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正義と魔法の在り処  作者: 水城
序章 魔法とは  七月十四日~十五日
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プロローグ

 七月十四日。一滴、汗が額から流れ落ちた。

 あからさまに高級そうなスーツはものの見事に汚れ、もうクリーニングに出しても手遅れであろう。着込んでいる男の役職からすればそれは当たり前の正装だったのだが、しかし今はスーツなどただの邪魔でしかない。本当はこの夏特有の高温による汗を拭いたかったが、それは諦めて上着のみを脱ぐ。

「はぁ………ぁっ、はぁ…………!!」

 荒い息をしながら、男は夜の街を走る。いつもならば、金など気にせずタクシーで帰るはずの道。しかし今となってはそれすら無意味で、たとえタクシーに乗ったとしても、今度はタクシーが爆発するだろう。男は意外と筋肉質な体に鞭を打ちながら走り続ける。途中、後方を振り返るも、依然としてそこに見えるのは変わらなかった。透明な、人影。

人『影』と表現して透明というのも変な話だが、要は透明人間だ。普通は見えないであろう透明度だったが、今の天候が酷い雨だというのも幸いし、雨粒の弾きなどによってなんとかそこにある『何か』を認識できるぐらいではあった。これがもし晴れた日の夜であったなら、男は間違いなく死んでいただろう。背後に迫る、言うなれば殺し屋に殺されて。

「く、そ……!」

 口で悪態を吐く暇があるならば、それこそ体力の温存を優先させるべきだが、そうと頭で分かっていても思わず言いたくなる。

 男も感づいてはいたのだ。この逃走行為こそが、自分の人生において最後の記憶になるであろう、ということに。それほどに背後の殺し屋は―――高い業績と、実力がある。

(どこまで、追って……!? どうして、俺、が……!!)

 誰かに恨みを買うような覚えはないのだが、人生どこで何がどうなるかなんて、簡単には予想がつかないらしい。これはこの絶望的と言える逃走の中で、男が得た唯一の教訓だ。

 しかして、その教訓すら今の男を邪魔した。

 何が起こるか予想がつかない―――その通り、学生時代には陸上部で活躍していた過去を持つ男であったが、何も無い歩道でいきなり転倒してしまったのだ。咄嗟に受身のようなものを取ろうとしたが、それが失敗だった。ここで前転にでも持ち込めればまだ逃走の余地はあったのだろうが、しかし体の鈍っていた男は盛大に前のめりに転ぶ。

 顔面を打ったのか、鉄の臭いが鼻と口の中で充満した。

 男の脳内が、どんどん絶望に染め上げられていく。その間、背後に透明の人間の気配が近づいてくるのを静かに感じていた。

 しかしもう、手遅れだ。激しい運動をやめた時点で、既に男の人生の終わりは見えた。

 未だに肩で荒い息をしながら、男は少しだけ呆然とした。

 周囲の通行人は、ただ男が転倒しただけにしか見えないために奇異の視線を発してくる。それらに射抜かれた男は、しかしその視線にはまったく反応せず、一人呟いた。

「……なあ」

 それは、恐らくは背後で必殺の何かを準備しているであろう透明人間への、質問。

「…………これでも、頑張ってきたつもりなんだけどな。俺、誰に恨まれたんだ」

 言い終え、そのまま男は静かに目を閉じる。最初から返答など期待していない。恐怖に彩られ涙を流している顔からは想像もつかない、穏やかな声であったが―――それは、公務員として重要職に就いていた彼の、最後のプライドだったのかもしれない。

