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世界樹と姫は歌わない  作者: 御記宮 観架
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アクシデント

 忘れてもいいから、どうか愛して下さい。

 祈りを捧げ続けた彼女を、自分が忘れることはないのだろう。



 『食人病』。

 ここ最近のエルツルトで流行りだした病という名の現象。人が人を食べる(カニバリズム)、ここ暫く語られていなかったそれがいま、目の前に実現している。

 ティルと手を繋いで宿へ帰る途中の路上でも、襤褸を纏った浮浪者はこちらへ見向きもせずに熱心に喰っている。

 何をって、人の死体を。皮と骨だけにしか見えないほどやせ細っているのは、恐らく餓死したものだからだろう。ぽっかりと空いた両方の眼窩に白い蟲の沸いたグロテスクなそれを、ばりばりがきぐちゃあ、ぐちゃぐちゃねちゃねちゃとうまく音に表せない怪音を響かせて。食べている。法悦に浸りきった笑みを浮かべて。

 

「……ダン、やっぱり早く帰ろうよ」

「そう思うなら始めから宿の外へ出るな」

 

 初めて街へ入ったときと変わらない怯えきった表情をする彼女を引き寄せ、彼女とその視界を俺が身に着けている薄緑の外套で覆い隠して足を速める。

 彼女は俺と違って人嫌いではないが、人が怖いらしい。それも数名や敵対認識した相手なら構わないが、先程のような敵ではない異常者や、人混みはダメだ。怯えきった表情のまま、俺以外の人間と話せなくなるのだ。

 正直、その状態である彼女も滅茶苦茶可愛い。わざと人混みに連れていって、自分だけに縋りつく姿を眺めていたいと思ったことは何度もある。が、彼女が嫌がることはしたくないし、俺も人混みに入りたくない。なので、わざと彼女をそういう状態に置くようなことはまだしたことがない。


 『廃人街』から抜ければ、流石に浮浪者はいない。それなりに綺麗に整えられた薄橙色の石畳を踏みしめる。ああ、本当にスラムよりマシだ。これで市場や馬車がなく、俺たち以外の人間がいなければいいんだが。

 この街で泊まっている宿は市場が開かれている通りの中にある。だから必然的に市場の喧騒を耳に入れながら歩かなければいけないのが苦痛だ。この宿を使っているのは、そこ以外の場所は無駄に料金が高かったり、格安かと思えば主人(オーナー)が異常な女好きだったりとロクな宿が無かったのが一番の理由だが。

 ダン、とか細く俺を呼ぶ声が聞こえる。外套の中で俺の手と腕をしっかり握りしめている彼女は、喧騒に負けないように、けれど俺にしか聞こえないように続ける。


「血の匂いがする」

「どこからだ」

「そっちの干し肉を売ってる露店」

「…………どの店だよ」

「えと……」


 ひょこっと蜂蜜色の頭が外套から覗き、海のように深い青色の瞳が市場を見渡す。例え人混みで怯えているとしても本当に可愛い。

 そのうち、あの店だよと指したのは、至って普通の、保存食を扱っている露店だった。俺たちもよく世話になっている。旅の途中で街以外の場所で食料を入手するのは思った以上に重労働だ。狩りは得意だがそれを調理するのが面倒くさい。ティルも料理は出来るが、狩った食材の処理は苦手だ。だからこそ、次の街に着くまで保存食で持たせたことも何度かある。馬車が通らない場所に限るが。普段は遠距離であれば馬車で移動するようにしている。

 そんなことを思いだしながら、露店の方向に足を向けると途端に彼女は外套に引きこもる。別に俺は迷惑していないので無問題だ。綺麗な顔を見れないのは困るが、他の奴に彼女を見せたくないという想いもあったりする。


「おっ、そこのお兄さーん! いいもの揃ってますよー旅のお供にお一つ如何ですかー?」

「………」


 流石商人、というところか。こちらが視線を投げていると気付くや否やすぐ声をかけてくる。なら丁度いいと言うべきか、反応速度に驚くべきか。


「……連れと旅をしている。長持ちするのはないか? 例えば、肉とかな」

「ほほーなるほどー! でしたらー! 最近入った良い物がありますよ!」


 俺が外套に隠れて、顔の上半分だけを出して露店を眺めるティルを指しながら言うと、その商人は間延びした口調をかざしつつ、がさごそと自らの後ろに置いてあった大きなの白い壺を漁る。俺がそれ以外にも含みを持たせて言ったのはさっぱり理解していないらしい。やがて商人は、壺から男の掌ほどある灰色の革袋を取り出す。

 差し出されたそれの中を覗けば、ぎゅうぎゅ詰めにされた干し肉だ。保存食を扱っている店で肉はあるかと聞いたのだ、大抵は干し肉や味付き燻製肉(ジャーキー)が出てくるので、ここまではいい。それを手にした途端、外套に隠れて俺の腕と手を握りしめる彼女の手の震えが増さなければ、だが。

 見た目はとても良質で、味もよさそうに見える。彼女が居なければ、きっと俺は分からずに購入していたのかもな。


「………これ、いいな。もう一袋あるか? あるなら買う」

「ありがとうございまーす! こちら二つ袋で銀貨二枚と銅貨一枚でーす」


 言われた額を支払い、手渡された革袋を手にその露店を離れる。

 離れる直前に「そこの可愛らしいお嬢さんとどこに旅を?」とか聞かれたが、無視した。言う義理はなかったし、何より彼女の震えが酷い。一刻も早く宿に帰るのが先決だった。




 泊まっている宿――『黄昏の夕陽亭』に着き、借りている部屋に戻った途端、ティルは疲れていたのかベッドに飛び込むとすぐ眠ってしまった。

 ベッドに飛び込む前に靴は脱げと何度も言ってるだろう。なのに何で聞かないんだお前は。シーツが汚れると面倒だろう。あと靴を履いたままだとお前の足が心配だ。……だが、彼女がスラムで傷を負った部分を見れば、悪化はしていなかったようなのでその辺りは安心した。これで一生傷が残ってみろ、あの男どもを探して殺し直す。

 さて、と先程購入した干し肉を一つ手に取る。ティルが血の匂いがすると訴えたこれが何なのかは想像が付くが、一応自分でも確かめておく必要があるだろう。


 がりっ。そんな音を立てて俺は手にしていた干し肉を半ばから噛み千切る。

 それを口内へ放り込み、咀嚼。本来そこで広がるはずなのは、肉特有の食感と仄かな甘さ。そして後から味を加えられた塩味、と言ったところか。

 俺が口にしたものは、それ以外にも僅かではあるが確かな味がしてしまった。鉄くさい、かつ、苦味。それがどういう意味を示すのか、残念なことに俺は知っていた。


「干した人肉、か」


 思った以上に、『食人病(ソレ)』は猛威を振るっていたようだ。


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