雑なダンジョン 06
ジュリーが執拗にアタックを繰り返す虻を盾で殴りつけ防いでいる。しかし、飛んでいる虫を撃ち落とすだけの打撃力はなく、せいぜいが部屋の中程まで弾き飛ばすくらいでしかない。
その後ろでは扉の立て付けの悪さをサスケが調整し、ゼンがダイヤル錠の解錠作業をしている。
ロムは誰に気付かれることもなく部屋の中を移動し、ジュリーに弾かれる虻を観察する。
ジュリーの剣に刃はない。ただ殴りつけても倒すには至らないだろう。効果的な攻撃は部位の付け根を狙うか刺突で仕留めるか…。しかし、どちらも相手が空中では力が逃げるので致命的な破壊力を生むのは難しいかもしれない。
(そういや昔爺さんが…)
部屋の中を飛んでいた蝿をジャブで軽く握りこみ、地面に叩きつけていた。叩きつけられた蝿は失神し、しばらく動かなかったのを覚えている。目の前を飛ぶ虻は見た目十五㎝級で掌に握り込むというわけにはいかないが、叩き落とすことはできそうだ。問題は失神するほどの衝撃を与えられるかだが他に有効な手段も考えられない。
意を決したロムはタイミングを見計らって距離を詰めると目の前を飛ぶ虻に真上から平打ちで剣を振り下ろす。不意を打たれた虻は地面に叩きつけられほんのわずかだったが動きを止めた。時間にして一秒ほどだろうか。ロムには十分な時間だった。胸を足で踏みつけ頭部と胸部の間に剣を突き入れ切断した。
「なんというか…お見事」
剣を返してもらったジュリーは剣先に付着している体液に若干の嫌悪感をにじませながらそう言った。
背後の心配がなくなったゼンとサスケはほどなく開錠し、四人の冒険者は出口へと続く廊下を進む。
その先に待っているのは電子的なファンフーレだった。
「ひどすぎます!」
冒険を終えたゼンが、ダンジョンマスターに食ってかかる。
気の弱そうな四十がらみで瘦せぎすの男はその剣幕に愛想笑いを浮かべるだけだった。
「なんですかあの敵の配置は? あなた、人を殺したいのですか!」
「そ・そんなつもりは…毒のある虫は選んでいませんし…」
「そういう問題ではありません!」
憤懣やるかたないゼンをなだめすかすジュリー。マスターは助けを求めて視線をサスケやロムに向けてくる。
「主人、あのダンジョンでは擁護できぬ。まず迷路が単純にすぎる、構造が雑で雰囲気が台無しでござる」
と、こちらも歯に衣着せぬ辛辣さだ。
マスターはしょぼくれ肩を落として一見である彼らに愚痴をこぼし始めた。
曰く、冒険者は一度クリアすると二度と同じダンジョンにはアタックしない。常連はすぐにクリアし「もっと刺激を」と求めてくる、と。
「ダンジョンを作るのにどれだけの手間とお金がかかると思ってるんでしょうか? こんなに出費がかさむとは思ってませんでしたよ」
今にも泣きそうな様子に毒気を抜かれたのか、ゼンは呆れた顔で仲間を見やる。
「マスター、俺はRPGはよく判らないんだけど、マスターは結構詳しいの?」
カウンターの端で冷めてしまったホットココアを手持ち無沙汰にかき混ぜながら、ロムがマスターに訊ねる。
「あー、いえ…恥ずかしながら子供の頃によくコンピューターゲームをやってたくらいで…」
それを聞いたゼンが一瞬、眉間に怒気を見せたが何か思うところがあったのだろう大きく深呼吸をして抑揚を抑えた調子で訊ねる。
「プレイしている我々が言うのも何ですが、ミクロンダンジョンはとある事件を契機に国際的に非合法とされています。まぁ非合法活動は金になるとはよく言われることですが、これはアジトを転々とできないなど非常にリスキーな商売です。なぜ、ミクロンダンジョンを運営しようと思ったのですか?」
「…わたし、RPGは子供の頃に遊んだ程度なんですが機械いじりは好きでね、ミクロンシステムには前々から興味があったんですよ。で、例の事件の後もミクロンについてはネットの噂などを追っていたんです」
ジュリーとサスケはゼンの質問の裏を理解できたのだろう。真剣な表情でダンジョンマスターの話を聞き漏らすまいと身構えた。
「みなさんなら知ってるでしょうが、民生用に出回っていたミクロンシステムは表向き回収・破棄されたことになってますけど闇で取引されてましてね。工学部の血が騒いじゃいまして、えぇ、買っちゃったんですよ」
と、こめかみの辺りを指でかく。
3人は先を急がせたいのをぐっとこらえて話を促す。ひとしきり自分語りをしたマスターは、ようやく彼らが聞きたい核心部分にたどり着いた。
「ーというわけでダンジョンを経営するといいらしいと聞いて始めたのが半年前。非合法商売ですから客単価は高くてもお客は決して多くない。なのにたった半年で三度の改装ですよ。おかげで生活はカッツカツで…」
「素人の設計したダンジョンじゃあリピーターはこねーよ」
ジュリーが言う。
「そんなこと言ったって、表立って依頼なんてできませんよ。なんせ非合法なんですから」
「そうですね。しかし、あなたは運がいい」
「え?」
ゼンは少々気味の悪い満面の笑みをたたえてマスターの肩に手を置いた。
「あなたさえよければですが、我々がダンジョンを作ってあげましょう。腕によりをかけてね」
「え? いや、しかし…」
戸惑うマスターに未だ忍び装束のまま覆面さえ外していないサスケが言う。
「その男は業界では少々名の知れたTRPGのシナリオライターでござる。少々意地悪なトラッパーとしてファンもいる男でござる」
「はぁ…」
「そしてこの男はアマチュアモデラーとして実力を認められている男でな、主人が作るよりいいダンジョンを作ることができる」
「格安でお受けしますよ。そのかわり…」
三人はマスターとの交渉を始め、今月の収入と新しいミクロンダンジョンの手がかりを手に入れた。
いつもながら見事な交渉術だとロムは呆れるばかりだった。彼がこのパーティに誘われた時は「こいつら大丈夫か?」とさえ思ったというのに。




