表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

橋頭堡ヲ確保セヨ

水無月島 一号研究棟 一階廊下


それはいきなり始まった


伊達が抱えた白衣の男が奇声と共に伊達の首筋に噛み付いたのである


「ぐわぁ!?なんだ、貴様!?」

噛み付かれた伊達は堪らず白衣の男の顔を掴み、振りほどいた


「伊達!大丈夫か!?」


「問題ない!混乱してるのか!?」

伊達は首筋から溢れ出る真っ赤な血を手で押さえながらゆっくりと二式小銃を脇で保持して構える


「それ以上動くな!」

志村は白衣の男にそう警告すると二式小銃に銃剣を取り付け、槍のように下段に構えた

相手は研究者、銃を突きつけるよりかは刃物を突きつける方が脅しとしては上等である


一向に足を止めない白衣の男に痺れを切らしかけた、その時


「志村!下だ!」

葛原がそう叫んだときには警邏の男が志村の足に噛み付いていた


「うおわぁあああ!!?」

驚きのあまり銃の引き金を引いてしまう志村。発射された弾丸は白衣の男の胴体の真ん中に大穴を開けてしまった


「こいつ、死んでたんじゃ!?」

幸い、脚絆の上だったので大した痛みはなかったが、驚きつつも、警邏の手を振りほどき、警邏の頭に足を振り下ろした


「こっちも生きてるぞ!」

伊達が小銃に銃剣を取り付け、白衣の男に向けた


志村が撃った白衣の男だが、身体に銃痕を空けながらも、伊達の方向に歩み寄っていた


「こいつら、なんなんだ!?」

志村も自分の足で踏みつけた警邏をよく見る


(目が白い、よく見ると肌が死体みたいな色だ……こいつら本当に生きているのか?)

