狂気の迷宮 02
リニアのホームに降り立ち、改札を通るとゼンが携帯端末で目的地までのルートを検索する。その間手持ち無沙汰な四人はおもいおもいの暇つぶしをしていたのだが、その中でサスケがネットの新着ニュースから気になる記事を見つけ出していた。
「またでござる」
「何かあったのか?」
問いかけたジュリーに画面を向けると、記事を読み始めたジュリー以外の三人に説明するように話す。
「浅見洸汰が失踪したそうでござる」
「浅見洸汰って、去年のウルトラマンの?」
蒼龍騎が尋ねる。
サスケは無言で頷く。
七年前から子供向け特撮ヒーローウルトラマンがTVシリーズとしてリメイクされており、去年シリーズ再開五周年を記念した久しぶりの新作ウルトラマンとして注目されていた作品の主役を演じていたアクション俳優だ。当初ミクロンシステムを利用したミニチュアセットでの撮影は等身大スケールでは難しかった世界観表現で話題となった。しかし、「ゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故」の煽りを受けた路線変更を余儀なくされ、等身大スケールでのセット作り直しや屋外ロケに伴う予算圧迫、スケール感の縮んでしまった作品世界のチープさで当初一年四クールを予定していた放送期間は三クールで打ち切られた。その時の主人公カゼ・ヒカル隊員を演じていたのが浅見洸汰だった。
「あの番組の俳優、もう一人行方不明になってなかったか?」
「ゴンドウキャップ役の黒川陸斗な」
ジュリーが記事を読みながら蒼龍騎に答える。
「記事にも書いてある。今年に入って有名人だけで四人。実際には去年の十二月の仕事納めから連絡が取れなくなっていたらしい若手の女優響木鈴音、元サッカー日本代表だった武本修斗、今言った黒川陸斗に今回の浅見洸汰」
「去年も何人かいなかったか?」
蒼龍気が記憶を探るように視線を上げる。
「私の記憶の限りですが二人…現役美人アスリートとしてメディア露出が増えていた女子プロ野球選手の加藤亜里香と体を張った芸風でバラエティ番組に引っ張りだこだった持田ねばる。ほぼ同時に失踪したので『駆け落ちか?』なんてゴシップになっていました」
「あったなぁミクロンダンジョン攻略番組でパーティを組んでて、演出だと思うが加藤亜里香を庇って率先してアトラクションに挑むねばるくんが人気だった」
「えぇ。初回が好評だったのかその後の三度の特番すべてに実質レギュラーとして出演し、ゲストプレーヤーとパーティを組んでいました。常に同じ役割でね」
ロムはふと浮かんだ疑問を口にする。
「みんなミクロンダンジョンに関係してない?」
四人から沈黙が生まれる。
ミクロンダンジョンは当時最先端の人気ゲームだった。テレビでもネットでも様々な番組で取り上げられており、スポーツ選手や芸能人が多数体験・参加していたので気にもしてなかったが、言われてみればミクロンダンジョン攻略番組のレギュラー出演者とミクロンシステムを撮影に利用したアクション映画のヒロインに特撮番組のレギュラーキャスト、そしてミクロンダンジョンフリークを公言していた元サッカー選手。関わりの深そうな人ばかりという気もしてくる。
「調べてみる価値がありそうですね」
鼻に人差し指、顎に親指を当てて難しい顔をするゼンが呟く。そんなゼンが思索モードに入りかけたのを見たジュリーが、彼の肩を小突いて促す。
「それは後だ。で? 狂戦士の墓標亭までのルートはわかったのか?」
「え? ええ、問題ありません」
公共機関を乗り継ぎ少々怪しげな住宅街のはずれにある四階建ての雑居ビルを見上げる。
なるほど、これは怪しい。そんな雰囲気がプンプン臭う。今やミクロンダンジョンは非合法遊戯だ。これまでのダンジョンにも裏社会の影が見え隠れする場所はあったが、ここまであからさまな雰囲気はなかった。少なくとも表向きは怪しさ・怖さを覆い隠していた。四人は奥歯を噛み締め唾を飲み込む。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
「い、行きましよう」
ゼンがなけなしの覚悟を固めて一歩踏み出すと、彼らはそれに続く。入口の横にあった古い鉄製の階段を無言で四階まで足取り重く登って行く。何らかの事務所といった趣の扉横にあるインターホンを押すと、若い男が顔を出す。白いスラックスに黒いヨレヨレのタンクトップの上からは派手な刺繍入りのジャンパー。下品なほどジャラジャラとしたネックレスが目立つ。顎にだけ整える気の無い無精髭を蓄え、こちらも無造作な金髪は根元から二センチほど黒い地毛の色が伸びている。ここまで見事なチンピラは今日び漫画の中にもなかなか出てこない。そんな男が来客だというのにガムをくちゃくちゃと噛みながら眠そうな焦点のあやしい目でこちらを見ている。
「先日お電話した東京の三田です」
緊張で乾いた喉からひりつくようなかすれ声でいう。非合法とはいえ客商売であるはずなのにその辺りに頓着する様子は一切ないようだ。
「ああ…合言葉いいっすか?」
