第七十五夜 ポートピア連続殺人事件
一つ、ゲームの話でもしようか。
エニックスと「ドラゴンクエスト」シリーズ総監督である堀井雄二氏との関係は深く、その歴史は初代「ドラゴンクエスト」開発以前まで遡ります。詳しくは「ドラゴンクエスト」開発までの道のりが詳しく綴られた書籍である「ドラゴンクエストへの道」に譲りますが、『ファミコン初のRPGを作ってやろう』という堀井氏と、当時の開発担当であるチュンソフトの意気込みは相当なものであったと思われます。
一方で、『いきなりRPGに触れさせて子供達はついていけるのか?』という不安もまた存在しました。当時のファミコンソフトの主流は感覚的な操作がものを言うアクションやシューティング。文字で与えられる情報を元にクリアまでの道筋を見出だすRPGは、それらとは真逆のものです。
そこでまずは堀井氏が以前パソコンで出したアドベンチャーゲームをファミコンに移植し、コマンド操作や沢山の文字に触れながらゲームをする事に慣れて貰う事にしたのです。移植されたゲームはその今までのファミコンソフトにはなかったゲーム性により好評を博し、アドベンチャーゲームという存在を広く世に知らしめる事になりました。
ファミコンのアドベンチャーゲームの祖となったその作品の名は、「ポートピア連続殺人事件」。ファミコン初のアドベンチャーゲームとなった作品とは、一体どのようなものだったのでしょうか。
本作はファミコン黎明期、旧エニックス、現スクウェアエニックスよりファミコンにて発売されたコマンド選択式のアドベンチャーゲームです。前述の通り元はパソコンで発売されたゲームを移植したものであり、同様に堀井氏原作のアドベンチャーをファミコンに移植した例はアスキーの「北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ」があります。
ストーリーは神戸市を拠点とする金融会社『ローンやまきん』社長、山川耕造が何者かによって殺される事件が発生する。浮かび上がる、数々の容疑者。捜査一課に所属する『あなた』は『あなた』をボスと呼ぶ部下の間野康彦、通称ヤスと共に事件の捜査を開始する……というものになっています。
なお本作はまだバッテリーバックアップが生まれる前の作品の為、セーブ機能はありません。とは言えボリュームはそれほどではないので、慣れれば一時間以内のクリアも可能かと思われます。高橋名人も安心ですね。
本作がパソコンで発表された当時、アドベンチャーの操作の主流はコマンド選択式ではなくコマンド入力式でした。ゲーム内でアクションを起こす為には適切な行動を逐一入力せねばならず、更にゲームによっては英語入力しか受け付けなかった為プレイヤーは和英辞典を片手に悪戦苦闘しなければなりませんでした。
そして本作もまたコマンド入力式のゲームだったのですがファミコンでは文字入力が困難な事、またファミコン版が出る頃にはパソコンのアドベンチャーでもコマンド選択式が主流になり始めていた事からファミコン版はコマンド選択式に変更になりました。その際フラグ管理も導入され、パソコン版では即クリアに繋がった行動がファミコン版では正しい手順を踏んだ後でないと反応しないようになっています。
またコマンド入力式だった頃の名残か、本作のコマンドの種類は全て部下のヤスに命令する形となっています。コマンドにより様々な反応を見せてくれるヤスの姿は、長い捜査の中の癒しとなってくれるでしょう。
本作にバッドエンドはありませんが(正確には移植に当たって削除された)、それ以上捜査が先に進まなくなる、いわゆる『詰み』の状態になる可能性は存在します。特に初プレイ時はこれを怠っている人も多いだろうという行為こそが攻略に必須となり、しかもそれに対するヒントもないので犯人は解ってるのにクリアまで辿り着けない!という方も多かったのではと推測されます。
これ以外にも重要な証拠品が『え、そこから出てくるの?』という形で出てきたりするので、全体的な難易度は高めだと言えます。本作では京都にも足を運ぶ事があるのですが、神戸から京都に電話をかけるには市外局番を入れねばならずそうでなければ京都に直接行ってから電話するしかない……など細かい部分も再現されており、これを知らない当時のちびっ子はここでも詰まったかもしれませんね。
捜査の中で、3D迷路に辿り着く事もあります。この3D迷路がなかなか厄介な代物で、無駄に広い上一方通行の壁が至る所に設置されているのです。
そんな面倒な迷路なのに、攻略上何と最低二回は挑まなければなりません。後発のファミコンのアドベンチャーの3D迷路搭載率が高かった事を考えると、本当に厄介な仕掛けを常設化させてくれたものです……。
さて本作を語る上でどうしても欠かせないものとなるのが、本作を知らなくてもこのフレーズは知っているという人も多い『犯人は○○』。ここでは○○の内容については触れませんが、本作の犯人の意外性とその響きの良さから今やすっかりこの言葉が知れ渡るようになってしまいました。
事件の内容、ともすればその作品名より有名な犯人なんて、これかアガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」くらいではないでしょうか。正直純粋な推理ものとして見た場合、どちらの犯人も邪道もいいところなのですがそれ故に人々の心に残りやすいのかもしれませんね。
ちなみにやはり堀井氏原作の、こちらはパソコン版だけで移植はない「軽井沢誘拐案内」では本作の犯人の後日談が語られているそうです。こちらも今からでも、何らかの形で移植して欲しいものですね。
『ファミコン初のRPG』の為に生まれた『ファミコン初のアドベンチャーゲーム』は見事その役目を果たし、与えられた情報を読み解き思考を重ねていくゲームシステムを定着させました。結局開発があと一歩間に合わず「ドラゴンクエスト」が『ファミコン初のRPG』となる事は出来ませんでしたが、築かれた礎はけして無駄ではなくアドベンチャーとRPG、その両方にとっての大きな地盤となった事に間違いはないと思います。
とりあえず、今回はこれにて。