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正義と魔法の在り処  作者: 水城
第三章 逃走開始  七月十六日
9/15

相対するは魔法少女

 結局、音無は戻ってきてしまった。

 どこにと言われれば、赤井沢と別れた飲食店近くにと答えるのが正解だろう。

 実の所、赤井沢や音無が立てた作戦は荒唐無稽に絵空事を上塗りしたかのような代物だ。だが、仮にも作戦である以上、音無がここへ戻るのは最もしてはいけない愚行の一つと言えるのだが――音無が飲食店から少し離れた程度の時間で、シックスの悲鳴が聞こえてきたということを鑑みれば、音無の判断は軽率ではあるが失敗ではないと言えるだろう。

 だが、音無は今の状況は完全に失敗だと判断してしまった。

 今の状況。つまり……音無が飲食店を支える支柱に身を隠し、その向こう側では、赤井沢が倒れこんでいた。いや、倒れこんでいたなんていうものじゃない――恐らく、意識が切れそうになっている。彼女の倒れ方が気絶のそれと酷似していたのだ。

 それだけならまだ良い。音無が駆け寄って、「大丈夫ですか、赤井沢さん」と一声かけて済むような状況ならば、それは失敗どころか大成功だろう。音無が「失敗した状況」と判断したのは、倒れた赤井沢の下へと歩んできた「それ」を見てからだった。

「!」

 紫のラインが奔った、不思議な甲冑。剥き出しの頭は血だらけで、顔の左半分しか方向的に見えないが相当酷い怪我がある。更にこれは音無の知る由もないことだが、「それ」の左目は既になかった。現在、音無が最も遭遇してはいけない相手――魔法少女シックス。

(…………これは、やばいな)

 その災厄を視認した瞬間、音無の脳内で爆発的に様々な想定が浮かび上がる。自分がこのまま隠れて、いずれは見つかり殺される想定。自分らしく赤井沢を見捨て、どこかへ逃走するもその途轍もない機動力で即座に発見され、惨殺される想定。自分らしからぬ行動で赤井沢を庇うようにして魔法少女に戦いを挑み、瞬殺される想定。

 星の数ほど選択肢はある。ただ、そのどれもが結末に「殺」の字が付く。

 しかし、何度も言うように音無には常人では出来ないことがまだ残されていた。

 それはつまり、状況の冷静的判断。

 どれだけ命の危機に直面しようと、「自分は命に危機に晒されている」と認識しかしないという荒業をしてしまうその異常な精神で、慎重にシックスを観察した。

 まず、足取りは鈍いのは見て明らか。吐血もしていることから、恐らくは胴体に攻撃を受けた可能性が高いだろう。そしてもう一つは、その手に拳銃がないこと。赤井沢が奪ったのか、紫の拳銃は倒れた赤井沢の手に握られている。シックスはそれを見ると、表情を苦く歪ませながら腰を屈めた。音無のことは気付いていないはずなので、まずそれは演技だとは考え難い――つまり、シックスの体にダメージは蓄積しているということ。

 あとは仮定だが……そこまで自立が困難であるのに、飛行をしないのも気になる。皆目見当もつかないが、何らかの方法で飛行を阻止しているのだろうか。飛行を行う為の何かが、赤井沢によって失われたという可能性もある。

(……違う、そうじゃない)

 可能性の話ではない。それ以前の問題として、このままでは赤井沢は殺される。そうすれば音無は無防備な丸腰高校生として追われ、赤井沢よりもあっけなく殺されるだろう。それは今まで何よりも自分の保身を第一に考えてきた音無にとって、見過ごしてはならない状況だった。

 だが、ここで直情的に魔法少女へ勝負を挑んだところで、蹴りの一つでも入れられれば一瞬で音無の骨は砕け散る。いや、ビームで貫かれて死体さえ残らず破裂することもある。

 自分で状況を打破するのがここまでリスキーな状況は、他にそうそうないだろう。

 関係ない話だが、音無がこれまで友人と呼べる者をつくらなかったのは、これといって特別な理由がある訳でもない。必要がないと思ったからこそ、大体の事は自分で出来ていたからこそ、音無は友人をつくろうとはしなかった。

