第百四十六夜 弟切草
一つ、ゲームの話でもしようか。
八十年代後半、アドベンチャーゲームと言えばコマンド選択型が一般的だった時代。この頃のアドベンチャーゲームには、システムよりストーリーを重視しようという流れが徐々に浸透し始めていました。
しかしアドベンチャーゲームを一つの読み物として扱うには、ある問題がありました。それは、沢山のコマンドの中から正解を探すというゲーム部分が、ストーリーに没入するには邪魔になってしまうという点です。
正解の選択肢を探すまでの間どうしてもストーリーはそこで途切れてしまい、読んでいる側としても余計な手間がかかる事になります。中にはそれが煩わしくて、プレイ自体を止めてしまうなんて人も……。
またストーリー重視の傾向はゲームとして見た場合も問題があり、最後までストーリーを見て貰う為にはバッドエンドを作らないなど難易度を簡単にするしかなく、ゲームとしての質の低下にも繋がりました。勿論それをひっくり返せるほどストーリーの良いゲームも中にはありましたが、大半はゲームとしてはやり応えがなく読み物としてはゲーム部分が煩わしいというどっち付かずのものになるだけでした。
そんな中、パソコンのアドベンチャーゲームでは提示されたコマンドの中から正解を選ぶのではなく、ストーリー途中に選択肢を挟みその結果によって展開が変わるという形式のものがぽつぽつと出始めます。現在では恋愛アドベンチャーゲームによく見られる、ビジュアルノベルの原型です。
この形式はただ選択肢を選ぶだけというお手軽さ、それでいて先の展開を様々に変える事が出来るという多様性から次第に従来のコマンド選択型を押し退け、アドベンチャーゲームの新しい形として台頭していきます。そしてまだパソコンゲームの中だけのブームだったこの形式にいち早く目を付け、家庭用ゲームにも取り入れようと動いた会社があります。「ドラゴンクエスト」シリーズの開発を初代から「ドラゴンクエスト4」までの間手掛けた会社、チュンソフトです。
チュンソフトはこの形式に『サウンドノベル』と名前を付け、九十年代初頭、自社名義でその第一弾を発売します。それが今回ご紹介するチュンソフトの出世作「弟切草」です。
今回はこの「弟切草」と後発のサウンドノベルとの違いにも触れて、ご紹介していこうと思います。相変わらず前置きが長い感じになりましたが、それではいってみましょう。
本作はスーパーファミコン初期、チュンソフトよりスーパーファミコンにて発売されたサウンドノベルです。シナリオ原案を担当しているのは後にチュンソフト産のサウンドノベルの多くでシナリオ原案を手掛ける事になる小説家兼脚本家、長坂秀佳氏。本作は長坂氏がゲームのシナリオを担当する、その初めての作品でもあります。
以下はストーリー。ある夏の日の夕暮れ、主人公(デフォルト名なし)は恋人の奈美を助手席に乗せ、デートに来た高原から帰る為車を走らせていた。薄暗い山道の中、ふと道端に並んで咲く花を見つける奈美。主人公はその花、弟切草にまつわる不気味な逸話を奈美に語るが花言葉だけがどうしても思い出せない。そうしている間に雨が降りだし、主人公も車のスピードを上げるが、そこで車のブレーキが利かなくなっている事に気付く。間一髪、車を木にぶつける事で何とか車を止める事に成功したのも束の間、今度は木に雷が落ち、倒れた木に車が押し潰されてしまう。途方に暮れる二人だったが、ずっと立ち尽くしている訳にもいかず、木々の向こうに見えた微かな灯りを頼りに歩き出す。やがて二人の目の前に現れる、古い大きな洋館。他に行き場もなく、助けを求めて洋館の門を潜った二人はこの時まだ知る由もなかった。洋館の中で待ち受ける、恐ろしくも悲しい出来事を。全ては弟切草の花言葉、『復讐』と共に――。といった感じになっています。
ちなみに本作の中では『復讐』を花言葉とされている弟切草ですが実際の花言葉は異なり、不気味な逸話自体は本当にあるものの花言葉に関しては完全な創作となっています。まあ一種の舞台装置のようなものとお考え下さい。
