ハイテクダンジョン 06
観客席は騒然となった。
あるものは「無謀だ」と批判し、あるものは「自信過剰」と憤った。一方で期待の視線も注がれている。仲間の三人が彼に全幅の信頼を寄せているのだから実力者であることは間違いないだろう。では、いったいどれほどの戦闘力を秘めているのか。そんな興味が湧くのも当然のことだった。
実際にはジュリーたちも彼の実力のほどは知らない。
千葉のダンジョンで昆虫と戦った時は正面から対峙した蟷螂とは威嚇しあって逃げているし、蚊は当時のジュリーやサスケでも打ち返している。蜘蛛との遭遇では全身に鳥肌を立ててがたがたと震えるだけで戦力にならなかったので実際に倒したと言えるのは虻だけ。その虻にしてもサイズで言えば十五センチ級で決して大きいわけでなく攻撃は不意打ちだった。ゼンとジュリーは例のダンジョンでドブネズミと戦っているのを知っているがどうやって倒したのかは見ていない。
ロムがサイクロプスの間合いに入る。二百センチ級のサイクロプスが両手に百センチ級の棍棒を持っているわけで、まだまだロムの攻撃は届かない。振り回される棍棒は彼の胴を狙っているが最小限の動きでこれを躱して行く。
観客席からは感嘆の声が上がる。
二十秒ほど躱し続けていたロムは一旦相手の間合いから離れると大きく息を吐く。心持ち頬が紅潮し、口元には笑みが浮かぶ。振ってくるだけで突きはない。
実際の大きさは二十センチほどのロボットだ。
科学技術の発展によりロボット工学が飛躍的に進歩した今では自律型の介護ロボットも珍しくないが、このサイズではまだプログラムされた以上のことはできないようだ。攻撃としての打突は恐ろしいが、端から中・下段にでも構えていなければどんな達人でも技に隙ができる(もっとも達人の隙などあってないような刹那でしかない)ほど駆動制御は難しく、バランスも崩しやすいので突きに関してはないものと思って間違いないだろう。両手で別々に振り回している棍棒が互いに干渉しないように正中から左右で振り分けられていることも、攻撃プログラムは駆動部品に高負荷をかけないためなのか一つの動作が完了するまで次の動作に移らないことも確認した。だからと言って相手の懐に潜り込んでこちらの攻撃を当てるのが容易なわけではない。攻撃は滑らかで動作と動作の間には目に見える遅延は少ない。
距離を取りつつ時計回りにジリジリと回るとそれに応じて立ち位置こそ移動しないが常に正面を向こうとする。パッと元の位置に飛び退くと遅れて体を正面に戻す。
仲間の三人は声も出さずにその様子を見守ると決めているし、観客席は固唾を飲んでモニターに釘付けなっている。
様子見は終わった。
ロムは右にステップして相手の間合いに入る。反応したサイクロプスが向きを変えて攻撃する前に左に跳び、さらに左にステップして一気に間合いを詰めた。位置としてはちょうどサイクロプスの真横、威嚇で構えている右腕の外側だ
サイクロプスは左の棍棒を振り、右手をバックブローのように振ろうとする。その腕を左手で掴むように抑え、右拳をひねりこむように打ち込む。
その拳が肋骨の一番下あたりに打ち込まれたとき、観客席がオオとどよめいた。店長がしかめ面するほどにどよめきは大きく、観客の方でも自分たちの立場に思い至ったものから唇に人差し指をあてて周りに促す。
サイクロプスの右腕は始動前にロムに掴まれて力を振るうことができず、あとはひたすら右の縦拳でダメージを与えていく。その数六打。ロムは合して七発のパンチでサイクロプスを倒したのである。
「俺たちが武器を使ってよってたかって殴りまくってたサイクロプスをたった七パンって…」
蒼龍騎が力なく呟く。他の経験者たちも同じ感想だったようだ。口々に嘆きとも愚痴ともつかない感想を呟き合う。
「お前らの攻撃力が低いのは怖がって力が逃げてるだけだからな」
ざわめきが収まる頃合いを見計らって店長が告げた。
「そりゃ中ボスとして配置してるんだから他の怪物よりライフ設定は高いがな、鬼設定にはしてないぞ」
観客席がムムムとおし黙る。蒼龍騎が認めたくなさそうにこう言った。
「攻撃がえげつないんすよ。あの棍棒当たると結構痛いんだから」
「そりゃ当たり前だろ、戦ってんだから」
「いや、そうですけど…」
「それにしたってあの拳士君は強いねぇ」
惚れ惚れと呟いたのは観戦組の白髪の男だ。
「まるっきり昔のカンフー映画を見ているようだった」
