ラストダンジョン 04
最初に気がついたのはやはりというべきだろうか、むくりと起き上がったロムが靄がかかったようでスッキリしない頭を振ったあと辺りを見回すと、ハリウッドのSF映画でありがちだった白一色の無機質な立方の空間で天井には部屋全体を照らすLED照明。部屋の色と照明の明るさで眩しいくらいだ。部屋の中央に一列に並べられたベッドに寝かされていた三人を見つける。
自分の状態を確認すると、体の状態は麻酔の影響が残っているためふわふわしているのが状態異常として残っているくらいである。着ていたはずの道着ではなく病院のパジャマのようなものになっている。腕に注射跡があるがこれは治療のためだろうか?
(どれだけ眠らされていた?)
ふらつく足で立ち上がり三人の状態を確認すると、彼らも同じ格好になっていた。彼らの戦闘による怪我は軽微なものではあったが、きちんと治療されているようだ。もっとも傷が治っているわけでもない。それから推察するに三日と経ってはいないだろう。とすれば、四人に一様に存在する注射跡は点滴か?
ロムは、隣に寝かされているゼンを揺すり起こしてみる。麻酔の効果は切れていたようで、ゼンは部屋の眩しさに目をすがめながらむくりと起き上がった。
「…ここは……」
「おはよ。まずは二人を起こそう」
「ああ、ロム。ええ、そうですね」
二人はジュリーとサスケをそれぞれ起こし、ジュリーとゼンのベッドを合わせた上で車座になると、状況の整理を始める。
現状確認できるのは荷物など一切を奪われ、どこか知らない(おそらくさっぽ以外の場所に移されている)場所に移され隔離されているということだけ。
「参りましたね」
「想定していたことでござろう」
「まぁ、冒険者をどこかへ連れ去る以上、手がかりになるような情報を与えないというのは当然の配慮でしょうからね」
「武器を取り上げられるのも想定内?」
ロムに訊ねられてゼンは少し気落ちした表情でそれてもやはり考えていたように答える。
「まぁ…我々としてはイタイ事態ですけどね」
長い沈黙が空間を支配する。
「……小さいままだよな?」
ジュリーは重い雰囲気を漂わせて確認する。
「感覚を信じるならそうだろうね」
「さて、これからどうする?」
「どうなる? でござろう」
「そうですね、現状できるのはここで何かが起こるのを待つことだけです」
すでに彼らはこの空間が少なくとも内側からは出ることができない密室状態であると確認している。サスケの言う通り自分たちでどうにか出来ることはなく、どうなるかを待つほかはないように思える。
「何かはしようぜ」
気が逸るのだろう。ただ悶々と時間をやり過ごすのがどうも苦手なジュリーがそのイライラを隠そうともしないで立ち上がる。
「そうですね、このままジリジリと時を過ごすと言うのは精神衛生上良くありません。いらない軋轢をパーティの中に産むのは得策ではありません」
「とはいえ出来ることはそう多くはなかろう?」
「筋トレか瞑想。あとは時間潰しの言葉遊びの類くらいかな?」
ロムは指折り数えてできそうなことを言う。
「じゃあ、オレは筋トレだ」
ジュリーはベッドを降りると床に手をつき腕立て伏せを始める。
「では拙者は瞑想をするでござる」
と、自分のベッドに戻って結跏趺坐に足を組み、目を閉じて深く静かに呼吸を始める。
「ゼンはどうするんだい?」
「私ですか? そうですね、頭の体操ですかね」
「じゃあ、付き合おうか」
そう言いながらロムもベッドを降りると抱拳礼をとり、ゆっくりと套路を練り始める。
「何をする?」
「え?」
「頭の体操だろ?」
「ああ、そうですね…しりとり……なんて退屈でしょうか」
「構わないよ、時間潰しなんだし」
その後ジュリーは腕が体を支えられなくなるまで腕立て伏せをした後、腹筋・スクワットとこちらも限界いっぱいまで数をこなしてベッドに倒れこむ。套路をしながらゼンに付き合っていたロムもたっぷり汗を流すほど続け、ベッドに横になった。
「サスケ、二人のマッサージをお願いできますか?」
両脇の戦士たちを交互に見たゼンが、寝ているようにも見えたサスケに声をかけると、彼は「よかろう」とつぶやき立ち上がる。まずは隣のベッドにうつ伏せに倒れ込み、すでに寝息を立て始めていたジュリーの施術を始めた。
