【 15 】
その翌日も、僕は白澤のことばかり考えていた。どうやったらもっと時間を共有できるのか、そればかりだ。
今度は陽介さんたちとバスケをしに行こうって誘おうかな。
でも、今は部活の真っ最中。
炎天下で汗だくになってノックの練習だ。僕はやっぱり補欠のままだったけど、補欠の中では上位だから、頑張り次第では昇格できるかもしれない。
あんまり余計なことを考えてないで、僕は今、必死で取り組まなくちゃいけないんだと思う。
少し汚れた、それでも白いボールを追いかけて走る。汗が止め処なく流れて、雨に濡れた後くらいにみんなぐっしょりとしていた。それに、顔も腕も赤黒い。一日だけでもすごく日焼けする。
そんな中、やっとの休憩だった。マネージャーたちが冷えた麦茶を用意してくれた。部員たちは持参した水筒の中身がすでに空になっていて、麦茶をがぶ飲みする。
僕も喉がカラカラで、空になった水筒に麦茶を継ぎ足して一気に飲み干した。ひんやりと喉を通っていく心地よさに生き返る思いだ。
ふぅ、とひと息つくと、そんな僕を中川がじっと見ていた。
あれから初めて顔を合わせた。やっぱり、ちょっと気まずい。でも、なるべく普通にしていないと周りから変に思われる。
僕なりに自然に笑ってみたけど、中川は僕から目をそらした。
――やっぱり、今まで通りにはいかないんだな。
部活の帰り道。智哉は自転車を引きながら僕の隣を歩いた。智哉は自転車通学で、僕と途中までの道は同じなんだ。
その道中、恐る恐るといった様子で僕に訊ねた。
「なあ、基輝。お前が夏祭の時に連れてたのって、あれ、白澤だよな?」
ドキ、と心拍数が上がる。あれだけの人混みだったから、僕が気づかなかっただけで、どこかで智哉ともすれ違ったんだろう。
落ち着け。覚悟はしていたはずだ。
「う、ん」
歯切れの悪い返事になる。喉が上手く動いてくれない。
浴衣姿の白澤は大人っぽくて、ちらっと見ただけでは本人だって確信は持てなかったんだと思う。でも、違うよなんてとぼけても、じゃあ誰なんだって話になったら答えられないから、結局は正直に言うんだけど。
そっかぁ、と智哉はつぶやいた。
「お前から誘ったの?」
「うん」
「そりゃあ頑張ったな」
教室の白澤しか知らない智哉からしたら、僕は無謀としか思えない挑戦をした結果、功を奏したことになる。
智哉の顔は少し複雑そうに見えた。
「まあ、美人だけどさ、基輝が白澤を選ぶのはちょっと意外だったな」
そんなことを言われた。そりゃあ、そうだろうな。
僕だって、学校での白澤しか知らなかったら誘ったりしない。むしろ進んで声をかけることもなかった。
だから今にして思えば、今の僕たちの関係って、本当に偶然に出来上がったにすぎない。たまたま僕があの日、海辺で座り込む白澤を見つけたから。ただ、それだけなんだ。
そのほんのちょっとの繋がりから、僕は白澤を特別に想うまでになったんだ。先のことなんて誰にもわらない。
「……僕だって、まだ白澤のことをちゃんとわかってなんかいないけど、でも、教室で見せるような態度が全部じゃないんだ。素直じゃない性格をしてるのは確かだけど――」
どう言っていいのかわからない。喋っているうちに僕の方がわからなくなってきた。
白澤はひねくれていて、理解不能なことばっかり言うし、僕はよくそれに振り回されている。
でも、それでも、僕はそうした白澤にドキドキして、目が離せなくなって、気づけば会いたいって思っている。第一印象の悪さを、今では懐かしく思うくらいだ。
智哉はポツポツと話す僕の言葉に耳を傾けてくれた。雨の日、その翌日、陽介さんたちとのこと、順を追って話していく。
智哉と別れるいつもの分岐路にきても話は続いて、智哉は立ち止まったまま話を聞いてくれた。自転車を支えながら智哉はうなずく。
「基輝は白澤にこの町を気に入ってほしかったんだな」
「うん」
「白澤は多分、気に入ってくれたと思うよ」
なんで智哉はそんなことを言うんだろうと思った。智哉の笑顔はいつも通り明るかった。
「だって、ここにはお前がいるから。祭の時の白澤、見たことないくらい楽しそうにしてたし」
「そう、かな……」
楽しそうに見えた。それは僕の願望だけじゃなかった。傍目からもそう見えたんだと思ったら、僕はどうしようもなく嬉しくて、智哉を見上げた目はゆるんでいた。
「智哉、僕の話ばっかりで悪かったな。そっちのことも話してよ。戸上とどうだった?」
智哉も聞いてほしいことがあったはずなんだ。気を利かせてそう振った。そうしたら、智哉はよく日に焼けた顔を袖でこすった。
「あ、うん、まあ――」
ボソボソ、と聞き取れない声で何か言った。照れているのかな、これは。
顔を見る限りではそうだと思う。僕も気づけば声に出して笑っていた。
去年、一年後にこんな話をしているなんて思わなかったけど、案外楽しい。