 しかして、予想外の音が男の鼓膜を叩いた。音、というか、声。しかも、若い女の声だ。

「……規則で、それは答えられないね」

 女の声を聞いた瞬間、男の頭の中で何かが切れた。

 それは恐らく、倫理の鎖。数秒後に迫る死に対して、精一杯の罵詈雑言を―――、

「……くそ、クソクソッ!! 俺みたいな選ばれた人間がお前らみたいな社会の屑にころ」

 そこで、男の言葉は途切れた。言葉というよりも、首と肉体が千切れた。

 背後の透明人間は、最後の言葉さえ聞かずに男の生涯に幕を下ろしたのだ。

 ……もっとも、自分への罵詈雑言など、聞いていて気持ちのいいものでもないだろうが。

 周囲の通行人が悲鳴を上げる。普段は返り血を気にしてこういった大胆な即死方法は選べないが、今夜が雨で助かった。返り血を浴びても、これなら雨が全てを流してくれる。

 周囲に人だかりが出来る前に、透明人間は男の惨殺死体から離れた。後始末は必要ない。仮に隠蔽目的の殺人なら、偽装工作でもして呼び出し暗殺して済んだ話だ。

 今回はなるべく、目立つ場所での殺害が依頼主の要望だった。その為に、こんな街中を走り回ってまで殺害したのである。依頼なので文句は言えないが、面倒極まりないというのが正直な感想だった。

「早く帰って、カレーでも食べましょうか」

 一人そう呟くと、透明人間は夜の街に消えていく。

まるで最初から、そこには誰も存在しなかったかのように、完全に。

 翌日、全てのチャンネルのニュースで『財務大臣死亡』の話題が飛び交っていた。

 

 暢気なもんだ、と音無隆盛おとなし りゅうせいは嘆息した。

 財務大臣が死んだというのに、学校が休みにならないとはどういうことだ、という身勝手なことを考えていた彼は正直な話、そんなニュースになど全く興味がなかった。

 決して都会ではない、地方の高校で自堕落な生活を送っている彼であるが、しかしニュースに関心がないのは別に地方民であるからではない。彼は生来の才能とさえ言われるほどに、ほとんどの事柄に対し興味が湧かない人間なのだ。

 恐らく、先ほど考えていた政治家が死のうと、学校の職員が死のうと、極端な話では友人が死のうと、その場で悲しみはするがその後が続かない。死んだと聞いた直後こそ涙を流しこそすれ、葬式では周囲の人間が泣いているムードについていけない人間である。

そんな、倫理観もなにもあったもんじゃない音無は、決して豊かな高校生活をエンジョイしている訳ではない。いや、部活も入らず彼女もいるという条件さえ見ればエンジョイしているという部類なのだろうが、実際はそうではないのだ。

 ノーと言えない典型的な日本人にして、高校一年生の音無隆盛は、その押しに弱い性格で大きな災難を被っていたのである。人災、とでも言うべきだろうか。

 ちなみに、現在時刻は放課後。そろそろ部活に所属していない生徒は帰れみたいな放送が流れるのだが、その放送が終わるまで音無は教室の机で突っ伏しているつもりでいた。

「……まあ、あいつには補習してたって言うか」

 一人で何かに対する言い訳を呟くと、静かに音無は目を閉じる。

とても、眠い。昨日は遅くまで彼女からメールが来ていた。それだけなら翌朝に確認するだけで済んだのだが、その彼女はメールの返信がないと心配して救急車を呼び出すような性格なので、容易に無視することは出来ない。

確認もせず、ただ自分に応えないのは緊急事態になっているからだと一人結論付ける彼女に対して、音無が抱いている感情は当然……迷惑だという一言のみだ。

 しかし、その彼女のことを考えていると、とてもじゃないが眠くなんてならない。これはそれほど愛おしいという意味ではなく、それほどに恐怖を感じているということ。

(……嫌だ。嫌だ。アイツの所になんて行きたくない)

 言ってしまえば、音無は金を条件に『彼氏をさせられている』という状況にある。

 させられている、という表現からも分かるように、好意的な印象など一切ない人間に対し彼氏として接することが、どれだけの苦痛だろうか――幸い、肉体的な関係にこそ至ってはいないものの、いつどこでそれに発展するかも分からない危うい状態というのもある。

