04. ぐーたら乙女、検問する
異世界での最初の街、リガルドで記念すべき第一歩を踏み出した飯田里奈ことイーダです、どうもこんにちは。
ここまで荷馬車に同乗させてくれた親切なご夫婦、ダッドさんとハンナさんと別れてすぐのこと。私は二人が先に教えてくれた通り、身分証を持っていないことが原因で東門の検問で引き留められていた。
正直に身分証を持っていないと伝えると、小門のすぐ脇にある詰所のような場所へ連れて行かれた。木造の建物だが造りはしっかりしており、中も広くて多くの兵士のような格好をした人達が数人居る。
その建物の一室――机と椅子だけが中心に置かれた、取調室らしき簡素な部屋に私は中年の兵士さんと向かい合っていた。
座っている位置は、私が部屋の奥側で兵士さんが手前だ。取り調べの対象が出入口の扉から遠ざけられているのは、逃亡を防ぐ意味があるのだろう。
「なるほど、職探しか」
腕を組んで納得したように頷く中年の兵士さんの頭には、ぴこぴこと動く灰色の三角耳がある。
どうやらこの世界は人間と魔物だけではなく、目の前のおじさんのように身体に動物の特徴が出ている見た目の人も共存しているようだ。俗に言う、亜人というものだろう。
おじさんが部屋に入ってきた時にふさふさの尻尾がチラリと見えているので、恐らく犬や狼の亜人だと思う。
でも口にだしてそれを確認しないのは、尋ねるのが失礼な行為になってしまうのではないかと懸念しているからだ。
あと正直言って、異世界初の亜人遭遇なのに相手が中年のおっさんで私のテンションは非常に下がっている。こういうのは可憐な美少女や美女、美少年がセオリーなのではないかと、一言物申したい気分だ。怖くて言えないけど。
取り調べと言っても何の目的でリガルドへやって来たかを聞かれただけで、怪しまれているという空気は感じられない。
尋ねられた時、遠方から職を探してリガルドまで来たとおじさんに答えた。日本にいた時もそろそろ無職を脱したいと思っていたので、職を探していたのは本当だ。
ダッドさん達には田舎と勘違いされてしまっているが、取り調べ担当のおじさんには濁した感じで伝えてみた。相手が都合よく勘違いするだろうと思ったのも理由である。
――ガチャ。
そんなことを考えていると、取り調べ室の扉が勝手に開いて一人の男性が中に入ってきた。頭には獣耳がなかったので、たぶん私と同じ人間だ。
彼はおじさんと同じ兵士の格好をしており、両手でハンドボールサイズの水晶玉を抱えていた。その面持ちは真剣そのものだった。
だが慎重に運んでいるのは見ていて伝わってくるけれど、どうにも危なっかしい動きに見ているこっちがハラハラしてしまう。
おじさんも彼が転ばないよう緊張した表情で動きを目で追っており、いつでも助けに入れるよう身構えていた。あ、もちろん助ける対象とは水晶玉のことだ。
そしてようやく机の上に水晶玉がセットされた瞬間、室内にいる私達三人は長い息を吐いた。
紫色の座布団? クッション? の上に、いかにもお高い物ですとばかりに鎮座したそれは、占いの館などに置かれていても違和感のないものだ。
一瞬このおじさんが占いでも始めるのかと疑ってしまったけれど、すぐにその水晶玉が私の前へ差し出された。やはり占いは始めないらしい。
となると、この水晶玉は何の役割があるのだろう。
そう考えながらじっと水晶玉を見つめている私に、おじさんは急かすように口を開いた。
「見てるだけじゃ終わらねぇぞ。さっさとこの水晶に触れて、さっき俺に言ったとおり街へ来た目的を言ってくれ」
「私が触っても大丈夫なんですか? 随分と高価なものに見えますけど……」
「ああ、軽く触れる程度なら問題ない」
つまり、強く叩いたり乱暴に扱ったりするのはNGのようだ。
そんな行動を取れば、器物破損やらの罪でおじさんや扉の横で待機している水晶玉を運んできた男性に拘束されると思う。
できれば触らないでおきたいのだけど、わざわざここまで水晶玉を運んできたのだから理由があるはずだ。
それが何かは分からないが、私にとって良い方へ転がりますようにと願わずにはいられなかった。
