彼氏と私と雪の結晶
やっぱり、東京は暖かい。
私、立野泉は、札幌の大学の2年生。春休みで東京に帰省中。
長い春休み、ショッピングとかで、都会の空気を充電してる処。
1年生の時、初めての冬道に慣れずに、
学校の入り口にあと少し、というところで、思い切り転んだ。
痛かった。尾てい骨、折れたかと思った。
鞄の中身は、四方にちらばり、それもめちゃ恥ずかしかった。
ノートや筆記用具、その他細々としたものを、拾うのを手伝ってくれたのが、
私の今彼・隼人との出会いだった。
彼は服装には、無頓着。でも銀縁眼鏡がよく似合うイケメン。
真面目で正義感の強いところもに魅かれた。
夕暮れ時、帰る道すがら、ため息がでた。
付き合って1年ちょっと、今、私と隼人の仲は、少し冷たい風が吹いている。
もしかしたら、そう思ってるのは、私だけかもしれないけど。
原因はわかってる。雪だ。
隼人の研究は、気象学、特に雪の形成や形状について研究してる。
春から秋にかけては、ごく普通に付き合ってたと思う。
映画も一緒に行ったし、彼の車でいろんな処にでかけた。
富良野のラベンダー畑や美瑛の丘にもいった。
ところが、雪の降る季節になって、私は隼人となかなか会えなくなった。
研究で忙しいのだろう。
ラインでよびかけてもスルーされたり、メールの返信も遅かったり、なかったり。
”私と研究のどっちをとるの”とはいわないけどね。
もう少しだけ、気にかけてほしい。
(どうしようかな・・いつもメールの返信待ってるだけっていうのもつらい。
かといって、押しかけて彼の研究の邪魔もしたくない。)
そんな事を考えるようになり、自分の心にも自信がなくなった。
隼人の事、愛してる わけじゃなかったかも。
友達よりちょっと上くらいの気持ちだったのかな?
歩きながら考えるうちに、疲れた。
沿道の桜の木はもう5分咲だった。
花が一つも咲いていない小さな桜の木を見つけた。そばにアクセサリー売りが座ってる。
のぞいてみると、どれも安っぽいアクセばかりだったけど、
左側の片隅に、雪の結晶をかたどったものがあった。
隼人に雪の写真集をみせてもらった事があったから。
そういえば、あの時の隼人は、目をキラキラさせていて、
私は、一応、質問すると、嬉しそうに解説してくれてたっけ。
「あのこれ、雪の結晶をモチーフにしたものですか?」
声をかけてしまったのは、売り子の青年が、ご機嫌で鼻歌を歌ってたからか
彼は、やせていて、髪も肌の色も色素が薄いって感じ。ハーフかも。
「そそ、ここらへんアクセサリー、全部、雪の結晶の形。
このネックレスどう?」
それは、六角形の角に花びらがついたような形だった。
飾りは、1cmもない小さいもので ちょっとクールで気に入った。
本に挟む栞も買った。これも雪の結晶の形だそうだ。
アクセのにいちゃんは、「毎度あり、これらには、少しだけご利益あるよ」
へ~どんな?って私が聞くと、”それは企業秘密”と陽気にかわされた。
ご利益に企業秘密か。なんだかよくわからない会話し、私は、その場を離れた。
アクセサリー売りには仲間がいたのか、会話が聞こえてきた。
「おせ~よ。お前。大遅刻。おかげでこの桜には かわいそうなことしちゃったよ」
「ワリい。上官の命令も遅かったけど、俺らも、今年は進みづらくてな」
なんの会話だ?後ろを振り返ったが、誰もいなかった。
瞬間、暖かい風が私のばを駆け抜けていった。
北海道にくらべれば、各段に暖かいけど、今年の東京は寒い日が続くって、
ニュースでいってたっけ。寒気団が居座ってどうのこうのと。
ー・-・--・-・-・--・-・--・-・-・--・-・-・-
雪の季節もほぼ終わったおかげか、隼人とやっと会う機会が出来た。
この場で、さりげにお別れをするつもりだ。
「隼人、久しぶり、さっそくなんだけどね・・」
と話し始める前に、彼は私を見て、いきなりあの東京で買ったアクセサリーを手にとり
「泉ちゃん、これ、雪の結晶の正規六花模様だ、すごいキレイだ」
はいはい、アクセサリーがね。もう私の事は、目に入らないんだ。
アクセをはずし、隼人にあげて、席を立とうとした瞬間。
「うわ、冷た、痛い」
と彼が目を抑えてる。
どうしたの?とやんわり聞くと、彼は私の顔を見て、思い切りのけぞった。
なに、その反応は。ムっとしたけど、顔は変えずににこやかでいた。
しばらくの沈黙の後、隼人が突然、謝りだした。
「ごめん泉ちゃん、俺、研究に夢中になってて、泉ちゃんの事、
ほったらかしにしてたかも」
何度も何度も謝まってくる。まったく、そう思うならメールの返信してくれれば。。。
今となっては、もう遅い。私の心は決まってる。春休み中、悩んだ末の結論。
「いいのよ。私の言葉や声が聞けなくても、寂しくなかったんでしょ?
それでいいんじゃない?隼人は研究者だからね。
じゃあ、さようなら。そのアクセ、あなたにあげるわ」
これで、付き合いは自然消滅にもっていこう。
あぜんとする隼人を置いていった。
「泉ちゃん~待ってくれ、~うわ~。なんだ、吹雪?ホウィトアウト?」
見ると、隼人の周りだけ、吹雪になってる。信じられないけど。
でも、周りの人には、そう見えてないようだ。一種の幻覚かもしれない。
ふふふ、これがご利益ね。
一人でもがいてる隼人を、ジロジロとみんなみてる。
少しいい気味。まあ、彼が幻の吹雪で苦しんで、抜け出し 私を追ってきたら、
話し合ってみてもいいかも。
隼人はまだ幻の吹雪の中だ。私はとりあえず、彼を放置しその場を去った。