しばらくぶりの施術でまず驚いたのは痩せぎすだったジュリーがオーバーワークでパンプアップしていることを差し引いても筋肉質になっていたことだった。体質的に筋肉が太らないようでムキムキ感とは遠いが脂肪もつきにくい体は絞り込まれた戦士の筋肉になっている。なるほどこれならサスケとの撃ち稽古でも力負けしないのも頷ける。どれほどレイナがさらわれたことが悔しかったか、ダンジョンアタックでロムにおんぶ抱っこだった時期がどれほど情けなかったのか。あのオーバーペースではないかと思われる稽古の理由を思い知らされる。
次に施術したロムは今回初めて直接触って目を見張ることになった。整体師の見習いとして最近では現役のプロスポーツ選手も任されるようになっていたが、これほどしなやかな筋肉は初めてだった。固く、ただ太く厚くした鎧のような筋肉ではない。高い柔軟性と広い可動域の邪魔をしない動くための筋肉だ。しかもたっぷり二時間はやっていただろう套路の後だと言うのに疲労の具合が小さい。これ以上ない良質の戦闘用筋肉だった。
サスケの施術は相当心地いいのだろう。ロムも半ばですっかり眠りについていた。
「お疲れ様」
ゼンに労われたサスケは自分のベッドの上に戻り、結跏趺坐の姿勢をとる。
「人間の尊厳はここでは無視されるのでござろうか」
「何かありましたか?」
「雪隠がござらぬ」
「ああ、そういえば。したいのですか?」
「今はまだ我慢するのしないのの段階ではござらんがな」
「便器がないことからあまり間を置かずに解放されると私は思っていたのですがねぇ…」
「せめて尿瓶くらい用意しておいてもらいたいものでござる」
そういった後、サスケは大きくあくびをした。瞑想をしようという彼が集中を切らすなど珍しいと声をかけようとしたゼンであったが、彼自身も強い眠気を感じて薄れゆく意識の中このひと時の覚醒が意識的なものであったのかとだけ思考した。
次に四人が意識を取り戻した場所は一面の荒野の広がる場所だった。背後には大きな門を構えた長大な建造物。ゼンの第一印象は万里の長城である。周りには同じく数組の冒険者たちがいる。ざっと数えて三十人くらいだろうか? 怪我人が多いように見えるのはやはりダンジョンでの合成生物との戦闘によるものだろう。
身につけているものは質素な筒型衣で四月なはずなのに寒さが身に染みる。少なくとも札幌より寒い場所であることは間違いない。潮の香りがすることから海沿いのどこかであることも確かだろう。そばに置かれた荷車には彼らの装備が一式積まれているようだ。他にも食料などが積み込まれている荷車が数台、うさぎや小型の豚などに繋がれている。
(牛、馬の代わりですか…)
これを見れば彼らがまだ十分の一世界にいることを認識するのに十分だ。
そんな一団を取り囲むように人造人間が十二体。そのうち一体は隊長格なのだろう、太く節くれだった棍棒を肩に担いでいる。
(さすがに分が悪いな)
ロムでさえそう思う状況だ。
「これからどうなるんだ…」
包帯で片目がふさがっている若い男が力なく呟く。
「荷車が門の方を向いていないんだ。追い立てるんだろう」
四十がらみだろう男が向けた視線の先にはなるほど荷車が作ったらしい轍が続いている。つまりここから何度となく同じような一団がこの先に送り出されているということだ。その行く先は霧深くて何があるのかさっぱりわからない。
「オオウ、オオウ、オオオウッ!」
突然隊長格の人造人間が叫ぶ。復唱するように他の人造人間も叫ぶ。同じことが三度繰り返され、隊長の棍棒が一頭の豚の尻を叩く。驚いた豚が動き出すと、他の人造人間達が次々と一行を追い立て始めたので、彼らは否応無く出発せざるを得なくなった。曳く家畜のない荷車は協力して曳いて行かなければならない。怪我の程度が軽い四人は中心となって荷車を曳き、押して進む。
誰もが口数少なくただ黙々と歩を進める。足の不自由な者には誰かが肩を貸したり、荷車に乗せるなどして助け合う。牛や馬と違ってどう扱っていいかわからない家畜達をどうにか追い立て、出発地点が霧の中に消えて行く。時間感覚がつかめない中どれほど歩いたかわからないが、やがて霧の向こうに城壁のようなものが見えてきた。
やっさんがこの街に来てから三月になろうとしていた。この間二度新しい住人が補充されていたが街の状況は悪化の一途を辿っていた。
まず、最大都市である東京のダンジョンが潰れたことによる追加住人の数の減少がある。この半年近くの平均が二十五人と、それまでより多い時には四十人近くが来ていたことと比べるとその落ち込み具合は深刻とも言えた。 なぜか?