まさか触った瞬間に割れて多額の修理費を要求されたりはしないよね、と胸の内を疑惑でいっぱいにしながら、私はおずおずと水晶玉に触れた。
すると――。
「遠方から職を求めてリガルドへ来ました」
おじさんに言われた通り街に来た目的を口にした直後、水晶玉が淡い緑色に光ったではないか。
突然の変化にとても驚いた私だが、しばらくそのままでいると触れている部分も仄かに温かい気がして、緊張が少し薄れてくる。
そんな私の気の抜けた表情と水晶玉の光を確認したおじさんは、自分の方へと水晶玉を引き寄せて口端を上げた。
「よし、嘘はついてないようだな。犯罪歴もなしっと」
「この水晶玉でそんなことまで分かるんですか? すごい……」
「おうよ。嘘をついてりゃあ赤く光るし、犯罪歴があれば水晶の中に黒い斑点が浮かぶんだ」
ほほぅ。嘘発見機と危険人物探知を兼ねている便利アイテムといったところか。
水晶玉を運んできた人の慎重さといい、やはりかなり貴重なものなのだと感心する。警察なんかに一つは欲しいアイテムだ。
私は日本から異世界へ来たことを「遠方から来た」と濁したのだけど、嘘はついていないのでこのアイテムには引っ掛からなかったらしい。
これがダッドさん達が勘違いした「田舎から出て来た」にしていれば、間違いなく赤色に光っていたはずだ。
おじさんに気付かれないよう静かに息を吐いた私は、嘘だった部分を訂正して良かったと心の中で呟いた。
水晶玉の温かさは、嘘をつかなかった私へのご褒美のようなものかもしれない。
「特に問題もなさそうだし、通って良いぞ。1000ガル払ってくれ」
「え? あ、あの、街に入るのに他に何か必要なんですか?」
「あん? 何だ、そこから説明しなきゃならないのか。一体どれだけ田舎から出てきたんだ」
「す、すみません」
呆れ顔のおじさんの視線を受けた私は、何だか恥ずかしくなってモゴモゴと謝罪の言葉を口にする。
身を縮こまらせながら考えるのは、新しく耳にした「ガル」という言葉の意味だ。たぶんだけど、ガルとは日本で言う円のようなお金の単位なのではないかと予想した。
1ガルが日本で何円に該当するか全然知識がないので、その要求額が高いか低いかさえ分からない。そもそも、何故お金を払わなければならないのだろう。
「嬢ちゃんみたいに身分証のない奴はな、検問で一定の額を払えば街で身分証を手に入れるまで待ってもらえるんだよ。俺達――警備兵団が仮の通行許可証を発行して、街に無害な者だと身元を保証してるのさ」
「その通行許可証と身元の保証に必要なのが、1000ガル……?」
「ああ。心配しなくても身分証を作って見せてくれれば預かっていた金は返すさ。だが逆に決められた期限内に身分証を見せなければ、不審人物として御用ってわけだ」
そこまで説明すると、おじさんは何処からともなく名刺サイズのカードを一枚取り出してみせた。恐らくそのカードが、通行許可証とやらだ。
ヒラヒラとおじさんの手で振られるそれを見ながら、頭の中で得た情報を整理する。
まずこのおじさんや扉近くの男性は警備兵団という組織に所属していて、街に害を及ぼすような人が入らないよう取り締まっているらしい。
私はたった今その検査に合格して、身分証のない者が街へ入るために必要な通行許可証を発行してもらえる寸前まできている。
しかし身元が不明なのは変わらないので、正式な身分証を作成するまで警備兵団にお金を払って身元を保証してもらい、許可証も貰う必要がある。
身分証を見せれば払ったお金を返してもらえるが、見せに来なけれな不審者として警備兵団に捕まって再び取り調べを受けることになる――と。
少し手間がかかるけれど、私のように身元がはっきりしていない者には非常に親切な仕組みだ。
その方法で悪人の全てを捕まえられるかは微妙なところだと思うが、私がそこまで深く考えても仕方のない話だ。少なくとも新しく街へ入ってくる重犯罪者は分かるので、門を担当する警備兵団はその点を重要視しているのかもしれない。
きっと街中には見回り担当の兵士がいるのだと結論づけて、私が次にどうすべきかを考えるべく頭を切り替えた。
とりあえず、1000ガルを払って通行許可証を手に入れるこが最優先だ。
