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迷宮の解放 02

 冒険者は三箇所の扉の中で一番近いものを選び開けることにした。扉はそれまでの扉同様簡易な仕掛けの鍵がかかっていたがサスケが難なく開ける。途端に部屋の中の仕掛けが動く音がして生き物の気配がし始めた。

「判りやすくていいや」

 ジュリーが呟き扉を開ける。ヒビキとシュウトが素早く中に入り、ジュリー、クロ、サスケと続く。中には八体のオークが待ち構えていた。手にはそれぞれ刃渡り十五センチ級のナイフを持っている。

「厄介な」

 口にしたのはヒビキである。彼我の得物の長さはこちらの方が長い。普段であれば何の問題もないだろう。しかし、あまり広くない閉鎖空間ゆえに懐に入られると困るのだ。特に槍のヒビキはその厄介さをもっとも被ることになる。彼女はとっさの判断で槍を手放し腰に差していた三節棍に持ち替える。

 ブンブンの風を切る音が鳴るほど振り回し、迫り来る三体を威嚇する。その隣ではシュウトが星球式槌矛モーニングスターを同じように振り回している。

「棍を止めろ」

 後ろからクロの声がする。ヒビキが素直に従うと彼女の両側面から二本の白刃が突き出され、オーク二体の胸を貫く。右の刀が素早く引き戻され、遅れて左の剣が後ろに消える。間髪入れずに正面のオークの顎を三節棍で跳ね上げると、再び刀がそのオークの喉笛に突き入れられた。

 どうと倒れる三体を踏み越えて残りのオークの後ろへ回り込むヒビキとジュリー。その動きに気を取られた二体のうち一体をクロが一閃、たちまちのうちに形成を圧倒的有利にした彼らは一気に攻勢にでる。シュウトがそれまで牽制のために振り回していたのを一歩踏み込み、勢いに任せて横殴りにオークに叩き込むとその勢いは一体目のオークの顔を砕き二体目の頬にめり込む。後ろで様子を伺っていたサスケがシュウトに迫るオークに苦無を投げ打ち、怯んだところをシュウトが星球で脳天から砕き潰す。

 残りの二体は後ろに回ったヒビキとジュリーがそれぞれ打ち倒し、この戦闘も無傷で勝利を収めた。

 サスケは手早くオークたちの持っていたナイフを回収すると、一行はもう一つの扉の先を進む。それなりに複雑な通路の迷宮は探索し残してきた一つの部屋と別の扉で繋がり、もう一つ新しい扉を発見して行き止まった。

「さて、どの扉を開けましょうか?」

 目の前には今発見したばかりの扉がある。開いていない扉はここを含めて四つ。そのうち二つは同じ部屋への出入り口であることがサスケの描いたマップから明らかであった。

「ここが部屋なのは地図を見て判るな」

 コーが地図を覗きながら言う。

「ええ」

 ゼンも頷きクロを見た。

「どうします?」

 クロは腕を組んでむむと唸る。ゼンが決断を促すように語りかける。

「我々の現在の目的は迷宮探索です。迷宮の全容を調べると言うならしらみつぶしに扉を開けることもやぶさかではないのですが、本来の目的は迷宮の先に何があるのかを調べることだと思います。このダンジョンアタックで可惜あたら神経と体力をすり減らすのは得策ではないと思いますが……」

「てことはゼンはここかもう一箇所の扉の二択で考えているってことか?」

 ジュリーが言葉尻を濁したゼンに問いかける。

「でも、もう一方の扉に行くとしたらその部屋を通るのが近道じゃない?」

「レイナの言うことももっともだ」

 ヒビキが地図を確認しながら同意を示す。

「この扉も特殊な構造はしてござらん。少なくともここで戻ってこられぬと言う事態にはならぬと思うが、如何致す」

 クロはほとんど話し合いに参加してこないシュウトに問いかけてみルことにした。

「お前はどう考えている?」

 彼は面倒臭そうにクロを一瞥すると「戦えればそれでいい」とだけ答えた。

「お前……」

 何か言いかけたコーを片手で制してロムが発言する。

「『敵』ってやつがさ、あえてこんなダンジョンを作ったんならそれ相応の意味ってのがあると思うんだ。それを踏まえて考えてみるってのはどう?」

「なるほど、確かに()()()()は何らかの意図を持って構築されています。その意図の延長線上にこのダンジョンがあるとすればダンジョンにはその謎が隠されていると考えるのが自然ですね。我々の目的がその謎解きとなれば探索しない場所があると言うのはナゾを解く鍵を取りこぼすことになりかねません」

