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バイオダンジョン 03

単なる言い訳ですが、諸事情で全く執筆時間が取れませんでした。

次の日曜日までには予定していた展開まで書きます。

そしてその次の話は予定通り投稿するつもりです。



9/24 上記の件、なんとか書きましたのでここに改めて投稿します(形上は編集になるのでしょうか)。

 石畳の階段を降りるとセオリー通りの最初の小部屋(セーフティールーム)があった。床も壁の石積みの何もない部屋は、ファンタジー系映画そのもので石の扉がダンジョンを閉ざしている。


「石の扉?」


 マッピングの準備を待つ間、ロムは扉を観察していた。


「開くのかコレ」


「実寸なら四人で開けるのは難しいでしょうね。でも、今の我々は十分の一ですから」


「その理屈がオレにはよくわかんねぇんだけど、小さくなるとどうして開けられるようになるんだ?」


「よくアリは自分の数十倍の重さを持ち上げられるなどといいますよね?」


 ゼンはジュリーが頷いたのを確認してから自らのウンチクを語り出した。

 アリが仮に十倍のサイズに大きくなった場合、体長は単純に十倍になるわけだが体積は三乗されるので体重は千倍になる。一方で身体強度は骨格と筋肉の断面積に比例する。面積は二乗されることになっているので断面積は百倍にしかならない。アリは大きくなったからといって本来のサイズで発揮しているような体重の何十倍もの重さのものを持ち上げられるわけではないのだ。

 逆に人間が縮小された場合。仮に半分になったとしよう。身長はそのまま二分の一だが、断面積・体積はそれぞれ四分の一・八分の一になる。つまりこの時点で体重に対して原寸の時より二倍の力を発揮できるようになるというわけだ。


「我々は十分の一になっているのですから、体積は千分の一ですが断面積は百分の一です。人は自分の体重くらいは持ち上げられると言われてますから、百グラムに満たない我々でも四人いれば単純に三キロくらいは動かせるということです。どうです? 納得していただけましたか?」


「ああ、なんとなくな」


 ジュリーはまだいまいち理解出来ていない表情で曖昧に相槌を打つとロムを見る。ロムの方はようやく合点がいったように首を回すとゼンに言った。


「なるほどね、攻撃力と防御力に関しての疑問は解消されたよ」


「まだ疑問があるのですか?」


「ああ、気のせいなのか実際違うのか感覚的なものだからなんとも言えないんだけど……ダンジョンアタック中は感覚が鋭くなってるようでよく見えるし、体の反応も早い気がするんだ」


 そう言いながら、彼は持っている棍を頭上で振り回してみせる。ゼンは「それは」と口元に笑みを浮かべてこう答えた。


「それは気のせいではなく事実です。神経伝達物質の移動速度は物理法則を超えられませんが、移動距離は十分の一ですからね。感覚的にも実寸比的にも我々は超人的な運動能力を発揮できるのです。アニメや特撮のヒーローのように簡単にはやられない頑健な体と驚異の攻撃力を十分に引き出せる運動神経も秘めているというわけですよ」


「それでこう…ミクロン世界では体が軽いというか、なんとなくフワフワした感覚に陥るのか」


 こちらの説明に関してはジュリーも理解出来たようだ。実寸ならおそらく一時間もしないうちに力尽きてしまうのではないかと思われる重装甲の金属鎧を着込み、半日近くダンジョン内を歩き回って戦闘を繰り返すダンジョンアタックを決して恵まれた体格とは言えないジュリーが行えることを実感しているからこその納得なのだろう。


「準備ができたでござる」






 四人は石の扉を押し開き、ダンジョンの奥へと足を踏み入れた頃、一人の男が『嘆きの酒場亭』に来た。制服であるクラシックなドイツの民族衣装(ディアンドル)を着た豊満な若い女性は入り口から男が一人入って来たことに対し、反射的に「ようこそ帰らずの地下迷宮へ」と言いかけた。


