捕虜収容所ニ向カヘ
設定集に隊員の詳細を追加しました、みとけよみとけよー
第三研究棟 屋上
酒匂大尉
「柏木丸より返電!【島の惨状は上層部に確認し、追って連絡す。任務遂行を確認され次第予定通り収容作業に入る。その際は追って連絡されたし 1202 柏木丸 鈴木少尉】以上であります!」
無線機を操作していた大石一等兵がメモと共に報告してきた
「あくまで予定通りか……無茶を言う」
酒匂大尉が小さくため息を吐き大石一等兵から受け取ったメモを眺め、今後の展開を考えて頭を抱える
今回の細菌の流出、どのような経緯があるにしろ陸軍管轄の島で起きた事態なので陸軍に責任あるのは確実だ
そんなヘマのせいで一個師団と諸々が丸々壊滅したのだ。当然こんなこと明るみに出たら陸軍の面目は丸潰れである
酒匂大尉の意見具申である後方転進は間違いなく却下。最悪握り潰されるだろう
(どれだけ大切なんだか知らないが、Z計画書とやらはそんなに大事なもんかね、羽田少尉がしくじったらそれこそ我々はこの島に取り残されるぞ……)
だいたい本国からやってきたあの金指とかいう研究員も怪しい。何か企んでいそうだ
(いざという時のための脱出方法も検討せねばなるまい……)
とはいえ、行きの飛行機はとっくにラバウルに帰っているだろうし、一番近くの飛行場はガダルカナルだが、あそこは主に零戦とかが利用する滑走路しかないので、大型の輸送機があるとは思えない
水無月島の飛行場には制空戦闘機しかなかったし、事前会議でも航空写真でも大型輸送機はなかった、よしんばあったとしてもこの隊にはパイロットがいない
「パイロットが生きていればあるいは……」
「パイロットですか?」
その言葉に反応したのは毒島軍曹である
「いや、忘れてくれ。それよりどうだった?」
毒島軍曹には無線交信の間、この仮設避難所で何か物資がないか捜索させていたのだ
「はい、食料が缶詰が十個程見つかりました。それと十四年式拳銃が二丁、弾が八十発、弾倉が六本。銃剣が七本、軍刀が二振、小銃が三丁、こちらは弾が七十発ありました」
「そうか、芹沢伍長を呼んでくれ」
「はい」
毒島軍曹が出て行き、一人の兵士と共に戻ってきた
「芹沢伍長です」
やってきたのは芹沢伍長。酒匂大尉指揮下の中隊の支援小隊に属する男で三人の部下と一門の軽迫撃砲と擲弾筒一門を運用する分隊である
本来なら迫撃砲を持った分隊がもう二つ来る予定だったのだが、第二分隊の分隊長の高橋伍長は肩と膝に銃弾を食らって入院、第一分隊長の音無軍曹は砲弾の暴発で分隊ごと戦死した為、この小隊には芹沢伍長以下三名が参加していた
ちなみに、羽田少尉指揮の武藤一等兵は芹沢伍長と同じ小隊でもある
「芹沢伍長、貴官の分隊をここに残す。なので三名の指揮をとり、砲撃支援の任に当たってもらいたい」
「了解であります」
「砲撃座標の地図はこれだ。支援砲撃はこの地図座標を元にしてくれ」
酒匂大尉が渡したのは水無月島を収めた全体図だ。偶々この避難所の返電室に持ち込まれていたのを再利用したのだ
「砲撃の指示は大石から無線で伝える。使用弾数はそちらに任せる。砲弾が尽きた場合はその場で待機。迎えが来るまで待機せよ。今のうちに大石から無線の使い方を習っておけ」
「ハッ!芹沢伍長以下四名はこれより現状待機し、指示があり次第砲撃任務にあたります!」
「頼んだぞ、我々はこの後第二分隊に合流する。柏木丸との交信は貴様が続けろ」
「了解です!」
*****
第二分隊
羽田少尉
必要物資の一部を回収した第二分隊はもう一箇所の機密資料の回収に向かっていた
「分隊員、傾聴!」
十人ばかりの兵士が直立し、羽田少尉を見つめる
「資料回収ご苦労!しかし!回収物資はまだ残っている!本来、貴官らのような下士官には伝えられない事柄だが、目的を再確認する事も兼ねて、残る二つの目標を諸君らに伝える!一つ!郊外にある捕虜収容所、そこにいることが確認されている呼称名”案山子”といわれる人物。一つ!新型兵器試験場にある秘密兵器”F”の回収、もしくは破壊にある!この尋常ではない状況だが、諸君らの努力に期待する!では、これより捕虜収容所に向かい”案山子”を確保する!志村、佐垣が先頭に穂摘と竹山軍医少尉はエルンスト殿の護衛だ。不死人は頭を狙い射殺せよ、以上!」
