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正義と魔法の在り処  作者: 水城
第四章 正義とは  七月十七日
12/15

殺し屋の昔日

「ん? あれ、あれ? おっかしいな、もう気付いたのか。しかし流石は赤井沢朱音、と言ったところかな。確実にここまで来るとは思っていたけれど、まさか合成音声の反響音で部屋まで特定するとは思わなかった」

 呟くのは、この仕事の依頼主。傍らにはナインが控えており、場所は赤井沢の予測通り、音無が目を醒ましたあの隠れ家であった。

 ナインは男の言葉に違和感を覚え、思わず口を挟む。

「確実にここまで来る……とは? 反響音が聞き取れていなければ、それ以外に判断する材料はないと思いますが」

「だからねえ、彼女の才能だよ。事件に巻き込まれる……というよりはこの場合、キミがいる場所へ確実に誘われるんだ。『ハラキリ』の皆さんは頑張ってくれたようだけど、赤井沢朱音からすればあんなの、砂の城壁みたいなものなんだからね」

 事件に巻き込まれるが故に、この件の中で最も厄介な相手であるナインの下へと確実に来るようになる……と言いたいのだろうが、それはナインからしてみれば酷く面倒な才能と言わざるを得ない。自分は追跡が得意な訳だし、だからこそ今も赤井沢朱音や音無隆盛に「追跡されている」という不信感を与えることが出来ているが、それで偶然にも赤井沢と鉢合わせ、なんてことになれば、調子が狂うなんてものじゃない。殺される気はないが。

「とにかくあの二人は、絶対にここへ来る。その場合の対応は任せていいよね」

「勿論です。その為に今まで、こうして控えていた訳ですし」

「ああ、それと確認なんだけどさ。シックスの使う武装って、結局なんだったのかな?」

「……シックスは『人相』と呼ばれる特殊魔法を使役します。あらゆる人間の人相を変えることが出来るというものです」

「ああ、赤井沢朱音との戦闘でも、そういえば音無隆盛の顔を使っていたね」

 でも、と男は続ける。

「それだけじゃないよね?」

「……何のことでしょうか?」

 本当に分からない、といった風にナインは返した。

 しかし返答に興味はなかったのか、男は楽しげに立ち上がり、隠れ家のドアへと手を掛ける。ドアを開くと、そこは既に曇天の薄暗闇に包まれた駐車場だった。

「いやぁ、楽しいね。もうすぐ『正義の味方』が来てくれるよ」

「……楽しい、ですか」

「うん、楽しいよ」

 男はまるで少年のように純真な笑みを浮かべながら、空を見上げる。

「意味のない実験みたいで、すっごく楽しいよ」

 

 正義の味方。

その言葉の意味を、音無はなんとなくだが考えてみた。いや、いきなり妙に詩的な人間になっただとか、途轍もなく暇になった末の思考だとかそういう訳ではない。ただ、駅前までの移動手段に「ある物」を使ったが為、少しだけ考える余裕ができただけだ。

 ある物。それは、まあ言うなればバイクなのだが、如何せん「ハラキリ」の本部(?)ビルの中から漁ってきたものだったが為、一般的なそれとは違いスピードは段違いに速い。公道を走ればまず間違いなく警察が追ってくることは想像に難くないのだが、それをとやかく言っている暇はなかった。

 だが、いくらスピードがあるとはいえ、やはり「飛行」という、人間が単体で行う概念から大きく外れたものよりは楽だと言える。何せ、胴体に手を回していれば良いのだから。

 ちなみに、運転は赤井沢だ。本人曰く「車は無理だけどバイクなら何とかやれる」らしく、視界も悪い中なので運転を任せている。しかも、魔法少女の飛行で鍛えたバランス感覚なのか、走行中のバイクは派手なスリップどころか危うげな傾き一つ見せずに、まばらに走行する車を次々と追い抜いていく。案外、適任なのかもしれなかった。

(……正義の味方、か。周囲の人は結構、赤井沢さんのことを指して呼んでいるニュアンスだけど……)

