01
「うわぁ…馬鹿だねぇ、人間達も。太陽が真上に昇る時間帯に嵐が来る、って優しいお兄様がお告げしてあげたのに」
「人間ってかわいそー」と独り言を呟きながら、アリエルは自慢の銀髪をくるくると指に巻き付けたり離したりしていた。
美形揃いとも言われる彼女達の種族の中でも、飛び抜けて美しいアリエルは、その美貌を惜しげもなく海面へと晒し出していた。
アリエルがこうして海面から顔を覗かせる事は全くと言っていい程ない。
それは人間に見られたらマズイなどという理由からではなく、ただ単に海面まで上がるのがめんどくさいという理由からきている。
だからそんなアリエルが海面に顔を出すというのは、天と地がひっくり返るぐらい、かなーり珍しい事なのだ。
現に海面に上がってくる前だって、彼女の上にいる10人の兄達全員に驚かれ、声を掛けられている。
とても兄妹思いの優しい美形兄1からは、
「アリエル、上に行くのは危険だよ?ここにいた方がいい」
と言われ、
意地悪な美形兄2からは、
「お前最後に上に行ったのは何年前だ?もうヒレが機能してねぇんじゃねぇの?」
(150年前ですが何か?)
と言われ、
腹黒い美形兄3からは、
「クスッ…」
と鼻で笑われ、その他にもたくさん言われたアリエルは、心配性すぎる、または馬鹿にしてくる彼らを適当にあしらい、一人海面へと上がってきた。
海面に上がってきた理由は特にない。
強いて言うならなんとなく、だ。
海面に上がってきたら一隻の船が見えるではないか。
なんだか嫌な予感がして海底へ帰ろうとしたが、なんとなく帰っちゃまずい気がして仕方なくアリエルは近くに一枚岩を見つけると、軽快なステップでその岩に腰掛けた。
潮風がアリエルの艶やかな銀髪を揺らし、顔にかかる髪を後ろへと払う。
その光景はまるで一枚の絵画のようでもあり、神秘的な光景でもあった。
「もう黒い雲はすぐそこまで来ているのに、まだ気づかないのかしら」
アリエルは空に浮かぶ黒雲を眺めながらポツリと呟いた。
船は眩い光を放ちながら、ゆらゆらと優雅に広大な海の上を漂っている。
その船から10km沖に、嵐を起こす雲が立ち込めているのを、彼らは気付いていないようだ。
「パーティーか何かしているのかしら?」
船からは楽しげな声と愉快な音楽が聞こえ、甘ったるい匂いもし、アリエルは耐えきれずに鼻を手で摘まんだ。
アリエル達人魚には、海の中で蔓延っている様々な危険から回避する為に、人間の何十倍もの聴覚と、嗅覚と、視覚が備わっている。
それらを使い、アリエルは遥か彼方にある人間の乗っている船の様子を見ていた。
そう、見ているだけ。
「あ」
やがて船内から一人の男が飛び出してきたのが見えた。
その男は自分の目の前で立ち込めている黒い雲に気がつき、慌てて船内へと戻って行った。
その次の瞬間船からけたたましい音が聞こえてきて、また別の男達の指示でいくつかのボートが海へと落とされた。
そのボートに、次から次へと人が乗り込んでいく。
(こんなボートであの嵐から逃げ切れるかしら?)
ふと疑問に思ったが、アリエルには関係のない事。嵐を止めることも波を鎮めることもできないのだ。すぐに別の所に視線が行った。
ボートに乗り込んでいくその誰もが豪奢な服を身に纏い、いくつもの宝石を携えていたのだ。
彼らは人間達の間で言う「貴族」というものだろうか?
(平民の上に立つ横暴で卑怯な連中だとアル兄様が言っていたわね)
基本人間に対して好き嫌いはないのだが、この「貴族」という役職の人間だけは大嫌いだ。それは兄が教えてくれた人間達のルールが頭に残っているからかもしれない。