1 虚弱少女 ○
グオオオオオオオオオッ!
とある迷宮のとある部屋にて、それは雄叫びを上げた。
ビリビリと震え荒れ狂う大気。迸る殺意とも取れる貪欲なまでの食欲。
怪物という名の壁を前に、六人の少年少女が必死な形相をしながら立ち向かっていた。
サイズは三メル弱と怪物としてはそこまで大きくはないのだが、そこから放たれる威圧感は凄まじく、実際の体より遥かに大きなものと錯覚させ、逆に少年少女たちは今に潰されそうなほどに小さく儚く見えた。
ただ怪物が一匹だけであれば彼らもまだ冷静さを保てていたかもしれない。逃げるという選択肢もあったかもしれない。
しかし、怪物を苗床に生まれる無数の小さな影――使い魔がわらわらと沸いてきて背後に存在していた退路をも断たれてしまったのだ。
使い魔を掻き分け撤退するよりも、怪物の方が早い。背を見せたら、やられる。倒さねば、倒される。
極限の状態に、年若く経験の浅い彼らは焦りと恐れを隠せないでいた。
「くそったれ! なんでこんな場所にこんなのが居るんだよ!」
「グチったってどうしようもないだろ! ほら、そっち来るぞ!」
「わあってらあっ!」
盛大に毒吐きながらも、重厚な鎧を身に纏った守護騎士の少年が大盾を構え、迫り来る怪物の尾からその身を守る。
その攻撃は重く、少年には歯を食いしばって耐えるだけで精一杯だった。ともすると漏れ出しそうになる悲鳴を飲み込んでいるのはせめてもの意地だ。
パーティメンバーを守る盾である自分は常に最前線で体を張り、敵を引きつけながらも立ち続けなければいけない。その矜持があるゆえに。
「この! スラッシュ!」
「フレイムアロー!」
長剣を携えた剣士の少年がその脇をすり抜けながら使い魔を巻き込む形で怪物の腕を斬りつけ、矢をつがえた弓士の少年が使い魔を数匹まとめて射抜く。
使い魔は数が多いだけで大した力を持っていないのがせめてもの幸いか。致命的な傷を負う前にどんどんと影を削る少年たち。
しかし、濁流の勢いを押し留めるまでには至っていなかった。少しずつ、少しずつ、押されてゆく。
「ヒール! エンハンス・プロテクション!」
杖を捧げ持つ神官の少年が、傷付く仲間を癒し、補助の術をかけることでなんとか戦線を維持しているが、このままではいずれ決壊してしまうのは誰の目にも明らかだった。
焦ってはいけない。流れに呑まれてはいけない。そう考えながら動くも、すでにその思考自体が空回りの証拠であることに少年たちが思い至るにはまだまだ経験が足りなかった。
少しずつ、少しずつ、崩壊の足音が近づいてくる。
「ちっくしょうがあああっ! おいセレンディア! てめぇさっきから何をサボってやがんだあああああっ!」
この緊迫感に痺れを切らしたのか、忍耐を強いられる守護騎士にしては気の短い少年がシールドバッシュで怪物の爪を弾きとばしつつ、後方に向かって絶叫する。
彼の視線のその先には――
「が、頑張ってくれてる、ぽいですよぅ!?」
青い顔をしながら短剣を振るい、向かい来る使い魔を打ち落としつつ答える探索士の少女が居た。怪物を守護騎士の少年が抑えてくれているので傷はそんなに付いてないのだが、その垂れた眉と震える声から感じられる頼りなさからもわかるように、かなり余裕がないようだ。
そして、そんな彼女に守られるように神官の少年とはまた違った形状の杖を構える術士の少女が居た。彼女が件のセレンディアである。
セレンディアは両手を前に出して杖の先を地面に刺し、眼鏡の奥にある瞳を半眼にしながら術の詠唱をしていた。
その瞳には現在の追い詰められた戦況が写っているものの、声に焦りは一切ない。それは果たして、仲間たちを信頼しているからか、それとも状況判断が正常に行われていないからか。
罵倒は耳に入ってはいたが脳が認識することはなく、己の中を駆け巡る霊力の流れを制御し、周囲に漂う霊力をも集め、術式を組み立てていた。
それは緻密で、それでいて膨大な。しかしそれは迫り来る危機も相まって仲間たちの誰にも気付かれることはなく。
いや、彼女の使役する使い魔――契約精霊の二体はそれを知っていたが、特にわざわざ声をあげるようなことはしなかった。しても意味がないと思っていたゆえに。
(まったくもう……ご主人はサボってねーっつの!)