 まず、どうしてそう呼ばれるようになったのか、つまり由来を考えてみようと音無は考える。由来なんてない適当な名前なのかもしれないが、それでも考えないよりマシだ。

 正義の味方と聞いてまず連想するものは、まあ一般的には日曜朝に放送している、カラフルな五人組やらバイクを乗り回して戦う仮面のヒーローだろう。魔法少女、というデバイスの名前の関連性からそう名付けたとしても不思議ではないが、それでは他の魔法少女まで一緒くたにした意味合いとなってしまう。つまり、これではない。

 そもそもの話、現実に正義の味方なんてものは存在していないのだから、当て嵌めようとするだけ無駄なのだろうか。警察や自衛隊などは確かに市民を助けたりするのだろうが、ではそれ以上に世界を脅かすような「何か」を撃退しろと言われれば出来るだろうか。

 答えはノーだ。あくまで彼らは、同じ人間という土俵の上でのみ成立する制圧方法しか持ち合わせていない。よく特撮などでも、怪人などに一瞬で薙ぎ払われる、言うなれば体のいい「引き立て役」として使われているのも、このあたりに所以があるのだろう。

 世界を脅かすような「何か」を撃退し得るであろう魔法少女は、しかし現実では人間に雇われ人間を殺す始末だ。正義どころか、悪に傾きつつあるかもしれない。

 なら、何をもって正義とするのだろう。正義の味方とするのだろう。

 もしこの世界が、最後に悪が滅びる予定調和のストーリーだとしたら、つまり正義の味方はこの世界における主人公のような存在なのだろう。その他の人間は、先ほどの警察や自衛隊と同じように「引き立て役」でしかない。主人公のような素質があるとすれば、そんなものを持つ人間がもし存在したとすれば、確かに一人しか心当たりはいなかった。必ずと言っていい程に事件に巻き込まれる、そんな才能を持つ赤井沢朱音しか。

 ならば、この厄介な才能を所以として、「正義の味方」という名前で呼ばれるようになったのだろう。

(…………で? だから、なんなんだ?)

 考えた直後で何だが、まったく不毛な思考だった。確かに赤井沢の、敢えて呼称するならば「事件遭遇の才能」は驚くべき不運さではあるものの、魔法少女が何人も関るような依頼の発端になる訳がない。所詮、それは圧倒的な不「運」でしかないのだから。

 溜息を一つ吐いた頃、既にバイクは駅前近くへと到達していた。案外熟考していたのか、それとも単純にバイクの速度が非常識なものなのか。間違いなく後者だろう。赤井沢も前方で「はやっ……」と小さく呟いている程だから、事故を起こさなかったのは奇跡に近い確率だったのかもしれない。

(いや、もともと『ハラキリ』に属してる人間が乗るはずだし、自動操縦とかそういう制御が出来るようになってるのか……。まあ、どうでもいいけど)

「さてと。着いたよ、音無君」

「はい……それで、これからどう動きます?」

「そうだね…………まずは音無君が――、」

 言いかけて、赤井沢は口を噤んだ。

「……? どうしました、赤井沢さん?」

「…………いや、なんでもないよ。取り敢えずは降りようか、これ」

「は、はあ」

 全国チェーンのドラッグストアの近くにある電柱辺りで、赤井沢はバイクを停車させた。ブレーキ自体はもっと前でしていたのだろうが、あまりのスピードに数メートル進んでしまった、という印象を受ける停車だったが。

 ともかく言われるまま、音無はバイクを降りた。冷静に考えればスピード云々の前にヘルメットすら被ってないな、と今更ながらに気付くも、口には出さない。

「それで、さ――音無君」

 同じくバイクから降りた赤井沢が、くるりと振り返って音無の方を向いた。

「キミはこの状況をどう分析するかな? ここまで来てから聞くのもアレかもしれないけど、そのまま感じたことを素直に結論として言って見て欲しいんだ」

「……そうですね。取り敢えず、このままナインの追跡を振り切りつつ、依頼主に会いに行くというスタンスは継続してもいいものだと思います。ですが、一つだけ疑いたいことがないという訳でもありません」

