ハイテクダンジョン 01
新章開始という投稿のタイミングが元旦になりました。
遅筆で一回あたりの分量は少ないですが
投稿ペースだけは守って行こうと思いますので
今年もよろしくお願いします。
一月が経っていた。
三人は細心の注意を払ってオモチャ屋の情報を徹底的に調べ上げていた。定休日は月曜日。週に何度か平日の午後から大学生らしい集団がオモチャ屋に入り浸る。土曜日は子供達の時間のようだが日曜日には大人たちが午をめがけて三三五五と集まってくる。しかし、その滞留時間は恐ろしく長い。集まるメンバーはだいたい決まっている。いわゆる常連というのはどこでも滞留時間が長いものだが大抵は日が暮れるまでいるようだ。
「まるでゲームセンターに入り浸っているみたいだな」
「ええ、まさにそんな感覚なのではないでしょうか?」
ロムの感想にゼンはそう答えていた。
その間三度、ジュリーたちは店を訪れている。一度目は店内の雰囲気を確認するためにジュリーとサスケが土曜の昼下がり。店内は外観の古さに反して何度かの改装が行われているのがわかる。
品揃えは子供向けラインナップを前面に、奥にはマニアックなフィギュアやガレージキットなどが置かれていてTRPGなどのボードゲームはなく個人商店としての特色はない。大抵個人経営の店は品揃えで対抗し難い大手企業との差別化を図って生き残り戦略をとるものだが、それをわざと放棄しているように見えなくもない。サスケの見立てでは二階が自宅、一階が店舗。ダンジョンを置くようなスペースは見当たらなかった。
「あるとすれば、地下…ってことか」
二度目は翌日日曜日。今度はサスケがゼンを誘ってという体で午前中に入店し店主とマニアックな話をしながらそれとなく大人の様子を伺う。彼らはしれっと店に入ってきてちらりと二人に一瞥したきり店の商品を手に取ったり店主に話しかけたりと一般客を装っていた。しかし、彼らは一様に二人とのコミュニケーションを取ろうとしない。オタクと呼ばれる人は確かにコミュニケーションを取るのを苦手にしている人も少なくない。が、それは他者との距離感を掴むのが得意ではないのであって決して話すのが嫌いなわけではない。話題のきっかけさえあれば逆にグイグイと相手の間合いに踏み込んでくる人が多い。ゼンは意図的に話題をコロコロと変えて彼らの様子をうかがってみたが、食いついてはこなかった。
「TRPGの話題を振った時はとても話題に加わりたそうなウズウズした雰囲気になったのですがねぇ」
「で、一時には店を出た。どうして粘らなかったんだよ?」
部屋に戻ってきた二人がやけに早かったのがジュリーには不満だった。
「無理ですよ。あれはいわば敵の城。細心の注意を払ってダンジョンを守っているのです。警察からね」
「あー…そうか」
「もとより正攻法が通じるなどと思っておらなんだろうに。当初の計画通り搦め手で行くでござる」
「だな」
そしてその日の日暮れ間際にロムが時間つぶしを装って店に立ち寄ると、中に大人たちと店主の姿はなくアルバイトだろうか? 店番に若い男が入り口横のレジ前に座っていた。部屋から観察していた限り誰一人店から出てきていなかったと言うのにだ。
その搦め手のために今日、水曜日に四度目の入店をしたのがジュリーだった。
目的は蒼龍騎こと沢崎和幸と接触すること。
「あーれ? 久しぶり!」
身長はジュリーより高いだろうか、中分けの黒髪は耳が隠れるくらい伸ばしていて額にはバンダナ。スリムなジーンズにトレーナーをインしていてスタジアムシャンパーは心持ち派手め。これで指なしのドライバーグローブでもしているようなら一九八〇年代からきたと思われても仕方がない。そんな彼を店内で見つけるとジュリーは大きな声で話しかけ近づく。もともと芝居掛かった話し方をするジュリーである。多少芝居じみていても気にならないようで、蒼龍騎も多少バツの悪そうな表情は見せたがそう不審がる様子もない。
「お前んちこの近くなのか?」
「あぁ…いや、近くはないんだ。ただ、昔から…な」
「へぇ、そーなんだ」
などとズケズケと相手の懐に飛び込んで行き会話の主導権を奪っていく。知っている相手に対する遠慮のなさはまさにオタクの真骨頂とでも言うべきか。
「今年からこの近くに引っ越してきたんだ。サスケやゼンと一緒に。あ、そうだ。どうだい? うちに寄ってかない? 積もる話もあるしさ」