そう考えてローブのポケットに入れていた銀貨を取り出そうとしてから、はたと気づいた。ダッドさん達が私にお金を持たせてくれたのは、この時に必要だったからなのだと。
震える手で何とか取り出した銀貨の数は五枚。それを机の上に置くと、おじさんは自分から一番近くにあった銀貨を一枚拾い上げて頷いた。銀貨一枚が1000ガルらしい。
「確かに1000ガル受け取ったぜ。ほら、これが通行許可証だ」
「……っ」
「期限は明日の夕刻までだからな。身分証はギルドに行けば作ってもら――」
「もしかして身分証を作ってもらう時にも、お金が必要ですか」
差し出された通行許可証に手を伸ばすことすらせず、まだ話している途中だったのに、私はその言葉を遮るように質問を口にした。
あまりに勢いのついた問い掛けに萎縮したのか、おじさんは少し狼狽えながらも返事をしてくれた。
「お、おう? そうだな、俺の記憶が正しけりゃあ3000ガルで作れたはずだ」
それを耳にして、別れる前にハンナさんが私に向けた言葉が脳内に響いた。
ハンナさんは優しく笑い、五枚の銀貨を私に握らせたあとに言った。『身分証を作ったあとに、屋台で何か食べてごらん』と。
二人は知っていたのだ。
検問で通行許可証を発行してもらうのに1000ガルが必要で、身分証を作るのにも3000ガルかかることを。
それを理解していた上で私に必要な金額と、余ったお金で何か食事をできるようにと更に1000ガルを与えてくれた。
一緒に居た時でさえ深く感謝していたのに、離れてもなお私を助けてくれる二人に一体どれだけ感謝すれば良いのか分からなくなってくる。
今すぐもう一度二人に会ってお礼を言いたいと思った。
けれど、大門で荷物の点検を受けたであろうダッドさん達はもう門の近くにはいないと思う。急いで追い駆けようにも何処へ向かったか不明で、土地勘のない私が出歩いても行き違いになる。
私が合流すると二人の邪魔になってしまう可能性だってあるのだ。優しくて親切な彼らは、私が身分証を作っていないことに気付いて、嫌な顔ひとつせずまた世話を焼いてくれるだろう。
でもこれ以上甘えるわけにはいかない。
別れる時に誓ったように、いつか恩返しができるようになってから二人に尽くそう。
そのためには、彼らが導いてくれた通り身分証を作って自分の生活を安定させなくては。一人で何でもできるようになっておかなくては、再会しても迷惑を掛けるだけだから。
机の上に残っていた四枚の銀貨を集め、ローブのポケットに突っ込んだ私は椅子から勢いよく立ち上がった。
「身分証を作ってきます。何処へ行けば良いか教えてもらえませんか?」
「おっ、何だか急にやる気だな。説明してやるから外にでるか」
「はい」
表情から気合い十分なのを察したおじさんは、取調室から私を出して詰所の外へと先導してくれる。
さっきは言葉を遮ってしまったけれど、身分証を作るならギルドへ行けとおじさんが話していたと思う。
きっと冒険者とやらに登録して、そこで発行してもらう証書が身分証と同じ意味を持つものになるのだろう。
仕事や寝泊りする場所も探さなくてはならないので、多くの情報が集まる場所なら次の行動を決める判断材料も多いはずだ。
そう思いながら気持ちを新たにして見るリガルドの街並みは、白やベージュ系の壁に煉瓦の屋根が似合った中世風のファンタジーらしい建物が主であった。
石壁と同じように街中の道も整備されていて、歩くたびにコツコツと小気味の良い音がする。
詰所の位置から見える大きな通りには人がたくさん溢れかえっていて、その通りに沿うように並んでいる店には遠目でも珍しい物が並んでいるような気がした。
日本とは全く違う風景に、気付けば私の心はドキドキと高鳴っていた。
そんな風に私が夢心地で街を眺めている間に――。
「おーい、ジェイン! ちょっと待ってくれ」
獣耳兵士のおじさんが、今まさに検問を問題なく終えて街中へ進もうとしていた一人の男性に声を掛けていた。
引き留めたのは、硬くて高級そうな素材でできた装備品一式に身を包んだ、いかにも仕事が出来そうな冒険者風の青年だった。その容姿は非常に整っていて、憎らしいくらいのイケメンである。