「判った。目的をそこに絞って虱潰しに探索することにしよう」

 クロの最終決断がくだり冒険者たちはダンジョンの扉を全て開けるべく歩き出した。部屋になっていたところには全て怪物が配置されていたが、コボルドやオークは彼らの敵ではない。ほとんど無傷で戦闘を切り抜けていくつかのアイテムを手にして全ての領域を踏破した。

 比較的広い部屋に移動してもらいゼンは入手したアイテムを広げていた。アイテムはほとんどが倒した怪物からの戦利品でありナイフや硬貨、食べられるのか疑問な食料などおよそRPG世界の冒険者が身につけているだろうと思われる一般的な装備品所持品ばかりだったが、ある部屋に置かれた宝箱の中から時代がかった(アンティークな)鍵といかにも謎解きに使いそうな形に加工された三種の宝石なども手に入れていた。

「手詰まりだな」

「予想してましたけどね」

 広げたアイテムを右に左にと選り分けながらゼンがブツブツと呟いている。前衛組は腰を下ろして体を休め、ロムたち後衛三人は念の為に入り口と天井を警戒している。

「予想していたのか?」

「ええ」

 ゼンはいくつかの戦利品を選り分けて持って行くことを決めると質問したコーに向き直る。

「このダンジョンは相当練られた上級者向けダンジョンです。ゲームなどでは判りやすく隠し扉(シークレットドア)が示唆されますが、隠し扉というのは本来人を入れないための仕掛けなんですからちょっとやそっとで見つけられるようにはできていませんよ」

「どうやって探すんだい? 地道にダンジョン中をくまなく見て回るなんてごめんだよ」

 ジュリーと先頭を任されてきたヒビキは薄暗く先の見通せない迷宮探索と度重なる連戦で神経と体力をだいぶ奪われているようだった。

「いえいえ、それでも隠し扉は割と探し出せるんですよ」

「何を根拠に言っている?」

 クロが渡された刃渡り二十センチ級のダガーナイフを受け取りながら訊ねると、ゼンは得意そうにその独特の節を持った話し方で答える。

「壁の向こうが判らない場所、つまり通路の行き止まりですとか扉のない部屋の壁面などの『隠し扉の向こう側を感じられる場所』を探すんです。それだけで探す場所は半減しますよ」

「壁にあるならそうだろうけど、床に仕掛けられているとしたら?」

「ヒビキさんが隠し扉を作るとして通り道の中途半端な位置、自分でもどこか判らなくなるような場所に仕掛けますか? トラップならともかく」

「ああ、仕掛けないね」

「そういうことです」

「で? どの辺りだと思う?」

 クロがサスケを促して地図を広げる。

「壁の向こうが書き込まれていないこの行き止まり、唯一地図の辺と接しているこの部屋、あとはよく冒険者を引っかけるためにゲームマスターが仕掛けるダンジョンの入り口付近というのが探すポイントでしょうか?」

 ゼンの指摘通り、隠し扉は通路の行き止まりの床面にあった。

 壁の一部に不自然な三つのくぼみが見つかり、そこに手に入れた宝石をはめ込むと床が開いてくだり階段が現れたのだ。第二階層に降りると想定通り最初の小部屋(セーフティルーム)になっていた。準備を兼ねて三十分程休憩をした彼らは第二階層の探索を始める。

 第二階層は第一階層とは打って変わって単純な構造で出来ていて、通路は複雑さのかけらもない代わりに扉が六つ。それが彼らを悩ませた。

「ミクロンダンジョンの規格通りならある程度第一階層の地図を参考に類推もできるのですがねぇ」

 ゼンがため息交じりに呟いた通り十分の一であったとしてもオープンセットや室内設置された規格品と違い、直接地面を掘って作られた本物の地下迷宮ダンジョンである。どれほどの空間が広がっているのか皆目見当がつかない。