「…………ああ、構わないで続けて。余計な口は挟まないから」

「そもそもの話、ナインは本当に俺達を追跡しているのか……ということです」

「……ごめん、口挟まないって言った直後だけど、挟ませて」

 即座に赤井沢から待ったが入る。音無の想像通りの反応だった。

「前提を疑う、ある意味で非常識なキミの考え方を少し参考にさせてもらいたい……そんな気持ちで聞いた訳なんだけどね、音無君。いくらなんでもそれは―――」

 言いながら、赤井沢は一瞬だけ言葉に詰まった。

 いや、詰まらざるを得なかった。

「『依頼主を直接殺せば良い』。これは赤井沢さんのアイデアです――俺もその通りだと思いますし、事実その発想が出てこないのが不思議なくらい簡単な解でした」

「けど、それだけ単純明快な解なら……あっちが対策を講じない訳がない、か……」

「はい。まず、魔法少女が殺しに来る可能性があるならば、自分の手元に一人ぐらいは同じく魔法少女を残したい筈です。俺と赤井沢さんのことは『ハラキリ』の構成員という数の力に任せて、ナイン自身は依頼主の警護をしている――と考えても、何もおかしくない」

 むしろ、いくら追跡に長けているとはいえ、夜の雨天でナイン一人きりで追跡するよりも、地上から数の力で確認する方が索敵確率は上なのかもしれないのである。

「それに、これはさっきの人工音声……ですか? それで感じた印象なんですが……この依頼主は、自分の安全なんて考慮していないと思います。多分もっと、思想的というか、狂気的な何かに突き動かされてる――――そんなイメージを抱きました」

「狂気的な何か、ね……。それこそ、魔法少女なんかに依頼をする時点で、正気の沙汰とは思えないけど。――――いや、違う。多分この依頼自体が、その狂気の目的……?」

 ――依頼の目的。赤井沢の殺害。いや、それよりも。

 一個人の殺害なんかよりも、もっともっと価値があると予測出来て、殺してでも奪い取れと依頼するような物が、ある。

「赤井沢さんの…………いや、魔法少女『ファイブ』のデバイスが…………目的?」

 そこから更に予測を立てるため音無は思考を巡らせようとしたが、

「ちょいストップ」

 という赤井沢の宣言により、それは阻害されてしまった。

「脱線してるよ、そうじゃなくて今後の動き方。私としては、やっぱり依頼主を殺すのが一番手っ取り早くて確実、っていう意見は揺るがないかな」

「でも、そこにナインがいる可能性も否定は出来ませんよね。赤井沢さんも、進んでバトルをしたい訳でもないでしょうし……」

「でもさ、音無君。やっぱり、」

 赤井沢はそこで一旦言葉を区切り、改めて続ける。

「塩山さんのお墓、私も建てたいよ」

「……っ、」

 敢えて黙秘し、そして先ほど赤井沢を無理矢理納得させる為放ったカード。お世辞にも褒められたことではないが、悪意から赤井沢に対し隠し事をしていた訳ではない分、余計に自分から言ってしまったという事実が罪悪感を募らせる。決して良い気分ではなかった。

「そうですよね、やっぱり。……なら、やるしかありません」

「うん。……なんかごめんね。結局、進んで危険な方に行く流れになっちゃって」

「気にしてませんよ。そういう才能を持ってる赤井沢さんだから、俺は信頼してるんです。トラブルに巻き込まれるのに慣れている人は、土壇場で見当違いな行動をとったりはしないでしょうし」

 音無からなかなか快くは喜べない信頼の証が告げられたが、赤井沢には前半の「信頼してる」しか耳に入っていないらしく、これ以上ないくらいの満面の笑みで、

「あ、ありがと……。頑張るからねっ」

 と微笑んでいた。これで晴れていたらせめてもう少し絵になるのにな、と思わなくもない音無だったが、そんな芸術的感性など即座に霧散するのが音無という人格である。

「ああ、それと……なんですけど」

「うん?」

「お互い、ちゃんと情報交換をここでしておきませんか? ナインが依頼主の元にいるなら、ここはまだ安全でしょうし」

「うーむ……まあ用心して、建物の中に入ろうか。バイクは……まあその辺の車庫に入れておけばバレないでしょ」

 そういうと赤井沢は、バイクを抱えて急速に飛行し、駅前の駐車スペースに文字通りバイクを「置いてきた」。まるでゴミをゴミ箱に放り投げるような気軽さの伴った挙動だったからか、音無はどこかちぐはぐな印象を拭えない。

