エンカウント
ヒトは愛というモノを求めるらしい。
愛されてるかどうか気にして、苦しむらしい。
それなら、自分の価値など、自分で決めればいいものを。
こうも煩い酒場に、何故、何度も、通わなければいけないのか。
酒は嫌いだ。匂いも味も嫌だ。この店も最悪だ、油の染みついた木のテーブルはべたべたするし、あえて薄暗くしている視界の悪さが。だが、この街『エルツルト』には、ここにしか依頼を掲示していないのだ。何でも人の出入りが一番あるとか云々。役場仕事しろ。
目の前に据えられた掲示板を見て、もう一度舌打ち。ああくそ、苛立たしい。
「おい」
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「昼間から飲む趣味はない。コレの情報はあるか」
苛立ちを隠すのさえ面倒だ。さっさとカウンターへ行き、主人に紙を突きつける。
『食人病』と書かれたそれは、珍しく役場が仕事をした結果、街中に張られた注意書きでありお手上げという意志表示でもある。
「そんな情報があったら、とっくに騎士団が動いてるだろうねえ」
「……お前は、陰の方にも顔が利くだろう」
なあ、と顔を近づけながらカウンター金貨を積む。枚数は五枚。この街の相場でこの枚数なら、一ヶ月は働かなくともいい。つまりは、それなりの金という訳だ。目の前の主人が、いや、情報屋が顔を変えた。『仕事』の顔だ。普段からその顔でいれば悪くないっていうのにな。
「ご注文は?」
「人の種類だ」
「そうさねえ、今入って来てるのだとこんなもんか」
俺が持ってきた紙の裏に指を這わせる。そこにはいつの間にか見覚えのない文字が刻まれて、俺が確認したと同時に消え、ただの紙に戻る。
「帰りは気を付けて」
「ああ」
ただの紙を懐に入れ、席を立つ。さっさと帰らないとアイツがどこに行くか分からない。
だから、早く帰りたかったのだ。
宿に帰っても居ないアイツを探して早二時間。見つけた場所は郊外の、云わばスラムという奴だ。ここは確か『廃人街』と呼ばれる区域だったか、と思い出すまでもなく聞こえる喧騒に頭を抱える。
街は嫌いだ。スラムなら尚更嫌いだ。ヒトが、あまりにも、多すぎる。それを分かってる筈なのに、アイツは俺をそんな場所へと引きずり込むのだ。それが意図的ではなく、無意識だから余計にタチが悪い。
ああほら見つけた。入り組んだ道の末路に出来た袋小路。灰色だらけの街に咲く赤だらけの華。またやったのか、いや逆だ。『またやられたのか』。だってほら、そこで花を咲かせて、困ったように笑っているのこそがアイツなのだ。こちらを見て、驚いた表情を見せるのが見知らぬ男どもなのだ。
だから俺はヒトが嫌いだと何度も言っているのだ。アイツを傷つける世界など要らないと何度も言ってるのに。
「いい加減にしろって言ってんだろ」
怒り混じりに言葉を乗せれば、アイツは笑ったままだし、男どもは俺によく分からない暴言を吐きつけてくる。仕方なしに剣を抜いた俺に罪はない。
「……腕寄越せ」
「だから、知らない奴についていくのは止めろって何度も言ってるだろ」
「帰るのが遅いダンが悪いんだよ! 私はちゃんと時間まで部屋で待ってたもん」
「今度からは時間になっても、俺が来るまで部屋から出るな。じゃないと街に置いていくからな」
「それは困るよ……。わかった、ちゃんと待ってる」
男どもを物理的に追い払った帰り道、アイツの傷を手当しながら交わす会話は、どうしようもなくいつも通りだ。腕と腹に刃が掠っただけのようで、本人は元気であることがとてつもなくイラつくのだが、まあ、いい。
帰るぞ、と手を出せば握り返される温かさはこの世の何にも代えることは出来ないだろう。
俺はダン=シレンツィオ。
彼女、ティル=エルトカードを愛している冒険者だ。