃいけない。


 今日、一晩はしっかりと考えよう。

 絶対に後悔のないように……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング ありがとうございました!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