第百十三夜 サウンドノベルツクール
一つ、ゲームの話でもしようか。
サウンドノベル。今はビジュアルノベルという呼称の方が一般的でしょうか。要は基本は物語を読み進めていき、途中で選んだ選択肢によって物語が分岐していくタイプのアドベンチャーゲームの総称です。
元々はパソコンゲームで使われていた手法だったのですが、チュンソフトより発売された「弟切草」を切欠に一般のユーザーにも広く知られるようになり、同社より発売された「かまいたちの夜」の大ヒットによりサウンドノベルブームが発生。チュンソフト以外の会社も次々サウンドノベルを出すようになり、その波はプレイステーション時代まで続く事になります。
そしてそうなると、ユーザー側にもこういう人が現れます。『自分だけのサウンドノベルを作ってみたい!』
折しも時はRPGを自作出来る「RPGツクール」が隆盛の時代。アスキーはこの二つの波に乗るべく、サウンドノベルを制作出来るツールを新たに発売したのでした。
それが今回のテーマ、「サウンドノベルツクール」。果たしてアスキーの思惑は上手くいったのでしょうか?
本作はスーパーファミコン全盛期、旧アスキー、現エンターブレインよりスーパーファミコンにて発売されたゲーム制作ツールです。こちらも「メモリーパック」対応であり、同時期に発売された「RPGツクール2」のように「メモリーパック」に作ったゲームを記録したり「音楽ツクール かなでーる」で作った曲を鳴らしたりする事が出来ます。
作るゲームのジャンルが「RPGツクール」とは違うだけに、仕様も色々と異なっています。以下に、本作でのゲームの作成手順を簡単にご紹介します。
まずサウンドノベルで肝になる部分と言えば、何と言ってもテキストです。テキストは、『テキストエディター』で作成していきます。
テキストはある程度纏まった文章を一括で保存しておく事が出来、その中で改行も自由に出来ます。しかし一つのデータに記録しておける文章には限りがあるので、適当なところで区切ってこまめに分割保存しておきましょう。
さてテキストデータに名前を付けたらいよいよテキスト執筆……なのですが、本作の文字入力、大変、大っ変面倒臭いです。その理由は、カーソルを動かしていちいち一文字ずつ入力しなければいけないから!
漢字も一通りの漢字は使えますが変換機能なんて高尚なものは当然存在しないので、音読みを頼りにあいうえお順に並んだ漢字の中から一文字一文字使いたい漢字を探していかなければなりません。生半可な気持ちで本作に挑んだユーザーは、まず間違いなくここで心を折られます。
更にこのテキスト、ただ書いていくだけだと止めどなく文章が流れていくだけでページの切り替えも綺麗にいかず、最高に読みにくいです。そうならない為には、テキスト内に二つの命令を盛り込む必要があります。
一つは、文字送りのカーソルを表示する命令。この命令を挿入しておくと挿入した場所で一旦テキストが止まり、ボタンを押して文字を送るまではそのままになります。
もう一つは、テキストを消去する命令。この命令を挿入しておくと文章が画面の一番下に届かなくてもそれまで表示されたテキストが画面から消えるので、ページの区切りを好きな位置に設定する事が出来ます。
これらの命令はテキスト内に盛り込む他にも、後述のカードエディター内でも設定する事が出来ます。ただその場合、文字送りを挿入したいところでテキストデータを終わらせなければならないなど不便も多いので、基本的には最初からテキスト内に挿入してしまった方が楽ではあります。
テキストをある程度作ったら、次は『カード』というものを作っていきます。カードとは簡単に言うと、物語中のシーンの一区切りを表すものです。
このカードの中に書いたテキストを表示させたり、演出を設定する事でシーンが作られていく訳です。カードは選択肢を設定するなどで切り替わり、分岐の数だけカードを作っていく必要があります。
テキストデータのようにカードに名前を付けたら、『カードエディター』でシーン制作開始です。カード内で設定出来る事は背景やBGMの設定、効果音や画面効果の挿入などです。
またテキストを表示する場合開始位置を指定する事が出来、画面真ん中にタイトルを表示する事や、本来背景の上にばっと全面的に表示されるテキストを下半分のみに絞って擬似的にウインドウがあるように見せる構成にする事も可能です。人物シルエットと組み合わせると、現代のビジュアルノベルっぽくなるかも?
