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迷宮の解放 05

先を描き進めるのに読み返して間違っていた箇所を発見、訂正しました。

 そこは一言で言えば自動化された研究施設ラボであった。制御用の機械は外部と繋がっていてそこで操作されていたのだろう。ボタンやスイッチなど入力装置は一切見当たらない。代わりにゲーム的な意匠としてそれっぽいデザインのコンピューターがいくつかのパネルとランプでミノタウロスの生命バイタル兆候サインを表示していたようである。

 そのセット然とした外装を剥がしてみると、おなじみの基盤と配線が現れる。


「ジュリーに確認を取るまでもなく、基本的なコンピューターでござる」


「確かにうちのパソコンを開けても大差なさそうですね」


「でも、こっちはパソコンにはないないでしょ」

 と、ロムが指差したのは培養液や覚醒用の薬液を注入排出する機械などだった。こういった特殊用途の機械は需要が少なく受注生産や特注であることが多い。


「とは言え、ここから判ることなんてほとんどありませんけどね」


 組成などを調べることが出来れはあるいは出所を特定できる可能性もあるだろう。しかし、ここにはそんなものを調べられる装置があるわけもなく、外見から得られる情報などほとんどない。


「お手上げでしょうか」


「そんなことはないぜ」


 と、ジュリーがラボに入ってくる。


「特殊な装置には案外特徴があるもんなんだ」


 言いながら人差し指で配管などを撫でていく。


「軍事チップと違ってこの装置はあっちの国の技術だな。あそこは自国技術にこだわる傾向があるから特徴が顕著だ」


「しかし、あの国は日本とは仲が良くないですよね」


「公式のチャンネルは関係ないだろ。どのみち非合法活動だぞ、これは」


「それもそうですね」


 ゼンはいつもの仕草で思考の海に沈みかける。


「そろそろいいか」


 そこにクロが声をかける。


「よくはないんだけどな」


 と、ヒビキがいう。


「オレなら大丈夫だ」


「大丈夫なわけないだろ。医者に見せたら最低二週間は安静にしろって言われるんだ。環境が許さないから仕方ないけど、戦闘は禁止だ」


「じゃあ、隊列を組み直さなければいけませんね」


「ああ、シュウトも先頭には回せないか……」


 クロはメンバーの顔を見回して眉間にしわを寄せる。

 戦闘力のほとんどないゼンと地図作成マッピングを担っているサスケを移動させるわけにはいかない。怪我人をフォローしつつ戦うにはどういう隊列がいいのか?


「ロム」


「はい?」


殿(しんがり)、一人で出来そうか?」


「……まぁ、この階層で背後から襲われる可能性はほとんどありませんし、なんとかなるんじゃないですかね?」


 実際、ほとんど一本道であるこの第二階層では一度も背後から襲われたことがない。


「なら、先頭はコーとヒビキ。次がオレ。三列目にシュウト、サスケ。四列目にジュリー、レイナ。その後ろにゼン、最後がロムの順で行こう。通路で襲われることは少ないと思うが先頭はオレを含めた三人でローテーションすることで少しでも負担を減らそう。部屋に入っての戦闘は今まで通り全員で対処する」


「ジュリーはダメだからな」


 と、ヒビキが念を押すと彼は不満を態度で示すが抗議はしなかった。

 通路は単調に敵が配置されている部屋と部屋を繋いでいるだけであり、その敵はレベルを落としているのかコボルドやオークが配置されているだけという部屋を三つ通過して、それまでの扉と外装の違う扉の前に辿り着いた。

 扉はそれまでの無骨な、間仕切りとしての機能以上ではない扉と違ってゴシック様式の装飾オーナメントが施された金属扉であり、ドアノブには獅子があしらわれている。

 サスケが扉を調べるが特に罠らしきものはなく、慣れた手つきで手早く解錠するとクロが扉を開く。

 部屋の中に飛び込みかけたクロは危うく大鉈に胴を斬られそうになった。


「これは……」


「映画で手に汗握る見せ場になっているアレですね」


 扉の向こうは部屋というには細長い空間で、幅の広い通路のようだった。床は白黒の大理石でモザイク模様。入口から三振みふりの大鉈が規則正しく振るわれている。その奥には何もない空間が七メートルほど続き、開かれた扉がある。