 だが今初めて、友人と呼べるような人間が欲しいと切に願う。

 音無の願いを聞いて、魔法少女と命賭けの掛け合いをしてくれる人間が欲しい、と。

 それは十年来の友情すら打ち砕くであろう願いであることに、音無は気付いていない。だがそれに気付くまでもなく、この場には今のところ音無しかいないのだ。なら、ここから流れを変えられる可能性があるとすれば、自分で何か常識外の行動をする必要がある。

(……………………無理、だ。塩山さんみたいな状態になりにいくようなもんだろ……)

 望んで死体になりたいと思うほど、音無は絶望していない。

 ならばここで、何かをするしかない。だがそんなことをする勇気も度胸も、器でもない。

 でも、やらなきゃここで幕切れだ。

(なら…………)

 眼前に広がる、音無の命運を分ける光景を睨む。

呻きすらしない赤井沢、そして銃口を赤井沢へと向けるシックス。

それを見て、深呼吸をして、

(なら……っ!!)

 手で握っていた球体のモノを、右手で握り締める。

 同時、音無は柱から身を出した。シックスが少しでも首の角度を左へ向ければ気付かれる、そんな命を溝に捨てるような場所へと自分の足で進んだ音無は、球体のモノを思い切り振りかぶり、そして即座に投擲する。

 念のために言うと、音無に野球経験など存在しない。しかしまた、音無は気の動転で判断を誤ったりもしない。つまりこれは、きちんとした意味があっての行動。

 音無の右手から離れたそれは、素早い速度で弧を描く。直線で進ませるほどのスピードは乗らなかったが、それでも目的としては十分だった。

 赤井沢からほんの一瞬でも注意を逸らし、こちらを見てもらう為に――シックス近くの路面か壁面へ、カラーボールが着弾してくれれば。

 音無が立っている場所の真上にある飲食店から、秘密で拝借した防犯用カラーボールだ。音無の投擲後、二秒後にそれは赤井沢の数十センチ左へと着弾した。もう少し逸れていれば赤井沢の顔面に当たっていたかもしれないので、内心少しだけ冷や汗をかく。

 だが、それでもシックスの視線を赤井沢から逸らせるのには十分だったようだ。彼女は少しだけ周囲を見渡した後、すぐさま音無の方へと視線を向けてきた。

「…………!」

 一気に、全身に鳥肌が広がる。何か、まるで壁でもあるかのような禍々しい感情が、それを内包した瞳が、音無を射抜いていた。

魔法少女シックス。その顔が音無を見るということは、必然的にこちらへ顔を向ける必要がある。つまり、そこで音無は目撃した。左の瞳がなくなった、彼女の無惨な顔を。

(……臆すな)

 実際、彼が感じたシックスの禍々しい感情の波とでも言うべきものは、本来ならば失禁してもおかしくないレベルのものだ。人間を遥かに上回る存在の彼女が、片目さえ失っているというのだから無理もない感情だろう。それを受けて未だに自己への鼓舞が出来る辺り、音無にはまだ打開策が見えているかもしれない。

 彼は進む。平然と、なるべく何事もなかったかのような無感情で。考えたら、マイナスの渦に思考が巻き込まれてしまうのは明らかだ。生肉を背負ってライオンの檻に入るような真似をしていることを忘れず、それをおくびにも出さずに歩みを続ける。

 そして、唐突なタイミングで止まる。途中でシックスに攻撃されなかったのは、音無が最初から赤井沢から託された物を持っている手を隠さなかったからだろう。

 魔力障壁装置。本来ならば、それは先の車の爆発で壊れていたのだろう。しかし赤井沢はそれをよしとせず、今のようないざという時の保険として音無に持たせていたのだ。音無はそれを有効活用し、あることに臨ませてもらうことにする。