緑髪で二対の翅を生やした手のひらサイズの少年型精霊が、主が怒鳴られていることに対して心中でぶつくさ言いながらも、与えられた役割をこなすよう意識を戻す。
彼は風属性であり、かつその小さな体を活かして戦場を縦横無尽に駆けめぐっていた。
飛び交う使い魔を風の壁を作って撥ねのけ、刃を生み出して切り裂き、時には怪物の目の前を横切って意識を逸らしたりもしていた。人間の少年たちはそれで救われている場面もあるのだが、みな眼前のことに精一杯でその事実に気付いていなかった。
(どいつもこいつももっと視野を広く持てってんだ。……っと、りょーかい、ご主人!)
頭の中で親指を立てるジェスチャーをしつつ、風の精霊はかっ飛んでゆく。向かう先は弓士の少年。疲労が色濃くなってきたので重点的に見てやってほしい、と指示がきたのだ。
精霊とその契約者は霊的な経路が繋がっており、それを通じて霊力や意思のやり取り、心話を行うことができる。つまり、このように声を介せずとも伝達をすることが可能なのである。
セレンディアは詠唱を続けながらも戦況は把握していた。ゆえに、焦りがないのは理解が及んでいないからではなく、なんとか持ちこたえられるという自信があってのこと。
詠唱と戦況把握。並列思考を行うことは彼女のような、まだ子どもと言ってよい年頃の少女が行うには驚異的ではあるのだが、別段彼女一人で行っているわけではない。彼女をサポートする、もう一体の精霊の存在に因るものが大きい。
青く長い髪で、さして背の高くないセレンディアの胸元にも届かない背丈の精霊が、セレンディアの斜め後方にひっそりと立っていた。前方は探索士の少女が今にも泣きそうになりながらも守ってくれていたので、逆方に居ることを選んだのだ。
役割は、主に集まる霊力の補助操作。彼女は水属性であり、『流れ』を操る能力に長けていた。
なにせ先ほどからずっと詠唱を続けている――大規模な術であるのだ。主の能力を信用していないわけではないが、主の『体質』もあって一人で任せてしまうにはいささか負担が大きすぎた。
主と、有効な直接攻撃手段をもたない神官の少年に近寄る使い魔を水弾で撃墜し、できうる限り主の負担を減らすべく霊力の操作をし、時には主の目の代わりをしていた。
このように、彼女たちは彼女たちでしっかりと仕事をしている。責められる点があるとすれば情報の共有を怠ったことであるが、守護騎士の少年の態度からも察せられるように、彼らの間に信頼関係が結ばれていなかったのも原因の一つであるだろう。
精霊たちは声を張り上げることなく動く。己らの主が何とかしてくれると確信を抱き、絶望など一欠片も抱くこともなく。それを伝えていたのならば、もう少しだけこの戦闘の展開は変わっていたのかもしれない。
「こ、このままじゃ霊力が、尽きて……っ」
「……俺にもっと! 力があれば!」
神官の少年が自身の切れつつある霊力に酩酊感を覚え、剣士の少年ががむしゃらに剣を振るいながらも無力感に苛まされ。
「こんの、やろう、がああああああっ!」
「ははっ、こりゃ……キリないな……」
誰よりも前に出て誰よりも傷を負った守護騎士の少年が吼え、矢を放ち続けて指が動かなくなってきた弓士の少年が零し。
「セ、セレンディアさん、まだですかあああっ?」
悲壮感に溢れる声で探索士の少女が彼女を呼んだ時。
彼らにとってはとてもとても長い時間、しかし実際のところは数分といったところ。
眼鏡を取り外し、半眼だった彼女の目が大きく見開かれ、ついに、術が完成する。
「大きいのいくよ! ジン! ルカ! 道を開いて!」
「ガッテンしょうち!」
「わかりました!」
待ちわびた主の号令に、精霊たちが即座に呼応した。
「っ!? なんなんだよ!」
「きゃああっ!?」
主と怪物との射線上に立つ守護騎士の少年と探索士の少女を水の精霊、ルカが辺りにわずかに残っていた霊力の流れを操作することでやんわりと移動させる。唐突なことだったので慌てる二人であったが、ろくな連携が取れず、悠長に説明をしている場合でもなかったので、心の中でごめんなさいと謝りながらも実行をした。
残る三人の少年たちも、期待と、戸惑いとをそれぞれに抱え戦闘中でありながらも思わず振り返る。
壁役をしていた守護騎士の少年が体勢を崩したことで好機とばかりに怪物が突進の構えを見せていたが、
「ちょっと大人しくしてろよ!」
と、風の精霊、ジンが霊力の風を身に纏い、渾身の体当たりをすることでその出鼻を挫く。
そうして開けた視界の先、術士の少女は前を見据える。
映るのは、標的へと続く一本の輝くライン。それは流れを導き、加速させ、威力を増幅させる。
精霊たちの手により、物理的にだけでなく、霊的にも道が開かれた。後はそこへ、通すだけ。
レールに乗せ、点火する!