かつて、フィリピンで脚を撃たれ、大量出血で死んだ戦友を彷彿とさせるこの姿、とても生きて混乱しているだけだとは思えない


唾を飲み込んだ志村は二式小銃を振りかざし、警邏の背中に先端の銃剣を突き刺した

位置は丁度心臓。肋骨と銃剣が擦れる感触と共に身体を貫通した三十年式銃剣が木の床に突き刺さる感触が手に伝わった






*****








「志村ぁ!貴様、血迷ったかぁ!?」

銃声を聞きつけて分隊員の穂摘ほづみ伍長と佐垣さがき二等兵の2名を引き連れた神田軍曹は警邏の男の背中に銃剣を突き立てている志村を怒鳴りつけた


「神田軍曹殿!こいつら、おかしい!研究者の、クセに!」

そう答えたのは白衣の男に馬乗りにして、二式小銃をつっかえ棒のようにして押さえつけている葛原二等兵である

力が拮抗しているのか、二式小銃を真ん中に、押したり押されたりしている


「貴様がたるんどるからだ!佐垣!伊達を軍医殿の元に連れて行け!復唱はいい!」


「ハイッ!失礼します!」

そういうと、佐垣二等兵は伊達に声を掛けながら後方に下がっていった


「穂摘!あの研究者をふんじばれ!混乱しているようだからな!」


「ハイッ!」

穂摘伍長が雑嚢から捕縛用のロープを取り出し、白衣の研究者を縛り上げた


「志村ぁ!貴様同胞である皇国臣民に銃剣を突き立てるとは、なんのつもりだぁ!?」

神田軍曹は志村二等兵の胸ぐらを掴み、壁に押し付けた


「お、お言葉ですが、軍曹殿!その警邏は、人ではありません!」


「なにぃ?ふざけるなぁ!」

志村の頬に張り手を食らわし、更に怒鳴りつける神田軍曹


その時、穂摘伍長が叫んだ


「軍曹!後ろ!」

神田軍曹が振り向くと同時に白衣の男が神田軍曹の首筋に噛み付いた


「ぐぅおおお!!?」

突然の事態に驚きながら、振りほどこうとするが、白衣の男は力が強く、噛み付いて離れない


「軍曹殿!」

穂摘伍長が白衣の男を羽交い締めにして、神田軍曹から引き剥がすが、神田軍曹の首筋を食いちぎる結果となった


「軍曹!貴様ぁ!!」

穂摘伍長は羽交い締めにした研究者を壁に叩きつけ、志村の二式小銃を拾い上げ、白衣の男に突き立てた


「うれぇ!うれぇ!しねぇ!」

腹や背中に何回も小銃を振り下ろし、止めに白衣の男の頭を踏み砕いた


「軍曹殿……」

志村は首を食い千切られ、ショック死した神田軍曹の見開いた目をそっと閉じさせた






*****






水無月島

大日本帝国陸軍 生物兵器廠

一号館 一階 食堂


「なんという様だ」

現場にたどり着き、先遣隊の報告を聞いた酒匂大尉は地面に横たわる神田軍曹の遺体を見てそう呟いた


「こいつが神田の首を引きちぎったのか」

酒匂大尉は動かぬ死体となった白衣の男を爪先でつつき、そう呟く

白衣の男は今、青梅軍医の主導のもと、数人で検死が始まっている


「穂摘伍長と志村両二等兵は現在営倉代わりの談話室に入れ、歩哨を立てております。伊達二等兵は噛み傷から悪い菌か何かが入ったようで、現在草鹿軍医が治療中です」


「ご苦労、羽田少尉。ここで10分小休止とする」


「了解であります」


「それと、酒保から甘い物か何か出して全員に配れ」


「よろしいのですか?」


「いつものように、酒保の帳簿を誤魔化しておけ。慣れているだろう?」


「……了解であります、大尉殿」

意地の悪い笑みを浮かべた羽田少尉が酒保の扉を開ける。ちなみに、羽田少尉は関東軍では参謀本部宛の補給物資の帳簿を任されていた。こういう書類はお手の物である


「大尉殿、よろしいでしょうか?」

そこへやってきたのは猿飛伍長である


彼はビルマ戦線で戦った歴戦の狙撃手であり、この小隊の選任狙撃手の一人でもある

噂では半里(一里の半分、約1.5km)のイギリス軍の戦車のキューポラから顔を出した車長の眉間を吹き飛ばしたと言われるほどの神業のような狙撃をこなす男で、実家が石川県にあるお寺で、般若心経を唱えながら狙いを定めることから”仏の猿飛”と呼ばれている


「どうした?」


「神田軍曹を殺した白衣の男、身元が割れました。名前は高林郷六、第三師団所属の軍医です」


「軍医か……」


「彼の軍隊手帳と所持していたこの帳面に気になる記述があったそうなので、大尉の判断を仰ぎたいと検分した青梅軍医がおっしゃってました」


「わかった、拝見しておく……時に、伍長」


「なんでしょう?」


「今回の戦場、貴様はどう思う?」


「どう、ですか……」

猿飛は九十九式狙撃長銃を担ぎ直し口を開いた


「私見を述べさせてもらえば、この戦場は欲望の氣に満ちている気がします」


「欲望?」


「はい、私は仏門の信徒。なんとなく、ですが、戦場には相手を憎悪する氣と侮蔑する氣に溢れています。しかし、この戦場は違う。何かの欲にまみれている、そのように感じます」


「欲、か……伍長らしいな、行ってよし」


「ハイッ!失礼いたします!」

綺麗な敬礼と共に猿飛伍長は別の場所へ向かった


「さて、何が書いてあるのかな」

食堂の椅子に腰掛け、猿飛伍長から貰った軍隊手帳を開いた


軍隊手帳の中にはよくわからない化学式や走り書きが乱雑に書かれており、気になる記述は《体液感染》《外部工作》《甲乙の試験体》ぐらいであった


もう一冊の帳面、これは何かの実験記録のようだった



○月十日


島に持ち込まれた試験体甲だが、毒性が非常に強く、投与した実験台八十号は僅か四時間で死に至った。無色透明で、進行速度が速く、感染経路は●●、●●、が主である。しかし生命力が非常に弱く、動物の●の中でしか生きられず、熱にも弱い。改良の余地あり


○月十一日


今日本土の●●●●●●の●●中尉が持ってきた細菌、試験体乙は分析の結果、微細な●●●ということが判明した。脊椎動物の●●●組織に●●する

また、●●から他の生物に感染するようで、非常に適合力がある。しかし、この●●●は毒素が非常に弱く、十数体に投与しても変化が起きたのは風邪で弱った実験台のみで、理性と知性を失い、出された食べ物を貪るだけの存在になった

生命力は強く、●●●や●●●でも生きれることから、毒性の強い他の物と掛け合わせるのが良いと思われる


○月十ニ日


試験体甲と乙の両方を掛け合わせた結果、驚異の生命力を持ち、なおかつ、凄まじく強い毒性を持つ●●●が完成した

開発に必要な実験台の衛生管理を任されている私だからわかる。この●●●は危険だ。投与された実験台は喀血、嘔吐、意識の混濁、様々な症状が現れ、周囲の非感染者や動物に襲いかかり、その食欲の流れるままに獲物を喰らい尽くす。まさに狂気の●●●だ。

