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ラストダンジョン 02

 実のところ充たち三人が後を尾けることになった車の中には彼らが安否を心配している四人がいた。


 話を少し遡ろう。


 確かに四人は一週間前に札幌に来ていた。それが先月の末。この一週間彼らは観光を装ってそれとなくダンジョンの周辺を探っていたのだ。季節は束の間の春休み。その間五組の冒険者が挑んでいたが全員何事もなく帰って行った。

 ダンジョンアタックの前日、彼らが連泊していた素泊まり三千円以下の格安ホテルに一人の老人が来訪する。


「初めまして、噂はかねがね伺っておりました。私は三田みたぜんと申します。ゼンと呼んでいただければ」


 と、小柄で小太りの若者が手を差し出す。名古屋の遠征の時でさえローブ姿で街を歩いていた男がチェック柄のシャツにジーンズというオタクのステレオタイプ然とした格好とはいえまともな私服を着ている。ジュリーことたまおさむもスリムジーンズにアニメキャラのバックプリントのあるトレーナー。サスケこととう航助こうすけも黒い綿パンにカットソー姿だ。

 三人の自己紹介が終わり、伊達だてひろが師匠である老人と両手で握手をする。


「まったく師匠を遣いまわすとは、ひどい弟子だ。よりにもよってこんな寒いところで張り込み仕事など」


「東京に居たって暇だったでしょ?」


「暇なものか、拳法家は日々鍛錬。暇などしておらん。……まぁ良いこれも修行よ」


 師匠と弟子の軽口が一段落した頃合いを見計らってゼンが本題を切り出した。


「ふむ、このひと月見張って居たがダンジョンとやらに挑戦したのは十七組。内ひと組が戻らなかった。その間、冒険者以外で出入りしたのは従業員らしい女性が数人と業者らしい男たちが三人、店長なんだろう男が一人だ」