「絶対零度の貫く者!!」
一条の、青い閃光が生まれ。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオンッ!
刹那と共に怪物の身を貫き、上下に両断するほどの大穴を空けた。
――だけでは飽き足らず、迷宮の壁をまるで破城槌のように穿つ。
「……あ、あれ?」
放たれた暴力の余りの大きさに、少年少女たちは揃いも揃って言葉を失っていた。何故か術を放った当人も目を丸くしている。なお、本体である怪物が絶命したことにより、使い魔も力を失い塵となっているのでひとまずは問題ない。
壁が分厚かったのかさすがに貫通することはなかったが、それでも大きなすり鉢が作成され、破壊の余波が撒き散らされる。
術に篭められたのは水の派生である氷の属性。壁を伝いザクザクと大小無数の氷柱が生み出され、あっという間に部屋の半分が凍りついた。標的だった怪物自体も完全に凍りついたことで血肉が飛び散ることもなく、奇怪なオブジェと成り果てて横たわっている。
火属性では爆風に巻き込まれる、風属性でも暴風に巻き込まれる、そう考えての水系属性という選択だったのだが。
「力加減、間違えた……」
下がってゆく室温の中、少女は眼鏡をかけ直しつつ途方に暮れたように呟いた。
「マジふざけてんじゃねぇぞ……」
いち早く我を取り戻した守護騎士の少年が引き起こされた惨状に辟易しつつ、力を失ったように倒れこむ。その音を皮切りに、皆もどっと疲れたように座り込んだ。
剣士の少年は精根尽き果てたように大の字になり、弓士の少年は今いち状況が飲み込めないながらも弓の弦から震える指を離し、神官の少年は桁違いの霊力を目の当たりにして室温のせいではない寒気に身を震わせる。
「はぁー……すごいですね、セレンディアさ……って、大丈夫!?」
呆気に取られながらも純粋に術の威力に感心して、探索士の少女はセレンディアを賞賛しようと顔を向けるが、少女が目にしたものは。
「……あー……失敗した……げふっ」
鼻血を出し、口からも少なくない血を吐き出している姿だった。手で押さえているものの大して意味は成さずボタボタと流れ落ち、足元に血溜まりを形成し始める。
それに気付いた神官の少年も唐突な変化にぎょっとする。
「な、治しますよ」
「……いや、大丈夫、ありがとう。それよりも彼らを治してあげて」
セレンディアがちらと目で促す、ぐったりとした様子の少年三人。特に守護騎士の少年は傷だらけの満身創痍であった。すぐさまどうこうなるわけでもないだろうが、放っておいて良いものでもない。
ハッとして神官の少年は慌てて駆け寄った。自分の霊力も残り少ないだろうに、青白い顔をしながらも自分の職責を果たそうとする少年にセレンディアは心中でひっそり敬意を払う。
「あの、本当に大丈夫?」
おろおろとする探索士の少女に問題ないと手を振りつつ、同様に間近でおろおろしていたルカに声をかけた。ジンも心配そうに漂っている。
「ルカ、治さなくていい」
「でも……」
「これくらいでどうにかなるなら、ボクはとっくに死んでいるよ。大丈夫だから、『流れ』を戻すのだけ手伝って」
「は、はいっ」
全く、失敗にもほどがある。とセレンディアは胸の内で嘆息した。
吐血の原因はわかっている。術の使用をした際に己の体内を巡る霊力の制御にミスが生じ、霊力の流れが乱れ、体を内側から傷つけるという結果が引き起こされたのだ。
セレンディアの保有霊力量は平均に比べてかなり――いや、尋常でなく多い。多すぎた。それゆえ、少しでもミスをすると自身の肉体に返ってくる諸刃の剣だった。
