01
昔から男勝りな女の子だった。
「璃途くん!好きです、付き合ってください!」
ある暖かいお昼休みのこと。校舎裏で、黒髪低身長の男子が長い茶髪の美少女に告白されました。しかし男子は照れることもなく、申し訳なさそうに言いました。
「ごめんね。僕、女だから」
僕は、昔から男勝りな女の子だった。
私服にスカートなんて一着も持ってないし、髪も短く、男子に混じって外で遊ぶ活発な女の子だった。
小学校まで男子のように認識され、これという不自由はなく過ごしてきた僕だが、中学校入学と同時に大きな事件が起きた。
その事件をきっかけに自分が女であることを今まで以上に不快に思い、耐えられなくなった。
そしてたまたま親の転勤が決まり、引っ越すことになった。
僕は『あの事件』のせいで、女の子でいられなくなった。
「ごめんね。僕、女だから」
少し躊躇したものの、この子に悪いかなと思った。このまま誤解させたまま振るだけだと、何故か罪悪感がとてつもなく大きい。
僕の名前は富島璃途。今日この第一優生学園に入学した、一年四組在籍のただの高校生だ。あー、ただの男装女子高生だ。
そんな僕に告白したこの子は、同じクラスの内藤恵。美しい茶髪は腰まで真っ直ぐ伸び、大きな瞳はキラキラ輝く、まさに美少女。これぞ美少女。
そんな僕達には共通点がある。まあ、率直に言うと、♂×♂に抵抗がない、それどころか需要がある。要するに、どちらも腐女子。
しかし、彼女は僕とは違う。僕はそれを秘密にして今まで過ごしてきたのだが、彼女は完全に表に出している。
さっきクラスで行った自己紹介も、
「内藤恵、趣味は人間観察、あとホモです!ホモの人は私に教えてね。告白のお手伝いをしてあげる!あと写真撮ってあげる!」
この様だ。
これが、彼女が美少女なのに入学式の日に誰にも声をかけられない理由である。
僕の中で整理しがてら誰にやらこんな紹介をしていると、彼女がぶつぶつと何かを呟きだした。
「そっか、そうだよね、璃途くん…可愛いもんね。絶対受けだと思ってたし、ほんと女の子みたいに、いやそれ以上に可愛いなって思ってたけど、ほんとに女の子だったか…うん」
いろんな衝撃発言んんっ!
「璃途くん!あ、璃途ちゃん?」
「あ、いいよ璃途くんで!内藤さん以外誰にも言ってないし」
「わかった。それで、一つ聞きたいんたけど、璃途くんは腐女子なの?」
…ホワット?え、何、これどう応えるべきなんだろ。どういう答えを待ってるんだろ。
あーでも、うーん、今まで誰にも言わずに過ごしてきたことに、それなりのもどかしさはあったわけで…。
少し悩んだうえで、僕は結論を出した。
「そう、だよ」
ちょっとつっかえた。
僕がそう告げた途端、彼女は目を光らせて、僕の手を握ってきた。ついでに息を荒げて。
「そ、は、あの、璃途くん普通に男の子に見えるから、男の子と絡んでたら、ホモになっちゃうよね。うん…」
衝撃発言再びいいっ!
「璃途くん、ホモ、嫌いじゃないんだよね?」
「え、うん」
寧ろ好きだ。目の保養だ。崇め奉りたい。
「じゃ、じゃあ、変なこと、頼んでもいい?」
ここまでも変なことしか言ってないけども、まあ。
「いいよ」
内藤さんの熱を感じる。今日は少し暖かい春の日のはずなのに、くそ暑い夏の日みたいだ。
内藤さんは少々息を潜めて言った。
「璃途くんが男の子と絡んでるところ、写真で撮らせて…!」
…ははははははは、ホモ写真というわけかー。うーん、自分が写ってるホモの写真ねー…。まあでも、相手の表情や体勢こそ最大の魅力とすると、一緒に写ってる僕なんて見なくても幸せになる。
「…それで?その写真は僕にも分けてくれるの?」
「もっっっっちろんだよ!!」
あとは何の言葉もなく、二人で手をとりあった。
「璃途くん、もう一回言うねっ!私とあなたの自己満足のために、付き合ってください!」
「もちろんだよ!よろしく、内藤さん!」
こうして、僕と内藤さんの、周りに明かされることのない、恋人とも言い難いお付き合いが始まったのだ。
「おいおい璃途くんよ。可愛い顔して入学初日から告白か?」
教室に戻ると、一人の男子が僕の肩に手をかけた。後ろにいた内藤さんの「へぁっ」という声が聞こえるのを確認し、僕は自分より少しだけ背の高い彼を見上げた。
「違う違う、そんなのじゃないよ。文也くんは僕がそんな魅力的な男に見える?」