 数秒で戻ってきた赤井沢は、今度は手近なパチスロ店を発見するなり音無の手を取って軽く浮遊した。人間の走行スピードレベルの浮遊だった為、音無の肩にも無理な負担はかかっていない。こういった調節ができる辺り、改めてプロだなと実感する。

 そのパチスロ店は店舗と駐車場が一つになっているタイプのもので、建物の半分が店舗スペース(上部は店ではなく営業上必要な別のスペースなのだろうが)、もう半分が駐車スペースになっていた。嫌な連想しかさせない立体駐車場タイプの建物だが、実際問題として建物の中に駐車場を押し込むとすればこの形に必然的になってしまう為、深くは考えないことにする。

 駐車スペースの二階部分から侵入し、嫌なほどの静けさに包まれた駐車スペースの壁面に背中を預ける。赤井沢はこれでもかというほどに密着して横に座ってきたが、その肌のほとんどは鎧に包まれてしまっており、音無が触れて感じるのは冷たく硬い感触だけだ。

「しかし、本当に人が一人もいませんね……。車一台どころか、バイクも自転車も」

「まあ、昼間にあんなことがあったその日の夜だしね。そこの角曲がって真っ直ぐ進めば例の大通りだけど、多分そこまで行けば立ち入り禁止のテープとか、まあ死体回収する業者とかがいるはずだよ」

 それ以前に、あんなに死人が出た通りなど誰も夜に近寄りたいとは思わないだろう。昼間の大虐殺が行われた大通りは、店舗などが入ったビルや駐車場などが立ち並んでいたはずなので、流石にこの時間は一刻も早く自宅へ帰りたいという人間の本能が働いたと考えるのが妥当かもしれない。皆が家に帰れば、自然と店に人はいなくなる。

「それで本題ですけど。赤井沢さん、率直に言ってあなたは――ナインに何か、恐怖心に似たような何かを感じていませんか?」

「!」

 この暗闇でも分かるほど、赤井沢は一瞬で動揺した空気を出した。

「……そ、そんなに分かっちゃうかな? やっぱり隠せないか…………」

「むしろ、ナインの何かを知っているような……そんな感じがします」

「何かを知っている――――ね。まあ、半分正解ってところだよ。もう半分は――私も、正解が何かは判別がつかない。『あの時』、私はかなり正常な判断力ってヤツを失ってたからねー……」

「あの時……」

 かなり意味ありげに呟いた赤井沢の言葉を、抜け目なく反芻する音無。きちんと要所は押さえたから、とっとと話せと言外に態度で示している。

「心配しなくても、ちゃんと話すって。……そうだね、どこから話そうかな」

 赤井沢は壁に背を預け、その甲冑に似合わないほどに憂いを帯びた表情で、顔を上げた。

「まずは、私が純真無垢な女の子だった頃の話からかな」

 

 ――――お前は世界の真理に選ばれた子供なんだよ。

 ――――いいかい、その赤い瞳はその証なんだ。それを忘れては駄目だよ。

 言っていることの意味が、昔からよく理解出来ていなかった。

 ただ、その言葉を鵜呑みにしたらいけないということは、何となくだが理解出来ていた。

 だからこそ赤井沢朱音は幼少期から既に、「他人に対する自分」と「素の自分」の使い分けを完全に行うことが出来ていた。幼少期は精神の発達がまだ未熟な為、どの場面でも理性のリミッターが低い「素の自分」を晒してしまうのだが、赤井沢は既に鉄仮面でも被っているかのように感情を表に出さない。そんな子になってしまっていたのだ。