ちなみに、吐血で済むのは彼女からすれば非常にマシなレベルである。非常にマシだと分類される程に彼女は痛みに慣れすぎてしまっていた。だから、このくらいは本当に問題ないと思っている。
他の術士にとっては何の問題もない程度の術の失敗、それどころか失敗とは言えないほどの些細なことでも出血を伴うことが多く、そんな彼女についた渾名は『虚弱術士』『血まみれ女』など不名誉なものが多い。
保有霊力量の多さは買われていても、すぐに血を吐く人間など扱いに困る鬱陶しい存在でしかないであろう。守護騎士の少年が彼女に厳しいのはこれが所以。
「まーったくよー……鼻血噴いたり血ぃ吐いたり、なんでそんな体が弱ぇんだよ? つーかなんでそんな弱っちくてギルド登録抹消されねーんだよ!?」
「それは俺もちょっと疑問に思うね。体が資本の仕事なわけだし」
「まぁまぁ、ここは彼女のおかげで助かったんだしさ、落ち着こうぜ?」
元気が戻ってきたのか守護騎士の少年が管を巻き始め、弓士の少年が追従する。フォローに回ったのは剣士の少年だ。困ったように眉をハの字にしながら場の空気を宥めようとしている。
「あぁん? そいつが『疲れた』だのぬかさずさっさと戻ってりゃ、そもそも遭遇しなかったかもしれねぇじゃねぇかよ!」
その怒鳴り声には探索士の少女の方が向けられた当人よりも怯えを見せた。苦しそうに胸元を押さえている。
セレンディアは少女の様子を視界の端に収めつつ、少年たちの諍いにはスルーを決め込んでいた。突っ込んでも悪化するだけであろうし、先ほどから主への暴言に怒りを募らせる精霊たちを抑えるのに手一杯だったのだ。
「それは仮定であって、実際にそうなったとは限らないし――」
「おまえさっきから何かばってんだよ? もしかして惚れたのか? ツラだけは良い方だからな!」
「いやいや、そんなことは」
話題の渦中であるセレンディアの容姿であるが。腰まで届く青みがかった黒髪は艶やかで――ルカの手入れの賜物である――、同色の瞳はおっとりとした二重であり、肌は白く――血色が悪いとも言う――、スラっとした体つきで――痩せぎすとも言う――、眼鏡が少々やぼったいがルックスは良い方と言える範疇である。彼女が『ギルドの問題児』でなければもっと見られてただろう。もっとも、本人は自身の容姿も、それに伴う評価も全く気にしていないが。
「複数の精霊と契約している類稀なる精霊使い、稀代の術士となれる期待の若手……なーんて言われちゃいるが、実際組んでみればめんどくせぇだけじゃねぇかよクソが!」
よほど鬱憤が溜まっていたのか、守護騎士の少年の罵詈雑言は止まることを知らない。最初は同意していた弓士の少年も引き始めるほどに。
神官の少年も困ったように剣士の少年の方を見るが、静かに横に首を振られていた。止めたいとは思っているが、止める気力が回復していないようだ。
周囲の状況にも気付かず延々と続くかと思われたそんな彼の口は、外的要因により止められることになる。
「ストップ」
「あぁ? なんだよ?」
「ボクの精霊が警告している。何か来るよ」
そう、彼らは大きな危機を乗り越えたがここはまだ迷宮の中、また別の怪物が現れることもありえるのだ。
しかし先ほどの怪物は例外中の例外、今までこの迷宮で一度も遭遇報告がなされていなかったので、もうあのような事態にはなるまい。
――などと思っていたのだが。
グルゥオオオオオアアアアアアッ!!
