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正義と魔法の在り処  作者: 水城
第二章 作戦会議  七月十五~十六日
7/15

来襲・魔法少女

 まさに刹那の出来事だった。音無がそれを認識した時、既に攻撃は終了していた。

 それが意味することはたった一つ。

 魔法少女の襲来。魔法少女ナインが、ついに音無達を捕捉したのだ。

 悲鳴を上げる暇もなかった。車内が危険なことは頭で理解していたし、今すぐ脱出した方が良いことも分かる。

 だが、音無の意識はそこで一度断絶した。次に目を覚ましたのは、

「……う、…………え?」

 周囲を見渡す。妙に見覚えのある光景だった。

(立体駐車場の、屋上か……痛っ、)

 全身が痛い。打撲のような痛みがくまなく身体中を駆け巡り、額からは一筋の血が流れている。それは右目に染み込んでいるようだったが、大して痛みは感じない。

 見ると、傍らには塩山が立っている。塩山もただでは済まなかったようで、顔の左半分が重度の日焼けのようになっていた。助手席をビームが撃ち抜いたとはいえ、数センチ横へ逸れればそこはもう運転席だ。余波で火傷を負ったとしても、何も疑問は抱かない。

 風景で予測するに、ここは非常階段のすぐ近くのようだ。

「起きたかい、音無君」

「はい……。あの、赤井沢さんは?」

 音無は恐る恐るその事実を確認しようとする。記憶通りならば、赤井沢は襲撃時のビームによって撃ち抜かれていたはずだが……。

「大丈夫だよ。咄嗟にデバイス起動時の弾丸を使って防いだみたいだ」

「……そ、そう、ですか…………」

 思わず、肩の力が抜けた。

 防いだということは、前に一度だけ音無を抱えたまま空中で行ったものと同じだろうか。

 冷や汗を一筋だけ垂らす音無を見ながら、塩山は言う。

「しかし、皮肉なもんだ。前に魔法少女に襲撃された場所で、今度は戦闘を行う羽目になるとは……。それも、今度は続き番号だし」

「……え? 戦闘? 続き番号って…………」

 そこで塩山は溜息を一つ吐くと、

「……襲撃して来たのは、魔法少女ナインじゃない。ビームは紫色だったし、それにあんまりビームの熱は強くなかったしね。ナインのビームで同じことをされれば、僕の頭は溶岩みたいになっていたはずだよ」

「じ、じゃあ誰が? ……あ、続き番号ってことは……」

 音無の言葉に、塩山は頷く。

「襲撃して来たのは、魔法少女シックス。特徴としては、飛行速度が速いこと……そして、ビーム類の熱が比較的低温なこと。少ないエネルギーで他と同じようなことをするデバイスみたいで、えーと……抵抗がマックスの回路に電流を流すのと、抵抗皆無で少ない電流を流して得られる結果は一緒、みたいなものだよ。わかった?」

「は、はい。なんとなくは……」

 エネルギー云々の件も気にはなったが、今は赤井沢の方が重要だった。

「それで、赤井沢さんは今どこに……?」

「ここさ」

 真下を指差す塩山だったが、音無には意図がすぐ理解できた。

「えっと、ここの何階かで戦闘中ってことですよね……」

「そう。なんか下の方が地獄絵図だから屋上に逃げてきたけど…………」

 地獄絵図? と首を傾げた音無は、非常階段の隙間から少しだけ顔を出して地上を覗く。

 そこにあったのは、確かに地獄にも等しい光景だった。

「…………!!」

 まず目に入ったのは、大きな焦げ痕の付いた車。ギリギリで原型が分かるため、その残骸は音無達が乗っていたワゴンだと分かる。

 次に見えたのは、人だ。人と言うよりは、部品の方が正しいか。

 腕が落ちており、脚が落ちており、たまに無事な体はあろうとも、頭は欠けている。

 野次馬やテレビ局の人間の、まさしく残骸だった。

 火の手が上がっていれば完全に世紀末だが、しかし不思議とそれ以外に人はいない。しかるべき公共機関はこういう時にこそ動くものだが。

(……いや、違う。来れないのか。この建物の中で戦ってる二人が危険すぎて)