余談ですがカードエディターでBGMを挿入する際は通常のテンポの他にも早いテンポや遅いテンポに変更が可能なのですが、オプションで設定出来る作業用BGM変更にはテンポを変える機能は付いていません。曲のデフォルトテンポが総じて遅めなのもあり、テンポも弄った状態で作業用BGMに出来たら良かったのに、と思わずにはいられません。
分岐は選択肢によるものだけでなく、条件分岐も作れます。条件分岐を作るには、アイテムを設定する必要があります。
アイテムは『アイテムエディター』で作成します。決めるのは名前とそのアイテムの有無で分岐するか、それともどれだけ個数を持っているのかで分岐するかの二つだけで、後はカードエディターで作ったアイテムを利用した分岐を設定すればOKです。
要は実際にアイテムがどうこう言うよりは、フラグのようなものと思って貰えれば間違いないです。これを利用する事で、何度も何度も同じ選択肢をしつこく選ぶ事で行く事が出来る隠しルートなんていうちょっぴり意地悪な芸当なんかも出来るようになります。
サンプルゲーム「夏の樹に棲む妖精」について。この作品も「RPGツクール2」のサンプルゲーム同様、本作の為に一から作られたゲームであります。
作者は寺田憲史氏。アニメ版「新きまぐれ☆オレンジロード」の脚本や「ファイナルファンタジー」シリーズの1~3のシナリオ原案を担当するなど、実績のある人物です。
以下はストーリー。十八歳、高校三年生の主人公の初恋は八歳の時。夏休みに行った叔父さんの家の隣に住んでいた、一つ年下の夏樹という少女だった。そんな主人公が高校最後の夏休みを迎えたある日、突然その夏樹からメールが届く。『思い出の樹の下で、もう一度あなたに会いたい』。主人公は初恋の思い出を胸に、再び夏樹のいるあの地に向かう事を決意する――。といった感じになっています。
このあらすじだけ聞くと甘く切ない恋物語なのかなと思うところですが、実際のところ、そんな美しい話では全くありません。途中でホラー要素が入ってくるのは当時のサウンドノベルがホラー一色だったので仕方ないとしても、登場人物があまりに自分勝手。
主人公はやたらと童○である事が強調され、夏樹に会いに行った理由も当時早熟だった夏樹なら童○卒業させてくれるかもしれない……という煩悩にまみれきった願望から。十年ぶりに再会する初恋の相手に対する感情としては、あんまりにもあんまりすぎやしませんか。
これだけならまだ主人公が最低なだけなのですが、主人公の実質恋敵となる妖精の王子がこれまた最低。……ここで唐突に妖精の王子とか出てくるのも十分なツッコミどころなんですが、問題なのはそこじゃない。
何とこの王子、幼い夏樹に惚れた挙句殺してその魂を自分の元に縛り付けただけに飽きたらず、その夏樹に瓜二つな妹が成長した姿で現れたらそっちも欲しくなり同じように殺して手に入れようとするという女好き+性格最悪のコンボ状態。夏樹はこの王子から逃れる為、十年に一度だけ開かれる人間界と妖精界を繋ぐ扉を通って妖精界を一時的に抜け出し、妹に乗り移って主人公を呼び出し自分を救わせようとした……というのが真相だったのです。
ただでさえ主人公に感情移入しかねるところに畳み掛ける形でヒロインと恋敵が揃ってこの有り様なので、やってる方としては『巻き込まれた妹が不憫』以外の感想が出てきません。幸い妹はまともなのが唯一の救いです。
ちなみにストーリー面ではご覧の有り様ですが、ゲーム作りのサンプルとしてはメインとなる命令がきちんと一通り使用されたなかなか優秀な作りだったりします。ゲーム作りにちょっと行き詰まった時なんかは、データをロードして中を見てみるのもいいんじゃないでしょうか。
さて今回の黒歴史開封のお時間です。筆者が本作で作ろうとしたゲーム、タイトルは「NIGHTMERE IN THE SUMMER」。
以下はストーリー。小学六年生の俊介(名前変更可)は小学校最後の夏休みのある日、友人の公太とハジメに度胸試しに誘われる。それは学校の裏山にあるお化けが出ると噂の廃屋に、皆で行ってみようというものだった。途中売り言葉に買い言葉で度胸試しに参加する事になったクラス委員のみはやを加え、廃屋に辿り着く一行。しかし途中でハジメがはぐれてしまい、皆で手分けしてハジメを探す事になる。この時俊介達は、まだ気付いていなかった。自らの身に降りかかる恐怖の、これが始まりだという事に……。といった感じになっています。
これはツクールでフリーホラーゲーム、特に自分の取った行動で仲間達の生死が決まるタイプのゲームが流行っていた時代に作ったもので、この作中でも俊介以外の三人がそれぞれ命の危機に見舞われます。そのうち何人を無事に助けられたかで、エンディングが分岐する仕組みでした。
キャラが全員小学生なのは、当時好きだったフリーホラーゲーム「お化け屋敷探検隊」に影響を受けたものです。登場人数が四人なのも、同作を意識した感じですね。
ちなみに例によって本作では完成しなかったこの作品ですが、後に携帯のホラーゲーム制作アプリ(現在はサービス終了)でリメイクされ無事に世に出たという経緯があったりします。このアプリを使っていた時代が一番積極的にゲームを制作していた、そんな熱い記憶。
サウンドノベルを取り扱った「ツクール」の処女作としては出来る事はなかなか多いのですが、不便すぎる文字入力はどうにもならず、そこで評価を一気に落としてしまった気がします。思うのは、キーボードというのは実に偉大な発明だったんだなあ、と。
とりあえず、今回はこれにて。