 最近の子供は進んでる、とはもはや常套句になりつつあるが、音無としてはそこまで進みたくはない。というより、仮に自分が大人でも、金で釣られた恋愛はノーセンキューだ。

 入学当初の、金に釣られて二つ返事した自分を蹴り殺したい。この阿呆が、と。

「くっそー…………ああもう、どうしてこんな…………」

 自分に非があるのは明白な為に、そうそう『どうして俺がこんな目に』とは言えないのだが、しかし無人の教室くらいならいいだろう。言うなという方が無理な相談だ。

 机と両腕に顔を埋めたまま、唸りながら音無は右足のつま先をトントンと鳴らす。苛立っているというよりも、焦っているという方が正しいのか。

 そう、焦っている。こんな馬鹿が集まる学校で、馬鹿みたいな顔の女に金をチラつかされて、馬鹿みたいに尻尾振ってそれについていき、そしてその結果に今更後悔する馬鹿な自分に対し、相当な焦りを覚えた。ここで怒りを覚えないのは、根気のなさの露呈なのか。

 自分はこのままでは、相当馬鹿な結末を迎える。その結末とは、付き合って数ヶ月で限界な付き合いを無理矢理に三年続けて壊れる自分……もしくは、限界を向かえ別れようと試みるも、結局は金に踊らされる自分。どっちにしても、ゲームオーバーだ。

(……こりゃあもう、神様にでも祈るしかないな)

 そんな存在がいたらどれほど楽だったことか。

 しかしそれでも、音無は取り敢えず祈っておくことにした。

「……神様、どうかアイツを……えーと、…………遠くへ連れて行ってください」

 消してください、といいかけて、流石にそれは憚られた。音無は倫理観に共感は出来ないが、どうすれば倫理的なのかは分かっている少年なのである。

 しかしこの場合、神様に遠くへ連れて行かれるというのも物騒なイメージが湧いてしまう。なにか、このまま本当に彼女が消えたりしたら少しの罪悪感もない、と言えば嘘になってしまうので、もう一度だけ別の何かに祈ることにした。

(誰に祈るか…………いや、まあ、俺は困ってる訳だし……正義の味方とかでいいか)

 ということで真面目に正義の味方に彼女の誘拐を祈ってみたが、しかし途中で馬鹿らしくなってきた彼はその想像を頭の片隅に追いやり、埋めていた顔を上げる。それと同一のタイミングで、部活未所属者の下校を促す放送が流れ始めた。それに後押しされるように、音無は彼女の待つ校門へと歩を進める。金のために、再び彼氏の仮面を被らなければ。

 

 どこかの学校の夏服に身を包み、後ろで束ねた長い黒髪を揺らしながら、彼女は駅前の雑踏を徘徊していた。目的があって歩いているので徘徊という表現はおかしいかもしれないが、しかしその目的のものが見つからず、惰性でこうして歩いているため、やはり徘徊という表現が適しているのだろう。

 徘徊中の彼女が惰性で探しているモノ。正確に言えば、それは『者』だ。つまり人間、人探しをしているのである。

 制服に身を包むのが久しぶりなのか(しかし見た目は十六、七歳程度だ)、少し居心地悪そうな表情で雑踏の中の顔を見回す。これは偏見だろうが、彼女は今時の学生のほとんどが携帯を操作しながら歩く病気にでも罹っているのではないかと思うほどに、目の前を通り過ぎる学生たちが異常で異端に見えた。携帯を操作しながらこちらに体をぶつけてしまうと、心無い謝罪で済ませてくる。しかも携帯から目を離さず、機械のようにただその口から「すみません」の単語が溢れてくるのみだ。

「……最近の若いモンはこれだから」

 十分に『最近の若いモン』に分類される外見で呟かれても、まったくと言っていいほど説得力がないのだが―――しかし、そんな呟きにさえ誰一人反応などしない。

 しかし、少し困ったことになった。

彼女が身を包んでいる制服とデザインがまったく同じ高校がこの付近にあったのか、自分と同じ制服の学生が次々とすれ違う。携帯の病(仮称)を患っている為に顔こそあまり見られずに済むものの、万が一不自然な点に気付かれたら大変なことになるだろう。

