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「どうしましたの?別に取って食べるわけではないのだから、怖がらずに入ってきて」
「あ、す、すいません」
言われた通り足を踏み入れば、またひとりでに扉がしまり、ビクリと身体が震えた。いや、これは仕方ない。うん。
「こちらへどうぞ」
家主とはまた違う凛とした声にアリエルは辺りを見回した。が、どこにも人はいない。
「どこを見ているのよ。下よ、下」
「下…?」
上から声が聞こえてきたものだから、てっきり上にいるのだと思っていたが、どうやら声の持ち主は下にいたようだ。
言われた通り下を見れば、ちょこんと行儀よく座っている黒猫の姿が。
首輪ではなくチョーカーなのだろう。中心には赤い珠玉が嵌め込まれている。
「今私に声をかけたのは貴方…?」
「そうよ。ご主人様がくれた薬のおかげで人語を喋れるようになったの」
「わぁ、それすごいっ!」
あの凛とした声はこの黒猫だったようだ。
猫が人の言葉を使っているのだから、人間になる事もできるかもしれない…!
期待を胸に、アリエルは黒猫に案内された部屋へと入る。
その部屋は外でみたよりも何倍も広く、置かれている家具も高そうなものばかり。
そんな高そうな家具のひとつ、細かい刺繍の施されたソファに目的の人物は座っていた。
こちらに背中を向けていたが、アリエルが入ってきたのが分かるとクルリと振り向く。
「いらっしゃい、人魚姫様」
そう言って妖艶に微笑むその女性は、目を見張るほどの美女であった。
女性らしい肢体を黒のドレスで包みこんだ美女は、腰まである長い艶やかな黒髪を揺らしながら、アリエルへと近づいてくる。
「はじめまして。アーシェ・リーラよ」
優雅な仕草とあまりの美しさに我も忘れて見とれていたアリエルは、掛けられた言葉にハッと反応して、慌てて頭を下げた。
「あ、アリエルです。ほほ本日はお会いできて、たた大変恐縮でございます」
「そんな畏まった挨拶はいらないわ。とりあえず座りましょう。お話はそれからでも遅くないでしょう?」
「あ、はいっ。全然大丈夫ですっ」