「業者……ですか?」


 ゼンが問う。


「業者だ。現金輸送車みたいな車でやって来て、大きなジュラルミンケースを三つ運んでどこかへ行った」


「いつですか?」


「ひと組戻ってこなかった冒険者がいると言っただろう、その日だ」


「それですね」


「だな」


 ゼンとジュリーが頷き合う。


「師匠。俺たちは予定通り明日ダンジョンアタックします。で、計画通りなら明日の夕方には助っ人が来ることになっているんで是が非でも彼らと合流してください」


 ロムはそう言ってプリントアウトした三枚の写真を差し出した。そこには三人の人物が写っている。


「それと…」


 と、ゼンが四人分の携帯端末を手渡す。


「失くしたくないので預かってもらえますか?」






 その預かった携帯端末の一つゼンの端末を操作して、ロムの師匠は蒼龍騎に連絡を取る。彼らの車が走り出した直後のことだ。わずか二コールで蒼龍騎が電話口に出る。


「ゼン!?」


「すまんが、車を止めてくれないか」


 数百メートル先で黒塗りの車が止まる。師匠はそれを老境とは思えない軽やかな足取りで追いかけ、黙って後部座席に乗り込む。

 唖然とする店長と蒼龍騎をひとまず無視して運転席の充に声をかける。


「説明は後だ。停めておいてなんだがすぐにあの車を追いかけてくれ」


 指差す先には運よく交差点で停まっている例の護送車がある。充は老人を一瞥いちべつすると無言で車を走らせる。


しつけですまんな。ワシは弘武の武術の師匠で(そん)たけしという。お前さんら同様人使いの荒い彼らにこき使われている老人だ」


「ロムの?」


「ふむ、お前さんらは弘武のことをロムと呼ぶらしいな」


 自己紹介を受けてようやく落ち着いたらしい店長が助手席から振り返る。


「先ほど説明は後でと言われましたが、事情をご存知なのですか? その……我々はよくわからないままにここに呼ばれたものでして……この謎、解けますか?」


 そう言いながら例のメモを手渡す。それを受け取りざっと目を通した師匠はからからと笑いこう言った。


「ここに謎などないぞ。敵を欺くにはまず味方からと言うだろう」


「え?」


 改めて呆然とさせられる店長と蒼龍騎である。充はハンドルを一つ拳で叩いて舌打ちをする。


「つまり用心のためさ。さて、本題に入ろう」


 師匠はそう言って、これまでの経緯を語り始めた。


 行方不明の少女を捜し出し連れ戻すため、ロムが三人とともに非合法遊戯(ゲーム)ミクロンダンジョンに潜り続けていることは一年以上前から知っていた。ここにいる四人の中で最も早くから関わっていたことになる。ロムは大学受験のために休んでいた修行を無理を言って再開するにあたって全てを打ち明けていたのだ。その後も定期的に修行に出向き、進展具合を報告していたと言う。そして、札幌のダンジョンに挑戦するにあたり頼まれたのがダンジョンの張り込みだった。

 ロムとゼンは事件解決には縮小されたままどこかへ送られることになるだろう自分たちとは別に、外部協力者が必要不可欠だと結論づけたようだ。


「必要な人材として選ばれたのがこの四人ということだ」


 努力が報われると言うのはこう言うことなのだろう。必死に足掻いたことで必要な人材に伝手つてができ、こうして協力してもらえる信頼に足る人たちに恵まれる。


「因果応報だな」


 付かず離れず絶妙な距離感で車を尾けながらもしっかり話を聞いていた充がつぶやく。


「因果応報って悪い意味じゃねぇの?」


「良い行いには良い報い。悪しき行いには相応の報いがあると言う仏教用語だ。悪い意味に使うことが多いがな」


 蒼龍騎の素朴な疑問に武術家らしく答えると、彼は話を続けた。


「ワシらに託されたのは彼らがどこへ連れていかれるか、その先にどんな組織があるのかを探ることと、彼らを解放することだ」


 彼らは事の発端であり事件の陰に存在していることが間違いないと思われるジーンクリエイティブ社の更に後ろに大きな組織が存在していると思っており、各国政府の思惑が絡んでいるなどと言う陰謀論まで語っていたと言う。


「ありえるか? そんなこと。信じられる? トンデモの類だろそれ」


 蒼龍騎が呆れ顔で言う。彼自身もオタクの端くれでありトンデモや陰謀論は嫌いじゃない。


「だが、こんな時代に一民間組織にこんな大掛かりなプロジェクトを秘密裏に行えるかと聞かれればあながち陰謀論で片付けられない真実味もあるぞ」


 と、店長が言う。


「一つとも限らないがな」


「充さん……」


「陰謀論を語りたくなるほど非合法化の経緯は確かに怪しいからな。ネット上では元々そんな陰謀論が出ていただろう?」


「確かにそうですけど店長……」


「高速に乗るようだ」


 蒼龍騎が何かを言いかけるのを充が遮った。チラリとエネルギーメーターを確認する。まだ一割も消費していない。これなら函館でも稚内でも往復出来るだろう。

 料金所をくぐった後、蒼龍騎が標識を確認して携帯端末で行き先を確認する。まずは千歳方面に進むようだ。


「目的地は旭川方面じゃないようですね。この先千歳恵庭ジャンクションがあります」


「さて、しばらくは長距離ドライブで運転手以外はすることもないからワシは寝るとするか」


 そう言って師匠はそうそうに寝る態勢に入りながらこう言い残す。


「そうそう、北海道の高速道路は札幌から離れるとほとんど片道一車線の対面走行になるぞ」


「田舎は厄介だな」


 ざっとナビゲーションの道路地図に目を通す。分岐のどちらに進んでもほとんど一本道とはいえ、ぴったり後ろについていては尾行に気づかれる恐れがあるし間に車を挟んで見失うのも怖い。充は尾行に集中するためだろう、携帯端末をカーステレオに接続して音楽を流し始める。ミディアムテンポのインストゥルメンタルだ。その強面な容姿とのギャップについ蒼龍騎が呟く。


