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まだ日も暮れてないし、押しかけてくるお貴族様が、これからザックザク出てくるかも。ってことで、あたしとカノ姉は部屋に戻ってなさい、って母さんに言われて宿舎に戻ってる。
夕ご飯までは、まだもうちょっとあるし。グレースもリディもいないし。一人だと、ホントすることないし。
あたしの部屋の、ベッドにゴロンと寝っ転がってみる。
すっかり見慣れた灰色の天井に、壁。首を持ち上げて倒して、フッと窓の方を見て……あっ!
あたしの新しいカーテン!
完っ璧忘れてた! エレンさんに返してもらわなきゃ!
あーでも、今、あれだよね? あたしがあっち行くと、うっかり遭遇した時、大変なことになるよね?
しょうがないから、朝、エレンさんが来た時か、もしくはリアムか将軍に頼んで、もらってきてもらえばいいかなぁ?
思わず飛び起きちゃったけど、またゴロンと寝っ転がって。
『完全に嫌われない限りは、手をゆるめるつもりはありません』
転がったとたんに、将軍の言葉を思い出しちゃったんだけど……あれってやっぱ、宣戦布告ってやつかな?
あたしが、顔を見るのも嫌、声も聞きたくない、ってなったら、きっと……スパッと諦めてくれるんだよね?
んでも、それって、結構難しい。
だって、今までの将軍を知ってるから。どういう人か、よく知っちゃったから。あたしの中にある将軍の評価を、全部逆向きにひっくり返すなんて、多分無理。
人間として絶対あり得ない、ってことされない限り、そこまで嫌いになれないと思う。
「……あっ!」
エレンさん、リアムに外堀埋められるよ、って思ってたけど、ひょっとしてあたしも?
ってか、よーく考えなくっても、リアムがついてるんだから当ったり前じゃん!
そりゃあ、これまでの将軍の言ったこととか、やったことが、根っこにはあるんだけど……。
でも、あたしには、お貴族様的な考え方って、いまいちよくわかんない。
将軍が、マーハルニーファ宮廷騎士団の団長ってことが、多分、お貴族様にはおいしいんだよね? んでもさぁ、たとえばだよ? 今、どっかが攻め込んできて、将軍が死んじゃったら? そうなったら、副将軍のおじさんを狙うの? それとも、将軍の弟のおしゃべり騎士様?
そういうとこが、ホント理解できないんだよね。
今まで一度も、打算で結婚相手を決めるって人、見たことないのもあるかも。
あたしのいた街だと、好きだの嫌いだの、振った振られた、って話ばっかでさぁ。自分に利益があるから結婚する、なんて人、ホントいなかったもん。
あのイハル兄ですら、ちゃんと好きになって、グレースを選んだんだもんね。
……まあ、ユウガ兄みたいに、自分の手綱をがっつり握ってくれて、操縦されてるのが意外と悪くないから。なーんて理由の人も、そりゃあ、探せば他にもいるかもしれないけどさぁ。
どうせなら、ずっと一緒にいたい人と結婚したいじゃん?
ぼけーっと考えてたら、ドアを叩く音がした。
「ユノ、ちょっといいかしら?」
「母さん?」
慌てて部屋を出て、廊下へのドアを開ける。ちょっと怖い顔の母さんが立ってた。
「……どしたの?」
「ヴァージル将軍たちとも相談したのだけれど、ほんの少しだけ、兄の……セイライ国王の力を借りるわ。ユノには、少し暑苦しい思いをさせることになるけれど、数日のことだから我慢してちょうだいね」
「うん、まあ、いいけど……暑苦しいの?」
それってつまり、セイライ国の王様ってさぁ……うん、考えるのやめた。想像しただけで暑苦しいし。
「手紙だけでいいのに、絶対押しかけてくるのよね。でも、目の当たりにしたら、さすがに納得するでしょうけど。ただ、兄だけならともかく、甥も来そうで、今から頭が痛いわ」
……ま、まあ、そんな王様でも、普段はちゃんとしてくれてたら、セイライ国自体は問題ないよね?
んでも、王様に対して、ちょっと印象変わるよね。
「ヴァージル将軍のことも書き添えておいたけれど……多分読んでないでしょうね。読んでいても、頭からすっぽ抜けているから、最初に顔を見たらしっかり釘を刺す予定ではいるのよ。でもね、ほら、兄たちは野生の生き物なの。勘だけを頼りにユノのところへ行く可能性が高いから、気をつけておいてね? 特に訓練中に押しかけられると、騎士たちにも迷惑がかかりそうで」
「……そんな危ない人たち、あたしに押しつけないでよ」
ただでさえ、将軍とかエレンさんっていう、メッチャ面倒な人がいるのに。
「数日、ユノを堪能したら帰っていくはず……だけど、帰る気がなさそうなら、私が必ず追い出すわ。だから、数日だけ我慢してちょうだい。その代わり、セイライ国王がベタベタかまう娘っていうだけで、貴族たちに押しかけられることはほとんどなくなるから、ね?」
ほとんど、ってとこがちょっと引っかかるけど……んでも、訓練中に来なくなるだけでも、全然違うよね? 集中できるのって、やっぱ大事だし。
「絶対、絶対、追っ払ってよ? 約束だからね?」
あたしの平和な日々のためなら、しょうがないから我慢するよ!




