05
「はぁ、はぁ、疲れた・・・」
まだ17になったばかりのアリエルだが、体力は全くと言っていい程なかった。
それでも諦めずに頑張ったのだから、自分で自分をほめてあげたい、とアリエルは思った。
「んー?」
アリエルが青年の元へ辿りつき、口元に耳を持っていくと案の定、青年は息をしていなかった。
だがまだ間に合う。
アリエルは青年を腕に抱くと猛スピードで海面へと上がっていった。
青年の顔を海面にだしたアリエルだったが、半身が海に浸かっているこの状態では体温が下がり本当に死んでしまう。
陸まで行く方法はないかと辺りを探していたら、一台の車椅子が漂っているのを発見し、これ幸いといわんばかりにその車椅子に青年を乗せた。
華奢な身体をしていても力は人間の男の何倍もある。
アリエルはその車椅子を押し、強く尾びれを使うと陸へと向かって泳ぎ出した。
◇
「久しぶりに全力疾走したわ…。まったく、運動してないんだからこっちの体力も考えてよね」
自分でした事なのだが、アリエルはあたかも青年がしたような口調でぶつぶつと文句を垂れ流していた。
「…にしても」
チラリ、とアリエルは砂浜の上に横たわる青年に目を向けて小さくため息をついた。
「私好みの顔だわ…」
目を閉じているから瞳の色は分からないが、整った顔立ちである事には違いなかった。
兄たちを始め、様々な美形を見てきたアリエルが思わず魅入ってしまう程、彼の容姿は素晴らしかった。
プラス、アリエルの好みど真ん中の顔をしているのだから、彼女の心は穏やかではない。
「いっそのことブサメンだったら良かったのに…なんでこんなにもカッコイイのかしら。やっぱり助けなければ良かったかしら?いやいや、そしたらセナお兄様に怒られて しまう」
ぶつぶつ独り言を呟いていたアリエルは気づかなかった。
助けた青年がうっすらと瞼を押し上げ、紺碧色の瞳がアリエルの姿を捉えたという事を。
「…っと。早く家に戻らなきゃ。お兄様達が心配してるわ」
アリエルは独り言を呟くと、最後にもう一度青年の顔を見た。
先ほどよりは顔色は戻り、息もしているようだ。
その事に安堵すると、ザバンッ!と盛大な音を立てながら海の中へと潜っていった。
もう会う事はないのだと、少しだけ残念に思っていたのは一時の気の迷いだと思い込もう。
「あの伝説は本当だったんだ…」
アリエルがいなくなり静かになった海辺で、のっそりと起き上がった青年はそう小さく呟いた。
まだ身体が痛み、呼吸をするのでさえ苦しいが、自分を助けてくれた少女の事を考えるとそれすらもいとおしさへと変わってしまう。
流れるような銀髪に、澄んだ空と同じ色の大きな瞳。
少女と女性の間にいるような、そんな人だった。
「いや、"人"じゃないか…。"人魚"、だな」
青年は少女の姿を思い浮かべながら、地平線へと続く穏やかな海をいつまでも眺めていた。