魔力障壁装置を、自分の足元に置く。

「あの、すいません。俺も殺す予定ではあるんですよね」

「……………………………………………ああ」

 それだけ聞くと、音無は満足そうに頷いた。

 ここからだ。ここから、音無の孤独なる戦いは始まる。

 勿論それは格闘という意味ではなく――、

「シックスさん。俺と、ちょっとお話しませんか」

 交渉、という意味だが。

「…………………………どういう風の吹き回しだ? まさか、情報を売って自分だけは生きていたいとでも?」

 試している、というより真意を掴みかねている様子のシックスに対し、音無は即答した。

「はい。だって、俺は赤井沢さん――ファイブと接点が出来たから、あなたに狙われているんですよね? なら、俺は知り得る情報を全てあなたに話す。それでもう、ファイブとの接点という名目も意味を成さなくなる」

 そこで音無は少しだけ溜めると、口元に僅かな笑みを浮かべる。

「ほら、あなたはファイブの情報を得て更に始末できる。俺は助かる。一石二鳥じゃあないですか? 名案だと思」

「道楽ならその辺でやめておけ。言っておくが、私には貴様の生かす殺すをどうこう出来る権限なんて無い。殺せと言われたから殺す、それだけだ」

「……そうですか…………お金の為に、ですか?」

「そうだな。私には、金が命よりも必要だ」

「………………命、よりも……………………」

 ぼんやりと、こればかりは何も考えずに呟いた。

 音無もいつか、そう呼べるモノを持てるのだろうか。

命よりも必要と言えるモノを、持てる日が来るのだろうか。

 いや、悲しきかな、これだけは断言出来る。今後一生、音無隆盛という男の人生に於いて、自分の命以上に必要と呼べるモノは絶対にない。この世のどこかにあるとしても、それと巡り合うなんてことは一切ないだろう。

 音無はどこまでも自分本位で、常識の皮を被った狂乱なのだから。

「わかりました。俺の命は助けてくれない、いつか殺す。……なら、その期限の延長とかなら出来るんじゃないですか?」

「今日でなく明日や明後日にせめて殺してほしいと? 悪いが、補足依頼は『目撃者は即始末』でな。………………まあ長話にも飽きてきた。どうやら、何らかの理由で時間を引き延ばしているようでもなさそうだし…………そろそろ殺されろ」

 ついにきた。シックスが赤井沢へと向けていた拳銃を、その銃口を音無へと向ける。

 ここが作戦の要。

 当初の予定とは大分ずれたが、それでもシックスを屠る作戦の肝に違いはない。

「――――――」

 何も告げず、呼吸さえせず、音を立てずに音無は自然な動作でポケットへと手を入れる。それをシックスが視認するが、既に音無はそれを行う為の動作を完了させていた。

 つまり、ポケットに入れた右手とは逆の左手で――被っていたつば付き帽子を、顔の目の前まで持ってくることだ。

「!!」

 その動作で、シックスも音無が何をする気か完璧に勘付いたらしい。咄嗟に身を捻ろうとするも、既に遅かった。音無は右手を素早くポケットから出すと、その手に握り締めていた物をシックスへと放り上げる。

 その手で握っていた―――コーラの缶を。

「………………は?」

 あまりにも場違い。あまりにも筋違い。

 シックスが予想していた物とはおよそかけ離れた物体の登場に、思わず我が目を疑った。だが、その目を疑うという行為そのものが音無の仕掛けた罠であったと、シックスはようやく気付く。気付いたところでもう遅いが、それでも事前情報で分かっていたことだった。

 次の瞬間、音無が放ったコーラの缶が、莫大な閃光を溢れさせながら起爆したのだ。

 

 閃光弾。その存在を音無が思い出したのは、ほんの一分前の話だ。魔力障壁装置と一緒に赤井沢から渡されていた物品などでは勿論なく、その魔力障壁装置が設置されていたワンボックスカーの運転席にあった物だ。拝借しておいたが、まさか塩山の生計を立てる手段がこんなところで役に立つなんて、話を聞いていた頃の音無では想像がつかないだろう。