 幸いにも吐き気を催さなかった音無は、塩山に向かって尋ねる。

「よくここまで逃げられましたね……何か、結構酷い有様ですけど」

「いやはや、胆を冷やしたよ。あ、これ財布ね」

「あ、どうも……って、」

 普通に受け取ってしまった音無だが、しかしどう考えても普通ではない。

 というか、完全に財布回収は不可能みたいな雰囲気であったはずなのだが……。

「あはは、どうして財布回収出来たかって? それはね、隠れ家に秘密があるんだよ」

 塩山はまるで、自分の玩具を見せつける子供のような顔で、

「あの隠れ家には……まあそうだね、言うなれば魔法が施してあるんだ。隠れ家と言うか、ここの五階全体にだけど」

「魔法……っていうと、あのデバイスの流用か何かですか?」

「流用というより、盗んだって感じ。要は、あのフロア全体には対魔法障壁がある。ほら、音無君がナインのビームを間近で見たときとかってさ、火傷は負わなかっただろう?」

「あ、ああ……確かに」

「障壁があるからこそ、ビームは間近で見えても熱の余波はこなかった。まあ衝撃自体は伝わっちゃったみたいだし……これは仕方ないことでもあるんだけど、人間自体はその障壁をなんなく突破出来ちゃうしね」

 つまり、魔法少女に対してはあまり有効な手立てではないらしい。確かに本気を出されれば真上からビームでも放たれて終わるので、その結論は正しいのだろうが……。

「そんな技術があるなら、それで防護服とか造れないんですか?」

「え? ああ、いや違うんだよ。僕がそんなの造れる訳ないだろう。赤井沢さんが前に北海道の施設の襲撃以来の時に、報酬と一緒に渡された装置があってね。それが障壁を展開する装置さ。それをずっとあの場所に置いてるんだよ」

「置いてる……って、流石にああいう場所に置きっぱなしだと、いずれなくなるんじゃ」

「持っていかれない置き場所がある」

 そこまで言うと、塩山はちらりと地上の方を見た。

「さて。……それで、これからどうする? 僕達の逃走方法は」

「……逃走方法? 赤井沢さんのことは待ってなくて良いんですか?」

 すると再び、塩山は溜息を吐いた。しかし今度は嘲笑のようなものが混じった、含みのある深い溜息だ。

「……あのねぇ。前にも言っただろう、赤井沢さん含め魔法少女は『人間と思うな』って。あの子達は化物と言ってさえ差し支えない存在なんだし、ここから僕達がいなくなろうと残ろうと何も変わらないんだ。魔法少女に比べれば、僕達なんて虫けら同然なんだから」

「え、ええと……」

 音無が何か言いかけたところで、しかしその口は止まった。

正確に言えば、口を止めなければ舌を噛み切る可能性があったのだ。

 突如、屋上の床に亀裂が走り――――その中心部分が盛り上がった。

 音無の異常な速度の思考で考えられる可能性は、魔法少女同士の戦闘で下のフロアから突き抜けてきたというものしかなかったが……実際、その想定は限りなく正解に等しい。

 しかし唯一違うのは、最初に下のフロアの天井ごと屋上の床を突き抜けてきたのは、紫色をした巨大な光の柱だったいう点だ。それを視認した瞬間、塩山が音無に向かって叫ぶ。

「手すりに掴まれ!!」「っ!!」

 即座に反応した訳ではないが、ビームによる余波で吹き飛ばされた先は幸運にも非常階段の手すりだった。あまりの衝撃に鳩尾に手すりが激突するも、痛みより先に手すりに掴まるという思考が頭の中を支配する。錆びた弱々しい手すりに自分の命を預けるなど愚かな行為だが、それをしなければ待っているのはコンクリートへの自由落下である。同じ轍を踏んで死ぬなど、それこそ死んでも御免というものだ。

 時間にして〇・五秒。力の限り手すりを握る。鉄の臭いがしたが、それが手すりの錆の臭いなのか手の平の皮が剥けたことによる血の臭いかは分からない。

(耐えろ……耐えろ…………!)

