02
だが基本めんどくさがりやのアリエル。対して興味を抱く事はなく、用意されたボートに貴族達が慌てながら乗り込む様子をボーッと眺めていた。
定員がオーバーしたボートから順に陸へと向かっていく。
船に残っている2、3人を残して最後のボートは船から離れていった。
と、その数分後。
まだ船に人が残っているのにも関わらず、黒い雲は船の真上へと辿り着いた。
そしてドラゴンのような唸り声をあげて、その船めがけて強い風と雨を撒き散らし始めた。
その船からかなり離れている場所にいるアリエルの元にも、その嵐の凄まじさは伝わってくる。
先ほどよりも少しだけ強い風が頬を掠め、岩に当たる波しぶきが高くなってきている。
アリエル達人魚は海底の奥深くに住んでいる為、嵐などの影響は全くないが、海に出ている人間達にとってはたまったものじゃないだろう。
だがアリエルは何もしなかった。
嵐を止めるなどという自然の摂理に反した事はできないし、兄のお告げを聞かなかった人間達が起こした、いわば自業自得な出来事なのだから、助ける必要もない。
そう思っての事だった。
冷え冷えとした眼差しを船の方に向けていたアリエルの元に、一人の美少女がやってきて彼女に声を掛けてきた。
アリエルと同じ銀髪を緩やかに巻き、背中に流しているその姿はどこかの国のお姫様のよう。
女の子の中の女の子。
そんな風貌の彼女だが、彼女には本来あるはずのものがなった。
なくなったんじゃなくて、元からない。
そう、この美少女は。
「近寄らないで、女装趣味変態馬鹿兄」
「ひどいわアリエル!姉様に向かってそのように暴言を吐いて!」
「あんたれっきとした男でしょう。私にお姉様がいた記憶はありません」
「ひどい!!」
…そう、アリエルの数いる兄の内の一人、レイだ。
そして兄妹達の中で唯一の変わり者。
女性が胸を隠す為に付ける貝殻を、彼は胸があるように見せて付けている。
本人は満足しているようだが、端からみたら男であるのは丸わかりだ。
女性特有の膨らみがないのだから、当たり前だろう。
レイは人間の男の子に恋したらしく、その日を境に女装に目覚めたらしい。
華奢で顔立ちも女の子らしいから、違和感は全然ないが、上半身を見る度に「ああ、彼は男なんだ」と同情せずにはいられない。
そんな兄が、一体何の用でここに来たのだろうか?
その疑問を軽蔑と憐れみの視線の中から感じとったレイは、苦々しく笑いながら鈴のような声を響かせた。