「ああ、店長」


「やぁ、元気にやってるかい?」


 年の頃三十半ばだろうか? 雪灰色の細身のスーツを着た百八十センチ近い男だった。店長と呼ばれたその男は目尻にシワを作った笑顔を向けてくる。


「今日はもう上がっていいよ」


「え? いいんですか?」


「ああ、交代の時間にはまだ少し早いけど、構わないよ」


「今日はご予約のお客様が一組、今アタック中ですけど…」


「だからだよ」


 店長は、今ダンジョンアタックをしている冒険者がいるのでもう受付で待っている必要がない、というのだ。確かにこのゲーム、一度始めると大体は夜になるまで戻ってこない。店員は実寸のここと十分の一サイズの『嘆きの酒場亭』とに一人ずつ、短い拘束時間に時給換算で相場の2倍近くという破格の報酬ながら、ほとんどの時間をたった一人で特にすることもなく過ごすという実はなかなか辛い仕事である。店長の提案はそういう意味で願ったり叶ったりなのだが、どうにも腑に落ちない。


「たまにはいいさ。ここの仕事がはたから見るよりずっと過酷なのは僕が身に沁みてわかっているからね。そのぶん給料から引いたりしないから心配しないで」


「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」


 彼女はそういうとカウンターの裏にあるボタンを押した。ボタン側にあるスピーカーからもう一つの『嘆きの酒場亭』店員の声が聞こえてくる。事情を説明すると、彼女の方は純粋に喜んですぐに戻ってくると返事があった。

 二人が制服を着替え、挨拶をしてエレベーターに消えて行くのを見送った店長はそれまで貼り付けていた朗らかな笑顔をやめ、くらい笑顔で呟いた。


「さて、彼らはどちらの結末か…」






 四人が開いた石の扉は自然に閉まり、後戻りができなくなった。

 扉は構造上こちら側に引いて開ける扉だというのにこちら側には取っ手などなく、そもそも四人がかりで押し開いてきた重い石の扉である。


「マジか」


 ジュリーは背中に冷たい汗を感じブルリと身震いをする。


「RPGの演出的にはよくあることですが、ミクロンダンジョンでやられると結構精神的にきますね」


「リタイヤもできないってことか?」


「いや、いくらなんでも流石にそんなことは……」


 というゼンの言葉には力がない。何せここは『そのダンジョンに挑むと戻ってこない』などと噂されている『帰らずの地下迷宮』だ。そもそもにおいてここは「クリアできるダンジョン」なのか? そんな疑問さえ浮かんでくる。


「引き返せなくなったのは事実だし、変えようもないんだから先に進むしかないでしょ」


 ロムがいう。


「そうだな、ここで頭抱えてたって事態は変わらない。状況は想定外だが、オレたちの冒険に危険があることははなっから覚悟していたことだ。行こう」


 ジュリーのいつも以上に熱血漢然とした芝居ががった発言は冒険者に改めて決意を促し、四人は力強くこの不気味なダンジョンを歩き出した。

 冒険者の進む迷宮の通路は床も壁の石積みで誇張ではなく中世ヨーロッパ的ファンタジー世界の迷宮に迷い込んだように思えた。全体的に湿っぽく、鼻をつく匂いも漂っている。戦闘をジュリーが歩き二列目に光源となっている杖を持ったゼンとマッピングしているサスケ、殿しんがりにロムという馴染みの隊列フォーメーションだ。

 ゼンはまた、思考の世界に沈んでいた。

 今の所は問題なくプレイできている。しかし、このダンジョン内ではゼンでさえ常になにがしかの危機感が神経をざわつかせる。前を歩くジュリーは前衛ということもありわずかな物音にも過敏に反応して腰の剣に手をかけていた。