感心していたのは何も観客だけじゃない。
「お前どんだけ強いんだよ」
呆れた口調でジュリーが言えば、サスケも
「一人でもダンジョンをクリアできそうでござるな」
とこちらも皮肉とも言えない感想を述べる。
「棍を使っていたらどうなっていたんですか?」
ゼンに尋ねられたロムは興味もなさそうにこう答えた。
「突きならこっちの間合いの方が長いことだし二、三回突けば倒せたんじゃないかな」
そんなことを言われれば呆れてものも言えず、開いた口が塞がらないを体現するより他にない。
実際ロムがあえて武器を持たずに挑んだのは攻めより守りを意識してのことだった。ドブネズミとの戦いは一瞬のやりとりであり紙一重の攻防だったし、カマキリとは威嚇しあっただけで戦闘とは言い難い。この先どんな戦いの場面が訪れるかわからないことを考えるとあえて危険に身を置く必要があるような気になったのであり、自分の今の実力を確認しておきたかったのだ。
結果を言えば、それは少々物足りなかった。生き物相手の過去の経験と比べると、安全に配慮されたプログラムパターンに多少ランダム要素がある程度のロボット相手では先が読みやすく、肌のひりつくような感覚は覚えなかった。
(これならまだ武術大会の方がマシ)
というのがロムの感想だ。
冒険者は第三階層に到達した。
このダンジョンを初アタックで第三階層に到達したパーティは彼らが初めてであり、それだけでも十分快挙と言える。冒険者が例によって地図作成でダンジョンを歩き回っている間に店長が時計を確認する。ここ下町の迷宮亭は夕方を目処にダンジョンアタックを切り上げるようにしている。非合法化されて以来いつまでも遊べてしまえるRPGであるミクロンダンジョンを運営する上での経営判断であり、非合法のミクロンダンジョンを運営していることを怪しまれないようにするという配慮でもある。まだ一時間半以上はありそうだった。それだけの時間があればこの冒険者たちならラスボスまでたどり着ける可能性がある。どのタイミングで終了の声をかけるか?
(なかなか難しい判断をさせられそうだ)
とモニタに映る彼らを見つめながら考え始めていた。
通路の地図作成を一通り終えた冒険者は立ち止まってこの先どうするかの相談に入っていた。地図が完成したわけではない。部屋だろう空白と残り一割といった未踏区域が残されている。その先にゴールがあるのだろう。未踏区域につながっていそうな扉は全部で五つ。
「セオリー通り手近な扉から開けていくんじゃないのか?」
ジュリーがゼンの提案に疑問を投げかける。彼が特定の扉を指差し開けることを主張したからだ。
「あとは開ける必要がないと思うんですよ」
それを聞いて店長は背中がゾクリとした。事実、後の扉は怪物が配置されているだけの部屋であり、彼らが無視しようとしているいくつもの部屋もまた怪物が配置されていたりミスリードを誘うためのアイテムが配置しているだけだったからだ。
「根拠があるのでござろうな」
「ええ。他の扉は確かに鍵穴こそあるのですがこれまで同様バリエーションはあれど木製あるいはそれを模したもの…樹脂とかね、そういったものでできています。でも、この扉だけ…」
と地図上の扉を指で二度叩き、続ける。
「ドアノブが金属なのです」
「え?」
ジュリーが聞き返す。
「金属なんですよ、ドアノブが。第二階層でも一度あったでしょう? 他の扉と違う扉が」
「通路を徘徊するコボルドがいる区画を隔てていた扉でござるな。あれは石造りでござった」
「あれはわかりやすかったですね。気になっていたんですよ。ダンジョンアタックの最初からずっと」
「何を?」
「木製のドアノブ」
「言われてみれば確かに全て木製であったやもしれぬ」
「そんな細かいことよく覚えてんなぁ、漫画の少年探偵並だぞ」
ジュリーにそう言われて流石のゼンも苦笑する。
「何でもかんでも覚えてられるわけないじゃありませんか。ゲーム内だからこそ細部を意識して記憶しているだけです」
「へいへい、すごい記憶力ですこと」
僻みにも似た軽口を残し、ジュリーは歩き出す。サスケもゼンも後に続く。ロムは一つ息をつくとグルリと棍を回して後に続いた。
その扉は扉自体は木製だった。補強のためか金属の枠があり、ゼンの指摘通りドアノブは金属でてきている。
「まだ触らないでください」
ドアノブに手をかけようとしていたジュリーを鋭い語気でさえぎる。