 彼女の両親は、ある宗教団体の信者。

 何かのトラブルで追い詰められ入信したとか、そういった物語性のある悲劇的な話ではまったくない。少なくとも、赤井沢が生まれた時からその二人は「頭のおかしい生みの親」だった。この両親は入信後に赤井沢を出産したのだから、赤井沢からしてみればそれが彼女にとっての「当たり前」なのだ、物語性も何もあったものではないだろう。

 だが、当然この時点ではただの子供である赤井沢がこういった上手な自分の使い分けが出来た理由にはならない。赤井沢がその宗教の真理や理念に染まらず、いたって常識的な考えを持つ「素の自分」を持ち続けられたのは、週末に一度必ず家へ訪れる母方の祖父母の存在が大きいのだろう。後から聞いた話によれば、その祖父母の夫婦は自分の娘が怪しい宗教へ入ることに対しただ手を拱いて見ていた訳でもなければ、赤井沢朱音の現状に満足している訳でもなかったらしい。元々は入信者同士での結婚や出産など完全に否定的だったそうだが、赤井沢朱音という「孫」の存在を突きつけられたことで、週に一度必ず顔を出すという約束の下、現在の生活が成り立っていた。

 要は、赤井沢朱音にとってその祖父母は「常識の基準点」であり、自分の両親や普段周囲にいる信者達は「非常識・異常の基準点」となる。ここで気をおかしくせずに生活出来ていたのは、赤井沢朱音の根底にある精神的な強さは勿論、週末になれば祖父母と会える、といった未来への希望があったからこそだったのだろう。

 だが、赤井沢朱音が丁度十二歳になる時、それは起きた。

 何が原因だったのか、今となってはもうわからない。些細な言い合いが発端だったのか、それとも最初からそれほどまでに狂っていたのか。ともかくその日、母親は祖父母夫婦と大きな喧嘩を起こした挙句、癇癪を起こしたのか宗教団体にそのことを広めたのだ。その頃には宗教の中で古参となっていた母や父は幹部に近い存在となっており、瞬く間にその噂は宗教団体内で広まった。

 曰く、『幹部と幹部による愛の結晶を、邪な目的で穢そうとしている』――らしい。

 途轍もない尾ひれがついたものだ、と当時はなんとなく思っていただけだった。自分の実の孫を穢そうとする人間など、この地球上に果たして存在するのだろうか。馬鹿馬鹿しい、と思いつつ、赤井沢はいつものように、小学六年生用の通信教材を片付けた。

 だからこそ、そんないつもの繰り返しをしていたからこそ、虚を突かれたかのようなショックを、その時の赤井沢は抱いていたのかもしれない。

 端的に言ってしまえば、宗教のトップの命令により、赤井沢の母親は実の親をその手で殺してしまった。

 殺した……というよりも、自殺させたという方が近いか。愛娘や孫が死んだという情報を老い先短い人間が聞けば、どういう行動を取るかなど簡単に想像がつく。

『なんでっ!? なんでおばあちゃんとおじいちゃんいなくなっちゃったの!? ねえ、お母さん!! ねえってばぁっ!!』

 当然、赤井沢も必死になって母親に食い下がった。しかし母は冷たく無機質で、しかしどこか恍惚とした声音を混ぜながら、こう返事をしたのだ。

『いい、朱音? おじいちゃんとおばあちゃんはねぇ、この世界の御意志に逆らったからあァなってしまったのよ……。あなたという運命の子を穢そうとするから、消されてしまったのよ……、朱音は、穢れる必要なんてこれぽっちもないんだから……。………………、―――あ、ひぃ、は、あ、ふふあははうふああああああははははははははははははははははははははは、いああはははははははあははははははははははははっ!!!!!』

 狂ってる。――気が、違っている。

 人を本心からそう思ったのは初めてだった。

『ひっ、あ、ぁっ……!? わ、笑わないでよ、この人殺し!! なんで優しかったおばあちゃんとおじいちゃんが死んでるのに、お母さんが生きてるの!!? お、お前が、……っ、お前が、―――死ねばよかったんだよ、殺人犯!!』