「意外ですね、もっとこうアップテンポの激しい曲が好きなのかと勝手に思ってました」


追跡チェイスならそうするさ。アドレナリンを出すためにな。だが気づかれちゃいけない尾行テイルにそんな音楽流してちゃテンション上がりすぎてミスが出る可能性が高くなる。もちろんスローなテンポじゃ眠くなったり集中力が切れる。ケースバイケースさ」


「なるほど」


 と、店長も頷き師匠は目をつむったまま口角だけを持ち上げる。

 対象車はジャンクションで道東道に進路をとる。それを確認した充は加速して尾行対象の車を追い越すとはるか後方において行く。


「何してるんです?」


 蒼龍騎が小さくなって行く車を見送りながら心配そうに言う。


「大丈夫だ、問題ない」


「理由は?」


 店長も充の行動には疑問があるようだった。


「札幌の街中からずっとケツについているのは偶然というには流石に不自然だ。この先最初のPA(パーキングエリア)までは千歳東IC(インターチェンジ)だけ、ここでおりられる可能性は(ゼロ)じゃないがまずありえない。だから一度意識から消えておく。この先高速道路(ここ)は一本道だから改めて後ろについてもそれは偶々と思えるだろ?」


 充の目論見通り、再び後ろにつくとあとは一度の休憩を挟んで釧路まで走ってきた。






 改めて時をその日のひるさがりに戻す。四人の冒険者が最後のダンジョンアタックになる。いや、すると決めた札幌のダンジョンに足を踏み入れたところだ。

 東京同様縮小前に一人、縮小後にも一人受付担当の女性がドイツの民族衣装(ディアンドル)を着て彼らを迎えてくれた。必要以上にリアリティを追求した内装と演出にいやおうにも緊張を高める。

