始まりの迷宮 02
出会いはゲームエクスポだった。
最新のゲームを紹介する会場の中、ひときわ耳目を集める広大なブース。よくこれだけのスペースを確保できるものだというのが弘武の最初の感想だった。
人集りを掻き分けると一辺が十メートルほどで高さが九十センチくらいのミニチュアビルのような構造物。その屋上には赤い竜が据えられている。その横には露出度高めなビキニアーマーでコスプレした若い女性が二人、その後ろにはロッカーや電話ボックスのような装置などが並び二組の集団が体験プレイの順番を待っているようだった。
弘武はそれらの様子を興味深そうにチラチラと見やりながらブースの展示内容を紹介しているパネルの説明文を読む。
ゲームはいたって単純で、障害を乗り越え最上階(ダンジョンフィールドは三階建になっている)に棲むドラゴンを倒し財宝を手に入れるという内容なのだが、プレイするのは楽ではない。タイムトライアルでステージをクリアして行かなければならないようだ。
「一人かい?」
そんな弘武にかけてきたのだろう、妙に馴れ馴れしい芝居がかった声に振り向くとそこには彼に笑顔を向けるコスプレ集団がいた。ローブ姿に忍者服、何製かは知らないが手作りらしい鎧を着た男と、三人の後ろに控えている涼しげな若草色の短いスカートをはいた少女。
弘武の第一印象は決してよくない。
手作り鎧の男が話しかけてくる。まさに正義に目覚めた熱血少年…のつもりらしい話し方だ。もっとも、彼を少年とは、誰も呼ばないだろうが。
弘武は、とっさにそのテの末期症状を示すマニアらしい、と思った。一歩、彼が後退しようとしかけると、その男は慌ててこう言った。
「私たちは、別に怪しい者じゃありませんよ」
十分に怪しい。
「完全に怪しまれているでござる」
「フッ、相変わらず交渉スキルが低レベルですね」
忍者男とローブ男に突っ込まれた熱血戦士が言い訳を始めると、三人は弘武を放ったらかしてあーでもないこーでもないとひとしきり話し合う。それがよくあるファンタジー物語のシチュエーション的な会話だなどとは、素人には理解出来るものではない。
(お前らみんなひっくるめて怪しいわけだが…)
と、成り行きを見つめていた弘武に向き直ったのは背の低い小太りのローブ男だった。
「突然のことで失礼をいたしました」
妙に鼻にかかった節のある話し方だ。
「あなたが、ミクロンダンジョンにかなりの興味を示していたのでお声をかけさせていただいたのですが、ご迷惑でしたでしょうか?」
「…迷惑といえば迷惑だけど、何か用かい?」
言われた三人は言葉を失ってしまう。
それを見かねて男たちの後ろに立っていた少女が三人を押し退ける。小柄で華奢、控えめながら女性的なラインは着ている衣装の効果だろうか? 栗毛で肩に掛かるくらいのストレート、大きな目は心持ち垂れたラインを描いたあどけなさの残る少女だ。
「あーもう、どいて! 私が頼むから」
その声は親しい相手に発する少々ツッケンドンなもの言いながら透明感のある心地よい印象を与える。しかし、その表現は容赦ない。
「まずはごめんなさい。ちょっと拗らせてる人たちだから他人との会話が苦手なの」
「俺も得意じゃないからそれはいい。で?」
と、弘武が先を促すと少女は安心したのか、いくぶん柔らかな友達に話しかけるような言い方で説明を始めた。
「私たち、そこの試作展示の体験プレイに招待されてるんだけど、一パーティ五人まで参加できるのね? で、せっかくだから誰か誘おうって…」
そう言われて弘武はやっと理解した。 彼らが弘武を誘っていたのだと。
「え? で俺? え? 何で?」
「理由は大きく二つ」
と、痩せ気味の青年戦士が割り込んできた。
