第百三十七夜 殺意の階層 ソフトハウス連続殺人事件
一つ、ゲームの話でもしようか。
本エッセイを読んでいる方、あなたは誰かを殺してやりたいと思った事はありますか? 多かれ少なかれ、生きていれば必ずそんな瞬間は巡ってくるものだと筆者は考えます。
だからと言って、本当にそれを実行に移す人は滅多にいません。ちょっと殺意を持っただけで殺人が実行されていたら、世界は今頃犯罪天国です。
ならば、殺人に手を染めてしまう人は皆人とは違う思考回路の持ち主なのでしょうか? 筆者はそうは思いません。
昨日まで普通に暮らしていた人……そんなどこにでもいる人でも、何が切欠で急激に殺意が膨れ上がり、殺人者となってしまうか解らないのです。普通の人間と犯罪者の境目なんて、本当は酷く曖昧で、不確かなものでしかない、というのが筆者の持論です。
今回はそんな、人は何が切欠で殺人者となるか解らないという事を体現したゲーム。「殺意の階層 ソフトハウス連続殺人事件」を題材にお送りしたいと思います。
本作はファミコン黎明期、HAL研究所よりファミコンにて発売されたコマンド選択型アドベンチャーゲームです。この時代のアドベンチャーゲームには珍しいバッテリーバックアップを採用しており、進行状況を楽に記録しておく事が出来ました。
以下はストーリー。探偵業を営む樫畠明人の元に、ある日一本の電話が届く。樫畠と既知の仲である警視庁捜査一課警部、中村貴継から伝えられたその内容は樫畠の大学時代の友人、西川正人が城ヶ崎で転落死したというものだった。急ぎ現場に向かった樫畠は現場に残された不自然な痕跡から西川の死は他殺であると断定、身元確認の為現れた西川の勤めるゲーム会社『パワーソフト』社長、富野裕からの依頼もあり、西川を死に追いやった犯人を探し出す為捜査に乗り出す。樫畠に与えられた捜査期限は三日間。果たして樫畠は、見事西川を殺した犯人を見つけ出す事が出来るのか――!? といった感じになっています。
但し今ご紹介したストーリーは、あくまで前提にしか過ぎない事をご承知下さい。何でこんな事を言い出すのかは、また後々ご説明します。
本作の操作方法は他のアドベンチャーゲーム、いやゲーム全体から見てもかなり変わっています。と言いますのも、決定がBボタンでキャンセルがAボタンなのです。
ファミコン初期ならともかく、決定はAボタン、キャンセルはBボタンという操作がすっかり定着し切ったご時世に何故敢えて逆の操作にするというチャレンジャー精神を発揮したかは解りませんが、この操作のせいで正直かなりやりづらいのは確かです。ゲームに慣れている人ほど、本作の操作に慣れるのに時間がかかる事でしょう。
ちなみに選択項目の切り替えもAボタン、セーブはスタートボタンとセレクトボタン同時押しです。説明書なしで買ったユーザーが操作に苦戦する姿が、目に浮かぶようです。
本作は同時期に発売された他のアドベンチャーゲームと比べても、相当難易度が高いです。その理由を、以下にご説明します。
まず本作には、捜査に時間制限があります。時間は一つコマンドを実行する度に三分ずつ経過し、制限時間を迎えると強制的にその日の捜査は終了、続きは翌日に持ち越しになります。
次に本作での聞き込みは、話を聞く順序が大変重要になります。本作では別の人物から話を聞いた後でないと聞いた事柄に対して重要な証言をしてくれないパターンが非常に多く、コマンド選択型なんだから適当に総当たりでいいや、なんて思っていると無駄に時間を消費した上ろくな証言が得られない……という事態に陥ってしまいます。
それでも三日は期限があるんだし、多少解決に時間がかかっても……と思ったそこのあなた。実はこの三日という期限こそが、本作最大の罠なのです。
実際のところ、ただ馬鹿正直に三日間を西川殺しの捜査に費やしても絶対犯人に繋がる証拠は見つからないし、よってクリアも出来ません。ではどうすればいいのかというと、捜査初日に必要なフラグを全て立て、翌日に新たな事件が起こるよう仕向けなければならないのです。
即ち二日目が普通に始まってしまった時点で、どう足掻こうが詰みは確定。実際の期限はたった一日しかないのです。
無事(?)新たな事件が起きたとしても油断は禁物。フラグは毎日必要な分だけ確実に立てる必要があり、フラグが十分だと翌日また新たな事件が起きますが、不十分だと捜査はそこで打ち切り、ゲームオーバーになってしまいます。
そして更に難関となるのが次の事件を起こす為のフラグに後々犯人を追い詰める為に必要なフラグが全て含まれている訳ではないという点で、順調に事件を連鎖させ犯人を暴くところまで辿り着いたとしても、犯人を追い詰める為のフラグが不十分だと例え正解の選択肢を選んでいても不正解とみなされ犯人は無罪放免、事件は迷宮入りとなってしまうのです。コマンドを実行出来る回数にただでさえ制限がある上でこれなので、攻略を見ながらでないと効率的な攻略は出来ないでしょう。
このように並み居るファミコンのアドベンチャーゲームの中でもトップクラスの難易度を誇る本作ですが、それまで善良であった犯人が一転して連続殺人犯へと転落していく過程、そしてその裏に隠された悲しき真実を描いたシナリオは大変に評価が高く、厳しい難事件を乗り越えた報酬としては実に相応しいものになっています。ともすればクソゲー扱いされかねない程の難易度の本作を『佳作から良作』という評価にまで押し上げているのは、ひとえにシナリオの見事さがあるからに他なりません。
本作でトゥルーエンドを迎える為には、一見何でもないような話にも耳を傾ける必要があります。そうして迎えた結末に、果たしてあなたは何を思うでしょうか。
前回ご紹介した「殺人倶楽部」もそうでしたが、重厚なシナリオを描くにはそれに見合ったシステムが必要不可欠なのかもしれません。推理ものを題材としたアドベンチャーゲーム、その究極に位置するのが本作なのかもしれないとぼんやり思う次第です。
とりあえず、今回はこれにて。




