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春に依存する

作者: やなぎ好

昼過ぎ、平日のこの時間帯は割と人がいて、それぞれ気に入ってる本を持って自分の時間を過ごしていた。


 地元ではそれなりに大きい市立図書館。暇を持て余していた俺は、部屋に溜まっていた本を消化するため、何冊か持って、この図書館に来ていた。


 最近、暑い日が続いていたが、今日は涼しい風がゆっくりと吹いており、所どころピンクが残る新緑が、波打つように流れている。


 空いている席を見つけ、途中の自販機で買ったお茶を置き、俺は本を読み始めた。


 一冊目が読み終わり少し疲れたので、本棚を見て回ろうと立った時、声を掛けられた。


「長崎君?」


 振り返るとそこには、中学の時同じクラスメイトだった高野がいた。一瞬誰か分からなかった。


「おう、高野か。一瞬誰かと思ったぜ」

 素直にそう言う。

「覚えててくれたんだ」

 少し面白そうに、高野はそう答えた。


 高野の姿は、中学の時よりも大人びていた。当然だ。中学を卒業してから五年は経つ。それに、女子というのは高校を出ると、劇的に変わると聞いたことがある。あの頃よりも、少し伸びた身長と、それなりに伸びた髪は、十分大人っぽさを演出していた。


「そこの席空いてる?」

 高野がそう言って、俺の向かいの席を指してきた。

「あぁ、空いてるよ」

 ありがと、と言いそこに座る高野。本棚から持ってきたであろう本を、おもむろに読み始めた。


 俺はというと、本棚を見て回ろうという計画はすっかり忘れ、家から持ってきた二冊目の本のページをめくった。


 ページをめくりながら高野を盗み見る。中学の時以来、まったく会っていなかったクラスメイトは、正直言って綺麗になっていた。当時はあまり話した印象がないから、比較するのは難しかったが、見た目だけに焦点を当てれば、あどけなさを少し残して、後はもう別人のようだった。良く高野と分かったものだ。


 ふと、高野が読んでいる本が目につく。知っている本だった。確か内容は、片思いをしている男が、自分の想い人にアプローチするも、毎回邪魔が入り、うまくいかない。しかし、最後にはなんとか想いを告げ、それが成就するといった、分かりやすい物語である。俺はこの話が好きだった。


「それ、その本。俺も読んだことあるよ」

 気付いたら話しかけていた。

「そうなの?これ私も小さい頃読んでてね、久しぶりに読み返そうと思って・・・」

 そこで、少し迷ったような素振りを見せた。そしてゆっくりと、付け足すように言った。

「この話のように、綺麗にはいかないよね」

 少し困ったような顔をする高野。そんな表情をする彼女は、まるで映画のワンシーンのような、そんな感覚を受ける。そして同時に、あることを思い出した。それを聞くべきなのか、少し迷う。もしもそれを俺が、他人から聞かれたら、俺は少し傷つくだろうか。


「・・・同感だな」

 そう言って俺は少し笑った。高野も少し笑う。何となく、お互いの気持ちが通じているような、そんな不思議な感覚に浸っているような気分だった。


 それからというもの、会話らしい会話はせず、お互い、ただただ本を読んでいた。それが俺にとっては、居心地の良い時間だった。


 気付けばもう夕方になっていて、館内はオレンジ色に染まっていた。腕時計の針は五時半を指している。そろそろ帰ろうかと高野を見やると、彼女も席を立とうとしていた。


 最寄りの駅まで高野を見送るため、並んで歩く。風は時折、彼女の髪を揺らす。それをなんとなしに眺めていた。少し肌寒かった。


「ありがとうね」

 この時間でもあまり混まないその駅の改札で、高野はお礼を言ってきた。

「いいよ、家もすぐそこだし」

「そっか・・・」

 そう答えて、高野は改札を通る。そして立ち止まった。少しだけ顔をこちらに向ける。でも髪で表情は見えない。

「また、あの図書館にいる?」

 そう聞いてくる高野の声は少し暗く感じた。

「いるかもな、暇だし」

 そう答える。そんなことしか言えなかった。そっか、と同じように彼女は答えホームに続く階段の方に歩いていった。


 家に着くころには、空はオレンジから紫に変わっていた。


 今日、高野を見た時、中学ぶりと思ったがそうではなかった。高校時代の彼女を一回だけ見ている。それは男友達の携帯に入っていた写真だった。そいつと高野が二人で並んで写っている写真。そいつは、自分の彼女を自慢げに見せていた。俺は今でもそいつと仲が良い。今では違う彼女との写真を時たま自慢げに見せてくる。


 別に、分かったような態度をとろうとは思わない。ただ、もしそういう気持ちが彼女に残っていて、それが彼女にそう言わせたのなら、それは情けなくも俺と似ていると思った。あの時、駅の改札で言ったありがとうは、駅まで見送ったことにではなく、多分、ただ何も聞かなかったことに対してではないかと、自分勝手に思ってしまう。もし、次にまた彼女と会ったとしても、俺は何も聞かないし、彼女は何も言わないだろう。


 遠くの方で踏切の音が響いていた。

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