「何かあるのか?」
「ええ、あると思います。意地悪な罠がね」
言いながら取り出したのは第二階層で見つけたラバーグリップが巻かれたペンのような金属の棒だ。
「このダンジョンは戦闘主体のいわゆるパワープレイダンジョンですが、意外に細やかに伏線などを仕掛けています」
ラバーグリップを握り仲間を少し扉から離すと恐る恐るドアノブにそのアイテムを近づけていく。
「注意深く観察していれば気づけるようにさりげなく、しかしはっきりとヒントを与えてくれてる」
パチっと音がしてドアノブと金属棒の間を青白い光が繋ぐ。
「ま・引っかかるならジュリーだったわけですし、怪我をするようなものじゃありませんが…案外痛いんですよねコレ」
仕掛けとすれば壁から扉枠を通してドアノブに電気をため、触れた冒険者に静電気の放電を浴びせる罠である。
ゼンは金属棒をを懐にしまい、代わりに取り出した鍵を手渡しながら得意顔でジュリーに目配せをする。ジュリーは苦い顔で鍵を開けドアノブを回し、サスケは戦闘態勢をとった。
扉の向こうは部屋のような通路のような空間になっていた。
例えるなら豪華な図書館とも博物館とも言えるようなところだ。両脇は天井までの陳列棚になっていて書物やフラスコ、標本などが並べられ、正面には石の立像がある。それまでのリアリティは地下迷宮のそれであったものだが、ここは魔法使いの研究成果を表していてあたかも過去に魔法使いが実在していたと錯覚できるほど精緻に作られていた。
「『三面六臂の阿修羅を模して』…サイクロプスより厄介ですねぇ」
陳列棚の向こうはちょっとした広さの空間になっている。ジュリーでさえそこが決戦場だと理解できる。立像はまさに三面六臂の阿修羅像。直立している様は二百センチ級の大きさで手にはそれぞれ柳葉刀を持ち、振り上げれば刀が天井に届くかというほどの迫力で背後の祭壇を守っている。
「あれと戦うのか? いやいや、ゲームだけどさ、ハイテクすぎじゃねぇのかよ」
「宝珠の守護者として配置されている以上、倒す以外に道はないのではござらぬか?」
「隙をついて宝珠を取ったら止まってくれるとかないかな?」
「あるといいですね」
「そういうのは任せたぜ、サスケ」
ジュリーは剣を抜いて戦闘領域と思われる場所へ踏み込む。サスケはロムに守られる形で祭壇を目指す。ゼンはいつも通り安全圏で待機だ。
動き出した石像は流麗な剣さばきで容易に彼らを近づかせない。六本の刀は互いの隙を補うように振られ、全く死角が見当たらない。
観客席は固唾をのむ。ここはどのパーティも何度となく阻まれた場所である。
「こいつは困ったぞ。まるで隙がない」
ジュリーが間髪入れずに通り過ぎる刀の軌道をやり過ごし、ゴクリの唾を飲み込んだ。
ありがたいことに石像はこちらを攻撃してくるというよりはあくまでも宝珠を守ることに徹しているらしく深追いしてくる様子はない。サスケは一旦宝珠を取りに行くことを諦め短刀を抜いて攻撃に加わる姿勢を見せた。ロムは二、三度牽制攻撃を仕掛けてみたが三本の刀に阻まれていた。
(綺麗に受けられる。まるで防御の手本のようだ)
「手本?」
自分の思考に自分で疑問符をつけたロムは、少し距離を置くと石像の位置取りや刀の軌道を確認する。そこには確かに規則性が見て取れた。
「ゼン、巻物にはなんて書いてあったっけ?」
「ちょっと待ってください」
巻物を取り出したゼンはそれを開いて大きな声で朗読する。
「『宝珠護は無生の守護者
三面六臂の阿修羅を模して 舞うは剣舞
三面 四海を見透し 六臂 全てを受く
守護者の前に骸 山を築き 宝珠 未だそこにあり』
です」
それを聞いたロムは棍を構え直し、こちらも流れるような動きで棍を振りながら相手の間合いに入っていった。互いの攻撃がよく噛み合う。こちらが攻めればあちらが受け、あちらの攻めにはこちらも綺麗に受け流す。そこにはジュリーもサスケも入る余地がない。五分ほどそんな攻防が続いただろうか、不意にロムが石像の間合いを出る。
「大丈夫か?」
息が上がっている様子はない。互いにうまくいなしていたように見えていたことからゲガをしたわけでもないようだった。
「演舞だ」
ロムの返答だった。
「演舞?」
「ああ、いろんな流派の動きが混ざってて癖があるけど文字通り『舞うは剣舞』ってやつさ」
「…じゃ、じゃあ攻略できる?」
ロムは頷く。
「任せて」




