撃チテシ止マム 陸軍魂
第三研究棟屋上
芹沢伍長
研究棟屋上には静寂が訪れていた
階下から盛んに放たれていたロ式砲は弾切れなのか、いつの間にか姿を消し、残る脅威は隣の一号館の屋上に陣取るアメリカ兵の射撃のみだった
「メリケンめ、どこまでも忌々しい……」
爆炎と銃火でチカチカする視界をそのままに芹沢伍長は部隊の掌握に移った
「原野、桂、荻野、生きてるか?」
アメリカ兵に悟られないように小声で呼びかけた
「桂、生きてます」
「荻野生きてます」
「原野生きてます」
「よし、全員武器を取れ、アメリカ兵が来るぞ。通信室に入るんだ」
芹沢伍長が見た限り、原野は左肩を負傷しており、血が流れている以外はなんともなかった
「桂、原野から擲弾筒を貰え、アメ公が見えたらぶっ放すんだ」
「はい!」
「原野、お前は拳銃を持て、無理をせず、後ろにいろ」
「申し訳ありません、伍長殿」
指示を出しつつ、四人で弾薬の交換を進める、左肩を怪我した原野に十四年式拳銃を渡し、代わりに原野から三八式の弾薬を貰う
(三八式は三人で割って一人十三発、擲弾筒の残弾は三発、最後に見た銃火は二十ぐらいあったから、確実に当てねば、勝機はないな)
幸いにも今は月が隠れている。状況は五分だ
そこまで考えた時、金属音がした、アメリカ兵がこちらへ乗り込むためフックか何かを引っ掛けた音だ
「桂、一号館のアメリカ兵を擲弾筒で狙え、荻野は俺と一緒に来る敵を撃つんだ」
「わかりました」
小さく返事をした桂は略帽を脱ぎ、自身の記憶を頼りに距離を割り出す
電気が消えた無線室の中は機械油と出血の鉄臭さが相混じって別世界のように感じた
覗き窓に三八式を乗せ、槓桿を引いて初弾が入っているのを確認する
縄が軋む音がする。しばらくして小声の英語が聞こえてくる
芹沢伍長が細く息を吸い、吐く。砲弾を握る手が今は慣れない歩兵銃を握っている
陸軍の精鋭、”空の神兵”とも呼ばれた挺身連隊の一員として、射撃技量も甲クラスを確保している
しかし、それでも不安だった
ふと、脳裏を映像がよぎった
故郷の静岡、青く澄み切った空の下、遠江射撃場に木霊す、歩兵砲の音だ
近所の友達の耕一郎くんと一緒に射撃訓練を遠くの松の木から眺めていたんだった
目を輝かせている耕一郎くん
自分は怖かった
大きな盛り土が爆炎と共に飛び散り、火山の噴火の如き爆音が辺りに木霊する
怖かった。着物が濡れていた
すると、別の大砲が牽引されてきた。正面に防盾が張られ、厳つい車輪と突き出た砲身は今まで撃たれてた砲とは比べものにならない程巨大だった
やがて砲弾が装填され、発射
はるか遠くにいたというのに、芹沢にはその衝撃が伝わったように感じた
突き飛ばされたように木から転げ落ち、地面に落ちた
「辰徳くん!」
芹沢を心配そうに覗き込む耕一郎くん
「しっかりしてください!伍長殿!」
桂二等兵の張り手と共に芹沢伍長の意識が戻った
「心の臓には当たってません!まだ大丈夫ですよ!」
「撃たれたのか、俺は……」
身体を起こそうとすると、右腕が上がらなかった。見ると右肩に鋭い傷が出来ていた
三八式を撃ってアメリカ兵を牽制しているのは荻野だ
必死の形相で槓桿をガチャガチャ引いていた
「桂ぁ!お前の小銃寄越せ!砂利かなんかが噛んだ!」
「くそッ!伍長殿、少し待っていてください!」
不幸なことに荻野の小銃は遊底覆いが無かったのでこうした不具合が起きてしまったようだ
二人が慌てて射撃している脇で、芹沢伍長はぼんやりと考えていた
(さっきのが、走馬灯というやつか……六文銭はないが思い出ぐらいはタダというのか……)