 生まれて初めてするかもしれない、親への徹底的な糾弾。父親にもこれほどではないにせよ、似通ったような言葉をぶつけたのはぼんやりと憶えている。

 しかしそこで、赤井沢朱音という小学六年生の女の子が想定するのは、いささか無理があるような事態が発生する。

 赤井沢に糾弾されたことによりヒステリックになった母は、赤井沢にある物を託して飛び出してしまったのだ。

 赤子のように泣きじゃくりつつ「ごめんなさい……、あなたが人間の摂理を越えるのよ」なんて言われた赤井沢は、思わず母親を殴った。だが母親は痛みよりも、娘に糾弾されたという事実に対して涙を流しながら逃げ出したのである。

その時、赤井沢が手渡された物。それこそが、魔法少女「ファイブ」のデバイスだった。

 数日後、失踪した母親の手掛かりを見つけた宗教団体は、赤井沢の父と赤井沢をその場所へと向かわせた。赤井沢はその時、ファイブのデバイスをずっと服の下に隠し持っていた訳なのだが……案外、ワンピースなどを着ているとバレないものである。

 母親を見つけた父は、まず自分が話をすると赤井沢を近くの木陰に隠れさせた。

 最初はまったく乗り気でなかった赤井沢も、渋々木陰から顔を出して観察しようと数秒遅れながらも両親の方へ顔を向ける。

 そしてそこに「あった」のは、緑色の災厄だった。

 まるで西洋の甲冑を思わせるようなデザインの鎧に、緑色のラインが奔っている。

 その場所に「いた」のではなく「あった」という方が正しいような――まるで最初から当たり前のようにそこにいたかのような自然さで、魔法少女ナインは、言葉を発することもなく赤井沢の母親の頭を掴んだ。

 そこからは如何様な想像も出来る。そこから地面へ叩きつけるのか、頭を握りつぶすのか、軽く手を振って首を千切るのか、こちらへ投げて木に激突させるのか。

 だがそこで、完全に全ての予想を裏切る事象が起きた。

「消えた」のだ。完全に、跡形もなく、ただ忽然と「消えた」。

 思わず声を上げて腰を抜かした父が、続いてナインのステッキに額を小突かれる。だが次の瞬間、父親もまた一瞬で「消えた」。

 完全に、消滅したのだ。気配すら感じなかった。

 ナインはその後、赤井沢のことを気付くか気付いていないかは確証のないものの、特に何もせず飛び去った。それを呆然と見送る赤井沢は、むしろ羨望に似た眼差しをナインに向けていたのかもしれない。

 自分の、個人の圧倒的な力で全てを解決出来るなら。

 あんな風に、行使出来るようになるのなら。

 赤井沢は、手元にある拳銃のようなデバイスを使うことを決意した。

 まず手始めに、自分を育てた宗教を完膚なきまでに叩き潰すことにしよう。

 

「――――っつー訳だよ音無君。なかなか壮絶でしょ?」

「なかなかどころか、九死に一生を得るレベルですねこれ。それでその後、塩山さんとはどうやって知り合ったんですか?」

「いや、本当に偶然。そこらへんの店襲撃してその日の食べ物とか凌いでた時に、怖がることなく近づいてきたから興味を持って……って感じかな」

「はあ……」

 最初から最後まで、謎だらけの人だったなあとしみじみ思う。

 だが、その人のおかげで分かったこともいくつかあった。

 まずはそれを整理してから、恐らくは今夜中に終わるであろうこの逃走劇に対する策を講じることにしよう。

(いや……もう違うか)

 これは、もはや逃走ではない。二匹の獲物が明日を得る為に、狩人に牙を向く逆転劇。

 闘争、だ。

「取り敢えず赤井沢さん、そのナインの使う当たりナンバー……ですか? それは、さっきの話で出た『人を消す』というやつで間違いないんですよね?」

「人というか、『モノを消す』って感じかな。多分だけど……ほら、一昨日のラーメン屋でさ、新幹線が消えたってニュース見せたでしょ?」

「…………まさか」

「うん。私達の逃走手段を潰す為に、新幹線の運休を止めたんだと思う。いきなり新幹線の存在ごと『消す』ことが出来れば、依頼人やナインに金銭的な請求も来る訳ないからね」