「…狂気は瞳に宿る」
「どうぞ」
中には申し訳程度の事務机とファイルが並べられたスチール製の書棚があるだけの殺風景な事務所だ。案内をする男と五分刈りのスーツ姿の壮年が一人。
「こっちっす」
案内の男はそう言って奥の扉を開ける。
中には男が二人。一人はジーンズに濃灰色のカットソーを着たどちらかといえばインテリな若者。フレームの細いスクエアのメガネがその印象を強調している。もう一人は臙脂色のスリムなレザーパンツに襟ぐりの広い黒のタンクトップを着て短い茶金の髪を逆立てた若者。細いがしまった体をしているのだがその表情はニヤけていた。
「ようこそ。まずはこちらの書類に必要事項をご記入ください」
メガネの男に促されるままに事務手続きを進める四人は完全に雰囲気に呑まれていた。ただ一人ある種の場慣れで冷静だったロムはそんな四人を半ば無視して部屋の様子を確認する。
窓のないその部屋は元々は会議室だったのだろうか、それなりの広さはあるがミクロンダンジョンを提供するには少々手狭のようだ。設置されているダンジョンは「賢者の迷宮亭」と比べても外観上ふたまわりは小さく見える。特筆すべきはダンジョンフィールドを小さくする最大の要因とも言える三台のミクロンシステムだ。ジーンクリエイティブ社製のシステムが他社製システムと比べて劇的に小型化されていたとはいえ人が入るものである以上それなりの容積が必要であり、自ずとダウンサイジングには限界がある。そんな機械がスチールロッカーのように壁際に並んで三台も設置されていた。
ミクロンシステムは民生利用を禁じられている機械だ。入手するのも容易ではないはずのそれを発覚リスク込みで三台も調達するなど相当豪胆と言えたし、よほど金回りがいいとも取れる。
(賭博と違ってそんなに利益が出るとも思えないんだけど…)
ロムは小難しく諸注意を口頭で説明する男の話を半ば聞き流しながら、三人の男の様子も観察する。
「説明は以上です。ダンジョンアタックは五人でいいですか?」
「ええ」
「いえ、この四人で」
と、肯定しかけたゼンを遮ってロムが言う。
「予約は五人ですし、当日キャンセルは返金できませんがよろしいですか?」
「はい。すいません」
男たちはちらりと視線を交わしあい小さく頷きあった。
「わかりました。料金は前払いですので今お支払いください」
五人分の精算を済ますと、案内の男がミクロンシステムに誘導する。
「こいつに入ってください」
「え? そっちは?」
蒼龍騎が隣に並ぶ二台のシステムを指差すと、男は二ヘラと笑ってこう答える。
「調子悪いんすよ、すんません」
「それじゃしょうがないか」
と、納得する蒼龍騎はボストンバッグをロムに預けてミクロンシステムに入って行く。案内の男は値踏みするような視線で挑戦する残りの三人を一瞥すると仲間の元へ戻って行った。それを確認してジュリーが小声でロムに問いかける。
「何があった?」
「ちょっと気になることがあって」とは言いにくい。これは拳法家としての勘である。しかし、それをそのまま伝えてしまうのが彼らにとって良いとも思えなかった。こちらも勘である。仕方なく彼は無理やりな屁理屈をつける。
「んーん。俺が参加すると結局俺に頼っちゃうでしょ? 今日は彼もいるし、みんなだけで頑張ってよ」
縮小プロセスの始まったシステムを視線だけで指し示して軽い調子でそう答える。ただし、ダンジョンの中も危険な気がしていた。もう一人、せめてあの時のレイナくらい戦える戦力が欲しい。ロムは痛切にその戦力不足を嘆きたかった。
ジュリーもサスケも強くなっている。純粋なパワーで言えばやはり非力な少女より成人男性である彼らの方があるだろう。武器の扱いにも慣れてきて力の伝え方は上手くなっている。しかし、決定的に足りないものがある。戦闘時における応用力と瞬時の判断力だ。もちろん彼女がなにがしかの危機的状況に陥った時、パニックにならないとは言えない。それでもまだ彼女の方が戦力として期待できると、ロムの戦力分析は算盤を弾く。
「わかった。そもそも今回もロムには戦わせないってのが目標だったんだ。いない方がかえって覚悟も決まるってもんだ」
「あまり評判の良くないダンジョンなのでできればロムにも一緒にダンジョンアタックして欲しかったのですが…」
ゼンはそこで区切って「ダンジョンの外に何か見過ごせない懸念があるのでしょう」と言いかけた続きを飲み込んだ。ロムの意図を読み取ったからだ。外の懸念はロムに任せておけばまず間違いはない。自分たちは自分たちでダンジョンアタックに集中しなければならない。そうできなければむしろ中の自分たちの方が危ないかもしれない。彼は無意識に奥歯を強く噛み締め今日のために用意した新しい冒険用の杖を入れていた胸ポケットに手を当てた。
四人が縮小プロセスを済ませ、それぞれの装備を装着・確認すると先頭を歩くジュリーが実寸で見下ろしていたロムに親指を突き立てて見せる。四人の冒険者はウェイティングスペースからダンジョンフィールドへの入り口である扉をあけてその狂気の迷宮に踏み込んで行く