「とにかく虱潰しだろ?」

「簡単に言いますけどね、ジュリー。階層一つ潜ってるんですよ」

「ああ、それはやばいな」

「どう言うことだ?」

 クロが問う。

「RPGの世界では地下に潜るほどLVレベルが上がるんです」

「それ端折はしょりすぎ」

 ロムに突っ込まれてゼンは説明をし直す。ロールプレイングゲームにはレベルという概念がある。一般的には強さの数値化として認識されている物であり、主にキャラクターの成長を実感できる仕組みである。そしてこの目に見える指標がゲームを継続するモチベーションにもなる。実はこのレベルの仕組みはゲーム全体に施されていて怪物モンスタートラップなどにも適用されており、ダンジョンにおいては次の階層へ移動するということはすなわち難易度レベルが上がることを意味しているのだ。

「つまり、より強い怪物が出るってことか?」

「RPGの文脈で言えばその可能性が高いです」

「それは厳しいな」

「それだけじゃないと思うな」

 コーとゼンのやりとりに割って入ったのはロムだった。あくまでも自分の勘であると断ってからこう言うのだ。

「ゲームエクスポのダンジョンと同じ流れじゃないかと思うんだ」

「──というと?」

「あー、だからパワープレイ……だっけ?」

「なるほど。コンセプト、ダンジョンを作った作者の設計思想が感じられるのでござるな?」

「ってことはやすりょう作ってことか?」

「ジュリー、それは違いますよ」

「え? だってあのダンジョンは……」

「確かに安田良氏による設計となっていましたが、この手の仕事は大抵発注の段階で『こんなダンジョンを』と頼まれるのが普通です」

「そうか、黒幕のコンセプトってことだな?」

 ジュリーが一人で納得している横でヒビキがゼンに訊ねる。

「なぁ、そのパワープレイってのはなんなんだ?」

「戦闘ばかりが続くコンピューターゲームでよく見られるシナリオのスタイルです。ゲームとしてはプレイしている実感が湧くので子供や初心者に喜ばれるのですが……」

 RPGにおいて筋書きを先に進めるための情報収集や日常パート、全然先に進まない謎解きよりも単純明解にしてプレイに参加しているという実感を得られる戦闘は、特に初心者に好まれがちである。しかし、実際には戦闘ほど全てにおいて無駄な行為はない。現実世界では体力を消費するし時間も浪費する。まして怪我でもすると回復薬や魔法一発で治るなどと言うことがそもそもありえない。

「ここじゃそれはまさに死活問題だな」

 と、クロが言う。

「だけじゃありませんよ。油の消費具合から見てあと一、二時間もすれば夕方という頃合いです。そろそろ宿営キャンプのことも考えなければなりません」

「だが、通路で宿営というのも現実的ではござらんな」

「──っても、最初の小部屋に戻るのは早すぎんだろ」

 ここまでほとんど議論には加わろうともしなかったシュウトが珍しく自分の意見を話す。

「確かに。しかもあの小部屋でこの人数は手狭にすぎます」

「でも、死骸の残る中で寝るのも勘弁して欲しいな」

「まったくだ」

 コーに同調しつつもクロは最初の小部屋から近い部屋を順に開けていくことにした。もし、本当に彼らのいう通り『パワープレイ』スタイルの階層ならば、奥へ行くほど強い怪物が出てくるに違いない。そう断定しての決断だった。そしてその考えは残念なことに当たってしまう。

 最初の部屋にはゴブリンがいた。例によって開錠を合図に仕掛けが働き、室内をゴブリンで満たす。その数七体。疲労の見え始めたヒビキを一列下げ、代わったシュウトが迎え討つ。その嗜虐的な笑みを浮かべながら放つ攻撃は、時として隣に立つジュリーや二列目のヒビキ、クロにも及びかけるほど乱暴で無造作で、破壊力に満ちていた。

 以降開ける扉は全て怪物が送り込まれる部屋になっていた。配置されていた怪物は多岐に富んでおり、狼や蜥蜴トカゲなどの獣人や街の防衛戦で強敵だった単眼巨人サイクロプス、彼らが拉致されたダンジョンで最大の試練として現れた様々な合成獣キメラと戦うことになった。彼らは疲労による被害を抑えるため前衛をローテーションで勤め先へ進んで行く。どの部屋も開けた扉以外に出入り口はなく、冒険者たちは開けては怪物を倒し、倒しては次の扉を開けるを繰り返してとうとう最後の扉の前にたどり着いた。

 流石に連戦で息も上がり、防具のおかげで軽く済んではいるが打撲などの怪我を負っている。サスケが扉の罠を調べ解錠する間に息だけは整えて、九人の冒険者は扉の向こうに躍り込んだ。

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