「羽田少尉殿に敬礼ッ!」
穂摘伍長の号令と共に隊員が敬礼をする
第二分隊は現在、資料保管室で資料を確保した後、研究棟から離れた場所に建てられている捕虜収容所に向かってきた
先頭を進むのは志村と佐垣二等兵の二人が勤め、その後ろに武藤一等兵率いる機関銃分隊、その後ろに羽田少尉、穂摘伍長、竹山軍医、エルンストの本隊が続く
エルンストは竹山軍医の診察では、噛まれておらず、武器もなく、ドイツ語で書かれた書類が入った鞄を背負っているだけだった
扉を開き、佐垣二等兵が不死人の日本兵を蹴り飛ばし銃剣を付けた九九式で頭を突き刺した
「廊下に敵なし!」
三島一等兵と二人で機関銃を持ち歩く武藤一等兵が叫んだ
「よし、前進!」
*****
第一分隊
「ここも全滅か……」
葛原二等兵が目にしたのは血の海になった検問所だった
道を塞ぐように土嚢が積まれ、血濡れた憲兵の遺体が倒れていた
「陸軍第四憲兵小隊、高杉拡憲兵中尉、岡山か……南無阿弥陀仏……」
栗林が憲兵の遺体から軍人手帳を抜き取り、手を合わせて親指を切り取った
「そのうち雑嚢が指で一杯になるぞ、栗林」
葛原が呆れた声で言いつつ、詰め所を覗く
「栗林、ちょっとこい」
栗林が手招きし、詰め所の中に倒れていた憲兵を指差す
「こいつ、おかしくないか?」
「おかしい?」
そう言われて栗林は改めてその遺体を見る
「……噛み傷がない」
「そう、こいつは銃で撃たれて死んでいる、それに弾薬盒や雑嚢の蓋が開いているし、銃剣差しがあるけど銃剣が無い。明らかに漁られているわけだ」
「つまり……」
栗林が息を飲んだ
その瞬間、葛原の首筋にヒヤリとした金属の感触が伝わった
「回虫」
しゃがれた声が詰め所に響いた
「青虫」
葛原がそう答えると首筋の感触がなくなった
葛原が振り向くとそこには身体中に草木を張り付けた男がいた
手には九九式小銃、先ほどの感触はその先に付けられた銃剣だったようだ
似たような格好の兵士が後三人、そっちは栗林を抑えているようで、武装が違っている
「フィリピンの合言葉を知っているとは、貴様何処の隊にいた?」
葛原に銃剣を押し付けた兵士がそう聞いてきた
ちなみに、その兵士は階級は軍曹、葛原より上だ
「自分は第三挺身連隊所属、第6大隊第八中隊、第十二小隊第二分隊の葛原二等兵です!」
「同じく!栗林二等兵です!」
敬礼した二人を上から下まで眺め、その軍曹が敬礼した
「自分は水無月島駐留部隊、陸軍第三師団、第五十八小隊の小泉軍曹だ」
敬礼した小泉軍曹は愛嬌のある丸顔の左頬に鋭い切り傷をつけた男だった
使い込まれた九九式小銃を肩に掛けており、その先端には葛原の首を撫でた銃剣が取り付けられている
「私は化学兵器専門部隊、第四一四小隊の笹野少尉だ」
笹野少尉は丸眼鏡に細長い顔付きの冷酷そうな男だ。いかにも精悍な軍人でありながら実験動物を無残に殺す、そんな印象をいだかせるような男だ
背中にはM1トンプソンを日本技術陣が改良した一式機関短小銃が背負われている
「私は陸軍憲兵隊、第二十二小隊の勝又曹長である」
勝又曹長ははっきりいって巌のような男だ
170はある栗林を軽々とこす身長は迫力抜群。四五式制帽を窮屈そうに被り、手にした四四式騎兵銃が小さく見えた
密林を通った為、憲兵の象徴とも呼べるイカマントは無いが、無くてもその威圧感は比じゃ無い
「私は海軍陸戦隊、第五十八中隊所属の時任軍曹です」
最後の一人は海軍だった
言われてみれば、時任の鉄兜の覆いには錨のマークが縫い付けてあるし、手にした銃は海軍向けの百式機関短小銃乙型だった
ちなみに、百式機関短小銃には甲型、乙型、丙型が現在開発されており、甲型乙型は8ミリ南部弾だが、丙型は口径を7.7粍実包に変えた武器で、狙撃銃や機関銃への転用が見込まれている
乙型は狭い艦内、あるいは停泊中の敵艦に潜入するといった任務を持つ海軍陸戦隊からの要望で作られた短機関小銃で、弾倉が横ではなく、下に差し込むようになっている