 塩山は様々な欠陥品を改造し、売り捌くことで赤井沢からの報酬以外の金の元手としていた。おそらくはその商品の一つなのだろう、後で研究所にお金だけでも置いてこようか。

(……ここから生き残れたらの話だけどな)

 閃光弾がその名に恥じぬ光を溢れさせる寸前、帽子の端からシックスの目がコーラの缶に向いているのを音無は見た。魔法少女は基本的に視力がずば抜けているというが、その視力を弱点にさせてもらったという訳である。見えすぎるのも考えものだ。

 とはいえ、魔法少女だからこそ視力の回復も早いのだろう。早急に行動しなくては。

「う、ぁぁあっ!」

 とても短い叫びの後、音無はシックスのもとへと突っ込んだ。一瞬だけ視界を完全に失ったはずのシックスは、そのよろけた体に素人のタックルが当たっただけで簡単に後方へと倒れこむ。どうやら飛行が行えないという音無の推測は的中していたようだ。

(今のうちに……!)

 一歩、シックスの方向へと踏み込む。お互いの距離は一メートルもなく、これならいくら音無であろうと作戦を成功させられる自信があった。

左手でポケットを漁る。これが最後だ。左手の支えを失った所為で落下していく帽子になど目もくれず、音無は律儀にそれを右手と持ち替えてシックスの顔面へと全力投球した。

 一瞬の間を置き、何かが爆ぜるような音が響き渡る。それと同時、

「いっ、ぃぃあああああああ痛いぃぃぃぃぁああああああああああああああああ!!」

 シックスが自分の目元を押さえながら、悲痛なる叫び声を上げ始めた。その姿はまるで何かをねだる子供を連想してしまい、滑稽にすら見えてくる。

「そりゃ、痛いでしょうね」

 荒い息で、音無は呟いた。そりゃそうだ、と思う。カラーボールの特殊塗料が目に入ったのだ、流石の魔法少女でも大ダメージになるはずだ。そうでなければ困る。

 音無は赤井沢が気絶(?)しても尚手放さなかった赤い拳銃をそっと掴むと、右手で握り締めた。極力音を立てないようにしたつもりだったが、気付かれてはいないだろうか。

「危ないじゃないですか、防犯用のボールが一個だけなんて。外れた時の為にかどうかは知りませんが、二つ常備は基本らしいですよ」

 しかし、荒い息こそしているものの、汗はこれといって流れてはいなかった。音無は実際にそこまでの運動はしていないし、恐怖で汗が噴き出すということもないのだろう。わざとらしくカラーボールについての解説をしながら、彼は未だにのた打ち回っているシックスの頭部を鷲掴みにした。

「少し黙ってください」

「い、あ………っっ!?」

 未だに呻きはするものの、シックスの叫びはひとまず止まった。未だに眼球内へ特殊塗料は染み込んでいるだろうに叫びをやめたのは、音無が掴んだ頭部へとあてがった赤井沢の拳銃の感触による要因もあるだろう。この拳銃は音無には使えない。それは分かっている。音無自身もそれを理解した上で、使えない拳銃の銃口をシックスへと当てた。

「質問に答えてください。……あ、別に拷問とかじゃないです。体に色々と変なこととかはしないんで、安心してください」

 常人だったら視力を奪いかねない暴挙に出た音無の台詞ではないが、そんなことをいちいち突っ込む気力も余裕も、今のシックスには微塵も存在していなかった。その存在を許すほど音無は優しくもないのだが。

「あ、き、貴様……な、にを」

「あー、でも答えないはなしですよ。頭にあるコレ、」

 言いながら、音無は拳銃を更にシックスの後頭部へと押し付ける。

「何か分かるでしょう?」

「…………」

「話が早くて助かります」

 無論、シックスも無能ではないのだろうから、音無の拳銃が赤井沢のデバイスである可能性も分かっているのだろう。だがそれと同時に、音無がただの拳銃を持っている可能性もまた否定出来なかったのだ。閃光弾さえ持っていたという事実が、更に信憑性を与えているというのもあるだろう。