有無も言わせぬ勢いに圧されて連れてこられた蒼龍騎はリビングのちゃぶ台のような食卓テーブルに座って待ち構えていた二人の雰囲気に何かを感じたものの、努めてRPGの話題を出さずに世間話、オタク界隈の情報交換などを進める彼らの豊富なネタに肩の力が抜けてきた。自然、話題は自らRPGの方へと移って行く。何せ蒼龍騎は生粋のファンタジーオタクだ。それが高じてTRPGにのめり込み、ミクロンダンジョンもアーリーアダプターとして楽しんでいたクチである。
「しかし、残念でしたよね」
頃合いを見計らってゼンが言う。主語も述語もない極めて不明瞭な物言いだが、RPGの話題が続いていた中での発言は必然的にミクロンダンジョンを想起させた。
「ミクロンダンジョンのことか? ああ、表立って遊べなくなっちまった。本当に残念だよ」
うつむき、手に持っていたマグカップを見つめながら話す側で三人がわずかに目配せする。
「表立って…?」
ジュリーがいつも以上にわざとらしく聞き咎めてみせる。
蒼龍騎は表情を強張らせ、うっすら額に汗を浮かべる。
「あー…こ、これはあくまでも噂なんだけど、モグリでミクロンダンジョンができるところがあるらしいんだ。…噂だけどな」
絵に描いたような動揺ぶりである。アニメの演出でもここまでテンプレート然とした反応はきょうび珍しい。ジュリーはそんな蒼龍騎の正面でずいと顔を近づけ真顔で訊ねる。
「噂…ねぇ。確かめてみようとは思わなかったのか?」
「え?」
「いや、蒼龍騎といえばミクロン界隈じゃかなり名の知れたプレイヤーだったろ。オレたちもいろんなところで見聞きしたし、実際何度も顔を合わせてる。そんなあんたが、噂を確かめようとしないなんて考えられないんだよ」
額に浮かぶ汗は見る間に玉のようになり、顔面は血の気を失って今や蒼白だ。
「じゃ、じゃあお前たちはどうなんだよ?」
「決まってるだろ? 探してんだよ、日本中のミクロンダンジョンを」
陰鬱な雰囲気をまとったジュリーの言葉に蒼龍騎は思い出してしまった。いや、彼に会った時点で思い出しておかなければならなかったと後悔した。そう、ミクロンダンジョンの禁止になった事件の犠牲者の中に彼らがいたことをだ。そして、彼らが自分に接触してきた理由に思い至った。
「それでわざわざここに部屋を借りたのか?」
「いいえ、ここを借りたのは偶然です。条件が良かったんですよ、我々にとって」
「しかし、あれだけの事故に巻き込まれたのにまだ潜る気なのか?」
「あぁ、妹探す唯一の手かがりだからな」
事故からわずか一ヶ月でミクロンシステムが世界的に民生利用できなくなるという極めて異例の事態となった「ゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故」。比較的軽傷だった三人は事故から二週間後に退院すると、捜査に進展が見られない警察とは別に独自でレイナの行方を捜し始めた。
レイナを連れ去った赤龍はどこへ行ったのか?
事故の経過を調べる過程でまずジーンクリエイティブ社の胡散臭さに行き着いた。開業わずか二年足らずのベンチャー企業だというのに資金が妙に潤沢だったし、複数の大学病院と共同研究・開発していたとアナウンスされていたその共同研究機関が事件後、口を揃えて依頼された実験データの精査以上のことはしていないと声明を出していた。その後を追跡しようにも事件の責任を取る形で廃業すると全く足取りが追えなくなり、一度行き詰まったのが事故から三ヶ月経った頃。
時を同じくしてミクロンプレーヤーの間で非合法ミクロンダンジョンが噂になり始めた。噂を頼りに行き着いた神奈川のダンジョンは二度のアタックでクリアできず、三度目の前に摘発された。その後見つけた山梨のダンジョンも一度挑戦した翌日に摘発され今はない。
ロムがパーティに加わったのは年が明けてすぐ、この部屋を借りてからである。
三人がバラバラに動いていては効率が悪いということで話し合い、すでに一人暮らしだったゼンとサスケに実家暮らしだったジュリーが、ネット環境完備の4LDK家賃十二万円以内という条件で見つけた物件である。