「うーん、確かに顔は可愛いけど、女を一瞬で落とすやつではないよな」
そう言ってくあっと欠伸を一つ。
彼の名前は田近文也。男子にしては高すぎない身長と相反し、ワイルドでかっこいい性格の持ち主だ。無造作に跳ねた髪が、少し狼を連想させなくもない。
出席簿順で僕の前の席。今朝一番最初に僕に話しかけてきてくれて、彼の明るい対応で、僕もすっかり話し慣れていた。
それより、後ろでスマホいじってる内藤さんがすごい気になる。
「まーでも、恵と付き合うって言うんだったら、ちょっと気が楽なんだけどな…」
「そういえば、内藤さんと文也くんは幼なじみだったよね」
「おう。あいつあんな趣味じゃん?だから彼氏もできねーし、いつか少しだけ俺のことまでストーカーしてきたんだぜ?」
「わー。幼なじみ、お疲れですね」
「ん…。で、お前は何してんだよ」
文也くんが内藤さんのスマホを取り上げようとした瞬間、内藤さんは飛び上がり、慌ててスマホをしまった。
「わーわー、文くん!今日もいい天気だね!ほら、もう少しで先生が来るよ!」
そう言ってそそくさと自分の席に戻って行った。
わざとらしい、ほら、文也くんがちょっと気にしてるじゃん。
「僕達も戻ろうか」
「んー、そうだな」
彼は単純そうで、とても良いと思う。受け。
そして、三人とも席に戻った。といっても僕の前が文也くん、後ろが内藤さんだから、全然解散した感じがしなくて笑ってしまう。
「楽しそうだな」
その声を聞いた瞬間、僕は破裂しそうになった。
話しかけてきたのは左隣りの杉刀真くん。身長がすごく高くて、声が優しい男の子。クラスの評価も高くて、僕なんて近づけないような気がする存在だけど、今みたいに話しかけてくれるのが、すごく嬉しくて、あーもう、好き!
あ、僕自身彼ともっと関わりたいっていう好きも入ってるけど、彼はね、きっと受けなんだ。高身長だけど、受け!たまらない!好き!
「うん、楽しい」
そう答えると、杉くんはふっと柔らかい笑顔を見せて、机に突っ伏してしまった。
すごい好きだあああああ!あと内藤さん、スマホ構えるのやっぱ気になるよーー?!
「おい」
「うわあああああ!!」
「えええええええ?!」
内藤さんの突然の叫び声にびっくりして、僕まで叫んでしまった。
内藤さんが叫んだ原因は何かと後ろを振り向くと…おーう。
「校内でスマホ禁止って、話ちゃんと聞いてたか」
四組担任の風早大輔が、ただでさえ悪い目つきをさらに尖らせ、内藤さんを睨んでいた。
「没収」
「えっ」
「なんだ文句あるのか内藤」
「いえ、ないです…」
「ん…。話が全部終わったら職員室まで取りに来い。今日だけは特別に反省文はなしにしてやる」
「先生…!Sと見せかけてツンデレ!絶対受けです、大好きです!」
クラス全員が内藤さんに一線、いや二線ほど引いた瞬間だった。
放課後、僕は学校の玄関の前にある掲示板とにらめっこをしていた。
今日の風早先生の話を思い出す。
「この学校では基本全員部活動に入ってもらう。部活動の紹介が玄関前の掲示板に貼ってあるから、まだ決めてない奴は早いうちに決めておけ」
そして今に至る。ここに来てから十分ほど経っているが、全く目星がつかない。
スポーツはしない。得意ではあるけど、そんなに好きじゃないんだ。それに、体育系の部活動は、体育の授業と違ってガチだから、多分女の僕じゃ吹き飛ばされる。
文化部から選ぼうと、文化部の紹介を眺めていると、誰かのぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
相手の顔を見た瞬間、僕は目を見開いた。
黒髪にメガネの真面目そうな、忠実そうな、Sっぽい男子!ドストライクッ!ネクタイのピンの色を見ると、二年生のようだ。
「お前、部活動を探しているのか」
思ったより低くない声に癒やされながら僕は答えた。
「そうなんです。文化部で悩んでるんですけど…」
彼は少し考える素振りを見せてから、手に持っていた紙を僕に手渡した。
「文学部の副部長を務めている、永戸幸太郎だ。もし良かったら文学部に入ると良い」
その紙はどうやらチラシのようだ。
『文学部
活動内容:文学について研究する
部室:旧校舎三階文学部部室
部員:三年生一人、二年生四人
入部条件:男子であること』