上層部では、この●●●は使えばその土地の人々を皆殺しに出来るが、その後の進駐や占領の面から考えて有用性は低いと考え、試験体や実験台は全て破棄するようだ。仕方がない







「……ふむ、これは参ったな」

酒匂大尉はその時、察した。この高林軍医の日誌がここで途切れている理由。そして姿の見えないアメリカ軍、弾痕が無く噛み傷によって殺された兵士


「細菌が漏れたことによる生物災害か……」

酒匂大尉はため息をつくと同時に考察を始める


高林軍医の日誌は一部検閲により塗りつぶされているものの、文脈や内容からある程度の予想は出来る


「いくら胴体に弾を喰らおうと、倒れない……じゃあ、なぜこいつは死んでいる?」

酒匂大尉は高林軍医の遺体を見下ろし、考える


「……頭か」

酒匂大尉は九四式拳銃を引き抜き、弾薬を確認して拳銃囊にしまうと捕まえたもう一人の警邏の元へ向かった


警邏は食堂の脇の物置に軟禁されており、歩哨として栗林二等兵が九十九式小銃を背負って警備していた


「歩哨ご苦労」


「見廻りお疲れ様であります!」

陸軍式の敬礼をこなした栗林二等兵、彼は戦死した兵員の変わり、いわゆる補充兵である

まだ二十歳になったばかりのような、垢抜けない童顔とも呼ぶべきような幼い顔、若いながらの正義感に燃ゆる好青年である


「ちょうどいい、栗林二等兵、歩哨の任を一時的に解く。青梅軍医と草鹿軍医、それと羽田少尉と毒島軍曹を私の名前で呼び出してくれ、頼むぞ」


「わかりました!青梅少尉殿、草鹿少尉殿、羽田少尉殿、毒島軍曹殿の四名を連れてまいります!」


「うん、頼むぞ」


「失礼します!」

栗林二等兵が駆け足で走り去っていくと、酒匂大尉は物置の中に入っていく


「ふむ、見れば見るほど生きているようにはとても思えんな……」

白濁した眼に蝋燭に青い芯を突き刺したような病的な青白い肌。獣のような呻き声を上げつつ、口から血混じりの唾液を垂らす姿


「理性があるようには思えんな」

今は柱に縛り付けられているが、その不気味とも言えるその姿は歴戦の酒匂大尉でも恐怖心を抱いた


「えい」

引き抜いた二式銃剣を警邏の肩に突き刺した

激痛が走ってる様には見えない。気にすることなく呻き続けている


「えい」

引き抜いて次は太もも、股間、掌、様々な箇所に銃剣を突き刺していく


「悲鳴どころか、言葉すら発しないか……」

そう呟いた時、「失礼します!」という声とともに栗林二等兵が羽田、青梅、草鹿、毒島の四名を連れて部屋に入ってきた


「大尉殿、失礼ですが、一体何を?」

無抵抗の警邏に銃剣をザクザク突き立てている自分の上司を見て、必死に無表情を作りながら声を出す毒島


「実験さ、それと同時に諸君には証人になってほしい」

そういうと、酒匂大尉は警邏の心臓に銃剣を突き立てた


「みたまえ、彼は自分の心臓に銃剣が突き刺さっても痛いの一言すら言わない。それどころか元気に動いている。これも我が陸軍魂が成せる偉業に思えるかね?」


「彼らは人間じゃない。そうおっしゃりたいのですか?」


「そうだ。諸君、我々は過去最低最悪の戦場に放り出されたのだ。人の肉を喰らい、痛みも恐怖も理性も無いこの怪物共の弱点は頭だ」

そういうと、酒匂大尉が警邏の頭を九四式拳銃で撃ち抜いた


「こいつらも不死身ではない。わかるかね?」

胴体を串刺しにされても身動ぎしなかった警邏だが、今度は確実に倒れて動かなくなった


「部隊の全員に通達。ただいまより、警告に従わない者を敵対勢力と断定。この分じゃ、生存者と化け物の区別は簡単だろう。敵対勢力の場合は射殺せよ」


「了解!」

四人が敬礼をし、酒匂大尉の合図で全員が各々の部下の掌握に移った


「はぁ、厄介だなぁ」

酒匂大尉がそう呟いたが、彼らはまだ甘く見ていた。この状況を

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