04
両者一歩も譲らず、徐々にヒートアップしていく口論にストップがかかったのは2分後だった。
ストップをかけたのはアリエルの5つ年上の兄である、セナだ。
「こら二人共。そんな大きい声を出したら他の魚達が怯えてしまうだろう。少し場を弁えなさい」
「「うう…ごめんなさい」」
長男に次ぐ躾に厳しいセナに注意され、逆らえない二人はしゅん…と縮こまった。
だがそれを見てもなおセナの冷たい声音は変わらない。
そこが長男とは違う所だ。
「アリエル、君は王子を助けに行きなさい」
「でもセナ兄様…!」
「命ある者を助けるのはこの世の理。たとえ人魚という種族であっても、それは変わらないのだよ、アリエル」
「…分かりました」
セナには誰も逆らえない。
それはアリエルも同じであるため、しぶしぶながらセナの言った事に従った。
その顔はひどく不機嫌だったが。
海へと潜り、王子を助けに向かった妹を見送ったセナは、弟であるレイに視線を向けた。
「…レイ」
「分かりましたよっ!着替えればいいんでしょう着替えれば!」
兄の言いたい事が分かったレイはぶつぶつ文句を漏らしながら海の中へと潜っていった。
それも見送ったセナは、再度アリエルの向かった方角に目を向ける。
「…元気にやりなよ、アリエル」
このセナの呟きは誰にも聞こえない。
無表情のはずのその顔には、ただ一人の妹を心配する兄の優しさが溢れ出てていた―
◇
「うわ…思ってた以上にひどいわね」
嵐で 覆われていたため中の様子を見る事はできなかったが、嵐が過ぎ、近づけるようになればその惨劇をまじまじと見る事ができ、悲惨さを感じる事ができた。
船はバラバラに砕け、ただの木材として海の上を漂っている。
海は雨のせいで黒く濁り、何百匹もの魚がぷかぷかと浮いていた。
あまりの変貌ぶりにアリエルはしばらく呆然としていたが、やがて当初の目的を思い出し慌てて辺りを見回した。
人間人間人間…
あ、いた。
アリエルの目が捉えたのは、鈍く光る金髪の、生気を失った青年であった。
その青年は破損した船の一部にしがみついていたが、やがて力尽きたのかその手が板から離れ、暗い海の中へと沈んでいった。
「やばっ」
反射的に身体が動いたアリエルは急いで青年の元へ向かう。
いくら夏といえど沖と違ってこの辺りは水温がかなり低い。
人魚の身体はそれに適応するように作られているため平気だが、人間はそうはいかない。
海の中で死なれて、幽霊になって目の前に現れでもしたら困る。
アリエルはそうならないように、青年の元に向かっている間ただただ祈っていた。