「一つは君が一人だったから。見ての通り、我々は四人パーティ。招待券一枚で参加できるのは最大五人までだから誘えるのは一人だけ。今回事前登録で招待されたのは二日間で十五組。招待されているなら仲間と一緒に来ているはずだとしばらく様子を見ていたが、君が誰かと一緒に来たという様子は見受けられなかった」
話し始めると止まらないタイプなのか合いの手を入れることもできないようなまくし立てかたをする。
「ゲームエクスポに一人で来るのは相当のゲームマニアだ。当然ミクロンにも大いに興味があるだろう?」
ようやく質問の形で会話のボールがこちらに投げられた。
「確かに全く新しいジャンルのゲームの最新モデルと聞けば、やってみたいと思うけど…」
実際、弘武はそれなりにゲームマニアだがシューティング系のゲームを好んでやることが多かった。ミクロンダンジョンは正確にはアスレチックでありアドベンチャーのようなものだが、ゲームジャンル的にRPGとして扱われている。昨今人気のゲームながら筐体(というより体験空間)が大きく、遊べるゲームセンターが限られていていつも順番待ちの上「安全のため、三人以上一組で参加願います」と注意書きされていたし、一プレイ一人二千円という金額も高校生の身にはハードルが高かった。
「でも、ゲーマーなら他にもいっぱいいるだろ?」
「そこであなたを選んだ二つ目の理由…ですよ」
と、ローブ男がニヤリと笑いかけてきた。
「こ存じの通り…」と話し始めた彼の話は次のようなものだ。
そもそもにおいて「ミクロン」とはゲームの名ではなく、その名の示す通り有機生命体を十分の一に縮小するシステムの名称であり、近年人口の爆発的増加による土地および食料問題が深刻化した某新興国が、その対策として秘密裏に計画・遂行した極秘国家プロジェクトによって発明されたものである。
独裁政権崩壊後、人体実験が行われていたことが判明し、縮小された被験者に元に戻す技術が必要となり人道的見地から世界中の学者・技術者が研究を進め、八年がかりで完成させた。
そして、この生命体縮小復元システムを世界で初めて商用としてゲームに利用しアスレチックRPGと銘打ってリリースされたたのがボードゲームの老舗メーカーE社の「小さな迷宮からの脱出」通称ミクロンダンジョンである。ミクロンシステムという巨大なコンピューター及び縮小復元機、十分の一スケールのミニチュアとはいえダンジョンも広い設置場所が必要な上に高額なプレイ料金・半日に及ぶ煩雑なプレイ前準備。にもかかわらず連日大行列ができる人気となったこのゲームは、今回ゲームエクスポに出展し彼らの眼の前でブースを構えているジーンクリエイティブ社を始め多くのメーカーが参入、今やゲーム業界最大の激戦区となっている。
「ーつまりダンジョンフィールドと呼ばれるミニチュアの中で謎解きや戦闘などアスレチック的なことをするわけですが…ここまで説明すればもうお判りですよね?」
と、ローブ男はさも弘武を誘う理由が自明の理であるかのように語りかけてくるが、何のことやらさっぱり理解できない。弘武が素直にそれを口にすると少女は頭を抱え、青年戦士とロープ男は「なぜ分かってくれないのか?」と口をあんぐり開けていた。
「運動能力を評価したのでござる。そなたなら戦える…と」
それまで無言で腕を組み、立っていただけの忍者男が口を開いた。彼もまた忍者になりきっているつもりなのか時代劇のような芝居がかった話し方である。弘武は(ござると来たか)と鼻白む。
「はぁん。でも、見かけ倒れだったらどうする?」
興味はある。提案は実に魅力的だ。しかし、どうにも胡散臭い。だから弘武はそんな言い方で相手の反応をうかがってみた。
「拙者、整体師見習いでござる。診立てだけは師匠にも一目置かれてござる」