「……鉈はともかくその先に何が仕掛けられているかが問題だな」


 誰もが唾を飲み込む。ロムは大きく深呼吸すると前に出た。


「俺から行きますね」


「ロム」


「多分、俺が一番消耗してないと思うんですよ」


 ミノタウロス戦以降、先頭を担い続けている三人や怪我の程度が他より重いシュウトとジュリーより危機対応に余裕がある。という主張だ。


「……判った。任せたぞ」


「じゃ」


 ロムは近所にでも出かけるような気安さで片手を挙げると、ゼンからランタンを受け取りするすると大鉈三本を掻い潜っていく。

 たまたま黒いタイルに立っていたロムは、周りの白いタイルを棍で突いていく。一枚が目測半畳ほどの大理石の硬質な音が響くだけで特に変化はない。それを確かめたロムは左右に安全圏を広げていく。奥行きでタイル三枚分の安全を確かめると、さらに奥へと探索範囲を広げていく。白いタイルを調べるときは黒いタイルの上に。黒いタイルを調べるときは白いタイルの上に移動する念の入れようだ。結果、二枚の黒タイルで発動した全ての黒タイルが蓋のように底抜ける罠をかわす事が出来た。

 そんな神経のすり減る前進を三メートルほど行くと、今度は正面の壁から仕込みの矢が飛んできたが、これを難なくかわすと壁横から槍が繰り出される罠が待ち受ける。ロムは一番手前の槍を壁の仕掛けから壊し抜き、その先の槍を間引くように壊して進み扉の向こうに辿り着く。

 天を仰いでフゥと大きく息をついたロムが振り返り、親指を突き立て(サムズアッブし)てみせる。

 クロが続きコー、シュウト、サスケ、ジュリーの順で進んでいく。最難関と思われた横槍はロムが間引いてくれたおかげでだいぶ楽にかわす事が出来た。


「ゼン行くよ」


 レイナが辿り着いたのを確認したヒビキがゼンを促す。隣にいるヒビキにはっきり聞こえるほどゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。彼が握っている杖の明かりに照らされた、みて取れるほど蒼ざめた顔には冷や汗が浮かんでいた。


「大丈夫、私がついてるから」


「は、はい……」


 ゼンは二度三度と深呼吸を繰り返し、ヒビキが肩を叩くリズムに合わせて数を数え(カウントダウンし)て罠の回廊を進み出した。






 レイナが到達したとき、それまで気づかなかった戦闘音が通路の先、曲がり角の向こうで聞こえてきた。急いで剣を抜き駆けつけると、そこには累々と倒れる怪物たちのしかばねがあった。ざっと見ても十や二十ではない。通路としては幅の広い空間とはいえ、所詮通路である。クロ、コー、シュウトが横一列の壁となって全身血みどろで武器を振るっている。シュウトも流石にモーニングスターでは戦えないと踏んだのか第二階層で敵から奪った釘打ち(スパイク)棍棒クラブで応戦している。乱戦の奥を見通すとまだ十数体がいるようだ。その後ろからサスケが戦利品のダガーなどで戦闘補助をしている。

 彼女の体を怖気おぞけが走る。

 視線が素早く通路内を見回し、ロムを抱えて中腰になっている兄ジュリーを見つけ出すと屍をかき分けるように近づいていく。


「お兄ちゃん」


「おお、コーさんが押され始めてる。代わってやってくれ」


 荒い息の中ぐったりしているロムの容体は気になるが、今はそれどころではなさそうだ。レイナはグッと奥歯を噛み締めると、腹から声を出して戦線に突入する。

 レイナの参戦から数分後、ゼンとヒビキが到着し、シュウトの代わりにヒビキが入ってさらに数分。彼らはようやく敵を全滅させた。

 ゼンが数えたところによると総数五十二体。誰もが無傷ではいられなかった。サスケも、ジュリーもクロが呼吸を整える間、何度か戦線を支えいた。


「何があったんですか?」


 幾らか余力が残っていたヒビキが通路の先の安全を確認しに行く。その先には第二階層の終りを告げる階段があり、彼らは戦闘跡を離脱。第三階層の最初の小部屋セーフティルームで持っていた水を全て使い切って全身を洗浄して包帯を巻くなどする間、ゼンがクロに経緯の説明を求めたのだ。

 それによると、クロが来た時にはすでにロムが通路を埋め尽くす怪物たちと戦っていたのだという。

 つまり、少なくともロムはクロが来るまでの数分間をたった一人で持ちこたえていたことになる。それもこの広い通路で一体も通さずに、罠を抜けてくる仲間のために安全を確保し続けていたのだ。それがどれだけ至難の技か、この場に判らない者などいない。コーが来て、シュウトが到着し交代するまでロムは戦い続けていたというのだからゼンはその鬼神の如き活躍に肌が粟立つ。


「で、容体は?」


 ヒビキは手当てに当たっているレイナとサスケに心配そうに訊ねる。


「体力的に相当消耗しているが怪我の程度はそこまでひどくない」


「よかった……」


 レイナが包帯を巻きながら涙ぐむ。


「しかし、深刻だな」


「何がだ?」


 クロの呟きにシュウトが反応した。


「水を使い果たした」


 この旅のために彼らは一人当たり飲み水換算で一週間分用意してきたつもりだった。それ以上持てそうになかったというのもあるが、それだけあれば十分足りるだろうと誰もが思っていたからだ。ところがどうだ。度重なる戦闘で怪我の手当てのためにも水を使い、気づいたら使い切ってしまっていた。