「まず、その鎧を解いてください」

「………………え、」

 シックスの動きが、というか痛みによる痙攣のようなものが、一瞬で停止した。

「どうしたんですか?」

「……それ、本気で言っているのか」

「鎧を解け、ということに対してのことならイエスです。そんな危なっかしい状態のまま、話なんてできそうにないですし」

「……そ、そうか」

 どうやら諦めたのか、シックスは大人しくその鎧を解除した。解除といっても具体的な手段はなく、恐らくはただ念じれば良いとかそういうことなのだろう。問題はその後だ。

 シックスが解除した鎧がどこへ行くのかとか、そういったことも気にならないと言えば嘘になる。だがそれ以上に、音無も目が思わず見開かれてしまうようなことがあった。

 言ってしまえば、シックスは全裸となっていたのだ。

「…………………………………………、え、ま、待ってください。何も衣類まで解除しろだなんて言ってませんよ?」

「言っただろう、鎧を解除しろと」

 関係ないが、もうシックスの声に抑揚がなくなってきている。どうやら既に痛みは引いてきたらしい。恐るべき回復力というか、この場合は痛みへの適応力か。

「……つまり、鎧を解除すると衣類も消えてしまうと?」

「というか、衣類とこの装甲が交換される。解除すれば服は何故か戻ってこない」

「…………」

 そういえば昨日、赤井沢はマンションまで音無を抱えて飛行した後、あの姿のままシャワールームへと入っていった。それはどうやら、解除したら衣類が消えるということも含めての措置だったらしい。

(……あれ。でもさっき赤井沢さん、車の中で鎧解除してたよな……。まあ、今は話を続けさせるのが先か)

 今はそういう理屈なのだと納得し、状況を動かすほうが先決だ。

「と、取り敢えず移動します。そこらの服を調達しますから」

「なんだ、随分優しいじゃないか。……ちなみに、何の服だ」

「死体の服です」

「…………やっぱり鬼だな」

 殺し屋に言われる筋合いはないとばかりに、音無はシックスの頭を掴んだまま引っ張る。銃口をずっと付けたままというのも腕が疲れるもので、そろそろ限界かもしれなかった。

「銃はここへ置いていってください」

 シックスはそれに従い大人しく拳銃をその場へ落とした。そのまま移動すると、一番近くに転がっていた若い女性のジーンズとシャツを慣れた手つきで剥ぎ取る。下着は着けないのかなどと質問できるほど無神経ではないので、余計な口は挟まないことにした。

 本音を言えば、音無も性欲がない訳ではないので、女性(しかも若々しい)の着替えを背後からずっと見ているのは理性が危ないものがあった。耐え切ったことは耐え切ったのだが、正直なところ作戦を考えている時より頭が回っていない。

(駄目だ……切り替えろ、切り替えろ)

 言い聞かせ、理性と共に冷静さを何とか取り戻した音無は、すぐさま質問を開始する。

「ええと、まず、赤井沢さんを狙うのはどうしてですか?」

「赤井沢……ああ、ファイブのことか」

 それなら依頼だからだ、という当然の答えを聞く前に、音無は割り込んだ。

「赤井沢、という名前は知らない様子ですね……となると、依頼は『ファイブを殺せ』っていうことですか?」

「……あ、ああ」

 内心、シックスはここまで頭が回る素人を前に動揺していたのだが、そういう肝心なことを音無は気付けない。

(あくまでも魔法少女ファイブとして殺させる方が、都合が良かったのか……? それとも、赤井沢さんが戸籍の登録をしていないから個人情報が存在していないとか……)