 ここまで言えば分かるだろうが、つまり彼女は、着ている制服の生徒ではない。違和感を感じさせず自分を雑踏に紛れ込ませるため、適当に見繕った制服なのだが、まさかここまで同じデザインの制服の学校が周辺付近に存在するとは――彼女は元来、こういった災難に遭いやすい。

 そう、例えば単純に鳥の糞が目の前に落ちてきたり。録画していた、正直見るかどうか迷うような番組が時間変更で録画されていなかったり。不良の喧嘩を眺めていたらこちらに飛び火(正確にはナンパ)してきたり。

 そういった、不運直前であり、しかし間違いなく不幸な女性。

 だが、どこまでいっても破滅級の不幸は襲ってくることは無い。それはいつまでも彼女が不幸であるがため、彼女が破滅するよるような不幸はこないということなのだろう。

それを単純に不幸体質などと呼ぶ人間もいるが、一部では――というより彼女自身も、この認識だ――彼女のこの体質(性質?)をこう呼ぶ者もいる。

 それは、厄介事に巻き込まれる才能だ、と。

 世界広しと言えども、こんなに迷惑な才能は存在しないだろう。全ては偶然なのかもしれないが、身近で起こる事件は全て彼女の行き先であり、彼女の行き先は全て身近な事件の発生場所となり得るのだ。

 厄介事に巻き込まれる才能。それをもっと、プラスに考えてくれる人間はいないだろうか――しかし、事実この才能はマイナスしか引き寄せないのだから仕方がない。

 周囲にいる人間は事件に巻き込まれる。それどころか、周囲にいる人間が事件の中心になる場合だってある。そんな時は決まって、彼女が原因にされてきた。

 しかし、そんな望んで得た訳ではない才能、どうやったって消せもしない。とどのつまり、彼女は巻き込まれた事件全てを解決するような、正義の味方にでもならなければ誰かからは恨まれる。曖昧な才能が原因の、しかし確実な事実だ。

 と、そんなことを思い返しているうちに、赤信号の横断歩道に差し掛かった。ただでさえ人がごった返しているのに、真夏の直射日光の攻撃は辛いものがある。少しでも動いて風を感じたかったが、もう一度だけ横断歩道の向こう側を調べてみようと、これまた惰性で決意を固め。

「………………あ」

 思わず、声に出して呟いてしまった。

いや、それは呟くというより普通に喋るぐらいの音量だったので、周囲の人間のいらない視線を集めてしまったかもしれない。しかし、そんなことは気にならなかった。気にしている余裕もないほど、この暑さと湿気は彼女を追い詰めていたのかもしれない。

 ともかく、彼女がすぐさま出来ることは、その場から離れることだった。

 七月十五日、十七時三十分。目標、発見。

 

 音無は駅前の雑踏の中、極限状態にまで精神を昂ぶらせていた。

 昂ぶらせていたのは、すぐ隣を歩く可愛いとも言えない彼女に対して、最大限のお世辞を言う精神状態の準備の為……なのだ、いつもならば。

 しかし、今回は違う。もう金には釣られない。つまりこれは、金を引き合いに出した強制的な付き合いを終わらせるための決意、それを固めるための精神状態を作り出していた。

 作り出したと言っても、電車の中で別れを切り出すのは些かマナーに欠けるので、駅に到着する前には言おうと思っていたのだが……いつのまにか、駅前の横断歩道にまで来てしまった。丁度、信号が赤なので時間が生まれたが――この間に精神状態を完璧に仕上げ、覚悟を決めて別れを切り出すしかない。

 自分の、生まれてはじめての彼女――城山晴香しろやま はるかに、別れを。

(……もう言葉は決めてある。あとはどれだけ、この公衆の面前で……そう、金の話を大っぴらにしにくい公衆の面前で、恥らわずにそれを言い出せるかだ)

 つい青信号を表示している横合いの横断歩道を眺めてしまう。あの信号が赤になった瞬間、こちらの信号は青になり――この止まった状況は再び、電車に乗るまで終わらない。そうなればもうおしまいだ。また明日がある、と思うかもしれないが、本能的な危険センサーで音無は察知していたことがある。