 人は食べ物はなくても一週間は生きていられるという。しかし、水はなければ二日と持たないと言われている。


「大丈夫だと思います」


 と、言ったのはようやく落ち着いたロムだった。


「根拠は?」


「ここがゲーム世界だからです」


「言っている意味が判りません」


「ゼンが言ったことだろ?」


「私が?」


「意図を持って作られてるって」


「確かに言いましたが……」


「なるほど、RPGとして作られているのならそろそろあってもおかしくないな」


 合点のいったジュリーが呟く。


「何がだよ」


 コーが訊く。それに答えたのはサスケだ。


「回復の泉」


「現実世界にそんなもの」


「確かに回復の泉なんてものはあり得ないにしても、こんな大規模なダンジョンでプレイヤーのフォローをしないマスターとは思えないんだよね」


「それは楽観に過ぎないか?」


 ロムの考えにヒビキも賛同しかねるようだ。


「どのみち先へ進む以外に手はないわけで」


 と、ロムは立ち上がる。


「焦らず急ぎましょう」


「その前に現在の状態を確認しましょう」


 と、ゼンが手を広げる。

 怪我の程度と持ち物、特に装備品の状況を確認しようという提案だった。

 全身を覆うジュリーの鎧はミノタウロスの体当たりにも耐え、損傷はいたって軽微だった。ジュリーの鎧を参考に急ぎで作らせたクロとコーの鎧も簡易ながらその防御力を遺憾無く発揮していた。実力差によるものかコーの鎧の方がダメージがあるようだが、防御力を損なっているわけではない。サスケの防具は忍び装束の中に着込んでいる鎖帷子でこちらも壊れている様子はない。もっとも鎖帷子は刃物を通さないのであって打撃を通さないわけではなく、あちこちに打撲の痣が見て取れる。ロムとヒビキは鎧というよりプロテクターであり、こちらもジュリーが作ったロムの防具を真似て作られたヒビキの手甲にされなりの傷がついているくらいだろうか。戦闘では主に二列目で支援を担当することが多いレイナの鎧はヒビキたち同様革製ではあるがその立ち位置の関係か回避技術の高さなのか、怪我の程度も他のメンバーより軽いようだ。損傷の一番激しいのはシュウトの鎧だった。戦闘スタイルが攻撃に偏重していることにも起因しているようだが、防御を鎧任せにしているとしか思えない。それでいて鎧のない場所は目立った怪我をしていないのだから天才的な戦闘バトルセンスというべきなのだろう。


 武器の方はかなり損傷が激しい。クロは第二階層がパワープレイであるということを確認して以降、戦利品をショートソードなどを都度使い潰してきたのでジュリーから譲り受けた刀を温存できているが、コーの剣はこぼれが酷い。剣道有段者のクロと違ってなまくらでは手数が増えるため自分の武器を優先した結果がここに現れていた。ヒビキの棍もダメージが深刻だ。ロムの特注品と違って硬い木でしかないそれは前衛を担うことが多いせいもあっていつ折れてもおかしくない状態といってもいい。そのロムの棍も先ほどの孤軍奮闘でかなりダメージを負っているようだ。レイナのレイピアもその特質上丈夫には出来ているものの決して逸品ではない。特注品であるジュリーのショートソードも使用者の技量が拙いせいか刃毀れを起こしている。みんなそれぞれに予備の武器を持っているとはいえ所詮は予備であり、決戦を迎えて頼りになるかといえば覚束ない。


「TRPGでは意識しませんけど、武器というのは本当に消耗品なのですね」


「日本でも古来合戦場では業物わざものではなく数打物かずうちものを使い捨てていたというでござるからな。十分の一世界で多少条件が違うとはいえ物理法則は変えられんでござる」


「先に進もうぜ」


「まだ、確認してないものがあります。もう少し待ってください」


 それは、武具防具以外の装備品のことだった。水がなくなったことによる確認である。その他の装備品も在庫状況を確認しないわけにはいかなかったのだ。もっとも確認しなければならなかったのがランタンオイルの数だった。時間を図る目安にするため一時間分で小分けにされているそれは、残り二十三本になっている。これもこのダンジョンがあとどれくらい残っているのかわからない現状では多いのか少ないのか。食べ物は水と同様四日分を用意して今日が二日目。持ち物としてはだいぶ軽くなったが、その分心細くなったともいえた。


「冒険ってものは大変なもんだな」


 出発前にも装備点検の際にジュリーが言っていたが、本当に大変だ。


「他の装備品で言えば救急セットが半分くらい消費されていますが、他は概ね心配ありませんね」


 一通り確認しおえた冒険者は、クロの言葉を待つ。


「よし、じゃあ隊列を組み替えて出発しよう」

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