 第一階層の地図を書き上げる頃、サスケが確信をもって呟く。


「同じでござる」


「何がだ?」


 いつもの芝居臭い言い回しでジュリーが訊ねる。


「ダンジョンの構造が、ですね」


 答えたのはサスケではなくゼンだった。前世紀のアニメのお気に入りキャラクターを真似た鼻にかかった声である。


「まったく同じ?」


「うむ」


怪物モンスターの配置も?」


「家具の配置までそっくり同じでござる」


「それってつまり……」


 二の句が継げられずごくりとジュリーは生唾を飲む。


「同じことが起きるってことだな」


 沈黙を破ったのはロムだった。ようやく気を取り直したゼンが推測を口にする。


「このダンジョンは一種のふるいなのでしょう。同じ条件をクリアした冒険者をどこか連れ去るために同じ構造同じシナリオのダンジョンになっているんだと思われます」


「てことは仙台や広島のダンジョンも」


「ええ、同じダンジョンでしょうね」


「じゃあ、とっととクリア……」


「いいえ、いつもの通り淡々と。です」


ジュリーの提案をゼンは即座に否定する。


「それでは早すぎます。()()が来るとすれば夕方頃、タイミングを合わせなければ」


「本当に来ると思うか?」


「ええ、少なくともちゃんと指示した店長と蒼龍騎は必ず来ます」


「充さんも来ると思うよ」


 ロムの声にも確信めいた響きがある。ジュリーがサスケを見上げると、彼もまた力強く頷いた。


「じゃあ、いつもの通り。だ」


 隠し扉(シークレットドア)のある部屋へ行き、ベッドをどかして丸い窪みに鍵となる燭台を押し当てる。階下への入り口が完全に開くのを待って階段を下る。

 最初の小部屋(セーフティールーム)で第二階層への準備を済ませて石の扉を開く。東京のダンジョン同様に石の扉は自然に閉まり後戻りができなくなった。

 ゼンが呟く。


「東京のような幸運は期待できませんよね」


「あの事故が幸運というかは別として、ここでは何があっても戻らず先へ進むでござる」


「『抗うな、捕まれ』だったよな?」


 ジュリーの問いにロムは静かに頷いた。


「さて、このフロアもまったく同じなのか一応確認するとしようか」


 ジュリーは記憶を頼って落とし穴(ピット)を見つける。東京の時同様誰かが落ちた痕跡があった。ロムが棍で開けるとやはり針山があって血がついている。


「同じでござるな」


「てことは蟻が一匹ダンジョン内を徘徊しているってことだな」


 ジュリーは東京のダンジョンの時と同じく腰にショートソードを戻し、背負っていた日本刀を抜く。

 今日のジュリーは戦国時代末期の防御力と機動性に優れたデザインと、ダンジョンアタックを繰り返してきた経験に基づくダンジョンアタックに最適と思える改良を重ねた威圧感のある真新しい朱塗りの南蛮胴の具足を身につけている。兜もアニメのロボット風にデザインされてはいるがびさし面頬めんぼおなど機能性の高い意匠だ。その和風然とした鎧に不釣り合いな西洋風のショートソードを腰にいているのは、真剣である日本刀と状況に応じて使い分けるためである。下町の迷宮亭以来使い続けている剣はしかし、ジュリー自身の真剣かつ熱心な修行という不断の努力によって本来の攻撃力を十分に引き出されており、前回のダンジョンで苦労していたAI搭載の怪物モンスターを一人で倒せるほどになっている。

 サスケも帯に挟んでいる刃引きされた脇差ではなく、ジュリー同様背負っていたつばの広い長尺の刀だ。今日の忍者装束はデザインこそ変わらない伊賀いがばかまに目だけ露出させている覆面のひらきん鉢金はちがね姿。自ら柿渋かきしぶで染めた柿渋色かきしぶいろはまだ仕立てたばかりで明るい茶色といった感じだ。中には前回より太いくさり帷子かたびらを着て、光沢のない(しゅく)どういろ手甲てっこう籠手こてすねき。

 ゼンは二人に合わせてか葡萄えびいろのローブでフードをぶかに被っている。今回は彼も鎖帷子を着ている。今回彼らは単なるミクロンダンジョンへのアタックではなく本格的な冒険アドベンチャーを想定して本格的な装備を整えていて、基本的に戦闘に参加しないゼンはその荷物の半分近くを背負い袋(バックパック)に入れて背負っている。

 一列縦隊の殿しんがりを歩くロムは今日も藍色の憲法着姿だ。武器には()()()()()()で振った時と同じ手応え、しなりが生まれるように加工された合成木材で新調された二メートル相当の棍とゼンが持ちきれなかった荷物を入れている巾着を背負っている。巾着は有事の際に胸の前で結ばれている紐を引けばするりと解けて身軽になれるようにしてある。今の所ロムがこの巾着を捨てて戦闘に参加するような事態は起きていない。


「中にいるのが虫とわかっていて、どこへ行けば先へ進めるかもわかっているわけだが、今の実力を確認したいんだ。オレのわがままを許してくれるか?」


 ジュリーの問いに三人は無言で頷き賛同を示す。

 いくつかの部屋に入り、中にいた蟻をジュリーとサスケが倒して行く。それはもう十分に戦えるなどというレベルではなく、安心して見ていられる危なげない戦闘だった。修行の成果はもちろんある。二人は自分たちの実力の無さを自覚し、修行を始めてからずっとほとんど休まず剣を振って来た。その間に狂戦士バーサーカーの墓標亭、東京の帰らずの地下迷宮で実戦を経験している。そう、彼らは着実に経験を積み実力を養って来たのだ。


「もういいだろう。行くぞ」


 満足したと言っていいのか、ジュリーが表情を崩さずに宣言する。

 閂で閉じられている木製の扉にたどり着くとサスケが調べ始める。


「気配がないでござる」


「ここは階層ボスがいるはずの部屋だろ?」


「しかし気配を感じられないのであるから他に言いようはないでござる。少なくともカマキリはおらんでござる」


「わかった。でも、中にはいるという前提で突っ込むぜ」


 短く息を吐いてジュリーは勢いよく扉をあけ、サスケとともに部屋の中へ踊り込んだ。

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