 金で強要されたのだが、今日の帰りに城山の自宅へ訪問することになってしまったのだ。そこからは女性の経験がない音無の妄想ということもありえるが、危険な臭いがする。

 危険な臭い。具体的に言えば、貞操の危機ということだ。

 こんなことで、こんな末路で初めてを迎えたいだなんて思うわけもない。

 しかし無情にも、向こうの信号は青く点滅を始めてしまった。あと十秒も余裕はない。赤信号まで五秒程度、こちらが青信号になるまで四、五秒。早く、早く言えと自分に命じる。今までの通り普通の彼氏みたく接して、普通の会話のように話しかけて、そこで別れを切り出すんだ。相手は金が必要だと知っているから強情に来るんであって、もう金が必要ないと思わせればいい。簡単だ、出来る。そして、横の信号が赤となり。

「な、なあ、晴香」

 と、無理に呼ばされた名前を、意外と自然に呼ぶことが出来た。

 当然、口から溢れたその言葉はもう止められない。城山はこちらを向き、首を傾げてくる。可愛くない顔で可愛い仕草をされても、滑稽という二文字しか浮かんでこなかった。

「なぁに、りゅぅせぃ?」

 心の奥底で、あ行を小さく発音する喋り方に死ぬほど苛立つ。沸騰する。

 なんでだろう。今までこんなに爆発的な感情は生まれなかったのに、いざ別れを切り出そうとすると相手の仕草一つひとつが苛立ちの対象になってしまう。

 しかし、それは今の心理状態を後押しするのにはとてもいいことだ。このまま、行け。

 怒りと恐怖に身を任せ、言葉を吐き出すんだ。

 信号が、青に変わる。そして、

「おっ、俺は、だな。晴香。お前のことがずっときら」

 ――いだった、と続けたかった。続けたかったのに、それは叶わなかった。

 音無の頭や発声器官、身体に異常があった訳ではない。怪我をしている訳でもない。

 ただ、それを聞かせるべき人物が消えた。正確には、その頭部が消えた。

 こちらへ向いていた城山の頭は一瞬で弾け、原型も残さず辺りへ飛び散ったのだ。

 ぴしゃっ、と冷たい感触が、音無の頬を叩く。

 自分のものでない血液が、自分の顔の半分以上を濡らす。

「……………え」

 長い。あまりにも長い、一瞬。

 音無はその一瞬の間、ああ死んだんだなということを認識し、――そして。

「……………ぁ、」

 首のない城山が、ぐらりと付近のサラリーマンに倒れこんだところで、彼は初めて、それが城山ではなく死体だと理解した。

 直後、途轍もない声量の悲鳴が辺りに木霊する。その悲鳴を聞き振り返った人間もまた悲鳴を上げ、負の連鎖を作り上げていく。一瞬で、音無と首なし死体を中心に人の輪が不自然に開いた。全員が距離を取り、唯一派手な返り血を浴びた音無を凝視している。

 しかし、周囲の人間の声を聞くことが出来ない。何かが耳を塞いでいる。そこで音無は、耳を塞いでいたものは自分の声帯から発せられた悲鳴だと気付いた。

 悲鳴を上げ続ける自分を見つめ、冷静に判断する自分がいることに矛盾を憶えながらも、音無は自分がこうやって人並みにショックを覚えることを知る。それはどこか不安定な足場に立つような、バランスを保つことすら危ういような感覚だった。

 ほぼはじめて経験する、最大級の哀の感情。

 そんな、場違いな確認と場に即した悲哀を同時に抱えながら、音無は自分の目の前に誰かが近づいてくるのを確認する。しかし、その人物の容姿や性別を判別することは、この時点での音無には出来なかった。

(だ、れ……だ…………?)

 その思考を働かせたと同時、頭部に鋭い痛みが走り、意識が断絶した。

 七月十五日、十七時三十二分。目標、破壊成功。

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