 目を瞑りながら、その衝撃が終わるのをひたすら待つ。どれだけ無様でも関係ない。

 そしてその衝撃が終わり、数秒後に恐る恐る目を開けると―――塩山の姿はなかった。

「……………………………ぇ、」

 一瞬で、最悪の想定が頭を過ぎる。

 まさかと思っていても、確認する勇気など今の音無にあるはずもなかった。

(…………………………………塩山さん、落ち……た?)

 思わず、脱力のような意味を含めて身体が崩れ落ちそうになったその瞬間、高速で飛来した何かが、音無の体をホールドして飛び立った。

「うぐぇっ!!」

 突然のことに思わず口から唾液が飛ぶが、それも空中へすべて飛び散っていく。そして音無のことを抱え込んだ何かは、昨日と同じように、立体駐車場のまさに目の前で――阿鼻叫喚の地獄絵図の真上で停止し、音無はその顔を確認した。

「……赤井沢さん!」

「音無君、無事だった!?」

 少しだけ焦った表情だったが、目立った外傷は頬の傷一つ以外にはなかった。それもそのはずで、今の赤井沢は一切の攻撃を無効化する魔法少女の鎧をその身に纏っていたのだ。

「塩山さんから聞いた? 敵はナインじゃなくてシックスだったってこと」

「あ、はい。え、それで……塩山さんが……」

「え? ……あ、そういえば塩山さんは?」

「実は――――」

 そこで、音無に残された最後の自制心のようなものが働いた。いや、実際には自分の生存率を上げたいがための行動かもしれない。とにかく音無は、寸前で言い直す。

「――実は、一人で先に逃げてしまって。鍵が開けっ放しで運転手が逃げた車があったらしいですよ」

「はあ……流石は研究者だね。やっぱり生存優先か……悪い判断ではないけど、でも音無君を放置プレイはちょっといただけないなあ」

 完全に口から出任せだったが、赤井沢はそれを疑うこともなく信じた。

 信じた、というよりは、この場で嘘をつく必要性がないと判断したのだろう。

「とにかく、相手はナインほどじゃないけど立派な脅威だよ。ビームのチャージは短いし実弾持ってるし……あーもう!」

「実弾?」

「あ、続きは動きながらね」

 言うなりすぐさま飛行を開始した赤井沢は、取り敢えず立体駐車場から道路を挟んで向かい側にあるビルの屋上に降り立った。

「五階の魔法障壁の話は塩山さんから聞いてるかな?」

「赤井沢さんが貰ってきたって」

「そう。まあそれで防いでたりしてたらさ、いきなり実弾が飛んで来るんだもん。しかも顔狙ってさあ。私のはチャージは最低でも二秒掛かるし……倒せるかなあ」

「え、シックスってまだ生きてるんですか!?」

 あまりに素っ頓狂な大声だったのか、赤井沢は渋い顔をして耳を塞ぐ。

「うーるさいなあ! びっくりしたよもう」

「あ……すみません。でも、このままで大丈夫なんですか?」

「一応、車を叩きつけて直撃したから……三〇秒は足止め出来てると思う」

 車で三〇秒しか足止めにならないという魔法少女に改めて戦慄しながら、音無は続ける。

「なら、これからどうするんですか? ……また逃げます?」

「それでも良いんだけどさ……いやー、まさか『ハラキリ』があそこまで来るとは」

「ハラキリ?」

「あいつらの所属してるトコの名前。物騒な名前でしょ」

 冗談めかした笑いの表情を作ると、赤井沢は赤いステッキのようなものを片手で回す。

 そのステッキのようなものの詳細は知らないが、流石の音無も今の状況でのんびり聞いていられる時間は無いと理解している。

「となれば……音無君。ここでシックスを倒すかどうか、キミに決めてもらおうかな」

「え? ……何で俺が?」

「いや、流石に魔法少女一人倒すとなるとね、私一人じゃどうにもならんってことだよ」

「ならんって……」

 音無は信じられないような、しかし現実を見据えたような表情で、比較的冷静に告げる。

「じゃあ……俺が一緒に戦う、とか…………そういうことですか?」

「戦うというか、キミは逃げる役。私は戦う役ってこと。……つまりね」

 赤井沢は、立体駐車場の五階――そこを指差しこう言った。

「キミにはペーパードライバーになってもらう」

 