直後、茨城にあるダンジョンを見つけてアタックすると決めた際、ゼンがロムを加えることを強く主張した。ゼンは自身が退院する際、ネズミに左肩を噛まれるなど全治三ヶ月だった彼と連絡先を交換していて、こちらからは月に一度くらい進展を知らせてもいた。そして、実は最初の神奈川のダンジョンにアタックする時にも誘っていたのだがその際は「もう少し時間をくれ」と、断られていたのだ。だが、都合三度のダンジョンアタックで結果的に一度もクリアできなかったことに危機感を持ったゼンが是非にと頼んで参加してもらった。結果は難なく完全制覇。続く千葉のダンジョンでもあの危険な虫たちをかわしてゴールへ導いてくれた。
「この間行ったダンジョンのマスターとはちょっと親しくさせてもらってなぁ」
三人はあの後、ダンジョンの全面改修を格安で行なった。ほとんど採算度外視といってもいいくらいのリニューアルはゼンが手がけたシナリオ設計だけで一ヶ月、夏休みをまるまる潰して怪物を造形したり、巧妙に仕掛けた罠などを宣伝も兼ねて常連客らとひと月以上かけたテストプレイで綿密にバランス調整した。アスレチック的な要素をふんだんに取り入れつつ、散りばめられた高難度の謎解きをそれとわかるように施されたヒントと巧妙に隠したヒントで解かせる宝探しのシナリオは、容易にクリアできないようにできていた。絶妙なバランスで練られたシナリオに常連冒険者たちは満足し二度三度と挑戦するようになったようだ。
ちなみにリニューアルから二十日ほど、未だロムたち以外でクリアできたパーティはないという。
店主には報酬の代わりにダンジョンを探してもらった。簡単に探り当てたダンジョンは警察にも容易に把握されていたようで既に摘発されていたものが多く。もっとも不確実な情報を頼りに三人が追跡調査をしてようやく探り当てたのが自分たちの住む部屋の目の前だったわけだ。
「頼む、オレたちを紹介してくれ」
目の前のダンジョンはおそらく目的の、ジーンクリエイティブ社とは接点のないダンジョンだろうことはわかっていた。内偵を進めた段階でその健全性(非合法活動にこの表現もどうかと思うが)はわかっていた。彼らが期待しているのは店主の情報網とダンジョンアタックの経験値を上げることだった。
特にジュリーは戦闘場面での実力(能力と経験)の圧倒的不足を痛感している。虫を相手にしたあの苦い経験で思い知らされたのは、仮に妹レイナの手がかりを見つけたとしてあれほどの惨事を引き起こした組織(組織的な黒幕がいなければありえない周到な事件だったと彼らは思っている)から助け出せないという厳然たる事実だった。今はロムの忠告に従って毎日サスケとともに木刀による素振りを繰り返して型と体幹を鍛え、防具や道具に改良を加えている。わずか数ヶ月ではあったがその成果は出てきた。少なくともレイナに頼っていた頃の彼らではない。今なら彼女に頼ってクリアしたダンジョンも三人だけでクリアできるかもしれない。しかし、それでは足りない。自分たちで作ったシナリオ・マップではいくらアタックしても意味がない。彼らが必要としているのは実戦だった。不測の事態に対する咄嗟の対処、未知の敵との遭遇戦での条件のわからない中での勝利。そういった実戦での経験が何よりも必要だったのだ。
思いつめたような真剣なジュリーたちの眼差しにうつむき、じっと何かを考えていた蒼龍騎は決意の表情を浮かべて顔を上げた。
「わかった。お前たち三人を…」
言いかけた言葉を遮ったのは昔ながらの呼び鈴の音だった。
「あれ? まだ話し中だったんだ」
と、言いながらリビングに入ってきた学生を見上げ、蒼龍騎は金魚のように口をパクパクさせる。
「あー、初めまして。あらかた話を聞いてるんならご存知でしょうが改めまして、伊達弘武です」
「あ・悪ぃ、お前のことは端折ってるわ」
ドラマのワンシーンのような決めの台詞を邪魔された蒼龍騎は、気負いすぎていた自分に恥ずかしさがこみ上げてきたようでオタク感のあるこもった笑い声をあげて三人を振り返った。
「わかったわかった。四人を招待するよ」
決断をした後の蒼龍騎の行動は早かった。携帯端末で連絡を取るとその日のうちに四人をオモチャ屋へ連れて行く。店主との話し合いが終わり紹介を受けた四人は翌月の第一日曜日にダンジョンアタックできることになった。
「確かに赤龍に拐われた少女の目撃情報は多い。衆人環視の中の出来事だったからな。にもかかわらず足取りがつかめない。確かによくよく考えると不思議な話だ。ダンジョンアタックの当日までにこっちでもちょっと調べてみよう」
帰り際、店の店主はそう約束してくれた。