前述通り、サウンドノベルは合間に挟まれる選択肢を選んでいく事でストーリーが進行します。しかし中でも本作のみの特徴と言えるのが、最終的なシナリオが確定するまでの間現在進めているストーリーがころころと変わるという事です。
本作ではストーリー途中のバッドエンドは存在せず、プレイしていれば必ず何らかの結末に辿り着くようになっています。ところが必ずしも、辿ったルートの中で現れた伏線通りのシナリオになるとは限らないのです。
それが顕著になってくるのがギャグシナリオ開放後で、どこかコミカルな展開からいきなりシリアスな展開に戻ったりその逆もあるなど、まるでジェットコースターのような急展開の連続を見せてくれます。後述のピンクのしおりにセーブデータが変化した後は更にカオスさに磨きがかかり、後半はギャグシナリオとピンクのしおり追加シナリオが完全に混ざり合って自分が今のどのストーリーを進めているのか解らなくなる事受け合いです。
世にサウンドノベルは数あれど、これだけのフリーダムさを誇っているのは本作ぐらいでしょう。まだサウンドノベルというものに試行錯誤していた時代の、名残なのかもしれません。
また辿り着いた結末によって新たなシナリオが追加され、新たに増えた選択肢を選ぶ事で追加のストーリーに分岐していくのもサウンドノベルの醍醐味ですが、本作ではそれだけでなく辿り着いた回数によって内容が追加されていく結末というのも存在します。他にこの方式を取っているサウンドノベルは、筆者が知っている中では「夜光虫」ぐらいのものです。
何度も同じ結末に辿り着かなければならない為そのうち飽きてくるのだけが欠点ですが、一度見た結末にも新たな楽しみを持たせるという意味では面白い試みだと思います。ごく一部の結末にしか用意されていないのが残念……と思いきゃ、後にプレイステーションで出た本作のリメイク「弟切草 蘇生編」では見ようによっては蛇足とも取れる周回が必要なエンドが多数追加された為、内容が追加されればいいという訳でもないようです。
そしてこれは本作のみの特徴という訳ではなく今ではサウンドノベルやビジュアルノベル全般において広く使われているシステムですが、全ての結末をコンプリートする事で新たな要素が開放されるという手法を最初に生み出したのも本作です。本作では用意された全ての結末を見る事でセーブデータを表すしおりが通称『ピンクのしおり』に変わり、更なるシナリオと選択肢、そして結末が開放されるようになっています。
このシステムはストーリー途中のバッドエンドが加わった次作「かまいたちの夜」でも続投され、普通ならゲームオーバーと同等のバッドエンドにも意味を持たせる事に成功しています。ただ『バッドエンドはなるべく見たくない』というプレイヤーには辛いシステムかもしれませんが……。
なお本作の場合、ある選択肢から分岐する結末だけは最終的に同じ結末になるにも関わらず、途中のストーリーが若干異なる為か別々の結末としてセーブデータにはカウントされます。ここを把握していないと本作を改めて一から遊んだ時、結末を全部見た筈なのにしおりがピンクにならない!という事態に陥ってしまうのでご注意下さい。と言うか実際に陥った。
他にも変わった部分と言えば、奈美からの呼び名でしょうか。本作では周回ごとに、恋人の奈美の主人公の呼び名がころころと変わるのです。
それが『○○さん』や呼び捨てのうちは普通なのですが、ギャグシナリオが開放されると『○○どん』などの珍妙な呼び名まで追加されていく事に……。シリアスなシーンに『○○どん』……雰囲気ぶち壊しもいいところです。
やはり処女作という事か、かなり実験的な要素もそこかしこに見える本作。その後サウンドノベルという形態は、次作「かまいたちの夜」で一応の完成を見る事になります。
最後に余談ですが、筆者が個人的に最も怖かったシーンは黒い背景の中、赤字ででかでかと書かれた奈美の名前が音と共に揺れるシーン。同じ人、いるかな?
とりあえず、今回はこれにて。