 対魔法用障壁。

正式な名前なんて音無に分かるはずもないが、それは一つの装置として存在している。

 その装置から半径何メートル以内かに障壁を展開しているという仕組みのようで、赤井沢曰く「外側からの魔法は消せても内側からの魔法は消せない」とのこと。

 言われてみればその通りで、確かに赤井沢が音無を抱えて空中でデバイスを使用した時、魔法少女ナインは立体駐車場五階から外側へ向けてビームを撃ってきていた。それは障壁ではなく、赤井沢が使用したデバイスによって弾かれたはず。本当に守りに特化した装置だな、という感想を抱きつつ音無は、赤井沢と一旦別れて死体の山を歩いていた。

 死体の山――つまりは、立体駐車場前に並んでいる人間の残骸を踏み越えて、向かいのビルから立体駐車場へと戻っていたのである。わざわざ地上を辿るのは、シックスが赤井沢と空中での戦いに集中している間に音無が立体駐車場五階へ再び戻り、ある物を取るという目的があるからだ。

 周囲に漂う空気には鉄と油のような臭いが散乱し、単純に異臭としか表せない臭いに成り果てている。そこを足を竦ませずに歩ける音無も大したものだが、それ以上にこんな作戦を真顔で提案する赤井沢の神経を疑うべきだろう。

(というか、この人達はどうしてこんな酷い状態になったんだ? 周辺の建物に破壊痕はないし、ビーム乱発って訳でもないだろうけど……。まあ、後で赤井沢さんに聞くか)

 ちなみに赤井沢とシックスは、上空でカラフルなビームをぶっ放したりして絶賛戦闘中である。もっと騒がしいものを想像していたのだが、そういえばナインの光線も音自体はそこまでうるさいものではなかったと気付く。

 こういう、地味なところでこの世の法則とは違うのは、やはり魔法なんだなと実感させられなくもない。実感したところで、目の前に広がる地獄が変わる訳でもないのだが。

「よし……行こう」

 そして一歩、立体駐車場の敷地内へ踏み込んだところで、がっ、という嫌な感触が足の裏に広がった。その感触は次第に嫌悪感へと変わり、更にはあの大量死体を見ても大丈夫だったにも関らず吐き気を催してくる。

 やっぱり知り合いの死体を見るのはいい気分ではないな、と感想を心中で呟くと、すぐさまそこから足をどけた。それ以上、そこにあるモノに――死体の頭に足を乗っけているのは、流石に失礼だと感じたのだろうか。そんな殊勝な心がけというか精神が音無に備わっているとも思えないが、とにかくあまり目を向けないようにした。

 しかし既に視界に入ってしまったそれを忘れることは、あまり容易ではなさそうだ。

 その死体が身に纏っていた白衣には身に覚えがありすぎた。

それに、あまり特徴の無いその顔も半分は綺麗に残っていた。

恐らく、この屋上から落ちたと同時に頭を打ちつけ、即死したのだろう。

 彼の死体を見つめ、そして何を思ったのか残った顔半分の目蓋を手で閉じると、音無はそれ以上何もせずにそのまま立ち去った。

 振り返ることはしない。振り返ったらきっと、自分は怖くなってしまうから。

 無関心な振りをすることに、怖くなってしまうだろうから。

 だが、音無はフロアを上がる車用の通路で一度だけ立ち止まると、決して振り返らずに静かに口を開く。

「塩山さん、あなたは……赤井沢さんのことを兵器って言ってましたけど。…………一緒にラーメン食べたりするときとか、俺をからかう時のあの人は、人間だなと思いました」

 それは、虫の音のようにか細い声だった。

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