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桃の色香  作者:
~鬼退治~
4/6

四、桃太郎、鬼と出会う。

 2016年5月27日:文章修正



 森を抜けると急に太陽が目に差し込んだ。突然のことに全員が目を細める。

 鬱蒼とした樹木は消え去り、視界は嘘のように開かれた。

「ここは……」

 桃太郎は周囲を見渡す。

 そこは地面には緑の草木が生えているだけの空間、草原のようだ。頭上を見上げると、ぽっかりと穴が開いたように青い空が広がっている。

「森を抜けたようですね」

「あぁ」

 忠治が周囲を警戒しながら言う。

 桃太郎は呟くように相槌を打ち、草原を見渡した。

 空は青く、地は緑に輝いている。霧が濃かった――濁った空気はすでになく、草木が香る新鮮な空気が鼻を抜け、気持ちを落ち着かせた。この世とは思えない不思議な空間に、桃太郎はどこか神秘的なものを感じた。

「――桃太郎様!」

 そのとき後ろにいた兵士が声を上げた。

 振り返るとそこには黒装束に般若面を被った人間が立っていた。数は十二。全員の衣装がぼろ布のようなありさまで所々赤黒く変色している。今にも倒れそうな様子であった。

「な、なんだよおまえら」

 五右衛門がおっかなびっくりに懐から長ドスを手にし、忠治は冷静に刀を構える。

「さっきの刺客たち、ということは……」

 彼の言葉を聞いて驚愕に振り返る。忠治も自らの考えに顔を蒼白にさせている。

 桃太郎はもう一度黒装束たちを凝視した。

 黒装束たちは静かに佇む。般若面はあくまで角のある面。顔にくっついているのではない。服を着ているから肌の色はわからない。だが二本の足で立ち、異様に背が高いわけでも、獣のような凶悪な雰囲気も皆無。なにより――。

「……」

 彼らの般若面から覗く瞳に理性的に輝き、それは怒りを表していた。そして先頭にいた黒装束が苦しそうに吐き捨てた。

「貴様ら人間は、我らがそこまで目障りかッ」

 瞠目。

 今、桃太郎たちの眼前に立ち塞がるのはごく普通の人間なのだ。

 桃太郎は戸惑いながらも彼らに訊ねた。

「おまえたちは、鬼なのか」

「――その通りだ」

 答えたのは別の声。桃太郎は黒装束から目を離し、草原の奥を睨む。目を凝らしてよく見ると、こちらへと近づく影が三つあった。

 先頭の男が雄々しく腕を組んで歩み寄ってきた。

 歳は二十代の若者。黒い短髪。厳しく細められた瞳。長身で、筋肉で固められた体躯。こちらを睥睨する彼は草原の中央で立ち止まった。傍に控える他の男たちも足を止める。草原を吹く風が彼の着る長羽織の裾をはためかせた。

