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桃の色香  作者:
~鬼退治~
3/6

三、桃太郎、山道を駆け抜ける。

 2016年5月27日:文章修正



 あくる日。

 一色桃太郎を先頭に、犬養忠治、猿田五右衛門、雉野美羽、ほか十六人の兵を率い、桃太郎一行は北の山へ向かった。

 一色領において北方は未開の地であった。開拓が進んでおらず人は多く住んでいない。理由は端的に言えば噂のせいである。しかしそれ以上に怖い実話がある。

 先々代の治世の頃、ある豪商が山を開墾しようと人を集めた。結果から言えば事業は失敗。作業をしていた百姓たち曰く、山の中で化け物を見たとかで怖がって山に入ろうとしなかった。それと同時期に豪商の跡取りが死に、娘の縁談はうまくいかず、ついには店を畳む事態にまで陥った。

 これは山神の祟りだと民は畏怖し、それ以来北方、特にこの山には誰も近づかなくなった。そんな山に桃太郎たちは入ろうとしている。政春の貪欲さにも呆れるが、しかし金の採掘は利権を生む。これで、小国とは言え一色は他国に引けを取らない豊かな国になるだろう。

 山中の森は鬱蒼として薄暗い。背の高く、枝葉の多い木々が日光を遮り、日中とは思えない明るさであった。そして人が入った形跡がまったくないので、道と言う道はない。文字通り獣道を行く一行。桃太郎たちは太い木の根っこに足を取られながら突き進んだ。

 同じような景色を眺めて歩いていると時間がわからなくなる。山に入ってどれくらい経っただろうか。わずかな陽の光ではわからなかった。

 突如、霧が出てきた。

「山の天候は変わりやすいと言われるけど、本当なんだな」

 五右衛門がきょろきょろと首を巡らして呑気なことを言う。

 霧は濃い。薄暗かった視界が一層悪くなり、桃太郎たちは立ち止まった。

 美羽が弓を構えて桃太郎にささやく。

「若様、お気をつけを。何やら不穏です」

「本当に出るかもな、鬼」

 桃太郎は失笑し、鞘に収まったままの太刀を肩に乗せる。忠治がそれを見て兵士たちに命令した。

「もしものときに備える。鉄砲はいつでも撃てるようにしておけ」

 火縄銃は六丁も持参してきた。忠治も腰の刀に手を掛けて、周囲を注意深く警戒する。

 正直、桃太郎はそこまでする必要はないと思っている。目的は山の調査と、鬼という者たちに会うことである。戦う気はさらさら無い。

 桃太郎自身も軽装である。帷子を着こみ、上に陣羽織、足元は動きやすいように袴を詰めている。忠治たちも籠手や胴当てなどを装備し、重装備の者はいなかった。それでも、やりすぎだと桃太郎は思う。忠治の生真面目で用心深い性格を計算に入れるのを忘れていた。これでは戦だ。

「……桃太郎様」

「ん?」

 ぼんやりとそんなことを考えていると兵士が声を上げる。怯えたふうに顔を強張らせてこちらを見つめていた。震えた声でこんなことを尋ねる。

「本当に鬼がいるのですか」

「噂だ。いる可能性は低い。だがもし遭遇すればオレがすべて屈服させてやる。心配すんな」

「桃太郎様……!」

 兵士たちは彼の心構えと、爽やかな笑顔にほっとした様子で胸をなで下ろす。そんな彼らに桃太郎は不敵に笑った。

「だけど、おまえたちにも少しは働いてもらう。頼りにしてるぜ?」

「はっ、命を懸けてお守りいたします」

「その意気だ!」

 大きな声で笑う桃太郎に忠治は目を眇めた。

「大声を出してはなりません。場所を気づかれます」

「う……」

 言葉の詰まる桃太郎を見て皆笑った。おかげで場は和んだ。一同が安堵したそのとき。


 ――立ち去れ。


 声が響いた。

 一同ははっとなって各々の得物を構え、周囲に顔をめぐらす。

「サル」

「承知!」

 桃太郎は五右衛門を呼ぶと、彼は素早く動いた。五右衛門は手前にある木に手を掴み、器用に上って行った。

「ほんと猿みたいだな」

 忠治は五右衛門を見上げて肩をすくめる。五右衛門はある程度木に登り、遠眼鏡を片手に叫んだ。

「モモ様、申し訳ありません! 霧が深くて見えませぬ!」

「やっぱり無理か」

 桃太郎は顔をしかめた。すると忠治がすらりと刀を抜き放ち、進言する。

「しかしこの霧です。こちらも動けないとならば向こうも条件は同じかと」

 霧は濃い。鬱蒼とした森だ。鳥のさえずりも聞こえない。まるでこの霧の向こうには何もないように感じる。確かにこの状態では相手も同じである。それに相手が武装しているとも限らない。さきほどの声の主が気になったが今は捨て置いた。