 考えても埒が明かない。赤井沢を標的にした具体的な理由は聞いていなさそうなので、別の質問に移ることにする。

「じゃあ次に、依頼主は誰ですか。名前や住所を知っていたら教えてください」

「……それは言えない」

「――――自分の状況を分かってますか? 俺がこれを引いたら死ぬんですよ、あなた」

 引き金を少しだけ、完全に引かずに鳴らす。明らかに体を強張らせたシックスだったが、それでも頑なに質問には答えなかった。

「わ、私は知らない。知っているのはナインだけだ」

「……随分と無理がある言い訳ですけど、まあいいです。なら、あなたの本名は?」

「…………え?」

 虚を突かれたような表情を浮かべるシックスだが、音無としては当然だった。もし世間に戸籍を存在させているなら、この後の彼女の生死ぐらいは後々調べられるだろう。

 かなり躊躇ったようだが、音無の言う通り自分の状況を把握すると渋々といった様子で自らの本名を名乗る。

「……村崎むらさき あおい。それが、私の本名」

「村崎さんですか」

「疑わないのか」

「疑ったところで正解を掴む術がないから聞いたんです」

 ごもっともな答えを返され、シックスもとい村崎は黙りこんでしまった。

 だがこちらも、そう時間がある訳ではない。あと数回で質問は終わりにしなければ。

「それじゃあ、『正義の味方』ってどういうことですか」

「……? ああ、私が言ったのか」

「単純な皮肉ですか? それとも、何か意図があってのことですか?」

 恐らくは、何か特別なメッセージが隠されているのではないのだろうか。それが通じる赤井沢に対し、最後の皮肉として告げたのではないだろうか。それが音無の推測だったが、

「あれは意図しての言葉ではない。何せ、私に来た依頼内容が『正義の味方である魔法少女ファイブの殺害』だったからな。それがふと口に出ただけだ」

「随分と饒舌になりましたね……。少し、信憑性が薄いんですが」

「……貴様は、言葉に詰まった人間を即座に嘘つきと断定するタイプか?」

 時と場合によっては違うとも言い切れないが、そこまで短絡的ではないと自分では思っている。音無は明確な反応を示さず、残り二つの質問のうち一つをぶつけた。

「あなたの所属する……ええと、『ハラキリ』、ですか。それはどういった組織なんですか。漫画でよくある殺人集団のようなもの、と考えても?」

「違いはない……ただ、自分で言うのもなんだが魔法少女はかなり貴重だ。組織人数自体は百単位でいるが、魔法少女は私を含め二人しかいない」

「百単位って……」

 流石の音無も、その数には驚いた。最後に魔法少女が二人とか嫌なことを言っていた気がするも、それは聞こえないふりをしておくに限る。

「流石に驚きました……じゃあ、あなたは『ハラキリ』の中でも偉い方で?」

「そうだ。まあ魔法少女の中じゃあ下っ端も下っ端、底辺だが」

 随分と自分を卑下する人物だな、と何となく思っていると、そこでふとあることを考えた。というか、これは普通に行き着く結論ではあるのだが、一応の確認を取りたいと考えた音無の心境も分からなくはない。

「少し質問が増えますが、例えばここであなたを殺したとします。そして、その後に万に一つぐらいの確率でナインも返り討ちに出来たとしたら……『ハラキリ』とはどうなるんですか?」

「…………壊滅はしないだろうが、仕事はぐっと減るだろう。主戦力が消えた仕事なんて、失敗するのが目に見えている賭けのようなものだからな」

「そうですか。なら、あなたは殺さないことにします」

「…………………………………………………………………………ちょっと待て」

 たっぷりと押し黙った後、村崎は搾り出すような声を出した。

「……どういうことだ? 貴様は今、自分が何を言っているのか自覚したか?」

「はい。自分を客観的に見るのだけは得意なんですよ、俺」

 照れ臭そうにそう言う音無だったが、まったくもってその表情が似合わない場面だった。というか、魔法少女を押さえ込んだだけでも奇跡なのに、みすみすそれを手放すということが理解出来ない。

「い、いや、そうではない。お前が、どうして今の会話で、私を殺すことをやめる?」

「あなたの為に、とか言えば納得してくれますか?」

「するわけないだろう」

 最早拳銃の脅しなど意味を成していないような会話だが、村崎自身すっかり毒気を抜かれてしまった。こんな心境まで音無の狙い通りだったなら、それは途轍もない脅威である。

「いえ、話を聞く限り、そういう汚れ仕事……というと失礼ですかね。まあ、世間的に認められない仕事をわざわざする人間は、生活に困ってそうなイメージがありまして。そんな人の生活を壊すのは流石にやりすぎかなーと」