「……」

 彼我の距離はそう遠くない。十歩も行けばこちらの得物が届く範囲だ。しかし桃太郎は太刀を右手に持って、口を開いた。

「……あんたは」

「お前が一色の嗣子か……思ったより若いな」

 男は質問を返さず独白する。彼は桃太郎から目を外し、背後にいる黒装束を一瞥した。冷たい視線に彼らは怯えたように肩をすくめた。

 それを横目で見ていた桃太郎はもう一度男に言った。

「オレは一色桃太郎だ。あんたが、鬼と呼ばれる者の、大将か?」

 男はしばし口を閉ざし、ゆっくりと首肯した。

「……そうだ」

千哉(かずなり)様っ!」

「どうして人間なんかに……!」

 背後で黒装束たちの悲痛の声が届く。狼狽する彼らを無視して、桃太郎は男に訊ねる。

「千哉っていうのか……。あんたたちは本当に鬼なのか?」

「お前たち人間が我らをどのように理解しているか知らんが。我らは鬼という種族だ」

 千哉と呼ばれた男は毅然として答えた。

 もちろん桃太郎たちには信じがたい。鬼は邪悪で醜い、角が生えた化け物という認識がある。しかし前と後ろにいる彼らは、どこからどう見ても人間であった。

「オレたち人となんら変わらないんだな」

 桃太郎は感慨深げに呟く。

「もっと怖いヤツだと思ってた。角が生えてたり、肌は赤くないんだな」

「そんなもの、人間の妄想だ。……まぁ間違ってはいないが」

 千哉は鼻を鳴らし、桃太郎を侮蔑するように眺めた。

「ここまでの侵入を許したのは初めてだろう。お前たち、何が目的だ? 答えろ」

 地獄の底から響くような声音。桃太郎は一瞬怯んだがここで閉口するわけにはいかない。真っ直ぐと千哉を睨み返した。

「親父が、鬼がいるっていう噂に惑わされているからオレが確かめに来たのさ。……戦いたくはなかったけどな」

 最後は皮肉たっぷりに付け加えた。だが千哉の表情に変わらない。冷たく、こちらを軽蔑する顔は変わらなかった。千哉は目を細めた。

「それだけか?」

「鋭いな。確かにもう一つある」

 驚きつつ、桃太郎は肩をすくめた。

「金の採掘するためにこの山を譲ってほしい」

「金だと?」

 千哉が眉根を寄せる。どうやら金が採れることは初耳のようで不思議そうな顔つきをした。桃太郎はやんわりとした口調で続けた。

「山自体じゃなくても、金坑が掘れたらそれでいい。そこだけでも譲ってくれないか?」

「断る」

 千哉は間髪容れずに拒否した。

「この山は代々鬼柳(きりゅう)一族の里。誰にも譲るつもりはない。だいたい俺がお前の言うことを信じるとでも? 驕るな、人間。貴様らは俺たちを差別し、馬鹿にしかしない。『鬼』は、『人間』と相容れない。俺たちが貴様らと深く関わりを持つことは一切無い!」

 それは、ただ断っただけではない様子だった。

 彼ら『鬼』に、人間がどのように映っているのか。千哉の言葉で少しだけわかった気がした。

 人は、見たこともない鬼をただただ恐怖する。そして鬼はそんな人を疎い、嫌っている。

 だけど、今桃太郎の前に立ち塞がるのは鬼のような存在ではない。人間だ。

 何が違うと言うのだろうか? 目も耳も鼻も口もある。話す言葉も同じだ。なのに、目の前の男、その傍に控える二人、背後の黒装束たち。誰もがこちらに軽蔑の目を向けている。

「……差別する理由がわからない」

 桃太郎は言った。

「おまえたちは、人じゃないか」

 その言葉に千哉は目を見開いた。

「オレは武家だからって偉そうなことは言わない。百姓を馬鹿にしたりもしない。おまえたちだって同じなんだろ? だったら……」

「黙れ」

 冷たい一喝が斬り捨てた。千哉は射抜くような視線を桃太郎にぶつける。

「俺たちが人間と同じ? ……ふざけるな」

 千哉は静かに激昂した。

「別に人間のように見られるのは構わない、容姿は似ているのだからな。だが、鬼は鬼だ。人間と同等にされるのだけは御免だ。俺にも『鬼』として誇りがあるッ」

 深く、暗く光るまなこ。それは桃太郎の足を地面に縫いつけるような感覚にさせ、金縛りでもあったかのように動かない。千哉から目を離せなかった。

 背中に悪寒が走る。桃太郎は生唾を飲み込んだ。

「だからこそ、このまま返すわけにはいかん」

 前後で抜刀の鞘走りが聞こえた。

 忠治たちは驚き、各々得物を構える。忠治の目は背後の黒装束に行き、毒づいた。

「馬鹿な……まだ戦えるのか!?」

「言ったはずだ、鬼と人は違うと」

 千哉の顔が冷酷に歪む。

「鬼は殺生を好まない。しかしここまで侵入を許したんだ。ただで帰れると思うな」

 千哉がゆっくりと腕を前へ差し出す。攻撃の合図だろうか。あれが振り切れば桃太郎たちは今度こそ確実に串刺しにされてしまう。数は同等だが美羽の弓も間に合わない、五右衛門は元からアテにならない、鉄砲も冷え切っている、兵も疲労が濃い、戦えない。忠治は頭をめぐらせた。この窮地を脱し、桃太郎を無事救える策を。