「ジュリー」


 ゼンはついに声をかけた。


「これまでの通路から見てしばらく後ろからの攻撃はありません。ロムと交代しましょう」


「オレは大丈夫」


 そういうジュリーの唇は乾いているらしく唇だけでなく顔色も悪い。答える言葉が震えて聞こえた。


「ずっとそんな精神状態では持ちません。せめてロムと並んで歩きましょう」


 先へ進もうとしていたジュリーだったが、立ち止まったまま十秒近く沈黙した後振り返って頷いた。


「……わかった。しばらくはそうしよう」


 実のところロムも平常心とは言い難かった。むしろ戦士としての確信に満ちた勘が胸の奥で強く強く警鐘を鳴らしていた。不意打ちに対応するため盛んに棍を回してこわばる体をほぐしていたし、ともすれば跳ね上がりそうな心拍数を抑えるために普段よりも意識的に深くゆったりと呼吸する。


「サスケ、私の思考に付き合ってくれませんか?」


「情報の整理でござるか? よかろう」


「ありがとう」


 ゼンはサスケに話すという行為によってこれまでの状況を確認し始めた。

 テナントビルの何階かわからない場所にある凝りすぎのダンジョンセットは意図的に掘られた洞窟ゾーンから石積みの迷宮ゾーンへ、さらには隠し扉(シークレットドア)から降りてきたこの地下迷宮ゾーンへと続く変化は冒険者に何かを暗示している気がしてならない。扉といえばどの扉も向こう側から開けられないように作られていた。最初の扉は木製で閂で閉められていた。それ以降の扉も外から鍵や閂をかけられていた。まるで「誰かを閉じ込めている」かのように。そして今、彼らはその石の扉によって閉じ込められた状態だ。

 配置されていた怪物モンスターは洞窟内こそ固定式だったが、さきの迷宮内ではどれもAIの補助でこちらの攻撃に対処する高度なロボットタイプでジュリーとサスケはそれなりに苦戦を強いられた。RPG的に考えれば、階層一つ深く潜ったのだから当然より強い怪物が出てくることになる。

 そして明確な目的のないダンジョン。シナリオとしてはそこに何があるのかを探索するという冒険の根源とも言える導入から、石の扉によって閉じ込められた現在は出口を求めて奥へゆくという目的に変わっている。


「しかし、こう考えると実に巧妙なシナリオですね。これがTRPGなら『やられた』と天を仰いで賞賛するのですが……」


「落とし穴だな」


 不意に思考の世界から現実に戻されたゼンは、ロムの棍が床を指しているのを確認する。誰かが少なくとも一度落ちた形跡がある。


「試しに開けてみるか」


 ジュリーの言葉に興が乗ったのか、ロムは落とし穴の蓋を混んで強く突く。十分の一となった冒険者は五十グラムから百グラムといったところである。その重量で落ちるほど簡単な仕掛けである。棍で突かれて勢いよく開いた穴の底には先端こそ丸まっていたが針が剣山のように並んでいた。針には演出なのか本当に落ちた冒険者のものかはわかならい血が付いている。


「針の山は落とし穴(ピット)の定番でござる。日本でも忍者ものでよく出てくるトラップでござるが、あれは物語で主人公は回避できるからいいのであって、実際に仕掛けられていると生き死の問題に繋がる本当に危険な罠でござる。それをこのように……」


「なんか、本当に生きて返す気がない感じのダンジョンだな」


 ロムの言葉に三人は無言で固まってしまう。

 無意識に強く奥歯を噛み締めたジュリーが低く掠れた声で先へ進むことを提案する。

 冒険者は再び出口を求めて迷宮の奥へと歩を進める。途中で二度、落とし穴を発見したが今度は開けることもなくやがて丁字路に突き当たった。


「後ろが狙われる危険が出てきた。隊列を元に戻すぞ」


「大丈夫ですか?」


 ゼンに問いかけられ、ジュリーは幾分良くなった顔色でぎこちないながらも笑顔を向ける。


「ああ、だいぶ落ち着いた」


「どちらへ進むことにする?」


「オレの方」


 棍を右手に持って歩いているロムは右側を、並んで歩いていたジュリーは腰に履いている剣の鞘がその棍に当たらないようにと左側を歩いていたのだ。

 丁字路を左に進むとその先で通路が右に折れていた。その曲がり角の向こうを確認しようとジュリーが壁際から顔を出そうとした時、黒い塊がぬっと壁から現れた。

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