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母さんが、あたしのとこに来る前に、手紙は早馬で出したんだって。
早馬が飛ばしても、セイライ国に着くのは夜中。王様にすぐ手紙が渡ることって、そうないと思うから、読むのは多分朝でしょ? 旅支度とか、馬車の用意とかあるし。早くっても、来るのは明日か明後日くらいかな、って思ってたんだけど。
いつもどおり、午後に騎士様と訓練して、おしゃべりしながら休憩してたらさぁ。いきなり、背筋にゾワッて感じの寒気がしたわけ。
んでもって、どっかから、あたしを呼んでる声がする気がしたんだけど……まさかね。
のんきに寝っ転がってたら危ない予感がして、あたしは慌てて立ち上がって。
「いたーっ!」
中庭に駆け込んでくるのは、あたしが間違って覚えてるんじゃない限り、セイライ国の王様。街で見かけた恰好のまんま。
さすがに、あれだけごっつくて、くしゃっとした顔してる人は間違えない。一人だけだったらうっかり忘れても、跡継ぎ王子様も同じ顔してるから、絶対忘れないし。
「って、もう来たのっ!?」
だって、昨日の今日だよ? ってか、母さんが早馬出してから、まだ一日経ってないじゃん! どんだけ頑張って来たわけ?
「しかも、二人とも!?」
年齢違いのそっくりな顔が、前後になって走ってくるんだけど……逃げていい? 今あたしは、ここからメッチャ逃げたい。
ってか、この際、騎士様たちを盾にしちゃっていいかな? いいよね?
「おしゃべり騎士様、犠牲になって!」
叫んで、あたしはおしゃべり騎士様の後ろに逃げ込んで、斜めの位置で待機。
よし、バッチリ!
「はぁ?」
多分、他の国だと知られてないと思うけど、王様ってさ、あの速度で、手加減なしでぶつかってくるんだよね。勢いつきすぎて、止まれなくってさ。
あたしが直撃されたら、絶対吹っ飛ぶ。打ちどころが悪かったら、死んじゃうかもしれないじゃん?
んでも、騎士様だったら、きっと大丈夫だよ! ほら、毎日ちゃんと鍛えてるし、ね?
「ユノちゃん、何言って……ぐぁっ!」
王様に背中を向けてたおしゃべり騎士様が、思いっきり吹っ飛んだ。飛んだ先で、別の騎士様を巻き込んじゃったみたい。
何人かとごちゃごちゃ絡まって、ジタバタもがいてる。
「おおっと、うまく止まれなんだ。失敬、失敬」
ガハハッ、って笑う王様に、王子様が激突して。でも、王様はびくともしなかった。逆に王子様がよろめいて、尻餅ついてるし。
街で見かけても、ただのごっついおっさんにしか見えなかったけど……やっぱ強いんだね、王様って。
「王様、もう来たの?」
しょうがないから声をかけたら、何か、すっごいショック受けました、って顔であたしを見てきたんだけど……どういうこと?
「王様だなんて、そんな他人行儀の呼び方をするとは……」
「えー、だって、セイライ国の王様じゃん」
言ってから気がついた。
そういや、王様って、母さんのお兄さんだっけ。ってことは、あたしの伯父さんなんだよね。
別にどうでもいいから、すっかり忘れてた。
「伯父さん、でいい? ってか、面倒だからやっぱ王様でいいじゃん」
「ばかもん! ちゃんと伯父さんと呼ぶんだ!」
唾だけじゃなくって、ぶわって鼻息もかかったんだけど……どんだけ興奮してんの?
汗拭き用のリネンで、しっかりゴシゴシ顔を拭いてっと。
「うっわ、暑苦しい! 伯父さんなんて呼んだらもっと暑苦しくなりそうだから、あたしは王様って呼ぶから」
あ……思ってること、全部声に出しちゃった。
でもさぁ、暑苦しいのはホントだし。これが二人って思ったら、今主導権握っとかないと、後々もっと面倒になりそうじゃん?
「ちなみに、王子様も王子様ね。はい、決定!」
パン、と手を叩いて、だいぶ強引に決めちゃった。
王様と王子様はぽかーんとした後で、そろいもそろって、ふうってため息ついたんだけど。
「……セイガそっくりの顔で、マノと同じ物言いで、セイガのような主張をするとは」
何、その、やけに複雑な言い草。
ってか、父さんそっくりの顔と主張ってのはともかく、母さんと同じ言い方してないよ? 母さんは、決めちゃったからって言って反論を許さないから。反対しても、「だから何?」で、きっぱり、バッサリ。本気でごり押しするから。
もう決めちゃったけど、別にいいよね? って聞くだけ、あたしのがマシだと思うんだけどなぁ。一応、嫌かどうかはちゃんと聞くし、嫌だったら考えるもん。
「ところで、ユノ。ヴァージル将軍というのは誰だ?」
「将軍? あっちにいる、イハル兄くらいカッコイイって、セイライ国でモテそうな人。……って、ちゃんと手紙読んだんだ? 母さん、読まずに素通りするか、読んでも忘れるかも、って言ってたのに」
「マノのやつ……」
王様、メッチャ苦虫噛みつぶした顔してるから、いつもだったらホントのことなんだね。
……ってことは、だよ? 将軍の名前を覚えてくるくらい、がっつり手紙を読み込んだってことだよね?
それで、早馬含めて一日かからずに、ここに来たってことで……怖っ。メッチャ執念深そうで怖っ!
さ、さすがに、将軍の命を狙うってことはないよね? 母さんが釘差したとしても、将軍が大人しくしてる保証なんてないし。エレンさんが来たら、絶対争うよね?
「では、挨拶くらいはしておくか」
「あ、俺も行くよ」
王様と王子様が、そろって将軍のとこに……あ。
「違う違う、その人じゃなくって」
イハル兄くらいカッコイイ、って言われそうな人って言ったじゃん。まさか、王様たちってさ、イハル兄の顔、忘れちゃったわけ?
それとも、あたしの判断基準と表現が悪いの?
「どれだ?」
「この人だよ」
もう面倒くさいから、将軍の腕、ポンポンって叩いちゃった。
まあ、鎧あるし、そっと叩いたから平気だよね?