 確かに、新幹線が運休したからといって、「あなたが新幹線を消したことで運休したのでお金請求します」なんて言うはずもない。言えるはずもない。

 魔法少女をある意味で唯一制限する「金銭的な問題」という難問を、ナインは自らの魔法で解決出来てしまうのだ。そういった意味でも、赤井沢やシックスといった魔法少女とは一線を画す存在なのが窺える。

 問題はそれを、どう対処するかということだが……。

「「……………」」

 今回ばかりは流石に考えようもない。何せ、情報がロクにないのだ。実際にこの目で観察すればまだ何か新しい発見もあるだろうが、少なくとも音無が面と向かって顔を合わせて良い相手ではないことは疑うまでもない。

(……でもやっぱり、ナインは依頼人に到達するまでの過程で絶対衝突する。対策が無ければ勝てる相手じゃないし…………)

 音無のアドリブがあろうと、赤井沢の射撃や飛行速度があろうと。

 触れられれば全て「消える」のだ。

「…………あ、」

 そこで赤井沢は、何か思いついたかのように声を上げた。何か閃いたのか、と淡い希望を抱かずにはいられない音無だが、その予想はある意味で外れる。

 赤井沢は、ナインに対する対策を閃いたのではない。

 あることに気付いただけだ。

「……そもそも、『ハラキリ』の構成部隊だけじゃ私を足止め出来ないのは分かりきってたはずだよね。なら、私が構成員を片付けた『その後のアクション』が考えられていないはずがない…………。しかも、タイミングよく合成音声が流せるってことは、多分あのビルには立体駐車場の隠れ家からネットワークが繋がっていた……なら、地下駐車場のカメラが確認できても不思議じゃない…………」

「え、ええと……赤井沢さん?」

「私と音無君の位置情報を確認したあと……カメラでバイクに乗ったことまで確認されていたら…………」

 呼びかけても反応がないので、音無は赤井沢の呟きの断片を拾って推測するしかない。といっても、その呟きは思考をほとんど喋っているようなものだったが。

 つまり、あのビルで「ハラキリ」構成員が本当に赤井沢を仕留められるつもりだったか、と聞かれれば絶対にノーだ。だがビルにネットワークで接続されていた(?)立体駐車所の隠れ家からカメラなどで確認すれば、赤井沢や音無がバイクに乗ったというところまでは確認出来るはずである。その際、赤井沢は地下駐車場内で思い切り行き先を喋ってしまっているので、そのバイクで向かう目的地は明白だ。

 以上の事を鑑みるに、現在ナインは――――、

「「―――俺(私)達を探して、依頼人の傍にはいない……?」」

 同時に呟いた言葉は、見事な異口同音となって調和する。

 当たり前の結論なのだ。

 その「ハラキリ」とやらがどれだけ大きい組織かは知らないが、音無というお荷物を抱えた赤井沢一人捕まえるのに手間取るような組織に、駅前全てのカメラ情報などをハッキングなど到底出来るとも思えない。つまり、バイクでの「出発」は確認されていたとしても、その「移動過程」は未確認なのだ。

 なら当然、立体駐車場からビルまで引き返すような道に沿って赤井沢と音無を探し出し始末するため、ナインは行動を起こすに決まっている。

 それならば今、立体駐車場の隠れ家にいる依頼人は?

 完全に、無防備な状態なのか?

「音無君、装置!!」

 不意に、赤井沢の叫びが音無の鼓膜を叩いた。ポケットの中に入れていた手で何かを出すような動作をする音無。その行為が完了した直後に――――それはきた。

 途轍もない速度で飛来する、その閃光は。

 緑色で、恐ろしく冷酷な一閃は。どこまでも追跡する、災厄の到来を意味していた。

 魔法少女ナインが、ついに音無達の目の前に、その姿を現したのである。

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