この街は定期的に怪物からの襲撃を受けていたからだ。
その襲撃は以前より頻度が減った代わりに集団の規模が大きくなった。集団を構成する怪物もコボルド、オーク、サイクロプスに狼男などのライカンスロープも含まれるようになった。そのため犠牲者の数が増え、主力の負担が増えた。
現在戦闘の主力と言える戦士は自警団のリーダーであるクロ。副リーダー格のヒビキとコー。隊長格のネバル、アリカ、シュートにイサミ。あとは戦闘力を認められ、自由裁量の遊軍的行動が認められているレイナとシュウトの九人だけ。ネバルクラスの実力者も何人かいたが、ほとんどが戦死しており、残りは戦闘できる状態ではない。
生き残っている主力戦士に名の知れた人物が多いのは、やっさん曰く「そもそも持っている運と生来の慎重さ」なのだろう。クロやヒビキのように武術を習得していたものも少なくなかったが、彼らは総じて無理をして寿命を縮めて行った。
そんな主力メンバーもコーはやっと復帰したところだし、ネバルもシュートも復帰しては負傷するを繰り返すようになっている。万全なのは今やクロとヒビキ、レイナだけ。彼らが無事なのは十分な実力を持って細心の注意を払って戦場にいるからだ。
そしてこの間やっさんは街の中をくまなく歩いて情報を収集していた。元ジャーナリストの血が騒いだのだ。それまでの趣味の取材も頭の中にだいたい入っている。ここでの取材もまとめて部屋に置いてあった。
これは表に出せば相当センセーショナルな記事になる。ただ、今のままでは真相にたどり着けそうにない。
彼は二階の自室の散らかった資料の中で肩のコリをほぐすために大きく伸びをした。そこにコツンと窓を叩く小石があった。
窓を開け下を見るとこの街に最も長く住んでいるというのに屈託のない笑顔を向けてくる少女が手を振っていた。もちろん隣には険しい顔で彼を睨みつける彼女のパートナーもいる。
「定期便が着くって」
「おぅ、今行く」
やっさんは窓を閉めると、階下へ降りて仲間に声をかけ上着を羽織る。正確にはわからないが暦は四月になっているはずだ。だがまだまだ寒く家では暖炉の火が欠かせない。住人が言うようにここは東北か北海道だろう。
家の住人四人のうち火の番を頼んだひとりを残しやっさんたちが出てくる。レイナとヒビキに合流し、南門を目指す。街の住人もいくつかの集団を作って南門に向かっていた。
「ネバルはどうなんだ?」
やっさんはヒビキに訊ねる。
「退院はしたけど、戦闘に駆り出すのはどうだろう? アリカが止めてるようだけど、本人はすぐにでも戦線に戻るって言っているらしい」
「お笑いタレントの割に真面目だよな」
「お笑いタレントの方が真面目だよ」
「他の連中は?」
「シュートは大丈夫、イサミさんも戻ってる」
「コーは?」
ヒビキは少し間をおいて曖昧な返事をした。やっさんはヒビキはコーに好意を持っていると踏んでいる。芸能ゴシップは専門外ではあったが、その辺りはフリーとして食いつなぐために何度も仲間を手伝って週刊誌に記事を提供していたジャーナリストの嗅覚である。本人はその恋心を隠しているつもりでいるだろうが恐らく聡いレイナや同居している古くからの友人というマユも気づいているはずだ。
やがて南門前の広場に着くと、門が開かれ一団が入ってくるところだった。今回はざっと見三十人くらいきたようだ。いつも通り怪我人が多いようだが怪我の程度が軽い人も見受けられる。
「到着された皆様、お疲れ様でした」
一団が荷物も含めて中に入ったことを確認して門衛が門を閉じるのを確認したコーが声を張り説明を始めた。
やっさんは集まった町の住人をそれとなく伺う。その中にはやはりシュウトたちの姿はない。彼らはここに来る前の仲間たち、イサミを含めた二パーティ十人の内イサミとヒロノブそれに戦死した二人以外の六人で一団を形成し一種の穀潰しになっていた。ここ二回の戦闘ではシュウトを中心に六人が固まって暴れ、それなりの戦果を挙げていていることと今の所あの一件以来あまり街に出ないこともあり、街中で大きな問題を起こしていないため半ば黙認されているが住人との軋轢はかなりのレベルに達していた。
街の住人と談笑するレイナの隣でヒビキはコーの説明を聞き流しながら、今回の三十人がどれほどの戦力になるかと値踏みしていた。今回は六パーティだろう。なんとなくパーティ単位で固まっているのはまぁよくあることだ。怪我の程度でパーティの実力もある程度測れるようになった。その中でまず彼女の目に留まったのは三人の男たちである。
百八十センチを超える左の頬に大きな黒子のある男と痩せ気味で無造作に中分けされた長髪の男、それに小さくて小太りな男である。
一見すると決して強そうには見えない。どちらかといえばオタク然とした青年たちだ。しかし、怪我の程度がとても軽い。そして、それそれぞれの顔になんらかの決意が浮かんでいた。
そしてもうひとり、ヒビキが目をつけたのは怪我の程度が思い男たちを気にかけている青年だった。半日ほどのキャラバンですっかり頼られているように見えるところを見ると心に余裕があるのだろう。こんな非日常に放り込まれて平常心でいられるのはよっぽどのボンクラか心と体を鍛えた人間かのどちらかである。
その青年は、ヒビキの視線に気づいたのだろうか? こちらに視線を向けるとニカッと白い歯を見せて笑って見せたあと、視線を少しずらして安堵の表情を浮かべた。
どこを見ているのかと視線の先を確認するとそこにはレイナがいる。
「レイナ」
呼ばれたレイナは会話を中断し、響の方を向く。
「彼、知り合いかい?」
言われて指差された先に視線を移すと、彼女は一瞬身を固くしたかと思うと口に手を当て堰を切ったように泣き出した。
「ど、どうしたんだよ?」
初めて見るレイナの姿に周りにいる全てが動揺し右往左往する中、やっさんがヒビキの隣に来て件の青年を見やりながら呟いた。
「ようやく来たか」
と。