『――立ち去れ』

 また声が聞こえた。それも同じ声質。声は霧の中で木霊し反響する。頭の中に直接響くように聞こえたのはそのせいか。

「近くにいるんだろ!? 出てこい、卑怯だぞ!」

『立ち去れと言っている』

 五右衛門が木の上から叫ぶが、返答は変わらなかった。

 桃太郎は霧に向かって言った。

「ならば問う! そなたは鬼と呼ばれる者か!」

『……貴様たち人間は我らを卑しむ。だから姿など見せぬ』

 そう、ゆっくりと返答された。

 一同はそれに黙り込み、顔を見合わせた。

 今の返答をどう解釈するか。しかし考えるまでもない。桃太郎は総毛立ち、思わず笑ってしまった。

「本当にいるんだな。鬼ってヤツは」

 そして、名乗りを上げた。

「我は領主一色政春が長子、一色桃太郎である! 故あってこの山に来た。面通しがしたい、誰かいないか!」

 桃太郎の声は木霊して森の奥へ消えた。

 相変わらず霧は濃い。そのせいで息苦しく感じる。固唾を呑んで返事を待った。

『立ち去らねば、我らも行動に移るぞ』

 剣呑な声音。物騒な答え。桃太郎は眉をひそめて霧の向こう側を睨みつけた。

「どうしますか?」

 美羽が桃太郎を見据える。それを合図に一同が彼に注目した。桃太郎はとんとんと太刀で肩を叩き、ため息をいた。

「戦うのが目的じゃない。これは最終手段だ」

 己の太刀を握り締めて呟く。

「オレはそういうの、あまり好きじゃないな」

 そう言った途端、前方から何かが飛んできた。霧を裂いて飛来するのは苦無。何十本ものそれが桃太郎たちを串刺しにしようと襲いかかる。

 地面を叩きつける雨のように苦無は飛び交い、兵士を何人か傷つけた。一同は散り散りに逃げ、木陰に隠れた。それでも絶え間なく苦無は降り注ぐ。

 桃太郎は忠治と鉄砲を持った兵士と身を潜めた。しばらくは動けそうもないが、目の端で美羽が近くの木陰で弓に矢をつがえていた。厳しい表情をした彼女は苦無が放たれる方向を睨みつけている。

「美羽、見えたかっ?」

「はいっ!」

 桃太郎は叫ぶと、彼女は力強く頷いた。

 そのとき苦無の雨が止んだ。それを美羽は見逃さない。木から半身を乗り出して、弓を引き絞り、そして矢を放った。

 矢は霧を切り裂き、霧散させ、霧の膜に穴を穿つ。(ひら)けた向こう側には黒い影があり、矢は吸い込まれるように影を射抜いた。

「さすがだな、美羽」

 桃太郎が笑顔で振り返ると美羽はびっくりしたように目を丸くし、恥ずかしげに顔をうつむかせた。

「オレも負けてられないな」

 美羽の一撃は相手を驚かせたのだろう、苦無は止み、場はしんと静まり返った。桃太郎は傍にいた兵に振り返って告げる。

「鉄砲を貸せ」

 彼は鉄砲を受け取るとすぐさま引き金を引いた。乾いた発砲音が霧の中に響く。今のは威嚇だ。当たらなくてもいい。これで相手の士気を下げるのだ。

「鉄砲、撃て!」

 忠治が命じると周囲から鼓膜を破る勢いの炸裂音が鳴り響いた。霧と硝煙が混ざり合い、視界は悪くなるが、相手からの攻撃は無くなった。

「私が先行します。――槍を持っている者は私に続けッ」

 忠治がこちらに言い置き、周囲に散らばった兵士に命じた。相手は恐らく前方、扇状に展開している。数はわからないが相手が怯んでいる今が好機。さあ反撃の開始だ。

「――ハッ」

 忠治は霧を弾丸のように疾走。零れた気合の一声とともに刀を振り下ろした。刀に肉を断つ感覚が伝わり、悲鳴が上がる。赤黒い液体が飛び散り、忠治の着物を赤く染めた。刀を引こうとしたとき右から殺気。忠治は己の右肩に振り下ろされる刃を、身体を仰け反らせて回避し、相手の懐に刀の柄頭を叩き込む。前のめりになる相手の足を払い、突き飛ばした。――が、すぐさま別の刺客が彼を襲う。反射的に腰を落とした忠治の頭すれすれを刀が通り過ぎていった。忠治はしゃがんだまま刀を軽く払い、相手の足を斬り裂いた。

 悶絶するそいつを見下ろし、忠治は大きく息をいた。

「……若は」

 首を巡らすが桃太郎の姿はない。少し前線に出過ぎたか。それならそれで、我が主は後衛にいるはずだ。

 そう考えたとき、雄叫びが上がると同時に、傍で何かが倒れる。音とともに現れたのは桃太郎であった。彼は鞘に収まったまま太刀を雄々しく立っていた。忠治は仰天した。

「若! 前へ出過ぎです。前衛は私にお任せ下さい! あなたが倒れては一色家の未来が……」

「こんなときまで説教か、忠治」

 桃太郎は接近する刺客から目を離さず言う。彼の左手には掌に収まる短筒が握られていた。桃太郎はそれをぶっ放す。護身用として所持していたものだ。案外役に立った。

「へぇ。小さくても鉄砲だな」

 などと感心した。

「私の話を聞いてください!」

 後ろで忠治は悲痛の声を上げる。

「若は大切なお方なんですからっ」

「あなたもね、忠治」

 美羽の声に振り返ると、彼女はこちらに向かって弓を構えていた。

「……ぇ」

 考える暇もなく美羽は矢を放つ。矢は頬を掠めて飛んできた。矢は忠治の背後にいた刺客を射抜いた。

「ありがとう。美羽」

「どういたしまして」

 美しく微笑む彼女は得意げだった。

「さあ! 突き進もうぜ!」

 いつの間にか五右衛門が側にいて高らかに前方を指差した。

「いやお前、何もしてないから」

「左に同じく」

 二人の冷静なつっこみに五右衛門は黙ってしまった。そんな三人を見て桃太郎は笑った。

「行くぜてめぇら――っ!」

 桃太郎は大地を踏み締めて森を突き抜けた。




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