そんなくだらないことを考えつつ、芹沢伍長は桂が放り出した擲弾筒の砲弾が入った雑嚢を摑んだ
「ご、伍長殿……!」
その動きに気づいたのは同じ怪我人で無線室の扉に張り付いていた原野である
「原野、どけ」
「芹沢伍長殿……ッ!」
僅かに潤んだ眼を閉じ、道を開けた
原野は芹沢が初めて受け持った部下でもあり、一番付き合いの長い兵隊でもあった
声を上げず涙ぐむ原野を見ていると無性に身体が重く感じた
「原野、持ってろ」
体革を外して装備品を原野に渡した
「……はい!」
砲弾入りの雑嚢と軍刀を掴み、外へ出た
砲弾の安全ピンは抜いてある。後は投げるだけ
夜闇に見えるロープは一本だけ。そのロープを今渡っている影は二つその手前に二つ、奥にはたくさん
「ぅるぁぁあああああああ!!!」
持てる力を振り絞り芹沢は雑嚢を投げた
雑嚢は手間の二つの影の間に落ち、触発に設定した雷管が作動し起爆。二つの影を天高く吹き飛ばした
その爆風に吹き飛ばされそうになりながらも軍刀を支えに耐え、芹沢伍長は奇声をあげながら突っ込んだ
爆炎で視界はチカチカするがそれでも場所は分かった
あと二歩。その時、芹沢伍長の脇腹を熱い何かが抉った
対岸の一号館に陣取ったアメリカ兵の援護射撃だと悟った時には二発目が左足を直撃した
向こうが撃っているのはこちらと同じ三八式歩兵銃。不殺銃と悪名高いこの銃なのが運が良かったのだろう
(まだ、歩ける!)
血反吐を吐きながら、芹沢伍長は動かし、軍刀を鞘から抜き放った
「しぃぃねぇぇぇぇぇ!!!」
軍刀を振り下ろし、確かにそのロープに刀身が当たった
それと同時に、芹沢伍長の額を7.7粍実包が貫いた
*****
一号館屋上
モラレス軍曹
やってやった
サムライソードを振りかざしたジャップの脳天をジャップのアリサカライフルでぶち抜いてやった
だが、倒れたジャップの死体が突入部隊のロープにもたれかかったのだ
ジャップのカタナはロープを切ってはいなかった、切れ込みを入れただけだ
だが、軍人三人分の重さに耐えられるほど頑丈ではなかった
カタナによって付けられた切れ込みが徐々に大きくなり、やがて千切れた
千切れたロープにしがみついていたアメリカ兵が絶叫と共に落下していった
その内の一人はジャップの収容所で再開したホーネット航空隊のパイロットの弟だった
弟が悲鳴と共に落ちていくのを見た瞬間、長距離無線機確保の任務なんてどうでもよくなった
「クソガァァァァァ!!!」
アリサカライフルを放り投げ、叫んだ
「モンキー砲もってこい!」
モンキー砲。日本軍はロ式砲と呼んでいる兵器。アメリカ陸軍の兵器局から流出した情報によって作られた、M9バズーカの猿真似、故に兵士はみなモンキー砲と呼んでいた
「ぐ、軍曹!あの無線室が吹き飛びますよ!?」
「ファック!いいから寄越せ!」
バズーカを背負っていた兵士を殴り倒し、発射した
バックブラストによって味方が吹き飛ぶ中、ロケットが無線室に命中。爆散した
もちろん、中に詰めていた三名の命と共に
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捕虜収容所
羽田少尉
この捕虜収容所はアメリカ軍の飛行場設営隊から接収した資材や機械類を用いて作られた
連合軍の通商破壊が開始される前に揚陸された資材と機械類を駆使し、日本軍は地下一階、地上二階というミッドウェー島でも最大規模の捕虜収容所をここに作った
その収容所に立てこもるのは羽田少尉を指揮官とした第二分隊の面々