「――千哉」

 その鋭い声はこの場のすべてが動きを止めた。

 得物を構える鬼たち。苦悩する忠治の頭。そして千哉の下ろす腕。誰もが声の主を呆然と見つめていた。

 桃太郎は千哉に呼びかけた。そして柔らかく口角を上げ、笑む。

「オレも戦いは好きじゃない」

 いきなり何を言い出すのかと千哉は怪訝そうに顔をしかめる。そんな彼に桃太郎は右手に持った太刀を突き出し、千哉に向かって掲げた。

「だけど手ぶらで帰りたくない。一応、親父の名代みたいなもんだし。少しでも手柄は欲しい」

 草原が震えた。颯爽と駆け抜ける春風は桃太郎の前髪を靡かせる。

 風を受けて、桃太郎は無邪気に、それでいて真剣な表情で宣言した。

「一騎打ちを申し込む! 千哉、このオレを下してみろ!」

 誰もが声を失った。聞こえるのは木々の間を風が吹き抜ける音のみ。それでも桃太郎は千哉から目を離さなかった。笑って彼を見つめる。

 最初に我に返ったのは千哉だった。戸惑うような呟きを漏らす。

「俺が、お前と戦う……?」

「ああ、それならお互い被害は少ないだろうし、単純明快で手っ取り早い」

「正気か? お前は」

「もちろん」

 失笑する千哉に桃太郎は微笑み返し、太刀の鍔元を握り締める。

「オレはいつだって真剣さ」

「なっ、何をおっしゃるのですか!!」

 怒号が背後から飛んできた。振り返ると忠治が泡を食ってこちらに詰め寄る。冷静な彼にしてはかなり動転している。

 小柄な忠治は桃太郎を見上げ、苛立ったように手にした刀を一振りした。

「前言を撤回してください、今すぐ!」

「うるさいなぁ……。嫌だ、オレは決めた」

「駄々をこねないでください! あなた自身が立場を忘れてどうするんですか! あなたは一色政春様の子、そして次代の一色を担う――ッ!?」

「だからうるさいってのっ!」

 桃太郎は忠治の頭を鷲掴みにした。呻き声を上げる彼を無視して、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜながら言う。

「オレだって国を守りたいって、親父に負けないぐらい思ってるよ」

「……」

 手を止めると乱れた前髪から忠治が上目でこちらを見上げた。

「これからはオレが背負っていくモノだろ? ちょっとぐらいカッコつけさせろよ」

「若……」

 彼が何か言い出す前に桃太郎は前に向き直る。これ以上の説教は御免だ。

「どうだ千哉。受けて立つか?」

「……」

 千哉は黙した。推し量るように目を細め、こちらの意図を探ろうとしている。しかしついに小さく息をいた。勘繰ったって何も出なかったのだろう。当然だ。桃太郎は配下を背負い、守りたいだけなのだから。

「……いいだろう」

 千哉は前へ一歩踏み出した。

「頭領っ!」

「低能な人間など信用になりません! 一騎打ちなど……!」

「だがこれが最善だ。それに……」

 文句を言う配下の鬼たちを一瞥し、千哉は呟いた。

「あいつの言葉には、嘘が見当たらない」

 その一言に鬼たちは黙り込んだ。

 千哉は羽織っていた長羽織を控える鬼に預けた。



 草原の中央で二人は対峙する。互いの距離まではおよそ七歩の位置だ。

 桃太郎は鞘に入ったままの太刀を肩に置いて笑う。

「そういや、まだ名乗りを聞いてなかったな」

「お前から名乗れ。これはお前から始めたものだ」

「そんじゃあ、やるか!」

 桃太郎は太刀を抜き放った。

「我は領主一色政春が長子、一色桃太郎!」

 それに応えるように千哉も腰の刀に触れた。

「鬼柳一族が頭領、鬼柳千哉」

「いざ、」

「尋常に、」

 互いにそう呟く。

 風が凪いだ。

「「勝負ッ!!」」

 二人は激突した。




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