これはドイツのMP40を参考にされており、丙型も同じ機構を採用している
「海軍さんがこんな所にいるとは、驚きですな」
「ガダルカナルに向かう途中、この騒動に巻き込まれてしまいまして」
お互いがそう紹介を終わると葛原が質問をした
「この島の惨状はだいたいわかりました。ですが腑に落ちないのは詰め所の奥に射殺された憲兵の死体があることです」
すると、小泉軍曹は勝又曹長に目配し、勝又曹長が詰め所に入る
「勝又曹長の部下が、重要書類を回収し忘れたらしく、我々は帰りの遅いそいつを迎えに来て、あなた方と鉢合わせたのです」
「なるほど、しかし味方に武器を向けるとは、いかがなものかと」
「その点は大変申し訳ない。なにせ敵かわからなかったので」
「敵?」
葛原が眉をひそめた時、勝又曹長が帰ってきた
「古田伍長が死んだ……間違いない、この辺も奴らがいるはずだ」
勝又曹長が百式機関短小銃を握り締める
「小泉軍曹殿、奴ら、とは?」
「ああ、それは」
小泉軍曹が口を開いた瞬間、辺りを見渡していた時任軍曹と笹野少尉が機関短小銃を密林に撃ち始めた
それと同時に小泉軍曹が頭から血を噴き出しながら倒れた
「敵襲ぅー!」
「詰め所に入れ!」
笹野少尉の叫びに正気を取り戻した葛原と栗林は小泉軍曹の両脇を掴み、詰め所に駆け込んだ
丸太造りの詰め所に弾丸がビシビシッ!と当たり、跳ね返る
「なんだ!?誰が撃ってきてる!?」
葛原の叫びに答えたのは勝又曹長だ
「アメ公だ!」
「なに!?」
「捕虜のアメ公が看守の武器を奪ってこの島で暴れてるんだ!」
「メリケンの馬鹿野郎!くたばれ!」
小泉軍曹の雑嚢から手榴弾を拝借した笹野少尉が手際よく手榴弾を密林に投げ込んだ
手榴弾が爆発し、アメリカ兵が二人ほど吹き飛んだ
「逃がすかよ」
栗林が逃げ出そうとしていた最後の一人を狙い撃つと戦いは終わった
「ふぅ、この詰め所がベニヤじゃなくて丸太造りで良かった」
時任軍曹がそう呟き、小泉軍曹の容態を見る
「駄目です、死んでます」
「そうか、まぁ、死人に食い殺されないだけマシかもしれん」
笹野少尉が手際よく親指を切り取り両手を合わせて念仏を唱える
「葛原二等と栗林二等、さっそくですまないが、メリケンに生存者がいないか見てきてくれ」
「わかりました」
「武器や弾薬は使えそうな物は回収してきてくれ」
「はい!」
二人は敬礼をすると先ほどの密林に踏み込んだ
葛原達を襲撃したアメリカ兵は四人、小銃二名、短機関小銃二名だった
手榴弾の直撃で装備の半分は駄目そうだが、それでもまだまだありそうだ
銃剣を取り付け、アメリカ兵の心臓に突き立て、探索を始める
「俺たちと同じ装備だな」
「なんか、変な気持ちですね、死体漁りなんて」
栗林が弾薬盒の蓋を開けながら呟く
栗林の父親よりも年上に見える男、前盒の片方は空、もう片方には三八式のバラ弾が四発あった
雑嚢には手ぬぐい、水筒、地図が入っていた
「仕方ない、補給の当てが無いんだ。あるものでどうにかしなければならない」
葛原はまだ二十にもなってないような若いアメリカ兵の雑嚢をひっくり返す
「あ?なんだこれ?」
雑嚢には手ぬぐいや日用品に混じって略帽が入っていた
「略帽みたいだな……栗林、これなんて書いてある?」
「えーっと、で、ですとろいやー…あんだーそん……この兵士はあんだーそんという駆逐艦の乗組員で、記念にとっといたんでしょうか?」
「なるほどな、おっ、写真だ、タバコもある!」
葛原が胸ポケットから取り出した写真とホマレを自分のポケットにねじこむ
「みろ!栗林、これがメリケンの女だ!」
「おお、い、色っぽいですねぇ葛原さん!」
「なんだ、貴様、童貞か?」
「は、恥ずかしながら…まだです……」
色っぽい上目遣いの写真を見ながら栗林はそういった
「ガハハ!そうか、そうか!今度休みになったら、一緒に慰安所に行こうか!いい店を紹介してやろう」
恥ずかしそうに顔を俯かせた栗林の背中を叩きながらニヤニヤ笑う葛原
「だいたい探したな、そろそろ戻ろう」
写真をアメリカ兵の手に握らせると葛原は立ち上がった
「は、はい!」