「うそ……だろ……」
「なんてことだ……」
背後の通路――出口へと至る唯一の道――から現れたのは、同種の怪物だった。
(ごめんご主人、探知が遅れた……って言うか、なんか唐突に沸いてきた!)
迷宮に現れる怪物は、迷宮内にある霊力が凝縮されることで生み出される、霊力さえあれば復活するある意味不滅の存在だ。霊力はどこにでもあるものであり、術の使用などで一時的に偏ることはあっても無くなることはない。むしろ無くならないからこそ怪物を生み出し続け、迷宮として存在し続けている。
そのような理由があり、怪物が目の前で沸くこと自体はそう珍しくないのだが、それでも強大な怪物が生み出されるには当然多くの霊力と時間が必要とされる。
これは、異常事態であり、彼らにとっては、死地であった。
セレンディアにはまだまだ余裕があるが、他のメンバー、特に神官の少年に余裕がない。先ほどの術がオーバーキルだったのでもう少し弱い術でもよいだろうが、それでも詠唱にある程度の時間はかかる。彼らが持ちこたえられるかどうかと問われたら、非常に厳しいとしか答えが返ってこないだろう。
(これは……仕方ない、かなぁ……)
少年少女たちが震えながらも、それでいて絶望しながらも立ち上がる中、セレンディア一人は冷静であった。
理由は単純。倒す術があるからだ。
とはいえ、それが単純なものであるならば先ほどの怪物相手の時に使っている。使わなかったのは、己の体に甚大な負担がかかるとわかっていたから。
しかし選り好みをしている場合ではなさそうだ、と彼女が杖を握り締めたその時。
「――――……っ!」
「……あ」
「げっ」
「えー……」
主従トリオがあることに気付いた。喜ぶべきか、驚くべきか、嘆くべきか、それぞれ複雑そうな表情で。
怪物の佇む向こうから響いてくる。
少しずつ大きくなる、足音と、叫び声。
さしたる間もなく。
「邪魔ですわこのデカブツ!」
非常に可愛らしい声が発せられると同時に。
少年少女があれほど倒すのに苦労した怪物が。
流星の如くやってきた何かによって。
一瞬で、木っ端微塵になった。
「……は?」
予想だにしなかった――できるわけもない――展開に、少年少女の目が点になる。唯一想像できた主従トリオは別の意味で言葉が出ない。その配分は主に呆れとか苦笑い的なものだったりするが。
血肉も内臓も骨も飛び散っているのだが、その光景を作り出した銀の流星、もとい銀髪の少女には一欠片たりとも降りかからない。まるで、その者を汚してはならない、と避けているかのようでもある。
その少女は、大層美しかった。後頭部で一つに結んだ銀の髪はまるで月の光のように清らかで。しかし涙に潤む紅い瞳は蠱惑的でともすれば劣情を催させ。肌は雪のように白く、小柄ながらも均整の取られた肢体は繊細な美術品のようであり。その声は悪魔的な魅力を伴う調べであった。
少年少女たちは未だ呆気に取られている。認識が追いつかないでいる。この可憐で妖艶な銀の少女の、細く簡単に折れそうな足が怪物を一撃で爆散させたことに。
しかし銀の少女は周囲を気にすることはない。己の気がかりは、いつだってただ一つであるがゆえに。
そして、その唯一の気がかりを視界に収めた少女は。
「ご無事ですか!? マスタアアアアッ!」
怪物を爆散させた時のままの勢いで、己の主――セレンディアに飛びついた。
つまり。
「――イマ、シン ダ」
その激しさにただの人間であるセレンディアが耐えられるはずもなく(彼女が大怪我を負わなかったのはひとえに『よくあること』という認識からくる反射的な自衛行動として、霊力による身体強化を行ったからである)。
……彼女が花畑を幻視したのは、抱きついてきた少女からほのかに漂う香りからか、はたまたただの臨死体験か。
考える余裕などあるはずもなく新たに血を吐きながら、プツリと意識を闇へと溶けさせた。
活動報告にヒロイン二人の絵を載せました。