辺りには戦闘の音に引き寄せられた不死人がウヨウヨと集まっていた
その矢面に立たされているのは機関銃分隊の兵士たちである
「くそッ!弾をくれ!」
南部十四年式拳銃から空の弾倉を引き抜いた武藤一等兵が怒鳴った
「これで最後だ!」
鞠川一等兵が弾薬盒を投げ渡す
入り口に有刺鉄線と机やら椅子やらの簡易的なバリゲードを構築し、不死人の侵入をどうにか食い止めていた
「三島ッ!まだか!?」
「まだです!」
三島一等兵は現在給弾不良に陥った九九式を修理している真っ最中だった
「なんて数だ、鞠川一等!弾薬庫から弾を持ってきてくれないか!?」
「あいわかった!待ってろ!」
拳銃がいよいよ打ち止めとなり、弾の無くなった二式歩兵銃に銃剣を取り付けた
*****
捕虜収容所
部屋の中には羽田少尉とスケアクロウの二人がいた
「さて、話してもらおうか」
「なんのことだ?」
「とぼけるな。貴様は知っているだろう、試作兵器”F”の場所だ」
「あぁ、知ってるよ。シャングリラにある」
羽田少尉は容赦なくスケアクロウを殴った
「ふざけるな」
「悪かったって。けど、一つ確約してくれ」
「なんだ?」
「俺を日本本土に連れて行ってくれ。祖国に帰れない以上、俺は日本しか居場所がないんだ、頼む!」
このスケアクロウ、アメリカ陸軍の中でもそこそこの地位にいた男なのだが、重度の女狂いで、愛人と妻の借金を返すため、日本軍に兵器や機密を売り渡す外道だった
ちなみに、ロ式砲開発なども彼がもたらした情報の貢献が大きい
「……本当にいいのか?中国やソ連に亡命という手もあるだろう」
「家の家訓は”ファッキン共産主義”なんだ、それに東京空襲の時、不時着した同僚が中国人に犬の糞を食わされたって言ってな、あんな暗黒大陸に行きたくねぇ」
「……いいだろう、大尉に掛け合ってみる、だが、任務を遂行せねば、貴様はおろか我々も帰ることは叶わないのだ。さぁ、試作兵器の在り処を言え」
「ああ、あんたらが言う試作兵器とやらはたぶん兵器試験場にあると思う。俺の愛機もそこにあるからなぁ」
「そうか、兵器試験場か……大尉との合流をしなくてはいけないな」
羽田少尉が今後の動きを考えつつ、地図を眺めた
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水無月島 青波港
柏木丸
金指中尉
「金指中尉」
「榊中尉、準備はいいかね?」
「えぇ、いつでもいけます」
「生存者の居場所は判明したし、先ほどシ号作戦発動の無線が大本営から入った」
白衣に手を突っ込みながら金指中尉はそういった
「つまり……」
「あぁ、ガダルカナルの部隊は撤退を開始した。いずれここの制空権も取られるだろう」
「持ってあと1日、ですか……」
「あぁ、あと1日たっても、酒匂大尉が物資と生存者を連れてこれなければ、君達の出番だ」
「それは理解していますが、その……」
「はっはっはっ!やはりルーズベルト給与で作られた油圧カタパルトは不安かね?」
「いえ、そのような事は」
「君とは長い付き合いだが、君の爆撃能力は真珠湾の頃から格段に上がっているし、新鋭機の流星もある。正に鬼に金棒だよ」
「……願わくば、その腕を発揮するような事はなければ良いのですが」
「なに、その時は大久野島の時みたいに二人で酔いつぶれようじゃないか」
「そう、ですね……」
擲弾筒のシーンは想像です。
まぁ、科学技術あるし、接触信管ぐらいあるよね!
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