百八十センチ以上あるだろう忍者男はただでさえ低音でぼそぼそとした話し方であるのにさらに頭布で口元が覆われているので聞き取りにくかったが、しっかりと力強く言い切った。
「まぁいいや。っていうかむしろ願ったり叶ったりだ。よろしく」
こんなチャンスは滅多にない。これ以上渋っても時間の無駄であり、場合によっては交渉決裂と判断される可能性もある。弘武はあっさり受け入れた。
交渉成立だ。
「じゃあ自己紹介だ。オレは珠木理、ジュリーと呼んでくれ」
と、青年戦士が親指で自分の胸をトントンと指す。
「三田善治です。ゼン…とでも呼んでください」
「よ…よろしく……」
差し出された手を握り返し戸惑いながらも返答した弘武が最も怪しく見える忍者男に視線を向ける。
「サスケと申す」
彼は一言つぶやいただけで組んだ腕を解こうともしない。
「え、えーと……」
(まとめてメンドクセー)と思いつつ一等まともに見える少女に向き直ると、彼女は愛くるしい大きな眼で真っ直ぐこちらを見上げて心地いい響きを持った声でこういった。
「私は珠木玲奈。お兄ちゃんと区別するために名前で呼んで。まぁ、お兄ちゃんを『ジュリー』って呼ぶなら珠木でもいいけど」
歯切れが良く聞き取りやすい快活さを感じる声色だ。それでいて中性的な感じもない。自然で飾り気のない物言いにもかかわらず育ちの良ささえ感じられる。ジュリーを自称する痩せ気味で芝居掛かった青年の妹とは思えないと弘武は二人を見比べた。するとなるほど確かに顔の造りなど全体的な雰囲気は似ているようでまず兄妹に違いない。
「で? 君は?」
そんな弘武にジュリーは一切頓着する様子がない。
「あ・あぁ、伊達弘武」
弘武がそう答えるとなぜかグループにしばしの沈黙が訪れた。
最初にそれを破ったのは忍者男サスケだった。
「拙者、伊達者は気に入らぬ」
「真田十勇士の敵みたいなものですからね」
などと弘武の理解できない高度なやり取りを繰り広げる様は彼に(行っちゃったオタって本ト面倒な人種だな)などと感想を抱かせる。
「変な人達でしょう? 凝り性で私にまでこんな格好をさせて…」
レイナが申し訳なさそうに弘武に近づき両手を大きく広げてみせる。その衣裳センスは確かに流行とは大きく掛け離れてはいたけれど、若草色をベースにした素朴な色遣いと女性らしいラインを生み出しながら決して機能性を損なわないデザインが調和した彼女によく似合うものだった。
「自分の知っている事は当然他の人も知っているつもりで話すから、時々判らない事もあるのよね。でも、みんないい人だよ。優しいし。だから...ね。…あは、何言ってるか判んないね」
弘武には言いたいことが判っている。世間の人が思うほど彼らは変質的ではない。それを判ってほしいと言っているのだと。
彼はわずかに目を細めてそれに応えた。
「では、ロムはいかがでござる? ひろむの『ひ』を取ってロム」
「いいですね」
と、言う訳でロムというニックネームをつけられてしまった。
「いいの?」
と、玲奈が聞いてくる。
「別に」
弘武はそっけなく答えた。いい気はしないがとやかく言うほどのものでもない。彼にしてみれば「どう呼ばれようが自分は自分だ」という想いがある。
「ロムねぇ……」
ジュリーは複雑な表情で頭を掻いてみせる。それは無意識というよりやはり芝居がかって見える。
「何か問題でも?」
ローブ姿のゼンに訊ねられ、独り言のようにこう呟いた。
「んーん…レイナにロムの組み合わせがどうにも……」
(なるほど)とゼンは思い至るが「ジュリーもシスコンの気があるのですね」と突っ込むのは野暮と思い敢えて聞こえなかったふりをした。
「ま。いいや、行こうぜ、ダンジョンアタック」
受付に向かって歩き出したジュリーに新しい仲間ロムを加えた冒険者たちはついて行く。