「私ではなく、『ハラキリ』の構成員の話か……?」

「はい。ああ、でも勿論、金輪際俺と赤井沢さんを狙わないということを条件で、です。それが出来るのなら、あなたを殺さないでもいい。デバイスは返しませんが、それでもあなたは全快すれば結構な身体能力でしょう。それで仕事をいくらでも続けられますよ」

 それを聞いた村崎は、しばし呆然としていた。顔に似合わず、口をあんぐりと開いているその表情は珍しかったのだが、音無は後頭部のみしか見えない位置に立っているため、そんな様子に気付くことはできない。

「あ、それと、もう一つ質問です……概念的な話なんですが、そもそも魔法とはどういった現象なんですか? 通常の法則で成り立っていないのはまあ承知したんですが、どうにもお話の中のそれとは自由度に雲泥の差がある」

 一気に口から溢れ出た最後の質問。正直、どの質問よりも具体的な答えが欲しかったことだ。昨日から当たり前のように触れている未知の現象。それを既知の現象として扱っている彼女ならばこそ、少しは情報を得られるとふんだのである。殺さないでいいという甘い言葉を先に言ったのも、この質問に答える確率を上げるためだった。

「…………よくは、私も知りはしない。ただ、男には使用不可能だということは分かっている。女性の、しかも二十代までだ」

 その答えを聞いて、音無は密かに心中で根本的な疑問を解消させた。

魔法少女という存在自体について、身体能力を上げるならば男が使用した方が確実に効率が良いと思っていたのだ。厳つい男のスカート姿など見たくもないが、あれは使用者が女性であることを前提としての鎧だったらしい。それなら、わざわざ一般的な男性より運動能力が低い少女ばかりが兵器として扱われていたことの納得もする。

(……さて。納得したところで、そろそろ終わりにするか)

 心の中でそう決めると、音無は押し黙って静かに後頭部から拳銃を外す。その様子に気付いたのか、村崎はこちらをくるりと振り返った。片方しかない眼球と目が合う。

 流石に、これはリスキーな行動だ。だがこれくらい突飛な行動をしないと、相手も判断をきちんと「間違えて」くれない。

 音無は仰々しく両手を広げると、もうなにもする意思がないことを如実に表す。

「質問は終わりました。もう消えてください。……あ、それに赤井沢さんももうすぐ目を醒ましかねないですよ?」

「!」

 その言葉に乗せられ、村崎は赤井沢の方へ僅かに視線を移したのを音無は確認した。わざわざ確認したということは、本当にもうすぐ起きそうなのだろう。静かにしていれば寝息のようなものも聞こえるから、ただ睡眠薬でも打たれただけなのかもしれない。

「……最後に確認したい。私を、本当に見逃すのか?」

「見逃しますよ。それに、俺がまずいと判断したら、すぐさま警察にでもあなたの名前を届け出ます。まあそれで捕まるとも思えませんが」

「…………だが、しかし……」

 それでも村崎は納得いかないようだ。そんなに死にたいのだろうか。いや、ただ音無による罠の可能性を疑っているだけだろう。どこにも仕掛けてなどいないというのに。

「……それじゃあ最後に、俺があなたを殺せない理由を言いますから。殺したくない、じゃなくて、殺せない理由です」

 音無はそこで溜めて、一旦言葉を切った。

 思えばこの時、村崎に反撃のチャンスはいくらでもあったのかもしれない。いくら負傷しているとはいえ、村崎の拳が振るわれればそれだけで音無は脳震盪を起こしていただろうから。だからこれは、戦闘兵器たる魔法少女に戦闘中に戦意喪失させた、音無自身の功績によるものが大きいのだろう。

それを自慢しようとも思わないし、自慢しても相手にされないだろうが。

 とにかく音無は、苦笑を浮かべてこう言った。

「俺、人殺しなんてする度胸がないんです。あなたと違って」

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