どことなく知性を感じさせる深い青の瞳に、さらさらとした水色の髪の後ろ――襟足だけを伸ばしているのがまたオシャレというか、似合っているというか。
もし彼が魔法使いなら、絶対に水や氷の魔法を使いそうだと勝手に想像する。まぁ、腰に剣があるのでそれを使って戦うのだろうが。
おじさんに呼ばれた彼は、私が石で整備された道を歩いた時よりかなり静かな足音を伴って近寄ってきた。
「何、トーマスさん。俺仕事帰りで疲れてるんだけど」
「まぁまぁ、そう怖い顔すんなって。ちょっと頼みごとがあるんだが、聞いてくれねーか?」
「……内容による。一応、聞かせて」
「簡単なことさ。お前、これからギルドへ依頼完了の報告に行くんだろ? ついでにこの嬢ちゃんも連れて行ってくれ」
「はぁ? 何で」
獣耳のおじさん――名前はトーマスさんというらしい――に、ジェインと呼ばれた彼は不機嫌さを隠しもせずジロリと私を睨んだ。
気持ちはよく分かる。
疲れて帰ってきたのに、明らかにお荷物になりそうな女を預けられそうになっているのだ。色気ムンムンの美女や若さ溢れる美少女ならまだしも、田舎くさい平凡女を託されるなんて私でもお断りである。
かくいう私も、イケメンと肩を並べて歩けるほど肝の据わった人間ではないので遠慮したい。
だがギルドまでの道順を教えてくれるだけで良いとトーマスさんに訴えようにも、尻尾をフリフリしながらジェインさんに畳みかけているので口を挟めない。
「お前が一緒なら絡んでくる連中もいないだろ。先輩冒険者として後輩に格好良いところを見せてやれよ」
「面倒くさいから嫌だ。それに冒険者に格好良いとかは関係ない。そんなことを気にしていたら、魔物に食い殺されて当然だ」
「ひゅー、ギルド期待の剣士は言うことも痺れるな! というわけで、頼んだぞ」
「何が『というわけ』なのか、意味が分からないんだけど。悪いけど、他を当たって」
どうやら本当に疲れているらしく、ジェインさんは素っ気ない態度で私達から足早に離れていく。
あまり褒められた言動ではないけれど、疲れがピークで機嫌も良くないのだろう。無理を言っているのは私……トーマスさんなので、彼とは縁がなかったのだと思って道案内の件は諦めた。
だが、トーマスさんは違ったらしい。
人混みの方へ歩いて行くジェインさんの後ろ姿を見送る私を、トーマスさんが肘で突いてくるのだ。地味に痛い。
突かれた場所をさすりながらトーマスさんを軽く睨むと、何故かニヤリとした悪どい笑みを返された。
「ほら追いかけろ。あいつの後についていけば冒険者ギルドに辿り着く。そこで登録すりゃあ、ギルドカードがもらえて身分証代わりになるんだ」
「え? で、でも断られたんじゃ……」
「面倒だとは言ったが、断ってないだろ。早く追わないと見失っちまうぞ? ギルドカードは明日の夕刻までに見せにくれば良い」
ええー……思いっきり顔を歪めて「嫌だ」って言ってたよ。それって断ってるのと同じじゃないの?
先程ジェインさんが私に向けた嫌そうな顔と似た表情をしてトーマスさんを見上げるも、睨みが足りないのか、トーマスさんのスルースキルが上手なのか、拒否の念がさっぱり伝わらない。
「じゃあまた明日な。夜以外なら詰所に居るから、適当な時間に来いよー」
「えっ、ちょっと、トーマスさん!?」
肘ではなく、今度は両手でぐいっと力強く背中を押された私は、転びそうになりながら詰所の前から強制的に大きな一歩を踏み出さされた。
あまりに強引な振りに文句を言ってやろうと思い、急いでトーマスさんの方を振り返っても、すでに別れの挨拶を済ませたつもり彼の姿はなく、閉めらた詰所の扉から無言の拒否を感じた。
……リガルドの東門での検問を無事に終えた私だけど、どうやら今からギルドへ向かうというイケメンを尾行しなくてはならないようです。
すでに人混みへ紛れてしまったイケメン、ジェインさんを捜索することから始めなくてはならず、私はガックリと肩を落とした。
とぼとぼと詰所前から街へ進む足取りは重く、年甲斐もなく少し泣きたくなったのだった――。




